苦しみ・悲しみ
2001年4月22日 長尾弘先生 大阪講演会より
「「あなたたちを取り囲んでいる闇は、あなたたちの裡(うち)なる神我(キリスト)を展開させてくれる親切なる悪である。(心身の神癒 第11話 78)」
闇っていうのは、本当は光があるんだということを教えてくれる親切な種子、種ですね。
「種子が土の親切なる闇の中に植えられ、種子の中の生命が、その生命を再生してやろうと待っている土の中の生命と結びついて、〔土の〕闇の中から伸び、やがて蒔かれた種子と同じ姿に自己を表現する。神のみ霊も又その通りである。神我(キリスト)はあなたたちの中にある種子で、あなたたちを取り巻く闇の中から生長する。神我(キリスト)の美しさがあなたたちの中で父と同じ姿としてあらわれる。わたしは曽(かつ)て生き、曽て死んだ者、そして今は久遠に生きる者である。(心身の神癒 第11話 78)」
種子、種ですね。種というのは、こんな光の中置いといたら芽出てこないですね。なんの種もそうです。土掘って、埋めて、そして闇の中で初めて光を求めて、種が芽生えてくるようになってるんですね。私たちも一緒で、闇という、まあ、苦しみ、悲しみですね、辛いこと、そういう闇にめぐりあって初めて光を求めて出てくるそうです。成長するんですね。
竹は中は空っぽ、空っぽの筒ですけども、あれも間隔において節(ふし)があるから強く伸びていくんですね。あんな長い竹、節なかったらもういっぺん割れてしまうし折れてしまいます。まあ、節っていうのが、節のために、立派に成長できるし、人間にとったら節っていうのはいろんな経験ですね。苦しみとか悲しみとか辛いこと、それが節になっていく、それが強く成長できるんです。だから、苦しみ、辛い、それは成長するための節やと、そのように思ったら、今、自分を強くするために、この苦しみを、節をつくっててくれはんや。こういう見方ですね。
本当の自分というのは外部によって影響を受けない神我(キリスト)。肉体というのは外部の影響を受けるんです。目で見て、嫌な人見たら、「嫌やなあ」、また、美しいもの見たら「ああ、きれいやな」と、外部の影響ですね。耳も一緒です。いやなこと聞いたら腹立たしい。自分にええね、嘘でも誉め言葉聞いたら心地よい。そしたらこころよいし。外部によって影響を受けてるんですね。
目もそう、耳もそう、鼻もそう。きゃー臭いなーとかね、きゃーええ匂いやなとかね。女性の方がね、いい香水つけて、マリリン・モンローの香水で、それで、ぷーんって匂い、ああ、いい匂いだなって思いますよね。まあ、臭いのは嫌やし、いい匂いはいいし。これも外部の影響、しかし、内なる神我(キリスト)はその影響を受けないそうです。
「たとえ苦悩の中で死んでも、あなたたちの裡(うち)なる神我(キリスト)は、嬉嬉として生き、あなたたちの久遠なる実在である。(心身の神癒 第11話 77)」
でも、人は今、喜びですね。今、喜び、その喜びの中に死んだら、それの連続ですから、喜びの世界があるはずです。苦悩の中に死んだら、また苦悩の中入ると思いますね。それは地獄です。喜びの心で実在に帰ったら、天国。「苦悩の中で死んでも、裡(うち)なる神我(キリスト)は、嬉嬉として生き・・」この世にある時の五官の思いですね、これが死んだ後も続くんです。だから今を大事にしなさい。」