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2019-02-13 07:27:00

訪問をありがとうございます。

 

昨日は、冊子を取りに来られる方が多く、また、どうしても取りに来られない方へ届けたりしていました。

 

で、ですね、生後4か月の赤ちゃんと会い、癒しをたくさんいただきました。

 

子どもは社会の宝ですね。

 

かわいい寝顔をみて、改めて次世代のためにも豊かな社会にしたいと思った私です。

 

 

 

 

さて、突然ですが、皆さんは財務省のホームページをご覧になったことはあるでしょうか?

 

2月5日から4月5日までの期間で、“平成の財政を振り返り、次の新たな時代に向かう意見募集”を行っています。

 

https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/ikenbosyuu/20190204.html

 

私は月曜日に経理をしながら意見を投稿させていただきました。

 

“声は出さなければ何も変わらない”と思い、1000文字上限のところ958文字で送信。

 

少しでも社会が良くなればと思います。

 

 

 

 

、今のは前置きで、実は私、経理からの現実逃避で、久しぶりに財務省のホームページをじっくりと見たのですが、中に『日本の財政を考える』というタグがありまして(物々しいボタン色に日本地図が書かれているのです)。

 

なんか、いかにも真面目そうな感じがして押してみたところ、画面はやはり物々しい(赤茶色の重圧的な背景色に火の映像がある)。

 

が、そこに書かれている言葉は『(吹き出し)学ぼう!知ろう!日本の問題はワタシたちの問題 日本のお財布事情』と書かれており、背景と文字のギャップに笑ってしまいました。

 

で、ですね、そこにあるタグが『調べる・見る・遊ぶ』なんです。

 

遊 ぶ ? ? ? 

 

そしてさらに、下の方には『ゲームコーナー』もあり、『財務大臣になって財政改革を進めよう』と『予算クイズ』という2つもゲームがあるのです。

 

これ、お時間のある方はぜひお試しください。

 

結構真剣に楽しめちゃいます☆

 

そして、財務省が身近な存在に感じた私でした(きっと、マンマと財務省の思惑に陥っています)。

 

 

 

 

真面目な話、どんな時も国に任せっきりでなく、一人ひとりが今後の国がどうしたら良くなるかを考えることが、とても大切だと思っています。

 

しつこいですが、お時間のある方はぜひゲームコーナー意見投稿をしましょう☆


2019-02-12 07:28:00

訪問をありがとうございます。

 

今日は私の印鑑証明が必要とのことで、8時まで喫茶店で過ごす予定の私です。

 

皆様の一日はどんなスタートを切っていますか?

 

 

 

 

さて、昨日、『サラリーマン川柳』の記事を読みました。

 

毎回、“時代を上手に表現しているなぁ~”と感心していますが、産経新聞さんがここ30年の川柳の流れを挙げてくれていて、何だか懐かしい気持ちになりました。

 

https://www.sankei.com/premium/news/190211/prm1902110006-n1.html

 

『あ~、そんな時代もあったわねぇ~』と中島みゆきさんのごとく感慨深くなった方は、私と同世代が上の方ですね(フフッ)。

 

どんな時代もみんな大変ですが、それでも笑って毎日を過ごしたいと思ってしまう私は、楽観過ぎでしょうか?


2019-02-11 07:32:00

訪問をありがとうございます。

 

今日は一日自宅で在宅ワークをしている私です。

 

長男は私が今日も朝から家にいると知った途端に自室に閉じこもり、長女はマイペースに過ごしており、次男だけが私の周りで遊んでいます。

 

普通の家庭はこんな感じなのかなぁ~、と思いながら、半分お母さん半分仕事人として今日は過ごす予定です☆

 

 

 

 

さて、今日は短く☆

 

世の中には様々な取組をしている人がいますが、輝いている人もいれば、そうでない人もいます。

 

で、その違いについてですが、私は以前からこんな持論を持っています。

 

『(自分が)やりたいこと・取り組みたいこと』と『(自分が)できること』と『社会が求めていること』の3つがハマっている人ほど、輝くことができる☆

 

多分ですが、これは間違えていないと思います。

 

 

 

 

というわけで、もしこれを読んでいる方の中で、『頑張っているのに思うように結果につながらない』と考えている方がいたら、今一度『やりたいこと』『できること』『社会が求めていること』の3つのバランスを考えてみることをお勧めします。

 

あ、ちなみに一番大きいズレは『自分が感じている社会が求めていること』と『本当に社会が求めていること』のズレが大きい方が多いと感じています。

 

頑張って取り組むからには結果を出してほしいと思いますし、そう思うからこそ、主観だけではなく客観的視点を持つ必要もあると思います。

 

今日は祝日。

 

お時間があれば、ぜひご自身の活動について、3つの輪が重なっているかを振り返ってみていただきたいと思います☆


2019-02-10 14:36:00

訪問をありがとうございます。

 

今日は寝坊しまして、起きた時には家族全員が出かける準備を済ませており、サイトを更新する間もなく『大型ショッピングモール』に出かけてきました。

 

長男に次男をお願いして、長女と私は買い物へ行き、その後、長男次男と合流し、今度は次男と買い物をしました。

 

 

 

 

我が家は両親が子どもに構えない分、きょうだい間で支え合って生活しています。

 

宿題を例に出すと、長男の宿題は夫がみていますが、長女の宿題は長男が、次男の宿題は長男と長女がみるというように、基本、子ども達のことは子ども達同士で協力して解決してもらい、そこで解決できない時は、どこまで自分達で解決したので、どこから手伝ってほしいのかを明確にしてもらい親が介入しています。

 

遊びは基本的に親不介入です。

 

これが良い方法なのかはわかりませんが、きょうだい間の絆は深まるようで。

 

 

 

 

今日は長女と買い物中、長女はしきりに『次男がバックを欲しがっていたから、私の分より次男の買い物をしてあげて』と言います。

 

で、次男と買い物に行くと、次男は『あ、これお兄ちゃんが欲しがっていたから一緒に買ってもいい?』と聞きます。

 

次男の買い物をする間、長男と長女に『これで好きなものを買って待ってて』と言うと、自分たちの好きなもの以外に次男の分まで買ってあげるという。

 

本当に手前味噌で申し訳ないのですが、なんというか、自分のことだけでなく他者のことまで思い遣れる姿をみて、『あぁ、夫の教育は素晴らしいなぁ』と感動した私です。

 

そして、この『ちょっとした優しさ』って、地域間で行うことも十分可能だと思っています。

 

それをどうデザインするか。

 

ここが考えどころですが、今日はそのヒントをもらった気がしています☆

 

というわけで、久々の午後更新でしたが、明日は通常とおり更新したいと思います。


2019-02-09 07:42:00

訪問をありがとうございます。

 

今日はとても寒いですね。

 

一昨日の18度が嘘のような天気になっています。

 

夜はファミレスで経理をしたいので、どうか、夜には天候が回復してほしいと願っています。

 

 

 

 

さて、昨日はとても感性の豊かな方と話をした時に、こんな質問をされました。

 

『加藤さんは、嫌いな人にどう接しているの?』

 

それに対して、私の答えはこんな感じです。

 

『あー、私、社会人になった時に人に対して“嫌い”という感情を持たないと決めているので、嫌いな人はいません』

 

 

 

 

私は共感力が低いというか、KYというか、あまり他人様を気にしないのですが、20歳の頃、社会人になるにあたって一つだけ自分で決めたことがあります。

 

それが『嫌いな人をつくらない』ということです。

 

といっても、聖人君子を目指しているとか、そんな大そうな話ではありません。

 

単純に「私の中では、“好き”か“興味がない”しかない」だけなんですね。

 

そして、結構この生き方は自分で気に入っています。

 

 

 

 

そもそも好き嫌いって感情の話で、対人援助の仕事をしようと思った段階でこの感情を仕事に持ち込むと自分が疲れると感じていました。

 

で、どうしたらいいかと考え出た答えが、「あ、合わないと思った人は“興味がない”のカテゴリに入れよう」と思ったわけです。

 

変に感情を込めるのではなく、心を惑わされずに対応できる立ち位置になるというか。

 

私の場合、嫌いって感情を持ってしまうと、相手を観察しちゃうんですよね(何で嫌いなんだろうとか、どこが嫌いなんだろうとか、相手の一挙一動が気になっちゃうというか…)。

 

だから、「あ、こりゃダメだ」と思ったら、それ以上の興味を相手に持たないのです。

 

そうすると、必要以上に相手を意識することもなくなり、心の安定が維持できます。

 

そもそも、全員を好きになるとか全員と感性を合わせるとかは無理な話で、しかも好き嫌いは感情の問題であり価値観の違いでもあると思うので、自分のちっぽけな価値観だけで相手を否定したくないのです。

 

そこに労力を割くくらいなら、いっそ無理に理解しようと思わなければ良いというか。

 

“あ~、この人とは分かり合えないだろうなぁ~”と感じたら、お互いが心地よい付き合いをするための距離感として、“合わないと感じた人には心を惑わされない付き合い方”をしようとするだけの話でした。

 

 

 

 

という話をしたら、『あ~、(言いたいことは)わかるけど、ある意味ものすごくドライですね』と言われました。

 

そして、『加藤さん、配慮はあるけど共感力は低いかもね』とも言われました(はい、相手への配慮は必要だと思いますが、過剰な共感力は不要だと思っているので)。

 

これはドライなのでしょうか?


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