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2018-11-22 07:22:00

訪問をありがとうございます。

 

昨夜は、職能団体の部会にお邪魔しました。

 

職能団体には様々な部会がありますが、その一つの部会に、あるお願いとアンケートを取るための会議参加だったのですが、部会によって雰囲気が違うなぁと感じた私です。

 

勉強になりますね。

 

 

 

 

さて、今日はタイトルを見てびっくりされた方もおられるかもしれません。

 

これはNHKの金曜日だか土曜日にやっている、「チコちゃんに叱られる!」のチコちゃんが放つ一言です(我が家でブームとなっています)。

 

私は一度しか観たことがないのですが、これは本当におもしろいです。

 

当たり前に使っている言葉や思い込みを深掘りしてくれるという、オタクにはたまらない番組。

 

機会がありましたら、ぜひ観てください☆

 

 

 

 

そんなわけで(?)、今日は『知らないということを知る(無知の知)』について書いてみたいと思います。

 

以前、思考の抽象化を学ぼうと思った時に細谷功さんの著書が大変勉強になったのですが、この方の本を読んで『世の中は(自分が)気がついていないことがたくさんあって、それを意識し気づいていくことが大切』ということが書かれてあり、ワクワクしたことを思い出しました。

 

一つでも多くの『知らない』を知り、それを考えこねるのが好きな私にとっては、いわゆる『知識』を埋め込んでそれを基に解決方法を探る(課題解決)よりも、そもそもの問題を発見して、その解決方法を考えていく方が楽しいのです。

 

そして、不思議ですが、色々なことを知れば知るほど“自分が無知である”ことを実感するというループにハマるのですが、これは良いのか悪いのか・・・。

 

なんて、そんなことを書いていたら細谷さんが懐かしくなり、再度本を読み返そうと考えている私です☆

 

 

 

 

ちなみに、私はアウトプットのために要約ノートを作っているのですが、それを読み返してみると『知=事実と解釈の集合体(分類能力)』『知識=知を静的に固定したもの(事実+(分類+関係づけ))』と書いてあります。

 

事実は誰が見ても変わらないことだけど、そこに個々の解釈が加わって知になる。

 

そして、それを自分の中で『こうだ!』としたものが知識というのだということを、覚えておきたかったのだと思います。

 

ちなみに、“時代と共に常識や情報は変化しているのに、それに併せて自分の知識をアップデート(更新)しないと、その知識は色あせて陳腐化してしまう”とも書いてありました。

 

なんて書くと難しく感じるかもしれませんが、要は『事実は誰が見ても変わらないものだけど、解釈が違うから受け取り方の違いが生じる』ということと、『自分の解釈を固定したものが知識で、これは時間と共に変化するから絶対としない方が良いよ』ということですね。

 

この方の本は、無知だけでなく、抽象化の考え方や無理の構造等もとても分かりやすく書いてあり、私は大好きです。

 

本を読むことが嫌いでない方は、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

 

 

 

 

チコちゃんの話から逸れてしまいましたが、世の中って知らないことがたくさんあって、だからこそ楽しいと思います。

 

そして、色んな解釈を『へ~、そういう考え方もあるんだ~』と受け入れられる気持ちを忘れたくないなぁ~、と感じた私でした。