質疑応答(4)
平成十五年十一月号「道」掲載
質問
先生とはもう十年以上のご縁をいただいているのに、ちっとも修行のはかどっていない自分が情けなく思いますが、最近、本腰を入れてもう一度頑張ってみようかと思っております。
そんな中、どうしても今、自分で克服出来ないことがあります。
それは、「人の言葉に傷ついてしまう」ということです。人の言葉を聴いて、「ああ、この人は私のこと、そんな程度にしか思ってなかったんだ」とか、「私ならとてもこの場面で、こんな立場の人に言え ないな。言えるってことは、私のことが嫌いなのかな」と思ってしまいます。
そして、すごく悲しく、傷ついてしまうのです。繊細だとか、気にしすぎ、と言われるのですが、自分には、どうしても相手からの言葉で傷つくことが多いのです。自分が相手を大切に思っているほど、 その相手の言葉に「それほど大切に思っていないときにしか、自分には言えない残酷さ」を感じてしまいます。そんなこと気にしてたら、人と付き合えないって言われます。でも相手を思う自分がバカ のように思えて・・・。
先生、よきアドバイスをいただけると嬉しいです。 初歩的なことかと思いますが、ごめんなさい。
先生
長いおつきあいですね。頑張って下さい。これは先ず、人の心と自分の心が違うと言うことを知ることです。自分がこう思っているから、人もそう思っていると思えば、苦しみが生まれます。もしあなたが正しく、相手が正しくない時はこの様に思って下さい。私はこの言葉で救われました。
人の愚かなる行為をもって我が心の楽しみを失うことなかれ! 人の愚かなる行為をもって我が心の楽しみを失うものはなお愚かなり。
この様に思えば心が楽になると思います。
質問
長尾先生 いつも暖かく見守って下さりありがとうございます。
先生は毎日お習字をされていらっしゃり、皆さんにも勧めていらっしゃいますが、それなりに意味があることだと思います。ある本に書道は心の故郷に帰る道であり、心が書に表れるまさに心画であると書かれてあり、また、正しく、美しく、強く(精神的強さ)を目指すよう指導されており、字が汚いのは心が汚いからと書いてありました。
私は字が汚いので、心が汚いのかなと思いショックです。心がきれいになれば、字もきれいになると思い、毎朝必ず書く習慣をつけました。その書の先生の添削は、朱書きの他に、こだわりを捨てて心を広くというようなコメントがつくそうです。何となくわかるのですが、自分で書いた字から自分の心の状態を知る良い方法があったら教えて下さい。自分のことってわかっているようで、気づかないものです。毎日自己チェックが出来て心の状態を修正出来ればありがたいです。
変わった質問ですがよろしくお願いいたします。
先生
正法は書道に通じていると思います。
「墨痕鮮やかなる線の上に我が人生を託する」
私の好きな言葉です。私は字が下手で恥ずかしい思いをしてきました。しかし四十歳中頃から習字をしました。十年ほどかかってやっと準師範になり、忙しさのあまりしばらく中断しておりましたが、平成九年頃からまた習字を始めました。世界中どこへ行っても字を書いてきました。普段、朝三時から四時頃に起きて、毎日五、六時間は筆を持っております。まさに精神的強さです。
書道は心の故郷へ帰る道、これも正しいことですネ。また、
とる筆のあと恥ずかしいと思うかな 人の心のうつるものとは
素晴しい歌です。心は書に現われるものですが、そうなるには少し年月がかかります。また、字も最高に美しく心も字に勝る美しい先生もおられますが、字が上手でも人間性のあまり感心できない先生 もおられ、また、お金にすごく汚い先生もおられます。
本当は、字と共に心も磨き向上さす修行の手段だと思います。字が汚いから、心が汚いというのは正しくないと思います。安心して下さい。心技共に鍛え抜かれた方の字こそ、その先生の心が書の上に 現われるものです。自分の書いた字から、自分の心が分かるのには、少し時間がかかります。
えらい習字の先生の話では、半紙六文字書いて二十万枚くらい書けば、筆先の動き心の動きが少し分かるそうです。ちなみに私はやっと十万枚近くなってきました。平成十五年五月、やっと師範をいただきました。ご参考になれば幸いです。お習字は自分にとって大変良かったので、他人様にもお勧めしています。
平成十六年一月号「道」掲載
質問
いつもありがとうございます。 先生もお忙しくされているのでしょうね。また、お会いしたいです。
さて、質問がございます。 小学校で、教師をさせていただいていますが、私たちの使命はなんなので しょうか?少子化で核家族化がすすみ、母親たちは孤独で、被害妄想が増しているように思えます。
様々な事情を抱えた子もおり、ADHD,LD など問題が山盛りです。私の力ではどうにもならないので は・・・と心苦しい限りです。私自身、愛の心で行いを正し、日々精進し、精一杯の事をさせていただい ていたら、救いの光はさしてくるのでしょうか。
先生
「三つ子の魂百まで」という言葉がありますが、幼い頃に学んだことは一生の宝となります。 世はまさに末法の中にあるようです。
私たち個々の力では世を変えることは出来ませんが、一人ひとりが愛の心に目覚め、悪を止め、善を作るよう日々精進し今の一瞬を真剣に生きたとき、必ず救いの光は注がれると思います。
質問
長尾先生教えてください。 私は、反省と禅定を長尾先生の「禅定」のテープを聴きながら毎日行いつつあるのですが、自分の意識をどこに向けてよいかのか、わかりません。教えてください。
テープの前段は、心をおちつける部分は、意識をお腹に集中して下さいとなっております。禅定の部分は、光に包まれているイメージをいただいてくださいとありますが、反省の部分でどこに意識を集中してよいのかわかりません。どうしても様々なことが頭の中をよぎって集中できず、途中で挫折してしまいます。よろしくお願いします。
先生
まず、お腹に意識を集中することですね。反省の時は、私の言葉に集中して下さい。
禅定の時は、光に集中して下さい。
平成十六年三月号「道」掲載
質問
長尾先生へ、 お元気でしょうか?最近、私は変なんです。活動している自分と、思考している自分が二人重なっている気がしてなりません。 確かに思考した事を活動しているのですが、間違いがないか チェックする自分も同時に存在しているのです。ですから、何か楽しい事があっても、辛い事があっても感情の表現ができにくいのです。それが進行してくると、楽しい?辛い?の判断の基準もはっきりしなくなってきてしまい、ただそこに存在している感覚になって、物事をこなしている感じになってしまいます。欲もなくなってきました。(欲しい物や、やりたいこと) こんな事は以前は少しはありましたが、最近は毎日がそうです。私のこの症状はどんな状態なんでしょうか?病気なんでしょうか? 教えて下さい。どうぞ宜しくお願いいたします。
先生
心の友よ、貴方はしっかりして下さい。長い人生、色々なことを体験して良いのです。
自分の心に素直になって下さい。 楽しいときは楽しみ、悲しいときは泣き、辛いときは乗り越えるの です。あまり神経質にならないようにして下さい。
質問
先生、いつも私達地球人のために命がけのご苦労をして下さり、有難うございます。いえ、地球人にばかりでなく、この世に存在する生物や、すでに亡き者にまでですよね。本当に有難うございます。 先生を知りえたこと自体が奇跡だと思います。きっかけを作ってくれた友人にはいつも感謝していま す。少しでも先生の真似をさせていただきたいと思っています。
さて、いつも疑問に思っている事が二つありますので、思い切って質問します。
1 今更ながら恥ずかしいのですが、悟るとは、何を悟るのですか。
2 夫婦の縁についてです。子供が生まれる時、自分の母・父になって欲しい人にお願いに行くそう で、その時点で夫婦の縁は出来上がってしまいますが、そうすると、この世に存在する子供を持 つ夫婦全て、なるべくしてなった夫婦なのでしょうか。間違った組み合わせはないのでしょうか。 以上、幼稚な質問ですが宜しくお願い致します。 合掌
先生
世の為人の為、生きとし生きるものの為に生かされるということは、得難き幸せです。
悟りについて、 ニルバーナー=ネハンという仏教の言葉がありますが、燃えさかっている炎が消えてしまい、炎も何もなくなってしまった状態のことを、ニルバーナーといわれます。
炎は、人間の持っている様々な煩悩のことです。人間からこの煩悩の炎が消え去った状態が悟りだといわれています。
まず、私たちが両親になって下さる方の所へ、お父さんになって下さい。お母さんになって下さいとお願いに行きます。 次に夫婦の縁を頂きます。夫婦の縁が出来ますと、次は子供になってくれる方々が親になって下さいとお願いに来るそうです。これで親子、夫婦の縁が出来上がります。
時には煩悩の炎に迷い、約束でない人と縁が出来ることもあるそうです。
平成十六年五月号「道」掲載
質問
長尾先生、ご無沙汰しております。前立腺や肝臓が悪くて浄心庵へお伺いしていましたSのNです。
今また胃腸も調子が良くなくて弱っています。 しばらく先生のお話会からも遠ざかり今月のお話会は 四ヶ月ぶりにお伺いいたしました。 久し振りに先生のお顔をみて涙が溢れてきました。また、何も触 れないで飛ばされていた神様のパワーに驚きを隠せないでいました。十一月もぜひお伺いいたします。 さて、質問なのですが、
私はいつも心のどこかに将来に対する不安、何か心の迷いというか、心にモヤがかかったような状態 (あせりみたいなも)でスッキリしません。
人間関係や仕事へのストレスで何か余計に毎日がうっとうしい状態なのです。毎日、ウォーキングをしてみたり、夜に少しでも瞑想して少しでも心を落ち着けるようにしています。また、仕事以外で何 か打ち込めるものを探して心をそれに集中していますが、なかなかうまくいきません。
このような状況においても、今に感謝、常に神様に感謝することがこの先好転することにつながっていくのでしょうか。 何か良い方法があればお教えください。よろしくお願いいたします。
先生
自然界に夜と昼があるように、人の心にも夜と昼があります。 光り輝く時も、暗闇の時もあって当然です。見るもの触れるものに常に感謝の思いを持つ練習と、良いほうへの思い換えの訓練の積み重ねです。想念はエネルギーです。思いのままになってきます。
質問
心行に、「魂に段階がある」とありますが、魂を神様がおつくりになられたのなら、全ての魂は完全無欠であり、魂同士は差がつかないのでは?と言う疑問が湧きました。自分なりに考えて、「神様がおつくりになる過程で、光に差がついた」または、「初めは差はなかったが、この世に修行に出てからの生き方で、調和度に差がついた」、くらいしか考えられませんでした。
先生はどのように思われますか? お教えいただけませんでしょうか。
先生
神様がおつくりになる過程で光の差はありません。この世に修行に出て色々の出来事を通じ、ある人は善を積み光り輝き、ある人は悪を重ねて闇を作り、光の差、魂の段階を作りました。
