上野貴子からのお知らせ
梅の季節
二月は梅の季節ですね。
この頃になると田舎の庵を思い出します。
いつの間にか月日は過ぎて
今ではすっかり古くなりましたが
それでも庭には今でも記念に植えた梅の木が春になると
白い花を咲かせてくれています。
鑑賞用の紅梅に黄色い蝋梅もあり
庵の早春には梅の花が三色咲いて花盛りです。
東京に嫁に行ってからは徐々に訪れることが減り
最近はコロナ禍ですっかり訪れていられなくなりました。
それでも、今年は久しぶりに修理の都合で
立ち寄ることが出来ました。
昨年は手術のために本当にたまにしかこれずにいたのですが
お正月に紅梅がはやばやと咲いて雪が降った日に訪れたことを
ふと思い出しました。
今年は2月が初めての訪問となります。
今回はいいお天気です。
しかも縁起のいいことに白梅が満開で、紅梅の咲いて、蝋梅もまだまだ満開でした。
三色の梅が満開の時期にちょうど訪れることが出来て本当によかったです。
このあとは、そろそろ老朽化してきたので、修理をする予定なのです。
どうなるのかははっきりは解りませんが両親がまだ健在の内にまたちょくちょく訪れて
母屋の方に顔を出せれば何とかみんな元気に過ごせるかと思うのですが
コロナ禍の方はどうなるのでしょうかね。
心配ですが、こうなるともう待ってはいられない状況です。
兎に角、梅が三種類咲き誇り満開の見ごろに最後の見納めが出来て本当によかったです。
何とか記念樹の白梅は残してもらう約束になっているので
来年もきっとまた満開の頃に花の咲く姿を見れると楽しみにしています。
俳句を始めた頃の庵にも時代の流れが押し寄せて
新たな時代がはじまりそうなそんな梅の頃です。
謹賀新年
謹賀新年
2023年あけましておめでとうございます。
今年は兎年ですね。
ちょうど今から12年前の2011年は
忘れもしない大災害の年でした!
戦後生まれの私にはあれほどの災害はこれまでに経験したことがありません。
あれからもう12年もの年月が経ち
今では恐ろしいパンデミックのコロナ禍です。
混沌とした世の中ですが
今年も新たな年が始まりました。
昨年は良い事と悪い事が一緒にやって来て
コロナ禍だけに何が何だか解らないすさまじい一年でした。
神様仏様、八百万の神々様、どうか以前の日常が戻りますように!!!
毎日祈るような気持ちです。
今年もまだまだコロナ禍は続いています。
そんな時代を私たちは生きて行かなければなりません。
少しでも幸せに生活できることを誰もが願っているはずです。
この年がこんどこそコロナ禍最後の年でありますようにお祈りしながら
自分の進む道を見失わないように
しっかりと地に足つけて生き抜かなければ
自分の人生は自分の足で歩くことしかできませんから
挫けずに諦めない気力と体力を持って挑んでいきます。
一年の計は元旦にありと言います。
今日もいいお天気で朝から太陽の光が降り注ぐ気持ちの良い御正月でした。
この晴れた美空のように
今年も一年間よい年でありますようにお祈りして
自分なりの目標を立て自ら一歩づつ踏みしめて行きます。
コロナ禍に翻弄されている間にいつの間にかもう還暦を過ぎて
人生の折り返し地点を通り過ぎてしまったことがとても悔しい時代です。
これからの自分の夢をどう実現したらよいのか試行錯誤の末に
今年は、俳句活動の充実とこれまでの活動のひとつひとつを大切にやり続けるためには
NBSグループとしてきた形を何とか整えて上手く行動してゆけるように
N、B、SのBを中心に俳句文芸協会としてこれまで小さな少人数制の句会を中心に活動してきたものを
きちんとまとまりのある集団としての活動が出来るように考えてゆこうと決意致しました。
この活動が2023年の大きな指針であり少しでも充実させてゆくことを目標に
一年間を走り続けたいと考えています。
これからもこれまで以上に俳句文芸協会ともども宜しくお願い致します。
いつの間にかもう師走!
気が付いてみたらもう師走になってしまいました。
今年は何だか秋が無く冬が来てしまったような感じです。
毎年夏ばかりが長くて秋が年々短くなりましたが
冬の訪れは何となく早く感じます。
これは気のせいなのでしょうか?
意外な時に急に寒波がやって来て朝晩の冷えが心配なうちに
また気温が逆戻りで暑く成ったりで
気候の変化が激しい秋でした。
そんなこんなの内にいつの間にかもう師走です!!!
都会では銀杏の黄葉が美しくいつまでも晩秋のような光景ですが
風は冷たく12月ともなればやはり紅葉も枯れ色となり落葉となって忙しない師走です!!
今年も一年間ありがとうございました。
来年こそはコロナ禍からの脱却です!!!
いつまでもコロナ次第の毎日から何とか抜け出さなくては!!!
やっと規制のない年末年始が迎えられそうですね。
これまで3年間にたまりにたまった疲れを癒してよいお正月を迎えましょう。
こんなに体を痛み付けられた年はこれまでなかったです。
一月の意外な雪で風邪ぎみとなりましたが、何とかコロナ感染はまぬかれたのです。
ところが、2月には歯が弱ってしまい歯の治療!!!
そして、挙句に3月には胆石の手術というものすごいダブルパンチでした。
どうにかこうにか持ち直し、今こうして生きています。
健康で暮らせることのありがたみが初めて解りました。
何か月も体調を整えるために無理せず過ごし、回復することが出来て本当によかったです。
今年ほど人間ひとりでは生きられないのだと痛感したことはありませんでした。
周りの暖かな友人達のお陰で、俳句活動にもさほどの痛手なく切り抜けられて
本当によかったです。急な事態を助けて下さり、協力して下さった皆様、本当にありがとうございました。
この体験をばねに来年も思いきってぴょんぴょん跳ねていられるよう努力します。
2023年はこれまでにない自分史上最大の節目を迎えます。
還暦がコロナ禍で打ち消されてしまった熟年には、そろそろ後戻りできない年齢となってしまいますから
どうにか兎にあやかって、怠けずにジャンプできますよう!!!
この世のすべての神様にお願い致します。
これからの人生を悔いなく幸せに暮らせますように!!!
お月見が早くも過ぎて!
今年は9月10日が十五夜様でした!
なんて早いお月見なんでしょう!と驚いたのですが
意外に2014年にも9月初めのお月見があり
今年のお月見は何か記録的なサイクルの変化では無いようです。
よかったと胸を撫でおろしたり
なんでも未曾有のこのコロナ禍によくあることなのか?
なんてがっかりしたりで
どこかテンヤワンヤの十五夜様でした。
我が家ではちょうど9時から10時くらいまでがお月様がよく見える時間です。
2022年の十五夜様はまさにまん丸でお盆のように雲に隠れることなく
くっきりと綺麗に見えました。
偶然というくらい早すぎてうっかりしそうだったのですが
この日にちょうど俳句の集まりがありお月見なんだと確認出来てよかったです。
昼の間は秋晴れで東京では隅田川の辺りからスカイツリーが聳え立って見えて
雲一つないよいお天気でした。黄色くて丸い栗あじのお月見饅頭を買い、夜は十五夜様が見えるかなぁ???
と考えながら一日を過ごし家に帰ると
何となくもうすぐに夕食時です。
夕食を食べながら見る十五夜様は
都会の空の制約で我が家では9時ころからが見ごろです。
以前ならお酒でも飲みながら機嫌よくお月見なのですが
今年は手術をした後なのでアルコールは控えて
ノンアルコールビールで乾杯です。
お芋の煮物を食べて枝豆をつまむ
お月見にはやっぱりお芋と枝豆ですね。
そんな十五夜の夜を満喫しながらコロナ禍が少しでも早く終焉収束できますように
3度目のお月様への祈りとなりました。
これでワクチン接種が最後でありますように満月の丸いお月様に心からお願します。
「落柿舎」の名前の由来?!
「落柿舎」って何で言うのか?
京都の嵐山に落柿舎という庵があります。
ここは芭蕉ゆかりの史跡で、芭蕉の弟子「蕉門十哲」のひとりとして名高い
向井去来の別荘として知られていますが
そもそもなぜ「落柿舎」という名がつけらえたのか
チョットしたエピソードがあるようです。そのことを初めて知ったのでご紹介しますね。
向井去来は、この別荘を1686年貞享3年の頃に譲り受けます。その頃は京都に住む富豪が建てた別荘で「捨庵・しゃあん」と呼ばれていたそうです。
当初の庭には柿の木が40本もあり実がなっていました。
ある秋の日に、都から来た商人に柿の実っている柿の木をすべて売ってしまいます。
ところが、その夜、予想もしていなかった突風が吹き荒れて
庭の柿の実がすべて落ちてしまったのです。
これでは昨日の商人は、とてもこの柿の木を買う訳にはいかないと断ってしまいます。
商談は失敗に終わり残念だった去来は「一夜で柿の実が落ちてしまった家」という意味で
「落柿舎」となずけたと言います。
その後、ここには芭蕉も訪れて1691年元禄4年に「嵯峨日記」を書き残しています。
こうして、京都嵯峨の嵐山にある去来の別荘「落柿舎」は今でも残され、観光スポットとされているのです。
京都へは何度か行きましたが、この「落柿舎」にはまだ立ち寄っていません。いつか行ってみたいとこの話を聞いて旅心を誘われました。
秋の柿の実がなるころに訪れてみたいです。
