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古本屋日誌

2017-11-26 01:00:00

寒くなりました。先日お客さんから講談社学術文庫の「竹取物語」などをお譲り頂きました。この話なんですが、前から気になっていることがあって竹取の翁がかぐや姫にむこてええかげんに結婚せえや⁉️と迫るシーンで「一人一人に逢いたまへ」と言うのですがこの現代語訳が「誰か一人と結婚しなさい」なんです。今の感覚では「一人一人」は満遍なくどの人にもですよね、だのになぜか一人だけだと言うのです。まあこれはかぐや姫が全員とやろうとしてるのではなかろうかと邪推した翁が「姫、一人やで、一人だけやで」と強調してるのかもしれない。でもそれなら表記は「一人、一人」と読点をつけてもらいたいところなんだけどなあ。

呉智英先生の言葉シリーズで電話の「もしもし」はなぜ二回繰り返すのかと言う話があって人間だけが同じことを繰り返し話すことができて妖怪などはできない、つまり同じことを繰り返して発音できるのは人間の証だというのがあった。そうなのか、確かにチョウチョとかせみせみとかブンブンとか虫は二回ゆうやつがいますね。しかしアリは一回だし、カ、ガ、バッタ、ハエ、ミミズとか大半は一回ですな。これも呉先生の本にあったことですが「蝶の民俗学」によればとして古代人は死者の魂は実は蝶になるとして警戒していて万葉の時代にもいくらでも野山に飛翔していた蝶に日本語の名前を付けずいわば符牒のように音読みすなわち中国語でどうしてもそれを指し示さなければならない時だけ呼んだいたということだ。ということはひょっとして、蝉とかブンブンも死者の魂と思われていたのではないか⁉️蝉は音読みは「セン」とか「ゼン」のようで、これも高島俊男先生によると元々日本語には撥音はなく中国語からの輸入で例の「和同開珎」も「わどうかいちん」とは当初発音せず「わどうかいてぃにぃ」のような発音だったそうですから音読みの「セン」も「セニィ」のようだったのではないか。さすれば「セニィセニィ」でなんとなくなまって「せみせみ」になりそうです。