講師(宗夜)ブログ
所作(41)●静かなるオーケストラ
茶道は静かなオーケストラのようだ、とある茶人が表現していました。
本当にその通りだと思います。
美しい音楽を奏でるためには、どんなことに気を付ければいいのでしょう?
それは、呼吸に基づいた安定感です。
すぅぅ… 、はぁぁ… 、すぅぅ… 、はぁぁ…
この一定のタイミングを壊さないようにお点前をなさってください、と生徒さまに申し上げています。
でも、この一定が本当に難しい…。
よく出来るところは早くなりがち。
忘れないように早く済ませたくなります。
その代わり出来ないところは遅くなりがち。
みんなそうです。
気持ちはよく分かります。
まずは帛紗捌きから改善してまいりましょう。
………………………………………………………………
(1)目の前に三角に広げる。
(2)左手3本指が表に出る。
(3)左腿の中央あたりで縦にする。同時に左手の親指でロック。
(4)左手の人差し指パラリと外す。
(5)左手が右手近くまで上がる。
(6)左手で内側に織り込む。
(7)左手親指でロック。
(8)左手が帛紗の中央まで下がってくる。
(9)胸の前で水平にする。
(10)右手の人差し指、帛紗をスーッと一文字描いて向こうに折る
………………………………………………………………..
これら一連の動きを『いち、に、さん…』と呟きながら行ってみてください。
一定の速度を保つことが出来るようになります。
帛紗捌きが改善するだけでも、ご自身の気持ちが変わってくると思います。
すぅぅ… 、はぁぁ… 、すぅぅ… 、はぁぁ…
とても心地よく穏やかな気持ちになります。
するとお客様も心地よく穏やかになられます。
たとえお点前を間違えても『頑張って…』とお客様が心の中で応援してくれます。
同じものを同じ目で見、意識の根底でみんなが繋がっている気持ちになります。
静かだけれど同じ方向を向いて、同じ気持ちを共有していて、とても心が安らかになります。
自分はひとりじゃないという幸せな気持ちになります。
宗嘉先生のお点前が美しいのはこういうところなのです。
安心できる心地よい速度。
迷いのない手の動き。
空間に残るその軌跡。
在るべきところに収まるその様。
そして静かなこころ。
今という時を一緒に生きていること自体に感謝したくなります。その姿を皆さまと一緒に見届けることが出来ることにも感謝したくなります。
技巧的ではないのです。
上手なのと美しいのとはちょっと違う。
覚えているとか、覚えていないとかでもなく、
出来る、出来ないでもない。
こんこんと泉が湧くような。
ゆっくりと心を満たしていくような。
そんな感じです。
本当に精神を集中させるとそのような静けさをまとうのかもしれません。
私どものお教室には、いつもそのような満たされた静けさがあります。楽しい時には盛り上がるけど、基本的には静かです。
良い教室になったなぁ…としみじみ思います。
ずっとこのような教室を作りたかった。
控室では皆さまにリラックスしていただいて。
でもお稽古が始まったら…
オーケストラの指揮者が指揮棒を上げた時に楽団員全員がスッとと集中するような…
そんな教室にしたかった。
ああ楽しい
ああ幸せ。
所作(40)●パワーショベルと手のシャベル
宗嘉先生と仕事をしていて、本当に感心するのが持続力(パワー)です。。隙間時間も無駄にせず様々な仕事をこなしています。
パワーショベルのようだといつも思います。
ガガッと硬い土にショベルが入りこみ、ガバーッとたくさんの土を掬い上げるさまに似ています。
それに比べて私は手のシャベルみたい、
と自分で思います。
パワーショベルは爆発的な推進力があります。
でも隙間からポロポロと土砂がこぼれます。
そのこぼれた土砂を私は手のシャベルで少しずつ掬い上げているように思います。
こんな感じです↓
宗嘉先生の推進力:7割
私の掬い上げる力:3割
自分の会社員の事務職時代を顧みてもやはり同じように思えました。
少しずつ掬い上げる力は大きくはないけれど、しかしとても重要です。
第一の魅力は『丁寧さ』にあると思っています。
その丁寧さは、推進力に匹敵すると思うのです。
丁寧に扱われると人は感動します。
人は感動を満たしてくれるところに集まります。
世の中では業務のIT化、AI化が一気に進んでいますが、感動を求める人の欲求はむしろ高まるかもしれません。
今後の成功のカギは、相手を感動させられるかどうか、となりそうです。
『人格の勝負』です。
能力だけで評価される時代は終わりを迎えるでしょう。
ビックデータの集積に裏付けられたAIの判断力の前では、人は無力です。
もしかしたら、女性にチャンスの多い時代なのでは?と私は期待しています。
女性は、優しい。
それは痛みを知っているから。
痛みを共感できるから。
女性はその一生の中で自らの体が変化します。
初潮を迎え、生理のある生活を送り、成熟した女性となった後に、更年期を経て、閉経する。
どの過程にも痛みや苦痛を伴います。
経験しないと分からない感覚です。
『ああつらい…』
何日も寝込むこともあるでしょう。
つらいけれども、そのつらさが女性同士を結びつける。
そして優しい人格へと導く。
『つらかったねぇ。大変だったねぇ。』
こういう言葉を掛けることができるのは、圧倒的に女性が多い。
それはつらさが分かるから。
毎月必ず体に起こる不調と無縁ではないはずです。
そしてまた、小さな力だからこそ上手くいくこともあります。
奈良時代の建築物の基礎は、女性たちが作ったそうです。
版築(はんちく)という技術だそうで、種類の違う土を何層も重ねて、トントンと上からシャベルのような道具で叩いて作ったそうです。
女性の、大きくはないけれども優しくて継続的な力が効果的であったとのこと。
着付けでもそのような力の出し方が効果的です。紐を結ぶ時にじわ〜っと引き締めます。
ギュッと強く締めてしまうと反動で逆に緩んでしまうのです。じわ〜っと時間をかけて結ぶと、紐の表面の繊維がお互いに噛み合い、決して緩みません。
女性の力の出し方にはコツがあり、また、根気よく磨き続ける必要があります。
このコツには諸芸のお稽古に通じるものがあります。
茶道や着付けのお稽古を続けると何となく分かってくるのです。
この何となくが大事。
ハッキリと見えなくても良いのです。
茶道も着付けも難しいです。
すぐには身に付かない。
けれども逆戻りはしません。
時間と手間を掛けたら掛けただけの価値が返ってきます。
価値とは穏やかな本来の自分です。
所作(39)●八百万の神
よく言われる八百万の神とは何でしょう?
でもその前に、その神が住む日本とはどんな国なのでしょう?
日本列島は、アメリカのカリフォルニア州より小さいと言われます。すっぽりカリフォルニアに収まってしまう大きさだとか。
しかも平地が少ない。
そんな国土に1億2千万人もの人が住んでいる。
そんな日本に対して
『日本人は狭い平地にへばりつくようにして住んでいる』
という英文を学生時代に読んだことがあります。
新聞記事の抜粋でした。
失礼だなぁ…と率直に腹が立ちました。
本当に日本は小さいのでしょうか?
私はそうは思いません。
日本は山あり、谷あり、川あり、湖あり、内海あり、洞窟あり、小さな島々あり…の非常に多彩な地を持つ国です。
そして平地であっても高低差に富んでいる。
水が流れ、川が流れ、空気が流れ、と様々な動きが生まれます。
国土が全域に渡ってギザギザしていたりシワシワしていたりするのです。
ものすごく起伏に富んでいる。
この起伏をビロビロ〜っと全部伸ばしてみたら相当な広さになると思うのです。
そしてその起伏には必ず生命が息づいている。
なにも人間だけが生き物ではないのです。
日本には四季があって、雨も多めで、暖かい…となると、この起伏に息づいた生命が活発になります。
一番小さいのはバクテリアなどの細菌類。
その細菌類を栄養にする植物がいて、それを食べる虫や爬虫類、両生類などがいて、小動物がいて…と生き物の種類が豊富です。
私はバクテリアが八百万の神の一人ではないのかといつも思うのです。
目には見えないし音には聞こえないけれど、大きな役割を果たしている。
人間にとって良い働きもすれば、そうでない働きもする。人間は恐ろしい事態に遭うと
『祟りじゃ』と言って畏れの念を抱く。
そのように時により緊張感をもたらせる。
また、日本は地質も種類が豊富。
4つのプレートがせめぎ合う地震大国でもありますが、その動きにより様々な岩石や地質がこの国土に集まっているそうです。
様々な地質があるということは、その中に住むバクテリアの種類も豊富だし、濾過される水の種類も豊富、その上に育つ植物も様々な種類があるということになります。
ということは虫の種類も様々になり、動植物の種類も様々ということになります。
つまり狭いんじゃなくて、凝縮されてるんじゃないの?と私はいつも思うんです。
この地質も八百万の神の一人だと思っています。
動植物の種類が豊富ということは…
もしかしたら人間の種類も豊富だと言えるかもしれません。
以前、通訳ガイドの勉強のために日本の色々な地域を旅して巡りました。
そこ驚いたのが方言の多様さ。
特産物の種類の多さ。
独特の文化(祭り)などの種類の多さ。
自分は何にも知らないなぁと思いました。
いまの時代においても方言の違いがハッキリしている。人と物と情報の流通が多い時代でも。
となると、流通がなかった時代には、方言は外国語のような感覚だったんじゃないかと思います。
谷のこっち側とあっち側では、微妙に気候も違うし、食べ物も違う、祭りなどの文化も違う、すると方言も考え方も変わってくる。
近くなら何となくイントネーションが似てるかもしれないけど、遠方となるともしかしたら意思疎通が難しかったかもしれない。
つまり日本は広いんですよ。
そう言えば、そもそも…
なぜ神は八百万(800万)なのか?
300万でも500万でもなく、なぜ800万なのか?
私の好きな祝詞、大祓詞(おおはらえのことば)にも出てきます。
………………………………………………………..
八百万の神たちを神集へに集へたまひ、
神議りに議りたまひて
………………………………………………………..
この祝詞の原文ができたのは平安時代初期だそうです。
私は推測します。この頃の人口が800万くらいだったのではないかと。
当時の人々は、人間の中にも神様を見ていたのではないかと。
自然の不思議
命の不思議
その不思議そのものが神様だと捉えていたのではないかと思います。
いつもいつも正しいわけではないけれど、
たまに間違うし、
軽々と生きているわけでもないし、
山あり谷ありの地で何とか悩みながら生きているんだけど、
それでも生命そのものが尊い。
みんなも。自分も。
所作(38)●大きな樹は根から伸びる
どこで見つけたのか分からないのですが、いつの間にか心に入ってきた言葉でした。
絵本の中で見つけた言葉かもしれません。
良い言葉だなぁと思いました。
ぐんぐんと上に伸びるだけが成長ではないというのです。
じりじりと地中を探りながらの成長もあります。
上に伸びていなくとも、土の中ではしっかり成長しているらしいのです。
体を支えるための根をしっかりと張って環境を整えて、それからようやく上に伸びるのですね。
人間も同じだと思います。
即席では仕上がらない。
5年単位、あるいは10年単位で成長を見極める目を持つことが肝要かもしれません。
世の中には不安を煽る表現が溢れています。
『早くしなきゃ、早く、早く』
誰もが急かされているように感じます。
でも悪いことではありません。
本能からのメッセージです。
危険を察知した時にすぐに行動できるようスタンバイ状態に整えておくことは必要です。
その日その日を真剣に。
モタモタしないで出来るだけ早く物事を済ませる。リラックスのし過ぎは危険です。
本能に従っているのに私たちは生きづらい。
どうしてでしょう?
それは、色々な本能と板挟みになっているからです。
・これだけやったんだから見返りが欲しい
・出来るだけ早く
・出来るだけ多く
・だけど本音はダラダラと怠けていたい
これも本能。
できるだけエネルギーを消費しないことが長生きのコツでもあるわけだから、ダラダラと怠けたくなる欲求も正しいのです。
そのダラダラを我慢して努力したのだから、結果が早く欲しいのはある意味当然です。
簡単に成長できない仕組みがあり、
すぐに結果を求めたがる本能があり、
でも本当はダラダラと怠けていたい本音もあり、
まったくカオス(混沌状態)です。
一人一人がこれだけ複雑なのに、そういう人間が複数関わり合って社会を形成しているのだから、そりゃあもうグチャグチャです。
生きづらさを解消するには、
自分の本能を認め、本能の傾向を予測して、その上で本能をなだめる必要があります。
この一連の働きを理性と呼びます。
懸命に努力したけれども、そう簡単に結果は出ないな。努力はこのまま続けるけれども、じっくり待とうじゃないか。
このような気持ちが理性です。
ところがこの理性が、そう簡単に育たない…。
感情のコントロールを担うのは前頭前野とのことですが、この部位の完成はとても遅いそうです。
非常に精巧なパズルを組み立てるかのようだと脳科学者が表現していました。
快楽物質のドーパミンを運ぶ軸索が、前頭前野にまで伸びるのに時間が掛かるのだそうです。
どこまで伸びるかは個人差が大きいとのこと。
本当は今すぐ快楽が欲しいけれども、より多くの報酬を得るため、計画を立てて実行していこうという働きです。
この計画性を持つためには、小さな成功体験を積み重ねていく必要があります。
小さくてもそれに気付いて、自分を励まして、希望を持ちながら少しずつ前進する。
前頭前野の完成は20歳くらいという科学者もいれば、50歳くらいという科学者もいます。
共通しているのは時間が掛かるというところ。
大きな樹が根を伸ばしている姿にそっくりです。
自分の成長を待つのは時には辛いかもしれない。
他人の成長を待つのも辛いかも知れない。
そんな時に『大きな樹は根から伸びる』と呟いてみましょう。
自分も、目の前の人も、大きな樹に成長しようとしている途中。
時間は掛かるかも知れないけど、将来きっと大きな樹になるよ。
緑色の美しい葉を持つ大きな樹になるよ。
by 工藤 宗夜
所作(37)●お点前の覚え方:まずは大好きなお点前を一つ覚える
生徒さまから
『どうやってそんなにたくさんのお点前を覚えたんですか?』
とよく聞かれます。
『大好きなお点前が一つあると良いですよ』
とアドバイスさせていただいております。
私のお気に入りはは茶箱の雪点前❄️
先日も久々にzoomで生徒様とお稽古をし、
『あー、やっぱり雪はいいわぁ…』
としみじみ味わいました。
私は雪点前のお道具が膝前に並ぶと気分がスッキリします。
縦と横だけで構成されるお道具たち。
勝手付きから…
茶箱の本体:たて
古帛紗:たて
掛子:たて
茶箱の蓋:よこ
たて、たて、たて、よこ
たてたてたてよこ、イエス!👍
それからすごく好きな動き。
小棗ちゃん。
私のイメージでは小棗ちゃんは女の子です。
最初はわがままお嬢様。
仕覆から出て箱の蓋の真ん中でいばっております。『ここ私んち』
ところが帛紗で清められると、しとやかなレディに様変わり。
少し左側によけて腰を下ろすのです。
右側にお茶筅とお茶巾がいらっしゃるので
『どうぞこちらにお座りください』
と自分から遠慮したのでした。
(ああ、良い子になったねぇ…。よしよし。)
見守る私は涙が出そうです。
不可思議なのは、箱の本体を向こう側に上げる仕草。
だって、まだお茶筅とお茶巾が入っているじゃないの。
『なんでここで上げるの?遠いじゃないのよ』
と文句言いたくなります。
でもまぁ。世の中に理不尽なことはたくさんありますから、仕方ないでしょ。受け入れまひょ。
ちょっと私が手を伸ばせば良いのよ。
ほら取れた。
もう一つ、とても好きな動き。
お茶杓の仕覆の畳み方。文結び。
Vの字に折ってぐるりと結びます。
ほどく時もぐるりと回して元通り。
ああ、美しい。
文結び(ふみむすび)という音も美しい。
平安朝の薫りがほのかに漂います。
どうか美しく一手で結んで、
一手でほどいていただきたい。
心を寄せるをのこが記した文かもしれません。
メールもLINEも電話もない時代。
紙も筆も墨も大変貴重な時代。
大量生産とは程遠い古の時代。
そんな時代に思いを馳せてお道具と向き合ってみましょう。とても気持ちが清々しくなります。
こんな風に、雪点前は私のイマジネーションを掻き立ててくれます。
いつも自分の作ったお話の中で遊んでいるイメージです。幼少期は一人遊びが好きでした。
勝手にお話を作るのが好きでした。
そういえば子供時代、絵本作家とか漫画家とかになりたかったのを今思い出しました。
よくいろいろ書いてましたね。
机の引き出しにしまってあるのを母親が勝手に見て、漢字の間違いを添削していたのも今思い出しました。まったくあの人は…。まぁいいや。
こんな風に勝手に脳内で楽しんでおりますと、
楽しい気持ちがお客様に伝わるようです。
『覚えなきゃ、覚えなきゃ』
とプレッシャーを自分にかけなくても大丈夫です。
お好きな方法で楽しんでいただければ…と思います。
一つしっかりと覚えてしまうと、その先に自然と枝葉が伸びてまいります。
伸びたいと思った時に才能は自然と伸びるようです。
伸びたいという気持ちが整うのをじっくり待つのもいい時間の過ごし方だと思います。
一緒にじっくり待ちましょう。
by 工藤 宗夜