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訪問をありがとうございます。
昨日は午前中に地域ボランティア団体の取材を行い(本当ににぎやかな団体さんでした!)、お昼から社会福祉協議会を訪問し、その後、午前中に行った団体取材のテープ起こしを行いました。
最近はこんな感じで1日が流れています☆
さて、数日前に『信念の折り合いのつけ方』という記事を読みました。
そこには、『自分の信念と違う相手と折り合いをつけながら仕事や活動を進める方法』について書いてあったのですが、大変納得すると同時に勉強になりました。
この記事の中では、『そもそも人は、目の前の物事に対して自分の価値観というフィルターをかけて見ている』としています。
そして、それは個々違うものであり、自分と価値観が違うものだからといって『それは違うでしょ!!!』と声を荒げて怒る人はいませんよね。
ところが、それが曲げられない自分にとって大切な『主義』や『信念』になると、途端に他者のそれとぶつかってしまいます。
で、なんで『価値観』は許容できるのに、『信念』になったとたんに許せなくなるのだろう?という疑問が、私の中で湧いてきたのですが、とても納得のいく答えを書いてくれていました。
それは『人の持つ信念とは、その人が仕事(や活動)を頑張るうえでの、もっと言えば生きていく上での、大事な「心のエンジン」でもあるからだ』というわけです。
さらに、その信念を他人によって踏みにじられた時は、強い怒りにもなり得ると書かれており、妙に納得してしまいました。
確かに、信念は自分にとっての励みにもなるし、かたやそれを侵された時には痛みにもなる。
うまいこと表現するなぁ~、と感心しました。
と同時に、これはもしかしたら、自分の信念を理解する一つの手段になるのではないかと考えてしまった私です。
例えば、他人とコミュニケーションをとっている時、『あ、なんか違うな』程度は自分と相手の価値観の違いであるので、この『違う』部分をメモしておく(逆も然り、です)。
■私はいただきますを言わないで食事をする人が苦手。とか
また、他人とのコミュニケーションをとっている時や、他人の言動を見ていて『怒り』を覚えた時、『あ、これは自分の信念に通じる部分かもしれない』ということを理解して、これまたメモに書いておく。
こんな感じで、自分の快不快をメモに書き出せば、自分がどんな価値観を持っていて何を大切にしているかが見えてきます。
そんな感じで、メモにある程度書き溜めることができたら、それが自分の『取り扱い説明書』になるのかなあ~、と思いました。
で、ですね、気づくと早速試してみたくなって、ここ数日、やってみたわけです、私☆
そうしたら、何だか『自分の思っている自分』と『本当の自分』って違うもんだなぁ~ということを実感し、ちょっとだけ凹みまして。
えぇ、自分の思っている自分より、本当の自分の方が『はるかに』許容量の小さい人間でした(一番腹を立てていたのが、私の名前を書いていたお菓子を子どもが勝手に食べたことでした!)。
…なんてことをしながら数日過ごしていたのですが、凹んだものの、新たなダメ自分を発見し、それはそれで『人間らしくて良いんじゃない?』開き直っている次第でありまして。
もし、お時間のある方がおられましたら、数日間でもよいので、ペンとメモ帳をポッケに忍ばせ、こっそり『本当の自分メモ』をつけてみてください。
以外に小さいことに心惑わされていて、笑えるかもしれません☆