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タミヤ人形改造コンテスト
何気なくYoutubeを見ていたらおすすめでこれが出てきた。
懐かしかったのでそのまま見ていた。
2025年で54回らしく、自分がプラモを作り出した頃にはすでにあったようである。
その昔は雑誌でしか知り得なかったが今では動画で、しかも綺麗な画面で見られる。
35分の1の人形を使うのだが細かくてその造られた中に宇宙を感じる。
ガチャポンもこの世界だが一点ものではない。
手の後が残っていて温かみがある。
何より作者がこれを作っている時の気分を想像すると見ているこちらまで楽しくなる。
著作権や肖像権も本当なら許可を得ないといけないものだがここでは許されている。
自分の作品にもこういう作り手以外をワクワクさせるものが欲しい。
画像は2025年開催のうちで一番のお気に入り「8番出口」
ホラーゲームの再現。
3つ並行して
カップヌードルと金鳥と九度山作品の作業である。
3つとも絵であるのでそれほど大差はない。
カップヌードルと金鳥はいつもの作業なので大きく外すことはないが、九度山寄贈の作品だけは何が起こるかわからない。
裏打ちようにと水分を含んだままでガラス板の間に和紙を挟んで置いていたら三週間くらいで赤と黒のカビが出てきていた。
最初は岩絵の具でも塗った紙を敷いてしまったか、とくらいに思っていたが裏打ちするのにそれはない。
本当に色々ア小さいクシデントが起こっていて寄贈作品は勉強になった。
金鳥の絵は小慣れてきて、失敗しても取り返しがすぐに効く。
カップヌードルのは今回かなり小さいカップを描くのでそれがどう出るか。
輪郭線も細いし、時間をかけて作業。
寄贈
前年のくどやま芸術祭の作品を寄贈することにはなっていたが展示の時の見せ方と違ってしっかりと額装をすることにした。
それにともないかなり手を加えて追加で制作しなければなくなり、今忙しい。
ガラスをなん枚も重ねて見せようと最初は考えていたが、それだと重くなってしまい飾る場所を選ぶだろう、と考えた。
となると軽くしてみせる見せ方だと裏打ちもしっかりしないといけなくてかなり面倒なことになっている。
作品自体は絵の具を塗っているときはかなり楽だったがこの見えないところの細工に時間を取られそうだ。
そもそも、手渡しで「寄贈しまーす」のノリだったハズなのに、キッチリとした式典のような受け渡しになってしまったので作品もいい加減に仕上げることをやめた。
ただこれからも九度山町が存続する限り残る作品でもあるので責任を持って仕上げるつもりだ。
ミニマル
作業の時は音楽をかけながらであるが最近ミニマルミュージックをよくかけている。
Spotifyに入っているのでこういう実験的なものも自由にお金をきにしないで聴けるのはありがたい。
その音はミニマルというだけあってかなり短い旋律をなん度もひたすら繰り返す。
絵画のミニマルは繰り返しもあるが画面一面単一の色、というものもよくある。
ただこれを音でやってしまうと単音がずっとなっているだけになってしまいおよそ音楽とは言えない。
音には時間軸があるので仕方ないところ、絵画には時間軸がないので逆にこういう表現もできる。
とは言っても自分が知らないだけで単音の音楽もあるのかもしれない。
しかしこのミニマルミュージックとやらは没入感が得られ、ひたすら打ち込むことができる。
世の中には生活もミニマルな方がいるが当方、雑念だらけで断捨離には程遠くその生活はマキシマム。
https://www.youtube.com/watch?v=N2s410ZANPY&list=RDN2s410ZANPY&start_radio=1
AKIRA
NHKでこれの放送があると知り鑑賞。
40年近く前の作品だが今の若い人が見たらどう映るのだろう。
ラストの赤ん坊が出てくるのは「鬼滅の刃」でもあったので鬼滅が好きな人は近しく思うのでは。
単純にパクリと見えるかもだが「AKIRA」の方が先である。
そしてこれは個人的な意見だが「2001年宇宙の旅」のラストにも赤ん坊は出てくるのでアイデアを拝借したのではと見ている。。
この映画は1968年だったか、「AKIRA」より古い。
大友克洋がいいのは元ネタがあるのは多くて(例えば描き方はメビウスである)それをうまく昇華させているところだ。
自分の味に変えて魅力を作っている。
ボブ・ディランなんかも元ネタを自分なりに昇華させているところは同じなのでは。
久しぶりに観た2時間はあっという間に過ぎ去るほど、面白さに満ちていた。
