「道」掲載 喜びのお便り【26】~【30】

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【26】平成十四年二月号「道」掲載、喜びのお便り

 

 いつも大変お世話になっております。五月十二日に先生のところへお伺いして、感じたことをそのまま書かせていただきます。前回、浄心庵にお邪魔させていただき、一番勉強させていただいたことは、 人間とは心そのものであるということです。

 

 長尾先生に質問させていただいた後に、一人の女性が部屋に入ってきて、長尾先生に一生懸命お願いされていらっしゃいましたが、話の内容から以前お伺いした際に長尾先生がお話しされていた、悪い因縁を断ち切らないで欲しいというお願いをされている女性と、すぐに分かりました。テーブルをはさんで座っていらっしゃるお二人を見て考えたことは、長尾先生とその女性の方は同じ人間として生まれてきて、どうしてこうも違うのか、何が一番違うかと、その場で目をつぶって思ったことは、同じ肉体をテーブルをはさんだお二人とも持っていらしゃるが、その肉体をコントロールしている「心」が全く違うことだと思いました。

 

 簡単な答えなんですが、そのごく簡単な内容が頭に浮かんできただけて、何故か妙に納得してしまいました。心をコントロールする能力、長尾先生の言葉をかりさせていただければ、五感に翻弄されている心を、どこまでコントロールできるか、その心を人への愛と慈悲にどれだけ向けられるか、そういった心のコントロールをできる能力が、テーブルをはさんで座られているお二人の最も違う点であると、 認識できました。

 

 心のコントロールといった点で自分を考えてみると、まだまだ未熟児のようであり、言うことを聞かない心をコントロールできない状態であると、痛感しました。暴れて言うことを聞かない心を、どうしようもないなあと、思ってしまうことばかりですが、少しでも良い状態にもっていけるようにしたいと思っております。

 

 毎回、お伺いした際にお仕事で大変忙しい中、多くの質問をさせていただき申し訳なく思っております。長尾先生がおっしゃられていらしたように、「正法は自力である」ので、できる限り自分で考え、 それでも分からない点だけ先生に質問させていただくようにしたいと思います。 禅定して考える時間を作り、自力で解けるように精進していきたいと思います。 読んでいただきどうも有り難うございました。  合掌

 

 

【27】平成十四年三月号「道」掲載、喜びのお便り

 

 先生、毎日お暑うございます。いつもお導き頂きまして有りがとうございます。 先日は長男の指の切断の事で長男と共に寄せて頂きまして、先生に何度もお光を頂き有りがとうございました。又この度は お誕生会に参加させて頂き、貴重なお話と沢山のおいしいご馳走を頂き、お話いっぱいお腹いっぱいにさせて頂きました。 お話の中からは、心苦しめてはいけません。自分の心を大切にしなさい。そして、 時間を大切に一日一日を大切にして、お釈迦様がおっしゃった「この世は甘美であった」と云える様な 生活を送るよう努力し、心がけましょうとお話下さいました。

 

 そして先生が今世お出ましなられましたのは、地球全人類六十億の悲願達成の為にお出ましになられました事、それを伝える為に世界を飛び回って御苦労されておられる事を伺い、先生の神様からの使命を世界に向けて、断言された事と受け取らせて頂きました。大切な大切なお話会でございました。本当 に有りがとうございました。神様から委託されました大変な尊い偉業でございましょう。

 

 そして長男の指ですが、縫合し手術した指が下からの肉の盛り上がりによって、元の指はもう少しで とれそうになって参りました。単に切断した指がくっついたのではなく、その指は黒いミイラみたいとなり、下から血が通い肉が盛り上がり伸びてきたのですから、不思議で不思議で、神の生命の自然治癒力のすごさ、神様の力、先生の力の偉大さを思わずにはいられません。先生本当に有りがとうございました。奇跡を前に感謝の言葉は云い尽くせません。しかし、これだけ子供が苦しみを頂いたのは、私にも母親として、妻として反省がある様に思いました。

 

 私の夫は耳に障害があり、補聴器を使っても殆ど聞こえにくくなってきております。だんだんと会話も少なくなり、意志そ通もなくなって参りまして、私はいつかしら、主人をないがしろにしてしまい、それを露骨に出す様になっていました。

 

 じっと反省しますと、神様に申し訳なくって申し訳なくって、先生、ざんげの思いでございます。 この心を何とかしなくてはと気付かせて頂きました。今ここで、この鬼の心を捨てさせて頂きたいと思いますが、先生、お力を貸して頂いてお導きを頂けますでしょうか。

 

 「神様、今迄主人を主人とも思わない、鬼の心を出しておりました。今ここに、この心を捨てさせて頂く事を、長尾弘先生大指導霊にお誓いしたいと思います。 どうぞよろしくお願い申し上げます」 先生、どうかよろしくお願い申し上げます。そして、もう一つお願いがございます。

 

 先生の九月のルルドの喜びの旅は申し込みが沢山で、今私はキャンセル五番目となっております。 マグダラのマリアが聖母マリアの姉妹と共に流れついて、布教をされたサント・マリ・ド・ラメールの大聖堂とマルセイユのバジリカ聖堂を是非参拝させて頂きたく思います。どうか先生の喜びの旅に参加させて頂けます様お導き下さいませ。お願い申し上げます。お願い事ばかりで恐縮でございます。 何卒お聞き届け下さいます様に、祈って止みません。有りがとうございました。 合掌

 

 

【28】平成十五年二月号「道」掲載、喜びのお便り

  

 先日の台湾の旅では大変お世話になりました。赤バスのガイドさんのパンさんの奇跡、故宮での奇跡と二回もすばらしい奇跡を見せて頂きました。パンさんは、長尾先生のすばらしさはもちろんですが、他の旅行 者の人達とは違ってこの仲間の人は、すごく親切で思いやりのある人達ばかりと、マイクをもってお話しされるたび、感動のあまり泣いていらっしゃいました。空港に行く時も、今日は涙を流さないようにしましょうねと、言いつつも涙を流していらっしゃいました。赤バスの人達も涙流していました。

 

 故宮では、黒地に、字か絵かわからなく、長尾先生が光をお入れになる何分か前に、私達はそこを通って、「何て書いてあるか、何を書いてあるか、全然わからんね」と言って通ったばかりでした。誰かがあっ長尾先生と言ったので、見ると反対の方から先生が来ていらっしゃって、今何て書いてあるか全然わからんねと言って通って来たのに、光を入れて下さって、字も絵も見ている間にどんどん金が出てきたみたいに浮き上り、字も絵もはっきりなって、すごいすごいと感動するばかりでした。偶然に長尾先生とお会いして、奇跡を見せて頂いて、すごく嬉しかったです。

 

 前のバスのガイドさんの林(リン)さんもすごく喜んで、空港では二人共涙、涙で私達が見えなくなるまで 見送って下さっていました。

 

 何より嬉しかったのは、私が一番悩んでいた治療の仕方を教えて頂いた事です。基礎が出来ていない私なのに、治療師の人達のように「神癒」でと言って、今のままでいいのだろうか。何かがちがうような気がし長尾先生の治療されるテープを色々見るのですが、これは長尾先生だから出来るのではと、疑問を持ちながらでもまねていました。この基礎がしっかり出来ないと何も出来ないという事に気づきました。 長尾先生の方がお疲れになっていらっしゃったのに、ありがとうございました。さっそく実行しています。本当にありがとうございました。    合掌

 

 

【29】平成十五年五月号「道」掲載、喜びのお便り

 

  長尾先生、いつもお世話になりありがとうございます。 長尾先生のおかげで、奇跡が起きました。

  

 十二月二十八日、東京より友人の父親が危篤状態であったので、私が急いで浄心庵にかけつけました。 友人の父親は、肺の難病(何万人かに一人の難病)でした。医者からは今までの例で、この肺の難病の最期は、ひどく苦しむ、医者であってもかわいそうで見てられぬ程の苦しみ・・・、ちょうど海でおぼれるような感じで、患者は息を吸いたくても吸えず、全身でもがき苦しみ、最後は患者自身が目をむき、自分の胸をか きむしる程の苦しみを受けることを覚悟して下さいと、医者から家族は言われておりました。

  

 父親(患者)は、本当に三日間苦しみで寝ることもできなかったそうです。しかし、長尾先生が浄心庵で写真にお祈りをして下さった時間から、父親は、今まで苦しみで寝れなかったのに、突然スーと眠りだし、 翌日の午前三時三十分に、最期胸をかきむしって苦しむ苦痛はいっさいなく、本当にやすらかに、スーと眠るように他界致しました。 本当に、本当に長尾先生のお祈りのおかげです。ありがとうございます。

  

 また、突然のお願いで大変申し訳ございませんが、どうぞ、亡くなられた方(父親)の魂が救われ、光の世界へ戻ってゆけますように、最後、お写真にお祈りをして頂けませんでしょうか。 年の瀬で、長尾先生も お忙しいとわかっていながら、このようなお願いをして、大変申し訳なく思っております。

  

 お葬式が終わり、時間をつくって友人が長尾先生の所に感謝(お礼)に行きたいと申しております。今回は長尾先生に感謝の気持ちを伝えたく、私が代筆致しましたことをお許し下さいませ。

  

 故人(父親)は生前、息子(長男)が重度障害児になり、一才の頃病気で植物人間のようになった息子を約二十年以上育てあげました。その期間の妻の嘆き、悲しみ、苦しみ、不平不満などを、全部亡くなられた 故人一人が妻の分まで背負い、家族の為に一生をささげました。やさしい性格であったがゆえに、自らの心を苦しめてきたようです。家族に対して優しい思いやりをもっていた故人の魂が救われますように、何とぞ、 何とぞ、よろしくお願い致します。息子さん(次男)は、長尾先生とご縁があったがゆえに、父親の最期、 苦しむことなく、やすらかに他界致しましたこと、長尾先生に感謝の気持ちで一杯です。

  

 長尾先生、本当に、本当に、ありがとうございます。感謝の気持ちをこめて。  合掌

 

 

【30】平成十六年三月号「道」掲載、喜びのお便り

  

 前略 長尾先生、夫の弟が脳しゅようで入院した時、目が見えなくなり歩けなくなってしまいました。先生にお願いしたら、目が見えて、一人でトイレに行けるようになったと言っていました。看護婦さんに 聞いてみた所、見えると言って一人でトイレに行っていると答えが出ました。

  

 長尾先生のおかげ様とは知らずに、とっても不思議と言って、脳しゅようがどうなっているのか、また検査しないとわからない。こんなことあるわけがないと、頭をかしげて考えているそうです。本人が見えているので、看護婦さんが部屋に入ってくると、心行と写真の入った袋を時々ひらいて見てい ると言っていました。元気になったら、一度浄心庵に連れて行きたいと、私は夫と話しています。

  

 脳しゅようがなくなっていれば、こんなうれしいことはないと、夫も言っていました。ありがとうございます。  合掌