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訪問をありがとうございます。
今日はケアマネジメントと全く関係のないことを書かせていただこうと思います。
日頃のフワフワした思考をまとめたくなったので、メモ代わりにここを使わせていただこうかと。
私、この仕事をしているせいか、人間の存在意義や幸せについて考えることが多いのですが、その辺りのことを、独断と偏見に満ちた思考で書くので、全くもって面白くもないし、学びや気づきもないと思います。
はい。
暗に『読み飛ばした方がいいよ』と言いたいわけですσ^_^;
【現代の社会について】
現在の社会を見ていると、大半の人がとても忙しそうである。
いや、実際に忙しいのであろう。
電化製品を中心として、生活は便利になったのに余裕の無い社会。
全てにおいて『効率化』という言葉を用い、1分1秒も無駄にしてはいけないという緊張感。
情報過多の中、何が正しくて何が間違っているのかは自分で見抜かなければならない、野生的(?)嗅覚も求められる。
常に何かに追われており、自身の言動に失敗は許されない状況になっているのが、現在の日本の社会だと私は感じている。
拝金主義であり、人々の言動からは損得勘定が抜けない社会。
人の人生を『勝ち』『負け』で表してしまう社会。
『個の尊重』と言いつつ、溢れるほどのマニュアルやノウハウ集が満ち溢れている社会。
情報の社会に、人間がついていけず、歩みを止めると社会から遅れを取ってしまい、そうしたら『脱落者』の烙印を押されてしまう。
それが怖くて、周囲と自分を比較しながら、必死に毎日を生きている人もいると思うのだ。
これらをひっくるめて一言で言うと『息の抜けない社会』とでも言うのかもしれない。
こんな状態で、果たして人は、幸せを感じて生きることができるのだろうか?
そんなことを、いつも考えている。
そして、これを嘆くのではなく、現状を知った上で、果たしてどうすれば、人は安心して自分らしく楽しみながら生きることができるのか?ということを考えてみた。
【現在に至る背景要因について分析】
私の記憶では、人々が慌ただしくなったのは、バブルの頃からではないかと認識している。
また、人との関わりよりも拝金主義になってしまったのもこの頃からではないかと考えている。
それまでの日本は、年功序列の終身雇用が基本だった。
それが、バブルをきっかけに社会人の大半が、多額の現金を手にできるようになり、それを手にした人々は、まるで自分が急に力を持ったような気になっていたように記憶している。
『持っている現金の多さ=自分の力の強さ』という錯覚に陥ってしまったのである。
これが、人間に勝ち負けをつけ始めた発端であるように私は感じている。
(本当はテレビで勝ち組み・負け組みという表現をしたことが発端だが、私はその前から世の中で勝ち負けはあったと思っている)
そして、その後のバブル崩壊。
この頃から、徹底した『効率化』をしないと、生き残れない時代が始まったように思う。
その昔、『国富論』を書いたアダムスミス。
彼は『経済の父』と呼ばれ、世界中に多大な影響を及ぼした人の一人だが、彼は『最大に効率化した働き方は、徹底した分業化である』と説いた。
正に、今の社会の働き方そのものである。
そして、それは確かに企業にとっては良かったかもしれない。
10の技術をマスターしたスペシャリストを一人育てるより、1の技術をマスターしたスペシャリストを10人育てた方が、時間も労力も短縮できるから。
それに、働く側も10の技術を磨いて働くより、1の技術を徹底して磨く方が楽だと思う。
さすが、世界の経済の父、である。
だが、彼が同時に書いているリスクについては、注意を払う人は少なかったらしい。
『徹底した分業化は、自分以外の役割を見ない傾向が強まる』。
これは、自分の役割は責任を持って行うが、その隣の人が困っていようがそれは自分の範疇外として、構わなくなってしまうということである。
そして、不景気なせいだろうが、どの企業も徹底した分業化を行い、一人の社員がギリギリ頑張れる限界まで、仕事を担当させることになってしまったのだ。
自分のことで精一杯な状況で、横を見る余裕なんてあるわけがない。
仮にあったとしても、隣の人が困っていたとしても、そこに手を貸す余裕は持てないだろう。
そのくらい、企業の社員に負荷を与えないと、生き残れない社会になってしまった。
というわけで、この『徹底した分業化』も、現在の社会が横の繋がりを持たなくなった原因の一つに挙げられると、私は考えている。
他には、インターネットの普及で情報は加速され、携帯電話の普及で常に人は何かに管理されるようになったと思う。
これは、常に何かに追われてい感や、常に何かに管理されている感を生んだと、私は考えている。
あ〜、一気に書いたら疲れてしまいました。
まだ、原因の段階しか書いていないのに、この疲労感。
続きは、また気が向いたら書きますので、『うっかり』これを読んでしまった方は、同じ失敗をしないようにしてくださいませ☆