反省研修会 初参加の方のお声
富士宮反省研修会に参加して
先生に御縁を頂いて
私がはじめて長尾先生を知ったのは、今から19年前に出会った三冊の本がきっかけでした。これまで決してまじめに生きてきた者ではありませんが、常に心のどこかで本当の拠り所、本当の教えを求め続ける自分がいて、様々な道の教師とのご縁、学びのご縁を頂いては何か違うという違和感がいつも心のどこかにある、そんな感じのどこか満たされない思いを重ねていました。そんな折、ふと「高橋信次」という方の存在が妙に気にかかるようになり、とにかくネットで高橋先生の書物を注文して、まずはその教えに触れてみようと購入したのが「愚か者の独り言」全三巻でした。
なぜ高橋信次先生本人の書籍でなく、長尾先生の書籍だったのか?高橋信次先生の書籍を探すうち、その関連でたまたま出くわしたのが長尾弘先生の御本だったように思います。当時は高橋信次先生のことも長尾弘先生のことも全く知りませんでしたので、どちらがどうという考えなしに、まったく無意識に長尾先生の本を選んでしまったのだと思います。今ではこの選択も、先生から頂いた有難いご縁と捉えて感謝でいっぱいです。
「愚か者の独り言」第一巻を読みはじめてすぐ「これは凄い教えに出会った!」と半ば興奮しながら一気に全三冊を読み上げたのを覚えています。教えの言葉や例えは易しいのですが、とにかく心に響くのです。そして読み進めるうちに長尾先生本人にどうしてもお会いしたい!会いに行こう!という強い気持ちが湧いてきましたが、大阪のどこにおられるのか?どうしたら連絡が取れるのか?全く見当もつきません。そうこうしているうちに、ちょうど先生の本を手に入れたまさにそのタイミングで、先生が肉体を脱がれていたことを知りました。その時「あぁ、しまった!!」という痛烈な後悔と、目の前が真っ暗になり、足の力がガクッと抜けるような感じがしたことを昨日のように覚えています。お会いしたい気持ちがとても強かった分、悲しみと後悔も大きかったのです。
もう少し熱心に学びをしていれば、もう少し道を求める気持ちが強ければ…。しばらくはずいぶんと自分の不精進を責めたものでした。それからの19年、ほぼ毎日先生の書籍を読んだり講演の音声を聞いたりと、ひとりよがりの学びを淡々と続けてきました。お陰様で先生の講演の肉声や映像はたくさん残されていて、学びに事欠くということはありませんでしたが、ただ先生とはもう今世では決してお目にかかれないという現実は変わることなく、学べば学ぶほど思慕の情は募るばかりで、ご縁を頂けなかった自分自身を寂しく哀れにも感じていました。
学びの実践
やがて先生の残してくださった学びを進めるうち、教えをまずは実践すること、そして毎日継続することが大切であるということが分かってきました。周りには共に学ぶ仲間もおらず、ひとりぼっちの学びでしたので、その実践もすべて自分の都合次第なものでした。先生はよくご講演で「まずはトイレのスリッパを揃えるところから」実践を始めたと言っておられました。見よう見まねで自分も家のスリッパ揃えをやってみると、なるほど三日もたつと面倒臭くなってくる、自分が揃えても家族が揃えないことが気になってくる、揃えていることすら気付いてもらえないことに不満を感じる…。
この実践だけでも毎日の継続は本当に難しいこと、そしてこうして欲しいと他に求める気持ちや事あるごとに不平をいう心があることに気付かされ、この自分の心に気づくということ自体、自分にとっては大変大きな気付きの最初の一歩となりました。不平を思う心、怒りの心、愚痴を言う心、欲望にとらわれる心…。先生の教えを知るまでは、このような心の働きに知らぬ間に自分自身が振り回されてきたように思います。そしてこのような自分は必ず、何かにつけすべて他人のせい周りのせいにして自分自身を庇いにかかってきます。この心の働きに気づき、向き合い、原因を見つめて切り替えていく「こころとの対話」を、もう19年続けてきました。
上達したかといわれると、正直いって当時も今も五十歩百歩です。自分に降りかかる出来事によっては、未だに動揺もするし怒りの心も出てきて、恥ずかしながら昔とそう大きく違いません。ただ先生が教えてくださった「思い変え」を何とか実践してみようと、練習失敗そしてまた練習の繰り返しを続けています。そして実践の難しさ、継続の大変さを身をもって知れば知るほど、先生の説かれていることが実践に基づく本物の教えで間違いがないということがはっきり分かってきました。
映像・音声の先生はとても謙虚で、常にご自身を「至らぬ者」「未熟者」と言っておられますが、自分が実践し失敗するたびに、生涯常人では真似のできない実践を貫かれた先生が遥か遠くの雲の上の存在に思えて、自分とは全く次元の違う御方であると、その凄さ偉大さを実感させられています。とにかく「怠ることなく努め励めよ」先生がお釈迦様の言葉と教えてくださったこの言葉を信じて、未熟者の私はただ一歩一歩を重ねていくほかありません。
日々の反省
先生の教えの根本は「決して自分の心を苦しめてはならない」そして「人はみな幸せにならなければならない」ことにあると思います。そのために先述した「思い変え」と「日々の反省」この二つの実践が大切であると学ばせていただき、先生の残してくださった「反省と禅定」の音声を頼りに、できるだけその実践に努めてみようと度々座らせていただきました。「七年もただ一日の休みなし よくも座れり己見つめて」7年間欠かすことなく禅定を実践された先生にあやかろうと、意気込んで座ったはよいのですが、いざ毎日3か月4か月と座ってみると、日によっては日中の仕事疲れで10分もしないうちにこっくりこっくり船を漕いでみたり、雑念で頭がいっぱいになって全く集中できない日もあったりと、7年続けることの御苦労と大変さが身に染みて体験できました。
そして何より、気持ちよく過ごせた一日は全く気分よく座れるのに、家庭や職場で自分にトラブルが降りかかり気持ちがとても落ち込んだ時などの禅定は、心ここにあらずで毎日粛々と自分に向き合って反省することは本当に難しいことだと感じさせられました。心が重く悩みを引きずったままの反省は、どうしても心が暗いほうへと流れてしまうので、そのような時の自分には日々の反省の項目すべてが虚しく響いきます。本当はそのような時こそ自分を離れて、第三者目線で反省に入るべきなのでしょうが、そこが凡夫の悲しさで、今もってそこは練習中です。
ただひとつ言えることは、毎日続けているとその内容がだんだんと頭に染みついてきて、ふだんの思いや言葉、行動を少しずつ客観的に観ることができるようになってきたり、その結果、いつも自分の思いや言動に注意深くいられるので過ちを犯す前に踏みとどまる、あるいは正すことが少しずつできてくるように思います。先生は毎日の反省を心の「草引き」に例えられ、心に雑草が茂り大木になる前に毎日手入れをして常に心をきれいにしておくことの大切さを教えています。毎日の手入れを怠らず、できるだけ過ち少ない日々を丁寧に過ごすこと。これからもその心がけの中に生きる努力を重ねたいと思います。
「浄心庵」訪問
「先生に一度お目にかかりたかった」という思いは常に心を離れず、残してくださった書籍やテープを頼りにひとり学びを続けていたある日、年に2回お釈迦様の誕生日と先生の命日の前後数日だけ「浄心庵」が開門していることを知りました。それは自分にとって飛び上がらんばかりの朗報であり、その年の浄心庵への訪問の日を一日千秋の思いで待ちわびました。訪問当日、忠岡の駅に降り立ち名刺の住所を頼りに浄心庵を探す道中、私の足はふわふわ浮いたようで本当に雲の上を歩いているような心地でした。
そして夢にまで見た浄心庵の門にたどり着いた時の気持ちは、言葉で表しようがありません。これまでの独学の日々の様々な思いを巡らせながら、この景色を目に焼き付ける思いでご講演をされていたお部屋、治療をされていたお部屋、そして先生ゆかりの思い出の品々や書を見させていただき、浄心庵の柔らかで温かい雰囲気が心地よく、心から本当に安らぎました。そしてとても驚いたことは、先生が亡くなられて10年以上経っているにもかかわらず、訪問される方々の人の多さでした。芳名帳を見てみると関西はおろか関東・東海・九州等々全国からたくさんの方々が訪ねてこられており、先生の人徳が偲ばれるとともに、「先生の教えがまだ生きている!!」という思いに本当に嬉しくなりました。先生の写真の前で手を合わせ心の中で「ようやくここまでたどり着くことができました。ありがとうございました。」とお礼を申し上げ、去りがたい気持ちのまま帰りの飛行機ギリギリまでその場に居させていただきました。
そして反省研修会へ
反省をするうえで避けて通れないもの。それが生まれてから今日までを辿る、そして自分自身の心の奥底を見つめる深い反省です。数々のご講演のテープの中でも、先生の深い内省体験を通してその大切さと尊さは説かれています。人が持つ癖欠点は多々あれど、その大本を辿れば幼き日に犯した悲しい過ちが原因となっている場合が多く、それは心の奥底に忘れ去られ埋もれたままの忌まわしい記憶、自らの心の奥底へ隠し仕舞い込んでいる秘密、これらがその後の人生人格を支配するほどの影響を持ってくるということ。先生の学びを深めるうち、この自らの心の全貌をつまびらかにすることなしに、真の自己を知り真の幸福を得ることはできないことを知りました。
ただ、その実践となるとまた話は別です。その方法がまるで分からないのです。その方法を知りたくて富士宮で行われた反省研修会のDVDを購入しました。見よう見まねで自分も反省ノートなるものを作り、DVDの内容に従ってさっそくやってみました。実際は3泊4日で宿舎の一室に籠り、外部の雑音を一切遮断して徹底的に自己と向きあう厳しいもので、見よう見まねで中途半端に取り組む自分には到底成すことなどできないものでした。その時のノートは、自分の癖欠点を書き出すという最初の課題で早々に躓き、そこからあとは白紙のまま放置し、これは自分にはとうてい無理な話だと諦め、今できる学びを続けようと半ば自分に言い訳しながらいつもの毎日に戻ってしまいました。
それから数年たち、2度目の浄心庵訪問で大阪に向かいました。そこで先生亡き後を引き継いだ有志の方々によって、現在も富士宮市で三泊四日の反省研修会が行われていることを知ります。家に帰るなり家内に研修会に参加したいと話をすると、ゴールデンウィーク中の期間にもかかわらず、二つ返事で行っておいでと快い返事をいただけました。当時、まだ子供も小さく仕事で忙しい毎日を送っていた家族が、ゴールデンウイークのお休みに家族で一緒に過ごしたり旅行したりするのを心待ちにしていることも知っています。二つ返事で気持ちよく承諾を得たことで、逆にこのわがままが却って申し訳ないという気持ちにさせ、それ以来家族の前で反省研修会のことを口にするのは止めました。
そこからコロナ禍による浄心庵閉門。1年そして2年と閉門が続くにつれ、このままもう二度と開門することはないのではないか…と不安になりながらの日々。ようやく再度浄心庵の門をくぐれたのは、2025年の10月のことでした。その2025年の浄心庵訪問の折、有志であるKさんから反省研修会へのお誘いをいただき、一度諦めていた研修会参加でしたが、コロナ禍を経て今度こそこの機会を逃してはいけないと決心して参加させていただきました。
富士宮反省研修会
やはり今回も、家内は二つ返事で快く研修会へと送り出してくれました。子供も我慢してくれて、お留守番しているねと言ってくれました。コロナ禍を経験し、チャンスは当たり前のようにいつでもあるわけではないと悟ったこと、そして家族の我慢の上に参加させて頂いたこと、このことがこの貴重な機会に徹底的に自分に向き合おうという決心をより固いものにしてくれました。富士山が見事に聳えるそのふもとの施設での3泊4日。正直、研修会は想像していたより何倍もつらく、厳しいものでした。
よそ行き顔の自分の皮をはぎ取っていく作業、自分の心に蓋をして隠してきた秘密や悪事をひとつひとつ取り出す作業、そして一番認めたくないこころの傷に徹底的に向き合う作業、泣いて泣いて、詫びて詫びてで食事も喉を通らないこともしばしばでした。ほんとうに自分という人間の汚さ、愚かさ、悪賢さを目の当たりにしたとき、生きている価値すらないのではないかとさえ思ってしまうほどでした。もう二日目にもなると、自分のプライドなどはとうに剝がされてしまっており、とりかえしのつかない過去の過ちの後悔と断罪の気持ちで胸がいっぱいになります。
いまこうして振り返ると、とてもではありませんが自宅での限られたわずかの余白のような時間でここまで遡っていくことは全く不可能な作業です。心のなかで過去を洗いざらいしながら遡っていくと、やがてひとつの幼いころに犯した過ちに行きつきました。それは私が6才のころの光景です。とある日曜日、デパートのペットショップでセイコウチョウという鳥を母に買ってもらいました。夜、自宅に戻ると早速卓袱台の上に鳥かごを置き、3歳下の妹と一緒に飽きもせず「かわいいね」「名前は何しようか」などと無邪気に観察していました。そんな兄妹を母は卓袱台の向こうから穏やかに眺めています。
やがて夜8時ごろになり、そろそろ鳥も寝せてあげようということになり、わたしは風呂敷をもってきて籠の上から覆いかぶせ、もう夜になって鳥も寝るから風呂敷をかぶせたままにしておこうと私が妹に言います。そしてそのまま触らないように言いつけたのですが、幼い妹はどうしても、もう一回だけ愛鳥を見たくなったのでしょう。その風呂敷を籠からぱっと取り上げました。それを見た瞬間私はカッとなって、まったく瞬間的に手元にあったボールペンを手に取り、妹の額をペン先で切りつけました。
何が起こったのか分からず、ショックと痛さで大声でなく妹。そしてそれを見ていた母は、凄い形相で立ち上がるなりわたしの頬を何度も何度もビンタしました。私も大声で泣きながら「ゴメンナサイ!ゴメンナサイ!」と謝りますが、「ごめんなさいじゃない!!」とさらに何度も頬をはたかれ体はそのたびに左右に飛ばされて、しまいには鼻血を噴き出しながらもはたかれ続け…、そんな過去の光景に行き当ったのでした。なぜ自分はこのような暴力を振るってしまったのか?信頼していた兄からいきなり切りつけられて、妹はどんなにかショックで、悲しくつらい思いをしたか…。
お互いの立場を意識の中で交互に追体験し、記憶をたどればたどるほど、思い出せば思い出すほど、申し訳ない気持ちと自分のしでかした過ちの酷さ、そして妹の動揺と悲しみが克明に胸を捉えてきます。もう一回、そしてもう一回と心の中で過ちを犯す場面の再現映像が繰り返すたびに、当時の部屋の風景や切りつけた時の手に伝わる感触、はたかれた時の頬の痛み、鼻血や口の中が切れた時の鉄のような血の味、当時の状況そのままにだんだんとリアルさが増していくのです。こうなってくるともう鼻水と涙がとめどなく溢れ流れてきて、ただただ申し訳ない感情でいっぱいで全くどうしようもなくなってきました。
極めつけは母親の立場に立って当時の状況を見た時です。わたしの母は見合いで嫁いできました。子供の目から見ても仕事に、家族の人間関係にと大変な苦労をしてきたと思います。極めて封建的な家風のなかにあって、私の父親や姑からは奴隷さながらの扱いをうけ、ひとり薄暗い部屋で泣いているのを見たのも数度ではありません。時代といえば時代なのでしょうが、それを差し引いて考えても理不尽で可哀そうな半生だったと子供ながらに思います。
そんな辛い中にあっても愛情絶やさず育ててくれたその母親に対し、幼きわたしがかけた迷惑と心配は如何ほどのものであっただろうか。我が子の過ちを正すため、あえて叩かなければならなかった親のつらい気持ちは、自分が子供を持つ親の身となって初めて分かりました。とっさに人を切りつけるような我が子を、親としてしっかり正さなければならないという思い、そして妹の顔と心に生涯とれぬ傷を残すのではないか?という心配。そのような思いを与えてしまったことに、もうわたしの胸は張り裂ける思いで、ただただ泣いて泣いてお詫びを繰り返すしかありませんでした。
子供のわたしとの邂逅
3泊4日の研修会もいよいよ佳境となり、最後の作業となりました。最後のテーマは、過ちを犯した幼き自分に対して「慰め」と「励まし」の提言を与えるというものでした。これまでの辛い反省を通して、幼き日の自らの過ちをさまざまな立場から追体験してきましたが、この追体験がリアルで深まっていくほどに、全く過失のない妹や母に対しての申し訳なさと弁護しようのない自分の過ちが、どうしても許せないという自責の思いが強くなっていました。
先に手を出されたとか、お互いの喧嘩の末の顛末とかなら弁明の余地もあるのですが、今回のようにどのようにみても自分に落ち度がある場合は尚更です。「もうこんな過ちはしてはいけないよ」といった言葉は、あまりに軽く思えてとても言えたものではありませんでした。どうしても慰めや励ましに結びつかないのです。どこかに結びつく糸口はないか?もう一回そしてもう一回と心の中で追体験を繰り返してみます。そしてもう一回またもう一回と、それぞれの立場に戻ってみます。ただ気が付くといつも、自分が悪い、許せないという一点に戻ってきてしまって全くの堂々巡りで埒があきませんでした。
先生の御著書や御講演はこれまで何度も読んだり聞いたりしていたので、この最後の壁つまり自分を「赦す」ことが答えだと頭では知っていました。ただ心の底から本当に赦すということが、これほど難しいものだとは思いもしませんでした。ここから先は個人的な体験で、妄想や夢の類だったのかもしれません。話半分で読んでください。どのくらい堂々巡りを繰り返したのか、ある瞬間目の前が真っ暗になりました。真っ暗な中、どこかで子供の泣く声が聞こえてきます。意識をそちらに向けると子供がひとり立っていて、それは涙と鼻血で顔がぐしゃぐしゃになって暗闇の中で泣いている6才の幼き自分でした。
それを見た瞬間、涙が溢れ胸が張り裂けそうになってすぐに駆け寄って、「もう大丈夫だから」と思わずその子の手を握りしめました。「一緒に行こうね。心配ないからね。」そう言いながら嗚咽する子供である自分の手を引いて暗闇の中を歩き始めました。そこで映像は終わり、我に返りました。宿舎の自室の窓からは五月晴れの青空が見え、鳥の鳴き声が聞こえてきます。もう提言などどうでもよくなっている自分がいました。これからはこの子の手を離さず、ずっと一緒に歩いて行こうという思いと、同時に何か胸のつかえがとれたような、こびりついていた澱が洗われるような思いを感じていました。
最後に
長いようで短かった反省研修会も終わり、すがすがしい気持ちで帰りのバスに乗り込みました。短い時間をともにした仲間とも別れて、これからまた現実の日常に戻らなければなりません。この研修会の中で、自分の見たくない部分や触れたくなかった記憶と正面から向き合わされ、ほんとうにつらい涙を流し、後悔と懺悔にこころ打ちのめされる思いをしました。それでも長尾先生のお導きや、お部屋周りのT先生の温かい助言や励ましを頂き、三日間の研修をなんとか乗り切ることができました。
明確に何を得たのか?といわれるとそれを言葉で表すことはなかなか難しいですが、ただ本当につかえの取れたすがすがしい思いと、周りの人々や自分をもっと大切にしていこうという思いでいっぱいになっていました。そしてまずは両親のもとへ行き、これまでの感謝とお詫びを伝えなければと、途中の駅のデパートで少し値の張る幕の内弁当を二つ買い、急いで父母のいる実家へ急ぎました。実家を訪ねると、いつもと変わらぬ笑顔で「あら、いらっしゃい」と迎えてくれました。当然私の事情など知る由もありませんから「急にまたどうしたの?」と母が言い、そこですぐに素直に気持ちを伝えればいいものを「ちょっとお弁当を買ってきたものだから・・・」とついはぐらかしてしまって、ついに伝える機会を逃してしまいました。
なかなか先生のように素直に思いをさらけだせない自分を、まだまだだなぁと恥ずかしく思いながら、でも両親の喜ぶ顔と元気な顔を見れただけで十分満足しました。この3泊4日の反省研修会は、反省を通して自分を探し自分を辿る心の旅路です。その旅路は決して簡単で楽しいものではありません。自分の内面を見せられる怖い思い、自己嫌悪、後悔、拒絶・・・はじめはこのようなネガティブな感情に向き合うことになるかもしれません。しかしそこを乗り越えて出会うものは、ほんとうに自分を愛し自分を大切にするという気づき、過去の自分をありのままに受け入れ、これからの人生をより良いものへ作り変えていく希望だと思います。
最近になって長尾先生を知られた方、反省研修会に対して参加を躊躇されている方、そのような方の何らかの参考やきっかけになってくれたら嬉しいと思い、私の反省研修会を通して得られた拙い経験と感想を、恥を忍んで書かせていただきました。先生の残してくださった教えが途切れることなく末永くひとりでも多くの方々に継がれますよう願っております。最後までお読みくださって、ありがとうございました。