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訪問をありがとうございます。
なんだか月1回の発信が定着しつつあるこの更新状況ですが、日々、たくさんの情報を目にすると疲れてしまうと考え、このくらいの頻度にしています。
他人様を過度に疲れさせてはいけないという配慮だと思ってください。
決して、楽をしようとか思っているわけではありません(苦しい言い訳…)☆
さて、相変わらず地味に活動を続けている私ですが、マスクはおかげさまで製作数4000枚を超えました。
自粛期間は続いているものの、当区の地域住民主体で取り組んでいる連絡会『助け合い活動連絡会』は、今月から再開となり、それに伴い『地域で助け合いの輪を広めるための学び場をつくろう』というプロジェクトも再開しました。
テトテという地域お互いさまを育むためのサイトも運営しています。
で、いつも、しつこいくらい『これから日本はお互いさま社会にしていかないとまずいよ』と私は発信していますが、なぜ今、便利安全快適なこの時代に『お互いさま』が必要だと思うかを書かせてください。
とはいえ、長くなると思うので、今日は適当なところで切り上げたいと思っています☆
第二次世界大戦終戦後、日本は高度経済成長を遂げる中で社会保障は手厚くなっていきました。
その裏にはGHQの徹底した日本人の集団化防止計画があるとかないとか陰謀論はあるものの、結果として、この数十年の間で日本人は『自己責任』という名の他者との繋がり解体が確立します。
これに拍車をかけたのが『個人情報保護法』かもしれません。
個人が困ったら行政に頼ろうというわけです。
それまでご近所に助けてもらっていた『お互いさま』は、人間関係というしがらみを含めた面倒くささが付きまとっていましたが、行政という機関は一定の条件を満たせば、権利として必要な支援を受けることができます。
そりゃあ、持ちつ持たれつの配慮しながら毎日を過ごすより、社会システムに頼ったほうが、便利で気持ちも楽に過ごせるわけです。
が!!!
一見、便利で快適な社会保障も、2つの落とし穴があるのです。
それは『金の切れ目が縁の切れ目』ということと、『社会システムからこぼれ落ちた人はその恩恵にあずかれない』という落とし穴です。
まず、金の切れ目が縁の切れ目について書きます。
人口ボーナスが発生している時期や、とんでもなくGDP率が高いとか、潤沢な税収を確保できる条件であれば、バンバン税金を遣って困っている人を助けることはできるでしょう。
が、今の日本は、人口減少、GDP向上が見込めない現状、社会保障を必要とする年代の増加、etc
つまり、税収が下がっている一方で、遣う人が増えている状況なんですよね。
で、MMT理論や国債をもっと刷ればよいとか、色々な意見はあるでしょうが、現状の日本政府の動向を見る限りMMT理論を導入したりや国債の過剰発行をする様子はありません。
…とすると、残るは『一人ひとりに提供する社会保障の恩恵額を少なくする(分配率を下げる)』か『社会保障を受けるにあたっての条件をより一層厳しくする(利用者を減らす)』しかないわけで。
今、まさにこの状況に陥っているのが、医療保険や介護保険などです。
制度の利用条件を厳しくしたり負担率を上げたりすることで、『国は国民を切り捨てるのかー!』と憤る人もいるようですが、無い袖は振れないという、当たり前の状況で当たり前の対応をしていると私は感じています(国家予算の配分には疑問を感じますが…)。
つまり、現政権では『社会保障の予算はこれ以上上げることができないから、後は仕組みや報酬単価や負担率をいじってうまいことやってね』というわけです。
そして、その『うまいことやる』ための話し合いの場が『社会保障審議会』なわけです。
ちょっと話が脱線しましたが、まさに『金(税収)の切れ目(限界)は縁(支援)の切れ目(削減)』なわけです。
賛否両論あると思いますが、これが現状なわけです。
介護では、平成27年から29年の間に総合事業確率を進め、さらに、生活援助の保険適用外に向かって国は動いていますが、それもこれも『お金がないからショーがないよね』というわけで。
『今さらふざけんなー!』と思う方もおられるかもしれませんが、いくら怒っても文句を言っても、ない袖は振れないわけで☆
そんな感じで、社会システムに過度に依存してしまっているこの国は、これから大変な状況に陥っていくことが予測できるのです。
なんだか長くなりそうなので、続きは次回とさせていただきます。
最期までお読みいただき、ありがとうございました☆
訪問をありがとうございます。
コロナ禍ではありますが、皆さま元気にお過ごしでしょうか?
今回の感染症に伴う自粛を含め、たくさんの方々が生活変容を含め感じることが多いのではないかと思います。
また、そんな中でも最前線で頑張ってくださっている医療・介護職の方々を始め現場の皆さまには感謝の気持ちでいっぱいです。
本日は夜に花火業者が感謝の気持ちを込めて、20時から5分間花火を色々な場所で一斉に打ち上げるとのことでしたが、天気が少し心配ですね。
本当にご無沙汰をしている状況ではありますが、私は相変わらず手作り布マスクの製作を続けています。
その数は2000枚をゆうに超え、最近では子供用の布マスクも制作している状況です。
マスク作りをしてくださる方々は、気持ちよく引き受けてくださっており、「自宅でいい時間つぶしになるし、これで誰かの役に立てるなら協力するわよ」と、嬉しい言葉をいただいています。
様々な生活変容をせざるを得ない状況は、たくさんの人に様々なストレスを与えていると思いますが、そんな中でも、自分にできることに粛々と取り組む人たちを見ていると、「地域ってこういう方々の善意で成り立っているんだなぁ」と改めて思いました。
また、諸外国とパイプを持っている方々は、数千枚単位で福祉施設に不繊布マスクを寄付してくださっています。
派手なニュースとして取り上げられることはないけれど、確実に優しさは地域に溢れており、そのことを実感できる私は幸せだと思います。
さて、緊急事態という時間も過ぎた今、これからは未来を見据えての活動を行うことが肝要になると私は感じていて、じゃあどういう社会を描けば最大限住みやすい地域の実現につながるかを模索していますが、そのヒントは「緩いつながり」にあると思います。
その緩さは、いわゆる『個人の損得で成り立つ繋がり』ではなく、『自分にとって心地よいと感じる距離での繋がり』であり、ポイントになるのは『信頼』だと感じています。
今回のマスクを製作する中で感じているのですが、今の過剰な自己責任社会は、ある意味苦しさを感じる部分があります。
行き過ぎた効率化を求める流れは、人を必要以上に疲弊することに気が付いた人も多いのではないかと思います。
それよりも、『自分のペースを知り、困りごとはお互いに補い合う』という関係性の社会の方が、実は、豊かな地域をつくることができるのではないかと思うわけで。
自分の得手で誰かを助け、自分の不得手を誰かに補ってもらう。
お互いさまだから、お礼は『ありがとう』という感謝の気持ちで成り立つ社会。
このように、自分の足りない部分を『お金でサービスを買う』という価値を使って補うだけではなく、『感謝で成り立つ関係性』という方法を新たに追加すれば、地域はもっと住みやすい社会になると思うのですよね。
私自身、イベントは苦手で地味な継続作業しかしていない上、写真などでアピールすることも一切行っていませんが、これからも自分にできる取り組みは行っていきたいと思います。
本当に大変な状況が続いていますが、そんな中でもちょっと周囲を見渡す視点を持ってくれる人が増えればいいなと思います。
そして、言葉かけ一つでも十分なので、その時にできる最善の優しさを周囲に伝えていただけたら、きっと社会はもっと豊かになると信じながら、これからも楽しく取り組みを続けいていきたいと思います☆
訪問をありがとうございます。
現在、新型コロナウイルスの影響で、第一線で頑張っておられる医療従事者の皆さま、本当にお疲れ様でございます。
そして、自粛をされている方々、本当にお疲れ様でございます。
そしてそして、自粛期間中でも出勤している方々、本当にお疲れ様でございます。
今はストレスを感じることもあるでしょうが、日々の積み重ねが感染拡大を防ぎ安定した医療継続を行うことができるよう、乗り切りましょう☆
当社では先月末より緊急事態宣言を想定して動いていたため、現段階では大きな混乱もなく粛々と業務が進んでおります。
3月末の段階で「緊急事態宣言が降りたらこう対応しよう」ということを、リーダー、サブと3人で決めていました。
電車通勤の職員は全員在宅ワーク、自転車通勤の職員は二分し出勤しながら事務所対応をしてもらっています。
明日の会議で、その体制で大丈夫なことが明らかになれば、それ以降は事務所待機者を一人にして対応を行う予定です。
定期会議はビデオ会議を使用しての会議としており、連絡は全て各職員に持ってもらっている携帯に直接連絡をしてもらう形です。
予め緊急事態宣言発動時に送付する文書もリーダーが作成していてくれたため、非常にスムーズに移行することができました。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、この1か月、私は地域の方々と手作りマスク製作にあたっていました。
きっかけは、2月下旬に福祉従事者のマスク不足の話を聞き、地域の活動団体に参加している方に「手作りマスクを作ってほしいんだ」と相談をしたことです。
すると、その方がたくさんの協力者を募り、さらには当社が場所貸しをしてくれているスマホ教室の生徒さんや、サービスBの担い手さんらも加わってくれ、みんなでマスク製作を行うことができたのです。
布や詰める袋は各人の持ち寄りで、自宅で眠っているシーツや手拭いを持ち寄っていただきました(ゴム部だけ活動団体と私が寄付)。
最初は事務所で数人集まり換気しながら行っていたのですが、途中から自粛傾向が強まったため、役割分担を決めて各自が家で作業を行い、週に1~2回、公共交通機関を利用しない方々には届けてもらうというスタイルを取りました。
私は、マスクの型取りとカットを担うことに☆
今回作ったマスクは「立体型マスク」というものです。
これは、4枚の布をカットし縫いながら制作するもので、ものすごーーーーーーく手間と時間がかかります。
私自身、18時から23時まで毎日ひたすら布をカットしていましたが、ミシン掛けを担当してくださっている地域の方々はもっと大変だったことと思います。
本当にありがたいという感謝の気持ちしかありませんが、彼女らはいつも笑顔で「ただ自粛と言うとストレスが溜まるから、やることがあって良かったわ」と、笑顔で言ってくださり、それがまたありがたいと感じています。
当社職員も、たくさんの布や手拭いを寄付してくれました。
この布マスク、まずは昨年度立ち上げた主任ケアマネジャー協議会会員さんに150枚、その後施設に100枚弱、当区の介護事業者連絡会さんにもご協力をいただき200枚、個別に事業所さんに200枚、地域の住民に100枚、製作者の皆さんから地域住民に100枚ほど。
花王さんの布マスクの洗い方を印刷したものを一緒にお渡ししました(1000枚印刷!)。
残りの150枚は、地域の個人商店に持ち込み「ご自由にお取りください」という形で寄付しようか、高齢者の多いマンションに寄付しようか検討中です。
ちなみに、区内組織とのやり取りは、主任ケアマネジャー協議会の名前で寄付をさせていただきました。
ご協力いただいた協議会の会長他メンバーの皆さんにも感謝感謝です(布マスク受け渡しに休みを取って対応してくれました)。
地域の方々のマスク受け渡しなど、私の行動から起きる本来以外の対応も嫌がらずに協力をしてくれた職員のみんなに感謝感謝です。
本当にありがとうございました!!!
そして、本当に私は人に恵まれていると改めて感じました☆
・・・というわけで、そのようなことの調整ややり取り・作業に時間を使っていたわけですが、なぜこんなことをしたのかと言うと、理由は3つあります。
一つ目は、第一線で頑張ってくれている医療従事者に不繊維マスクが届いてほしいということ。
二つ目は、当区住民・福祉職の心理的不安の解消。
三つめは、布マスクを活用しての優しさの伝播です。
(あわよくば、これを機会に地域がまとまり地域包括ケアシステムや共生社会に繋げようと目論んでいた私。どこまでがめついのでしょう・・・)
効果についてはバッチリと測定させていただきました。
そして何より、有事の際に出る人間性と言ったら大げさですが、各人の人と生りが良くわかりました(私は本当にやらしいと自分で思います)。
これは、今後のつながりづくりの上でとても有効になります☆
詳細を書くことはできませんが、今回の一連のことに対して、各人の反応は3パターンに分かれました。
1、自分に何ができるかという視点で物事を考え行動する人、または協力する人。
2、余計な行動はしたくないという否定的、後ろ向きな人。
3、無関心な人。
どのタイプが良いとか悪いとかそういう話ではなく、有事に於いての人の行動は大きく3パターンに分かれており、そのことを踏まえて相手がどのタイプかを理解した上で接することの大切さを腑に落としました。
そして、私が仲良くされていくれている方々は、圧倒的に1のタイプの方が多く、そのことをありがたいと感じた次第です。
このように、今回の有事は本当にたくさんのことを教えてくれてます。
皆さんは、今回のウイルスでどのようなことに気づきましたか?
訪問をありがとうございます。
今日は、長男の卒業式がありました。
このご時世なため、卒業式を行うかどうかは危ぶまれましたが、当地域はり患者がいないため、市が状況を加味して検討後、簡易式という形で開催することとなりました。本当にありがたいことです。
長男たちは3日間、1時間ずつしか準備に時間をかけることができませんでしたが、子どもたちなりに進行を考え会場の配置準備をしたようです。子どもの通っている学校は、先生方が最大限子ども達の主体性を尊重してくれているので、大変だったとは思いますが『自分達で式を創り上げた』という自信にはなったかと感じています。
式は、子どもたち自身の言葉でのあいさつが多く(特に団結力の強い年代だったらしく、ほとんどの生徒が号泣)、校長先生の言葉も形式ばったものではなく、子ども達に響くメッセージを届けていました。
私は、卒業式や入学式は『儀式』程度にしか受け止めていませんでしたが、今回、長男の卒業式に参列することで、その儀式が成長過程にとってとても大切なものであり、儀式を通じて、子ども自身が周囲へ感謝と愛情を再確認できたことは、何よりの宝だったと感じています。
昨今、既存の教育システムや学校の対応について賛否両論あるようですが、私は『学校』というものは単に勉強を学ぶだけでなく、集団生活や対人関係を学ぶ場だと思っています。長男の学校の先生方は、決まったカリキュラムは行いつつも子ども達の主体性を最大限尊重した学生生活を送らせてくれており、そのことに改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。
3年間、本当にありがとうございました。
その後、夕食はお祝いという事で外食をしましたが、家族5人(夫・私・中3男児・小6女児・小3男児)で近くのファミレスに出かけたのですが、私、すっかり失念していました。
子ども達は成長期であるということに・・・。
普段は、外食前はおにぎりを2個ほど食べさせてから出かけているのですが、今日はそのことを忘れてうっかり出かけてしまったため、
■サラダ
■ハンバーグセット5人前
■パスタ1人前
■ポテトフライ2人前
■パフェ2人前
を注文するハメになってしまい、クラクラしてしまいました。
なんか、人数と注文が合っていませんけど!?
まぁ、成長期の子どものいる家庭のエンゲル係数は戦後並みと言われているので覚悟はしていましたが、会計時のレシートを手にしたときの私の手は震えていました。
そして、家族でお祝いができることに感謝しつつ、長男にはこれからたくさんの人に出会い、たくさんの経験をして、彼なりの『やりたい事』を見つけてほしいと願う母でした。
生暖かく見守らせてもらいます☆
同時に、全ての卒業生の皆さまに、ご卒業おめでとうございます☆
訪問をありがとうございます。
私は一般社団法人の方で『ご近所ミニデイ』なるものを毎週開催しています。
これは、区の事業として取り組んでいるのですが、いわゆる介護保険のデイサービス職員の代わりに地域のボランティアさんが対応するというもので、1回3時間、昼食もとるような形で支援を行っています。
始めてから3年目になりますが、地域の元気住民が地域の元気高齢者と交流することで、地域で顔の見える関係つくりが広がっていることを実感し、とても意味のある機会だと感じていますが、今日は、さらにそれを実感することがありました。
昨日、当区より『感染防止対策として、全ての会の中止期間を3月31日まで延長する』と連絡が入りました。
それを受けて、参加者・ボランティアの皆さんに連絡を入れさせていただいたのですが、その際にボランティアさんの方から、『足腰が弱って困る方がいたら、私、買い物同行や散歩など、お手伝いするわよ』と、声をかけていただいたのです。
本当にありがたい申し出です。
実は、会の開催中止期間延期の連絡を受けた時、一番心配したのが『罹患防止・感染拡大防止は致し方ないけど、参加者が自宅で自粛することで、足腰が弱っては元も子もないな』と心配していたんです。
週1回の開催で、各ボランティアさんは月に1~2回の参加ですが、それでも人の縁は強まり、自発的に『困った時はおたがいさま』ができている仕組みに感動しました。
申し出をしてくれたボランティアさんに連絡先等の伝達を了承してもらい、早速、ご家族に連絡を取って、ボランティアさんの申し出と連絡先を伝えました。
ご家族からも『あぁ、母は一人暮らしだから心配していたけど、知らない人の支援は嫌と介護保険のヘルパーさんは拒否するし、呼び寄せようにも環境を変えることで認知症などが出たら困ると悩んでいたので助かります』と返答を受けました。
また中止延長の連絡の際に、参加者の皆さんより、『他の人たちはみんな元気に頑張っている?仕方がないことだけど、皆に会えなくて本当に寂しい。よろしく伝えてね』という言葉をいただいたり、参加者同士で連絡を取りながら健康確認を行っている様子を知り、『あぁ、緩くでも人のつながりを持つことは大切だなぁ』と、改めて感じました。
今回のウイルスでも感じているし9年前の震災でも感じましたが、社会システムがうまく機能しなくなった時、頼りになるのはご近所さんです。
強いきずなではないけど、いざという時に助け合える絆づくり☆
皆さんは、地域でつながる縁はお持ちですか?