うつ病・対人恐怖症
【1】~【2】
【1】2001年11月25日 長尾弘先生 大阪講演会より
「「もしあなたたちが自分の心の中を探るならば、さまざまな想念、心象、考え方、闘争、怨念、意気の沮喪(そそう)等が、実は自分で作ったものであることが解り、それら一切の制約が、ただ真理を把握しなかったがために、自分自身の心の中で現象化したものであることがわかる。(心身の神癒 第12話 51 )」
うつ病とか、ノイローゼとか、今すごく多いんです。これも自分の思いで作った牢獄です。自分の思いで自分が作った牢獄の中に自分が閉じこもってしまうんですね。だから、そういう場合もです、自分で作ったものであることをまず理解することですね。それら一切の制約が、ただ真理を、把握していなかったために、自分自身の心の中で現象化したものであることがわかる。自分で、心の病気全てです、自分でありもしないもの、自分で思い自分で作り出していたもの、それが精神的な病気ですね。
「あなたたちを押しひしいでいるこれらすべての制約を直ちに振るい落すがよい、そうして初めてあなたたちは天国に入るのである。こうしてあなたたちが一切の制約を心から除き去った時、あなたたちは天国をもたらすことになる。(心身の神癒 第12話 52 )」
人の思いで作った制約、決まり事ですね。それによって自分が囚われ、自分で現象化、形として心で作ってしまう。そしてその中で、がんじがらめになって動けなくなっていくんですね。これが、心の病気です。だからそんなものは、振り落としてしまえばいいんだと。真理、本当はこうだということを知らないからなったんだから、知ればそれを今度は振り落とし、振り落としていく努力です。
「なぜならば、父はあなたたち一人々々を愛してい給うからである。雌鶏がその雛を羽根で覆うように、わたしの父はあなたたちみんなをその愛もて蔽(おお)い給う。(心身の神癒 第12話 53 )」
ニワトリ、ね、卵、親鳥が卵を抱いて孵(かえ)します。そして、卵を孵りましたらね、こう、羽をぱっと広げ、その羽の中、雛がいっぱい入ってるんですね。チョコチョコ飛んでたら羽の中に入る、雛鳥を覆ってくれてる母鳥ですね。そのように神様は私たちを全部こう、愛の翼の中に覆ってくださってるんだと。そのことを把握するだけでも、すごく、安心、安らぎがいただけます。いつもそない包んでいただいて、守っていただいて、かばっていただいているんだということを知ることですね。」
【2】2002年7月28日 長尾弘先生 大阪講演会より
対人恐怖症
「「歓喜(よろこ)べ、恐れるな。恐れとは、明確に視ることを妨げる視力の曇りである。(心身の神癒第十三話35)」
恐れというのは、はっきり見ることを妨げる、目の曇りである。
「それはあなたたちの霊的視力(ビジョン)を曇らす、しかしそれも一時である。なぜなら、あなたたちの裡(うち)なる久遠の神我(キリスト)を通して自由がやってくるからである。(心身の神癒第十三話35)」
私たちは自分の思いによって、特にノイローゼの心の病気で悩む方ね、そういう方は皆さん共通して何もないのに、自分で牢獄の柱を立ててですね、自分で鍵かけて、その中に閉じ込められてしまうんです。自分が作った牢獄、自分が入ってしまう。精神的な病気の方ですよ。そんなもの本当はないんです。あると本人が信じるから変な病気になる。自分で作った牢獄です。そのことを知ったら、ノイローゼとか精神的な病気、治る人多いんです。でも囚(とら)われるんですね。
自分の思いの中に囚われる。それが精神的な病気と思います。暗いビジョンを作るんですね、そしてその中へはまるんです。しかし、「神、我と共にあり、我、神と共に、神は完全にして無欠である、そして、あまねく遍在したもう。どこにでも満ち満ちていてくださる」。こういうこと強く把握ですね、しっかりつかんでこういうもんやと、それを強い力で把握した時にそんな病気にならないんです。それ知らないから病気で苦しむんですね。
「すべての恐れは愛によって駆除される。」愛の力って物凄い強いんですね。その力によって払われてしまうんだと、駆除される。「愛は恐れを追放するからである。悪に対する恐れ。人に対する恐れ。神に対する恐れはすべて物質感覚の産物であって、何ら実在に基礎をおくものではない。(心身の神癒第十三話36)」
対人恐怖症ってよくあります。それで悩んでる方ね、人が怖い、なんで人が怖いっていうても、本人怖いから仕方ない。しかし、あなたも神の御子(みこ)、そして人も神の御子。神の御子を、なんで神の御子を怖がるんですか?よく言うんですけども、うーん、なかなか理解できないみたいですね。それを理解したら、そんな対人恐怖症みたいなの起きるはずない。
また、福沢諭吉が言われてますね、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」、神は人の上に人を造られないし、人の下にも人を造られない、みんな一緒やと、平等だと、そのことを言っておられます。だから、これは物質感覚の産物であって、本当の内なる神我ですね、神からいただいたその命の中にあったら、そんな関係ないんです。
「神の愛は、その聖なる臨在よりあなたたちを引き離すこれら全ての恐れより、あなたたちを解放する。(心身の神癒第十三話37)」
神の愛は、そういう諸々の恐れから私たちを解放してくださるんだと。それは、常に自分が思ったらいいんですね。完全無欠、あまねく遍在、そして、ただお一人であって二人とない唯一無二の存在である。だからその神を強く信じ、私たちその中にあるんだと。完全無欠の神の中にあって、なぜ恐れないかんか、なぜ欠陥がある。病気なんかも強く把握したら本当はないはずやと。このように思えたらすごい幸せですもんね。」