インフォメーション
2026 / 10 / 20 07:30
漁港裏
昨日は定休日を利用して、越前海岸の方に足を伸ばしました。山越えで信長の先祖ゆかりの地、織田(オタ)の劔神社を超えてヘアピンを抜けた目の前が海岸沿いです。左に行けばカニカニミュージアムや温泉の漁火がありますが、右に曲がって目的地の食処えちぜんです。県外ナンバーも沢山あり30分程待ちましたが、カニ漁解禁の時期は予約が必須のお店です。正直ユーチューブで見るまでは何回も通り過ぎていましたが、県外の人も良く調べているなと思いました。ただただ美味しいだけのイクラ丼や単品も満喫し、沖縄のとまりいゆまち漁港の刺身も美味しかったですが、越前漁港の日本海の刺身も甲乙付けがたい新鮮さでした。海岸沿いの奇岩巡りを楽しんだ後、カフェマーレのテラスでの珈琲も格別で、周りの人もゆっくりと流れる時間を楽しんでいるようでした。越前海岸も以前に比べて走りやすくなっていて、キャンプして良し、そのまま東尋坊や芦原温泉に抜けても良しで観光しやすくなっているようでした。休みは子供もスマホばかりになるので、強制的にスマホから剥がす方法を考えてやるのも大人の責任かと思いました。ショート動画は依存するように出来ているので、大人が楽をしないで色々提案してやらないといけません。ブランコやハンモックに乗りに行こうと言っても行くわけ無いですが、マーレのテラスで狂ったように遊んでいる子供を見て持って行き方次第だと思いました。
2026 / 10 / 19 00:29
定休日です
自分の中ではもう昭和みたいな働き方は辞めましたが、別業種の後輩に働き方の相談をされたりします。コンプライアンスなのかハラスメントなのか分かりませんが、とにかく何も言えないし何も頼めないし注意やアドバイスをするのも怖いと。規模の大きな企業なら専門の部署があって、そこで対処方法を出してくれるそうですが、10人程度のチームで動いていると中途半端に人間関係で悩むそうです。仕事が遅い方が残業が増えて特なんて話もありますが、自分の職場では残業時間を認めるのは上司がやっていました。一度着替えてタイムカードを打ってから、上司が帰った後にまたコックコートに着替えるなんてしょっちゅうでした。手が遅い方が残業が付いて特やんけとイヤミを言う先輩もいましたが、今の時代なら何ハラかに当たりそうなコメントです。履歴書に修行した名店を書きたいだけの調理師なんて、先輩からうちの店で働いたなんて書くなよと言われる始末です。職人とリーマンの違いや時代の違いもあるでしょうが、正直自分に相談されても答えがありません。ただ聞いて欲しいだけでストレス解消になるならいくらでも聞きますが、鍋が飛んで来たり暴力が支配したり(時効)、令和ではあり得ない世紀末の話です。まあ自分も好きなように振る舞って来たので性格的には調理師で良かったと思っていますが、何も言えない職場なんてどんな好待遇でも働きたいとは思いません。若い子も割り切って定時の間だけ我慢するか、体育会系のアツい個人経営者で言いたいことを言い合える職場への転職もアリかも知れません。
2026 / 10 / 18 07:06
キズ跡
富盛の石堀大獅子(ともりのいしぼりおおじし)と書いているサイトもありましたが、現地の看板を見てみると(ともりのせきちょうおおじし)とあったのでこちらが正しいかと思います。観光バスも停まれない辺鄙な場所にありましたが、日本で一番古いシーサーと聞き見に行けて良かったです。米兵がこのシーサーを盾に日本兵の銃弾から身を守る有名な写真がありますが、確かに銃根の跡が今も生々しく残っていました。ひめゆりの塔や慰霊碑も近い南部のこの辺りは激戦区だったようで、高台でひっそりと佇むシーサーはインバウンド汚染もされず良い環境でした。高台まで行けない人の為なのか、登り口のバス停にレプリカもありこちらで写真を撮っている人もいました。
2026 / 10 / 17 07:20
鍾乳洞崩れ
鍾乳洞の屋根が崩れ落ちぽっかりと穴が空いた空間のカフェですが、外気は31℃ありましたが風が抜け天然のクーラーのような快適空間でした。がらんとしているように見えますが、奧には30人ほどのお客さんがコーヒータイムを楽しんでいました。
2026 / 10 / 16 07:45
歩く木
写真では伝わりませんが実物大のガンダムくらいの大きさで、樹齢150年ほどで戦争の被害も受けなかったそうです。上からツタのような根の生えたものが垂れて来て、地に着いた所に根を生やし成長していくと説明を受けました。少しずつ移動していく姿がまるで歩いているようだと、神秘的な生命力を感じパワースポットのようでした。ツアーに参加しないと見る事は出来ませんが、公式のユーチューブもあるのでガンガラーで検索すれば綺麗な映像があると思います。成長が早いガジュマルの木とは違い、鍾乳洞の柱は万年単位でこれも良く残っていたなと思いました。今では禁止になった切り出した柱が、50年経ってもわずか飲み薬ほども成長しておらず、ここまで大きくなったものを見れるのは戦争や天災を逃れた事も含め貴重な体験でした。
