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2011-05-20 23:03:00

 東京赤坂にあるお座敷天ぷら「花むら」の創業者、川部幸吉さんは、ちょっと変わった経歴の持ち主でした。大正時代に新聞記者から転進、天ぷらの調理に専念したのです。

 理系の学校出身の川部さんは、天ぷらを科学的に解析し、さらに歴史、食材の調査や、天ぷら鍋に最適な砂鉄を求めるために、全国を歩いたのでした。

 成果は、川部米夫名義で昭和36(1961)年に婦人画報社から出版された「天ぷら奥義」に凝縮されています。その中の114ページ、山菜天ぷらの魅力を紹介した中で川部さんは、「変わりだねとして柿の木の葉の天ぷらがある」と書いています。

 医学畑出身の県知事に天ぷらを供したときのことです。魚介類をかなり揚げた後で、川部さんは1枚の木の葉の天ぷらを知事の皿の上に置きました。 知事はけげんそうに尋ねたそうです。

 「これは何かね」「木の葉です」「木の葉? 何の葉だい?」。重ねて聞く知事に、川部さんは一言だけ答えました。「柿の葉です」。

 知事は感じ入った面持ちで川部さんの顔を見つめると、「えらいことを知っているねぇ」とつぶやいたのでした。

 柿の若葉には、レモンの20倍ものビタミンCが含まれているといいます。しかも、柿の葉のビタミンCは熱に強いのです。またタンニンが豊富で、高血圧や動脈硬化の予防に効果があるそうです。「医学畑出身の知事はそのことを知っておあられたのだろう」。そう回想した川部さんは高血圧の予防に、柿の葉天ぷらの保存を薦めています。

 葉をよく洗って水を切り、一枚一枚薄く衣をつけ、からっと揚げます。それをすぐに広口瓶などに入れ湿気を防げば、かなり長くおけるというのです。「これを毎日2,3枚ずつ、2、3回に分けて食べれば、血圧を正常にするのに役立つというもの」と川部さんは言います。

 当店でも柿の若葉を用意しております。ただこの季節、野菜や山菜の種類が多く、柿の葉は揚げないでしまうことも少なくありません。一言「柿の葉を」と言っていただければ忘れずにお付けします。


2011-05-19 21:41:00

 サラリーマン時代の先輩から、佐渡のヤマウドをいただきました。早速19日より、少し伸びかけた芽や皮をむいた茎の白い部分だけでなく、皮もキンピラにして揚げました。捨てるところは何もありません。

 きめの細かな歯ざわり、みずみずしさ、野趣豊かな風味、かすかに口に残る苦味を、一本のヤマウドで幾通りもの天ぷらにして味わうのも、ツツジが咲く季節ならではの楽しみです。

 江戸時代に著された「佐渡志」(1816年)に、ヤマウドの記述があります。「土当帰 方言うど 山中にありて 採て食品とす 笹川村拾八枚村(旧真野町笹川)金山より出るものは殊に美味なり」。土当帰はウドの漢名です。佐渡の人々にとって、ウドはワラビ、ゼンマイと並んで、古くから欠かせない山菜でした。

 ヤマウドの独特の香気は、茎などに含んでいる精油のせいだと「山菜記」(片岡博、東京書房社)にあります。それは、一足早く出回った栽培もののウドにはない、新緑の山の精気なのでしょう。

 汗ばむような日が続いています。冷たい小千谷そばと一緒に、熱々の衣に包まれたヤマウドをご賞味してみませんか。佐渡の野山のにおいと一緒に、さわやかな潮風を感じていただければ幸いです。


2011-05-12 23:30:00

 知人に、食物の採集に野山を駆け回った縄文人の遺伝子を色濃く引き継いだかのような男性がいます。四季折々、季節の七草、木の芽、木の実、そしてキノコを求めて、海辺から深い山の奥まで分け入るのです。

 そんな彼が太くて生命力に満ちたコゴミを、大きな袋いっぱい持ってきてくれました。中越地方の、今は耕作する人も無く放置されたままの棚田跡で採取したそうです。コゴミは湿り気のある日当たりのよい窪地を好むといいます。春の太陽をいっぱいに浴びることができる棚田跡は、コゴミの楽園なのでしょう。しかも土壌は肥沃です。

 早速、12日から天ざるや天丼の一品として盛り付けました。コゴミの名は、株から伸びてきた芽が人間の「前こごみ」になった姿に似ているところから付けられたといいます。これまで揚げてきたコゴミはどこか控えめでしたが、今回頂いたものは立派で、たくさんの天ぷらと盛り合わせても、しっかりと存在感があるのです。

 今週末はコゴミのほかに、フキノトウ、山ウド、タラの新芽、ノビルなどが提供できそうです。

 山菜の多くが持っている繊維質のほろ苦い味について、懐石料理「辻留」の辻嘉一さんが書いています。「冬の間の運動不足でこわした胃腸の働きをよくし、便通を整えるのに格好のものであります。なんともいえないほろ苦さは、まさに自然が恵んでくれた季節の美味であり、保健薬でもあります」(「食味」PHP)。

 そのことを、山の生き物たちもよく知っているのでしょう。山梨県にある三ツ峠山荘の近くにすむ熊は、冬ごもりから出てくると、まずタラの芽を食べるのだそうです。「動物の体力回復にはもってこいのものなのだろう。鹿もフキノトウやタラの芽を好んで食べるらしい」と「四季の博物誌」(荒垣秀雄編)はいいます。

 熊や鹿も、ほろ苦さを楽しむ味覚を持っているのでしょうか。


2011-05-03 21:50:00
 まだ雪の残る山から、見事なウドが届きました。新芽も茎も、香り高い天ぷらになります。このほかにも、コゴミ、フキノトウ、タラの新芽など、天ざるや天ぷら定食に盛られる山菜の種類も少しずつ増えてきました。
 雪深い越後の山々の春の使者。その精気を薄い衣に包んで揚げた天ぷらは、命の萌え出す季節ならではの味わいです。天つゆのほかに、テーブルにはお塩や抹茶塩を用意しております。

 ▼追記 4日朝、知人がコシアブラの若葉を届けてくれました。「漉し油」が和名の由来とか(「佐渡山菜風土記」伊藤邦男)。かつては樹脂液を漉して油をとり、刀剣や写経の用紙に塗ったそうです。芽が出るときに、体内の油を若芽に集中させるといい「山の肉」とも呼ばれる濃厚な味が魅力です。早速メニューに加えた4日は「定食の天丼にもコシアブラが入るのですか」と確かめてから注文されるお客様が目に付きました。ゴールデンウィーク中は提供できそうです。どうぞ、ご賞味ください。

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