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古本屋日誌

2017-11-28 01:42:00

昨日は雨の後なのになぜかぬくかった、仕事でもかなり汗をかきました。小さい頃は大阪の大人は「汗したなあ」とゆうてました。「地震ゆったなあ」は今でも言いますがなぜか汗するはゆわんようになった。先日お客さんから司馬遼太郎の「城塞」などをお譲り頂きました。この本には私は前から大きな不満を抱いていてつまりは秀頼は腰抜けで情けないとのイメージを全国に蔓延させた張本人だということです。まず5月7日の落城の日でさえ城内から出なかったとか、果てにはおめおめと生き残って翌日山里曲輪の蔵にこもってなおも生に執着してそれをらあざ笑うかのように家康は「助けてやれよ」といやいくら何でもとのバカバカしいやり取りがあり、あげく蔵に銃弾が発射されてそれを合図に煙が立ち上ったとかいうわけですよ。司馬遼太郎自身もすでに城が落ち、全ての決着がついたのになお生き残るとは理解に苦しむとまで書いてるわけです。こんなことを読まされたら誰でも秀頼は情けないやつだとなるでしょうよ。その上司馬はこの戦いの戦死者数について日露戦争までの全ての戦争をはるかに上回っていると書くわけで、秀頼はそこまで迷惑をかけておいて潔さがないとなるわけです。

だいたい秀頼の最期についてはいろいろ記録も分かれているし、江戸時代には山里曲輪なんかでなく天守閣のすぐ横で果てたと信じられてもいて、当然司馬は知っていたわけなのに、このように書くのは豊臣家に含むところがあったのかと思いたくもなります。

だいたい侍同士の魂のやりとりなんだから、合理的にここで手を打つとかはないわけだから、最期も美しく決めるに決まってるわけで、徳川の方はそれが嫌で秀頼は情けない説を流すに決まってる。「昭和極道史」こそが大坂夏の陣なんだから、それを書かないとなにも見てないことになるのではないか。