質疑応答(5)

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平成十六年六月号「道」掲載

 

質問

 長尾先生はイエス様のことをよくご存知なのを思い出し、 是非教えて頂きたくお伺いします。私は聖書の内容についてはよく知らないのですが、イエス様のことを深く知りたいと思っています。

 

1、イエス様はその短い生涯の中で、病の苦しみ等、人々が経験する苦しみを総てご経験されたとお教え頂きました。聖書には十字架のことしか書かれていませんが、いつその様な苦しみをご経験されたのでしょうか?

 

2、イエス様が出て来られる「前」と「後」では、人々の心(精神性)に変化は生じたのでしょうか?

 

3、イエス様が十字架にかけられ三日後によみがえられた後、イエス様はどの様な人生を過ごされたのですか?

 

4、二千年後にイエス様が日本の国に出て来られると聞いたことがあります。本当でしょうか? 私たちはお目にかかれるのでしょうか?

 

先生

1、イエスは言われたそうです。「私はこの世の中のすべての苦しみ、すべての悲しみを理解することができる。それは私はそのすべてを体験したからである」

 

2、イエスが出てこられた後、縁のある人々の心(精神性)に、大きな変化が起きました。

 

3、イエスが蘇られた後、間もなく数名の使徒の前にあらわれて、そのまま天国へ帰られたようです。その後のイエスの人生は、人々の心の中に生きられたのです。

 

4、二千年目に出てこられるという話は、私も聞いたことがあります。あなたも心をきれいにすれば、お逢いできるかもしれません。

 

 

質問

 浄心庵へはしばらくご無沙汰していましたが、今日は先生の癒しをいただきに参りました。

 

 有り難うございました。日々の心の実践の難しさというか、なぜ実践がうまくできないのか、についてお伺いしたいと思います。人の嫌味な部分に心を惑わされて一向にその人のいいところが見えてこないのは、私の心が曇っているからなのでしょう。

 

 先生は「人の思いは自分の思いと同じではない」、また「誰にでもいいところがある。それを見るようにしなさい」と教えて下さいます。しかし、現実にその嫌な部分が見えるとなかなかそうは思えなくなります。その結果、自分の心を苦しめてしまうのです。正に「人の愚かなる行為によって、我が心の楽しみを失う者はなお愚かなり」です。

 

 私は仕事の関係において、以前に特定の人から強く嫌な思いを受けたので、どうしてもその人の利己的な行動、言葉遣いに対して嫌な思いを持ってしまいます。その度に先生の言葉を思い出すのですが、 なかなかうまく心を処理することができません。こんなときはまったく構わず放っておくことがいいのでしょうか。でも、私はできるだけいいところを見て、心からその人を良く思いたいのです。 私の心がその人に対して、愛の心を持てるようにならないでしょうか。

 

 良き方法があればお教えください。よろしくお願いいたします。

 

先生

 これは大変難しいことです。人は嫌なものは嫌、良いものは良い。これは当然のことです。 しかしただこの思いだけでは、苦しみから抜け出ることは出来ません。ではどうすればよいのでしょうか。

 

 これは良い方への思い換えと、悪を見ず善を見る練習と過去の出来事を、一切捨て去ることでしょう。人の愚かなる行為をもって、我が心の楽しみを失わないようにして下さい。嫌な人を愛する方法は努力あるのみと思います。

 

 

平成十六年七月号「道」掲載

 

質問

 はじめまして、今、お茶の間は戦争が娯楽番組のように報道されています。今日も偶然見ていたら、在日のアメリカ人が数名でていて「ブッシュ大統領の正当性」をとうとうと話していました。

 

 「アメリカがやらなかったら、イラクの一般市民はいつまでもフセインの独裁政治からぬけだせない。 云々」というような内容でした。国連の中での賛成を得られなくても一方的に戦争に踏み切った裏に、 アメリカの思いどおりの民主主義をイラクの人たちにという傲慢さ、またその裏のテロへの恐怖や石油の利権などが見え隠れします。

 

 湾岸戦争の時も、空爆の様子などをテレビや新聞などで見て、こんなニュースをお茶の間で見ている私たちが一つ間違えばどちら側にいても不思議は無いのに、のうのうとテレビを見ている自分に恐怖を覚えました。こういう時いつも夫と意見が対立してしまいます。自分がもしその現場に居たらどうするか?大勢の罪の無い人々が殺されようとしている時、明らかに恐怖政治(?)を行ってきたフセインが目の前に居たら。愛する親・兄弟・姉妹・夫・妻・子どもに向かって悪の刃が振り下ろされることが 分かっていたら、自分はどうするだろうか?

 

 以前の私であればちゅうちょなく、やられる前に極道非道の人間に対して、制裁を加えたと思います。

 

 でも、長尾先生に出会い、神は私たちがどんなに罪を犯しても、悔い改めることで許してくださることを本当に知った今の自分には、そんなことできそうもありません。この生が経験を積み重ね神に近づくことであれば、『もし、自分ひとりが犠牲になることで、この地球が愛の地球に変わるなら・・・』 と考えたりもしますが、いざその時になったらどういう行動を自分がとるか自信がなく、夫のアメリカ支持の言葉に黙ってしまいます。

 

 『神様はどうされるのだろう』と考えた時、イエス様の姿が目に浮かびました。イエス様なら、あの場を去ることも、相手を打ち負かすことも、消えていなくなることすらできたでしょう。でも十字架の上で刑を執行する間違った考えをもった人たちの為に、神に祈ったのでしたね。

 

 皆が相手を自分の最愛の人だったらという考えに立てたなら、戦争など起きるはずがないのに残念です。二者択一ではない答えもあっていいのでは?戦場に居合わせる罪のない人々の魂は死んだらどこにいくのですか?心が調和されていると、病気や不幸な事故にもあわないと聞きましたし、自分自身の体験からもそれはうなずけるのですが、今戦地にいる戦いを望まない人々はどうなのでしょう

 

 みんな心が「ババッチイ」からでしょうか。 夫や、夫と同じ考えの人に対して、どのような言葉をかえせばいのでしょうか?長々と書きましたが、この2点是非長尾先生のお考えお教えください。 長尾先生の貴重な時間を奪ってはいけないと、いつもホームページは拝見させていただくだけでしたが、たまりかねて質問させていただきました。よろしくお願いします。

 

先生

 昔から喧嘩両成敗という言葉があります。喧嘩はどちらにもそれぞれの言い分があります。しかし、喧嘩はよくありません。憎しみは、憎しみをもって消すことは出来ない。ただ、許しという愛の力のみによって、憎しみを消すことが出来ます。戦争の場合は、その底に必ず自己の正当化と利害が絡んでいます。私の考えもどちらかと言えば、不戦主義者であり、平和主義者です。 戦いは嫌です。 イエスは、その最期の時、十字架の上で自分を処刑する人、またさせる人、見物の人、すべての人々の為に祈られました。

 

 「神よ、この者達の罪をお許し下さい。この者達は、その正しさを知らないが為に、この過ちを犯しています。どうぞこの者達を罰しないで下さい」

 

 正しさを知らない間違った考えを持つ人々の為に、自分の命を捨てて正しさを教えられたと思います。 この最後のイエスの言葉がなかったら、今のキリスト教の存在はあり得ません。

 

 このように生きた時、戦争は起きるはずはありません。

 

 あなた様の言われるように、現実に最悪の環境の中に立たされた時、その人その人の本当の姿が現れます。愛の人、憎しみの人、恨みの人、怒りの人、そのままの姿を現し、その如く生き、その思いのままに実践していくでしょう。

 

 個人の心の「ばばっちい」「美しい」は別として、大きくその地域の全体の心、或いは地域の指導者の心のあり方が問題です。少数の指導的立場の人々によって、多数の犠牲者を出すことは、不正であり 悪であると思います。戦地にいる戦いを望まない人々は、悪の犠牲者としか言い様はありません。 主人と同じ考えの人々に対して、どのような言葉を返すかですが、言葉を返せばまた争いのもとです。 人はそれぞれの思いの中に生きています。自分の思いを他に強制することは出来ません。

 

 自分自身、出来るだけ心を苦しめないように生きることが大切と思います。また戦争の犠牲となられた、心に罪なき美しき方々の魂は、天上界へ導かれると思います。

 

 

質問

  先生、こんにちは。以前の掲示板のご質問の中に、地球の自転が狂ってきている、というものがありました。これは神様が、完璧なバランスを保っている宇宙の循環を崩してでも、私達人間に対して、 メッセージを下さっている、という理解でよろしいのでしょうか?

 

 また、自転などの、神様がおつくりになられた自然の法則は、人間に対するメッセージ以外では狂う 事はないのでしょうか。例えば、時間の経過とともに、狂ってくるというような事はあるのでしょうか?また、宇宙の仕組みが狂うという事は、どこか別の星の生命(私達のような人間)に対しての、 神様のメッセージであるという可能性もあるのでしょうか?

 

 質問が重複するようで申し訳ありません。 よろしければお教えいただけませんでしょうか。

 

先生

  詳しいことは分かりませんが、何万年周期で地軸の角度が変わり、自転も変わると聞いています。 その結果地球の周期が大きくなり、地球が太陽から遠く離れた周期にはいると氷河期がおとずれ、又 何万年周期で地軸が戻り、太陽に近い周期にはいると温暖期にはいると聞いています。これの繰り返しが起きていると言われています。

 

 神は宇宙の完璧なバランスを崩されることはありません。神がお作りになられた大自然の法則は永遠に狂うことはありません。ただ変化があります。変化は神の法則です。

 

 

質問

 以前は大変お世話になりました。ご教示まことに有り難う御座いました。H・Sと申します。

 

 目下私こと、先々月に過呼吸症候群で倒れたのがきっかけとなり、現在「パニック障害」をわずらい悩んでおります。 願わくば、長尾先生のお光を受けたく、掲示板に書き込みをさせていただきました。 お忙しい中、まことに申し訳御座いません。どうぞよろしくお願いいたします。

 

先生

 人間、肉体を頂きますと、肉体には五官の持っている、六根、煩悩と言われるやっかいなものから、 どうしても逃れることは出来ません。例えば、心臓発作とか過呼吸症候群、強烈な頭痛など、耐え難い苦痛の恐怖感が潜在意識に記録され、また起きるのではないかという不安と恐怖が、「パニック障害」 と言われているものだと思います。

  

 『常に神の御心に沿った生き方を致します。 だから神は私を守り給います』と念じてみて下さい。 あなたの為に、神の光を与えられんことをお祈りします。