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訪問をありがとうございます。
いやぁ、昨日の私のスケジュール予定は「ゼロ」でした☆
週に1日はこういう日を作り、突発的な物事にも対応できるようにしているのですが、「何にも起こらず本当にゼロ予定」というのは数年ぶりのことです。
おかげでペンディングしていた事務処理がはかどりました☆
そして、ガチガチの身体をほぐすべく、終業後はマッサージに行ってきました(リフレッシュできた!)。
というわけで、今回は「ゼロリスクの危険」について書いてみたいと思います。
ゼロリスクとは「食品や環境などに『絶対安全』や『100%大丈夫』を求めるもの」です。
そう書くと、大半の方は「本当の意味でのゼロリスクなんてあるわけないじゃん」と気づいていただけると思います。
なぜなら、私たちの日常生活は『生きていること自体がリスク』なわけで、そのリスクをゼロにすることは不可能なのです。
しかし、日本では2000年頃より「リスクゼロ」に向けた活動がたくさん出てきています。
所沢のダイオキシンをはじめ、最近では福島県の原発も記憶に新しいかと思います。
少しでもリスクがあるとその部分を叩いてすべてを批判し改善を要求する。
こういうことを要求する人たちは、自分達が“正論”を言っていると信じているので正しい知識や費用対効果も考えずに批判し、知識人が「いや、そのくらいの数値では大丈夫ですよ」とか(自分たちの)意に沿わない発言をすると、今度はその知識人にターゲットを変えて「御用聞き学者だ」と批判するという・・・。
テレビやマスメディアでよく見かける手法ですね(個人的には自分たちの正論のために一部の人たちをの差別化と排除を進めるやり方にはうんざりしています)。
そして同時に、“ゼロリスクは無理だけどリスク管理はきちんとしようね”という考え方が浸透していきます(リスクマネジメント)。
リスクマネジメントとは、「リスクの大きさとリスクを減らすことによるベネフィット(便利で有益)と、そのリスクを減らすために必要なコスト(費用)の大きさをはかりにかけ、比率を計算してリスクを減らすかを考えていくこと」です。
何だかまどろっこしい言い方ですが、要は「リスクに対応する費用対効果を考えてどうしていくか考えようね」ということです。
この「リスクマネジメント」ですが、社会の中で必要以上に「リスクを許さない」という動きが日に日に高まっていると感じるのは、私だけでしょうか?
それも、リスクを管理する企業側の発信というより、世論(正確には世論を装ったマスコミ?)が国や企業に過剰なリスク管理を求めるという事態になっていると思います。
もう、そうなるとリスク管理ではなくリスク排除です。
マスコミ(世論)が騒げば、国も黙っているわけにはいきません(これも、そもそも本当に世論をマスコミが代弁しているのか私は懐疑的ですが)。
そうして、「ガチガチのルール」がドンドンできているのが今の社会だと私は認識しています。
介護事業所はいい例ですよね(ルールが厳しくなりすぎて企業参入が減ってきている)。
「良くなりたい」「できるだけ安全・安心の中で過ごしたい」という気持ちはわかりますが、結果、自分たちで自分たちの生活を不便にしているようにしか私には見えないのです。
また、過剰なリスク排除は新たな事業や取り組みの可能性を潰す危険性をはらんでいます。
新たな事業や取り組みって、ある意味「リスクだらけ」なのです。
でも、それを行動して改善していくから社会は進化すると私は考えています。
そこに、過剰なリスク排除の理論を持ち込まれると、この社会の変革期にチャレンジする機会が減ってしまうのです。
チャレンジする機会が減るということは変化しないということで、これは国の衰退を意味します。
そういう意味で今の「過剰なリスク排除」の傾向に、危険だなぁという意見を持っています。
確かに、リスクは減らしたい。
同時に、それが過剰になっていないか?現実不可能なものを押し付けていないかを、今一度私たちは考える事が必要なのではないでしょうか?
そして、社会が挑戦者たちを応援し、困っている人たちに目を配る両者の視点を持ったら、世の中はもっともっと過ごしやすくなるのではないかなぁ~、なんて考えてしまう今日この頃です。
皆さんは現在の「リスクに対する捉え方」「リスク管理」について、どのように考えますか?