「道」掲載 見聞録

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平成十年六月号「道」掲載

  

見聞録

(ある方の、浄心庵で又、講演会の時の見聞きされた事を書き留められた貴重な資料から) 

  

・「神のみ姿」

 一、大宇宙の調和の意思

 

一、整然とした循環の法則 

 

一、万生を生かす力、慈悲と愛

 

 

・「生」

  あの世から、この世への人生航路の船出である。肉体という乗舟を両親から頂いて、自らが選択した望んだ環境において、意識向上を計る。貴重な年月を重ね、この世で他を見て学ぶ目的と感謝と報恩、愛と慈悲の心を養い、少しでも神に近づこうと努力を重ねる使命を持っている。

 

・「死」

 この世からあの世への旅立ちである。この世での魂修行を終えて帰る。魂の故郷(父なる神のみ胸)へ帰ることである。生ある時、どれだけの愛の行いをしたか。人々の慈悲に感謝出来たか。

 

 神我に目覚めたか。自らに問われる時である。自分の天命を、死を悟ったら、衣を脱ぐように肉体舟への執着を捨て、いっときも早く肉体から離れ、自らの心の奥底にある光の世界(実在界)へとこそ、 誠の成仏といえる。もしも肉体に止まっていると、棺桶に入れられて暗闇を体験し(暗黒地獄)、ドライアイスを積められて(寒冷地獄)を体験し、火葬場で焼かれて(火炎地獄)を体験してしまうので、死んでも永遠に苦しみが続きます。執着を捨てた方が得ですね。

 

 

・「神は絶対罰は与えない」

  己自身が勝手に罰になる原因を作って、自分が作った罰に当るだけ。罰になる罪を作り、現象化し苦しむのです。いつ現象化するか解らないが、作った罰はかならず忘れた頃にやって来る。なぜならば、みな神の子だから、自らの良心 (神我)が裁く。

 

 人はなぜ、どうして自分だけが苦しむのかと、迷いの世界に入ってゆく。そして不幸になってゆく。 反省と正しい行い (悔い改め)で、罪の修正をした時、安らぎの生活と幸せになってゆく。過ちを正して調和を目差すのが、神の子の証であろう。

 

 

・「自殺」

  最も罪深く、神に背いた行為。自己否定、自己保存、身勝手な最も神から遠く離れた思念行為。 生命(肉体)は滅しても、意識生命は生き通しであるので、肉体死後も苦しみは続く。 自分自身を拷問にかけ、くり返し、くり返して、どうして死なないのだろうかと、同じ過ちを行い続ける恐ろしい世界であるという。

 

 けれど、神理を悟り実践している地上の天使が、その人の犯した罪を深く悟し、その罪を気付かせた時、自殺者は深い反省に入り、心から神におわびと赦しを願い、神我の自分を悟った時、神は許し給う。その時救われる。