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古本屋日誌
先日亡くなった鳥山明の『Dr.スランプ』(ジャンプコミックス)が本屋に並んでいる。
『ドラゴンボール』はもちろん面白いところもあるが、やはりこっちを贔屓する人たちも多い。
亡くなった時は本屋に並んでいなかったので、そのうち集英社も重版かけるだろうと思っていたのだ。
早速ジュンク堂で買い求めて見たら、どうも重版はごく一部(初めの方の巻)だけで、基本的には在庫を放出しただけ。
たとえば第5巻は2021年の35刷となっている。
ただAmazonのサイトを見てみたら、ジャンプコミックス版のほとんどの巻はさら本で注文できる状態になっている。
ただ納期が5月半ばとなっていて、おそらくその辺りで集英社が重版をかけるのだろう。
今日から阪神百貨店で陽春の古本市。
本だけでなく、レコード、ソフビ、看板、映画ポスター、レトロ衣装なども販売している。
早速朝から行ってみた。
地下二階の阪神電車乗り場横の入り口から入って、回転焼き屋の横にあるエレベーターで八階に行くのだが、我々のような60絡みのおっさんは少なく、若いにいちゃんが多い。
エレベーターは2階に止まり、また若い人が乗り込んでいっぱいになった。8階に着くと、これらの人並みは全てソフビコーナーに早足で去っていく。
なんでも整理券をもらって、その番号順に入場できるのだというから、盛況だ。
それはさておき、参加している古本屋は17。
大阪は矢野書房、栞書房、寸心堂、大吉堂など、神戸はワールドエンズガーデン、京都はマヨルカ、金沢からオヨヨ書林。
このところよく思うのは、お客さんの嗜好が残念ながらブックオフに傾いているということだな。
4月のこの時期は全国的な移動の季節だから、古本屋には買取依頼がたくさん舞い込み、いい本が集まる。
だから古本市でも魅力的な商材が並んでいるものなんだが、それをブックオフの店頭と比べて見たら、負けているといわざるを得ない。
本のレベルや量で負けているだけではなく、探しやすさという点では圧倒的に負けている。
例の『トランスジェンダーになりたい少女たち』(アビゲイルシュタイアー、産経新聞出版)を読み終えた。
アメリカで幼い頃性的な違和感がなかったのに、思春期になって自分はトランスジェンダーだとして男になりたい少女が増えている。
その原因は教育にあるのではないか。
また、相談された医師たちも少女の訴えを否定せずに、助長してしまっているので、ますます手がつけられなくなっているという。
シュタイアーはそういった医師のあり方を批判して、黒人の患者が「自分は黒人ではなく、白人であると思っていて、黒人の自分に違和感を覚える」と相談に来た想定で次のような医師の答えを書いている。
「きょう聞いたことで、あなたは白人だと断言できる。ときには白人が黒人の身体と特徴をもって生まれてくることもあるの。(中略)たとえお父さんが同意しなくても、ここは安全な場所だとわかって。わたしはいつだってあなたを尊重する。」
これは面白いね。
そんなことあるわけがないのに、患者の妄想を医者が批判もせずに全面的に受け入れてしまっている。
シュタイアーは自分はトランスジェンダーだと訴えてくる少女への医師の対応も同じようなもんだと言いたいわけだ。
このへんのちょっと行き過ぎたような批判が反発を招いているのかもしれない。
作家の橘玲が文春新書から『テクノリバタリアン』を出した。
イーロンマスク、ベゾス、ビルゲイツなど、卓越した理数系の頭脳と、リスクをものともしない胆力によって、世界を変えようとしているギフティッドの話だ。
マスクはあのXの騒動で有名だが、人類が滅亡しないようにするため、火星に移住する計画を立て実行しようとしていて、興味深い。
また、彼らの中には全人類にベーシックインカムを実現しようと考えていたり、(その原資はAIの労働だとのことだ)モノを所有すると、時価の7パーセントの所有税を課すことで、土地やモノが一部の特権的な連中の独占物になることを防止するシステムを考えたりしている者がいて、こちらも面白い。
つまり、テクノロジーの力によって大衆を救おうという壮大な計画を持っているというわけなのだ。
確かに能力の高い人が、ボランティア活動などで、困窮者に手を差し伸べることは意味があるだろう。しかしそれで救える人数は限られている。
そうでなくて、さまざまなテクノロジー革新を成し遂げて、大きな利益を上げることで、それを大衆に還元した方が圧倒的に多くの人々を救えるというわけだ。
それはさておき、頭脳の明敏さを示すIQの話は心惹かれた。
なんでもIQ175以上の人は、日本人1億3000万の中で30人くらいだということだ。
まあ確かに天才はその程度だろう。
そういうギフティッド連中は、周りから浮き上がってしまい、まず話が合わない。
彼らは数学の話題や、理論物理学のクイズを雑談や息抜きとして楽しめる人たちだから。
またそういう数学的な能力に秀でている半面、人付き合いや、心理を読んだり、適切な言葉を選んで友人と付き合う能力はまるで持ち合わせていないことがしばしばあるというのだ。
だから普通の人が野球だのサッカーだのお笑いだのパソコンゲームだの映画だのを楽しみ、熱狂するのを見ても、自分は興味は持てないのだ。
そういう疎外されて、中にはひどいいじめを受けた天才たちがシリコンバレーに集い、ようやくともに語り合える同志をえて、この世界を根底から変えていこうとしのぎを削っている。
今日から地下街ゼスト御池で小規模な古本市。
早速朝から出向いてみた。
参加している古本屋は漫画の石川古本店、新しく岩倉に店を開いたしばのき文庫、一乗寺にあるマヨルカ、ぼあい書房、映画のポスターなんかをたくさん扱う京都スターブックスなどだ。
以前は梁山泊やキクオなんかも参加していたが、今回は参加しておらず、やはり労力に見合う売り上げはなく、割りに合わないのだろうか。
品揃えは映画のポスター、浮世絵、版画、図録、美術書、地図なども多く、つまり、俺には骨董品がかなり多いと感じられた。
この時期は移動が活発だし、買取の依頼も多いだろうから、いい本がたくさん古本屋には集まる。
京都はお屋敷も多く、そういうところはとても広いから、買い集めた本を読んですぐに処分する必要がない。
納屋だとか物置だとか納戸なんかにいくらでも貯めておけるのだ。
それでも年度末やらには、思い立ったように古本屋に売ることがある。
俺が驚いたのは下鴨にある古いお宅で見た大量の『キンダーブック』だ。
昭和27年から38年ごろまでの「観察絵本」がたくさん。
俺も小さい頃絵本をこうたもうたことはあるけど、おんなじのを何回も読むうちに綴じ目が切れる、本を丁寧に扱わないから変形する、名前を書いたり、落書きしたりするからすぐ汚れる。
ところがそのお宅はにはたくさん絵本があるから、傷みも少なく、落書きもなく保存状態もいいのだ。