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2017-10-21 09:12:00

訪問をありがとうございます。

 

昨日は夕方から名古屋にいる私ですが、たくさんの方々と関わる中で、『他者を通じて自分を知る』ということに重きを置いて接しています。

 

日々、気づきと勉強ですね。

 

 

 

さて。

 

今日は『期待しない』という言葉について考えてみました。

 

昨夜気づいたのですが、この言葉って使い方によって大きく意味が変わるのですね。

 

ネガティブな『期待しない』とポジティブな『期待しない』。

 

同じ言葉なのに、全くもって意図することもその意味も大きく違っている。

 

昨夜はそのことに気づきました。

 

 

 

ネガティブな『期待しない』については、相手を突き放す意図を持っており、特定の物事や人に使われる気がします。

 

それって、一見悪い意味に感じるかもしれませんが、実はそうではないと私は感じています。

 

今まで期待していたけど、それが報われなかった・叶わなかったから、『期待しなく』なったわけで。

 

スタート時には相手に対して『期待を持っていた』ことになります。

 

そう考えると、期待されることが好きな人にとっては、誰かに『もうあなたには期待しない』と言われたとしても、(かなりの地道な努力で)挽回することはできると思っています(まぁ、個人的には、他人様に期待されたことで何のメリットも感じないし、モチベーションも上がらないので、興味ありませんが・・・)。

 

 

 

そして、ポジティブな意味での『期待しない』ですが、これは私自身が10年以上意識している考え方です。

 

誰に対しても初めから『こうしてくれるだろう』という期待を持たないのです。

 

これは一見ネガティブなように感じるかもしれませんが、『初めから相手に期待しなければ、何かやってもらった時に感謝の気持ちが生まれる』という考え方です。

 

まさに、自分が楽になる考え方です。

 

 

 

 

この思考、本当にお勧めです。

 

もう、誰が何をしてくれても感謝の気持ちしか生まれないし、それが相手に伝わることによって、さらなる良好な関係性を育むことができるのです。

 

人様を変えることはできないので、そこに『怒り』というパワーを使うことは非生産性でしかないと思うのです。

 

私は、同じ事象でも楽しく物事を捉えたいと考える人間なので、この考え方を意識するようになってから、人との関わりがだいぶ楽になりました。

 

そして、自分がご機嫌でいると、ご機嫌な人が集まってくるのですよね。

 

これは本当に良いサイクルだと感じています。

 

 

 

 

ちなみに今の私の中での課題は、自分に近しい人にほど、うっかりすると『期待してしまう』のですよね。

 

主として、家族や同じ想いを持っている方々に対してです。

 

でもそれって、ただの甘えなんですよね。

 

はい、反省します。

 

 

 

そんなことをイロイロ考えていたら、私にとって『期待』というものは、『自分に都合よく解釈するための言葉』という結論に達しました。

 

『言わなくてもわかってくれるだろう』とか『きっとやってくれるよね』という期待は、その時点で課題を相手に押し付けてしまっているというか。

 

モチベーションは自発的な感情ですが、期待は受け身ですものね。

 

・・・という、気づきの話でした。

 

 

 

 

皆さんは、どんな時にどんな人に期待感を持っていますか?

 

自分の傾向を知ると、対人が少しスムーズになるかもしれないですね。


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