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展示用取材
今年10月頭に開催されるART ART〜用の取材である。
前回は來住アートプロデューサーであったが今回は友人の大丸松坂屋の山口さん。
かなり気楽に話ができた。
話をしていて感じたのが山口さんはこちらに聞く事を頭に入れて話せる。
自分ならうまく話すことに注力してしまい、質問事項をすっ飛ばしてしまうだろう。
そこは仕事といえばそれまでなのだが自分んと違う能力があることには感心する。
いつも思う事なのだが自分の作品は一貫性があまりないので筋を通して話せない。
支離滅裂になってしまう。
作家になったきっかけから現在までずっと筋が通っていることなど考えられない。
しかも絵を10年辞めていたのでツジツマが合わない事だらけである。
どういうふうに編集されて動画になるのか分からないが前回より今回の方が素直に語っている。
第4回HIHONGA ⚪︎-en-
日本画のグループ展を観に京都へ出る。
作家の方が何人か居られて色々と話をした。
自分もグループ展に10年ほど参加していたので共通の話題も多くあり、楽しく過ごした。
ある作家さんと話をしていて日本画材以外の材料で書いていて面白い表現をしていて、その方が「日本画材でそれをどう表現したら良いか難しい」とおっしゃっていて、自分は「日本画材で表現しないこと」を勧めた。
日本画家と言う肩書きで活動しているとその画材で表現する事をどうしても考えてしまうがそれではうまく表現につながらない。
自分が行っている大学でも同様の事を言った。
ある生徒が鉛筆で写生をしていて日本画の絵の具でこの感じを出したい、旨を語っていた。
だがそれは無理なのでこの良さを出すのなら版画、例えばシルクスクリーンなどで表現した方が良い、と伝えた。
岩絵具の美しさにどうしても惹かれてしまうのか、日本画専攻に引っ張られてしまうのか。
それを捨てれば表現の幅は増すはずだ。
ダーバン
このブログは誰に向けてのものか全く考えていないので分からない人も多いかと思う。
アランドロンが亡くなったが映画が好きであればこのスターを知っている人もいるかと思うがおそらく1965年よりも前に生まれた人でしか分からないだろう。
自分が小さい時によくこの男前俳優がCMをやっていてそれがダーバンという紳士服(?)だった。
これとチャールズ・ブロンソンがやっていたマンダムの2つが記憶に残っていた。
後者はこう言っては申し訳ないのだが、ちょっと不男でかなり男臭いブロンソンが顎を摩って「う〜ん、マンダム」と言うセリフがカッコよく小学生の時に皆が真似ていた。
それと前者の宣伝は男前が格好良く振る舞い、ラストに全く分からないフランス語のセリフを言う。
「ダーバン、セ・レレガァ~ンス・ドゥ・ロム・モデルヌ(Yahoo!知恵袋より)」
小学生なのでダーバン以降は適当にフランス語風に言って誤魔化す。
娯楽が少ない時代もあって本当につまらないことを楽しんでいた。
「太陽がいっぱい」の映画よりもこのCMが印象的である。
偉大な同級生
少し前に大学時代の友人と食事をした。
その時に同級生の話になり、かなりびっくりした友人がいた。
画像の彼がそうであるがどうも億万長者らしい。
どういう進路に進んだのかも知らなかったがどうもあの任天堂らしい。
学生の頃は確かに有名な会社であったが今のような超有名ではなかった記憶がある。
彼は版画先行であったが1年の時は日本がを専攻していたので2年の半期まで一緒だった。
大学の時は下記のインタビューにも載っている通りそこまで制作一筋ではなかったようだが会社に入ってその才能が開花したのであろう。
それくらい学生の頃は芸術家っぽくなかったのだ。
このインタビューを読むに理系だったらしく、この会社に合っていた。
検索して気づいたが大学のこのページは興味深かった。
知り合いが著名になっている。
勉強不足である。
https://www.kcua.ac.jp/profile/interview/arts/art_26_takahashi/
廃墟に魅せられて
尖展に友人の早川さんが招待作家として出品していて、京都へ来ているので会いに行った。
去年、下見に京都へ来られた時に飲みに行く予定が決まっていたのだがめまいが酷くて歩けなかったのでキャンセルした。
それを申し訳なく思って、今回退院したばかりなのでアルコール抜きで昼食を共にした。
その時の話の中で、栃木県立美術館で日本画のグループ展に参加した話が出た。
その展覧会に参加できたのは学芸員さんがネットで自分を見つけて参加できたと思っていたのだが、どうも聞いていると早川さんが自分を勧めてくれたらしい。
早川さん自体は関東の日本画のグループに参加していてそのグループを主体に栃木県立美術館の参加者は決まったようである。
全く知らない学芸員さんだったしなぜ自分が?とも思っていたので経緯がわかって良かった。
これはかなりの恩人なので昼食代は自分に出させてもらい、感謝を伝えた。
美術館に戻ってあらためて作品を鑑賞。
早川さんの作品のマチエールに自分との共通点が全く無いことに何故推してくれた?とまだ疑問を持った。
