講師(宗夜)ブログ
所作(61)●寺子屋っていいな
寺子屋について、以前に少し調べたことがあります。
通訳ガイドの仕事をしているときに、日本の教育システムをお客様に説明する必要があったためです。
当時私の調べたところによると、戦国時代あたりに寺子屋なるものが世に出たとのこと。
寺子屋の名の通り、当時はお寺が教育機関を担っていました。
教育していたのは、領主の子どもやその部下の子ども達。優れた領主に育てるべく帝王学が施されていました。当時、戦国武将たちは貴族よりもずっと低い地位に見られていたので地位向上に必死だったのだろうと思います。
武力だけでは地域を治めることは出来ません。
戦にはお金がかかります。経済発展を遂げなければ武力を維持できません。
また、武力で得た土地も朝廷から官位を授かって初めて認知されましたので、朝廷との手紙のやり取りも武人には必須の能力でした。
優れた文官としての素養も磨き続けなければなりませんでした。
そのせいか、テキストは手紙のやり取りを題材にしたものが多かったようです。
その他にも、漢文、算術、哲学など科目は多岐に渡りました。
時代は下って、江戸時代。
貨幣の統一がなされ、政情が安定してくると庶民も教育を必要としました。庶民の身分であっても教育の有無によって経済格差が生じ始めたのです。
そこで寺子屋が作られました。
でも寺ではなくて、師匠の家だったそうです。
面白いのはこの寺子屋、庶民たちが自発的に作り始めたという点です。
地域の学のある有力者などに師匠役を頼み、子ども達の教育をお願いしたそうです。
この話をすると大抵の外国のお客様が驚きました。庶民の必死さが伝わってきます。
それだけ世の中の流れが早かったのでしょう。
寺子屋に通う子どもの年齢は6歳くらいから12歳くらいまでだったそうです。
内容は、読み書きそろばんとよく言われますが、教育者に任されていました。
優秀な人材を育てることが、地域経済の発展につながることを昔の人もよく心得ていたので、その地域ごとに教育内容は大きく異なっていたと思われます。
江戸時代の中後期における日本人の識字率は7〜8割だったそうです。江戸内においては9割とも言われています。
江戸時代の庶民は、読書好きでした。
たくさんの物語が出版されていました。
また旅行も大好きだったので、たくさんのガイドブックが売られていました。楽しみながら学んでいた姿が目に浮かびます。
人々にとって寺子屋はとても大切な場所でした。
明治時代に学生制度が整い、寺子屋が廃止されると知ると、寺子屋一揆というものが各地で頻発したそうです。
教育に熱心だった江戸時代の人々。
もしもタイムスリップが出来るなら…、通ってみたいと思いました。
所作(60)●甘いものは心の栄養
心が本当に疲れた時、甘いものはそれらを全部包み込んで忘れさせてくれる気がします。
一口含むと『ふぅ〜』肩の力が抜けます。
女性にはそういう時間とても大切。
『なんか美味しいもの食べに行こうか』 そういう話題をする時、女性の場合大抵はスイーツも含まれています。
本当に心の栄養だなぁと思います。
子どもの頃、夜に寝られないでいた時、母と二人でこっそり食べた甘いもの。
いつもは食べる時間に厳しいのに、たまに許される夜の甘いもの。
時が経つと、記憶そのものが甘くなり懐かしく思われます。
その積み重ねが人間の情動を豊かにするのかもしれません。
宗嘉先生の和菓子は、材料や製法にこだわっていて体にも優しくて安心です。
ゆっくりと味わって豊かなひと時を過ごしていただきたいです。
所作(59)●仮名文化
一年ほど前から、仮名に魅せられています。
興味を持つきっかけは自分の名前からでした。
私の名前はある和歌から付けられました。
…………………………………………..
秋風にたなびく雲の絶え間より
もれいづる月の影のさやけさ
…………………………………………..
最後の『さやけさ』から、さやこと名付けられたのです。この和歌は、百人一首の一つとして数えられています。
だけど…
和歌の響きは好きなのですが、活字はどうも好きになれない。趣がなくて冷たい感じがする。
もしかして和歌を仮名で読めるようになったら面白いんじゃないかな、と思いました。
どうせ読むなら源氏物語にチャレンジしてみてはどうだろう。なんかカッコいい!
そしてすぐに源氏物語絵巻と、仮名辞典を購入しました。一文字、一文字を辞典で拾えば読めるんじゃない?(若者っぽく語尾を上げながら⤴️)
わー、どんなかなぁ?わくわく…
と開いて、すぐにパタンと閉じました。
……。
もう一度気を取り直して開きました。
落ち着け、自分。
……。
うわぁ。ダメだ。
当たり前かもしれないけど、もう全然ダメだ。
予想すらつかない。
ずざざざーーっと後に下がって両手をついて
『申し訳ありませんでした!』
と絵巻に謝りたくなる気持ちでした。
そもそも…
こんなに当て字が多いとは知りませんでした。
仮名辞典を見ると、色々な当て字があって予想もつかない。
現代の私たちの平仮名は50字しかないですが、平安期の仮名は、驚くほどたくさんあります。
しかも形を省略した上で崩しています。
昔の人はなぜこれが読めたのでしょう?
平安期の貴族たちは、和歌を何千首、何万首と暗記していたそうです。
幼少期から、乳母によっていつ何時でも誦じられるように教育されていました。
当て字をしていても、形が崩れていても、その膨大なデータベースを基にしてすぐに予想がついたのです。
すごい文化だと思いました。
これが王宮文化かぁ。
超アナログなようでいて、実は暗唱コードの役割を果たしていました。
公文書では仮名のフォーマットが非常に細かく決められ、容易には改ざん出来ないようになっていたそうです。ほんと、うまいこと作ったなぁ。
なかなか味わうところまで行けないのだけれど、そのうちになんとなく分かっていけたら、面白いだろうなぁー。
と思って、休日は仮名ニョロニョロとの時間を愉しんでいます。
紅葉
所作(57)●マイブーム
観葉植物を育てるのがマイブーム。
去年の今頃から急に植物が愛おしく感じ始めた。以来、ついつい観葉植物に目がいってしまう。
ガーデニングも楽しくて、休日にお水をあげるのが前日から私の楽しみ。
観葉植物は、休日の晴れた日にはベランダに出して日光を浴びさせたり外の空気に触れさせたり。
葉っぱが風に揺らぐ様子は喜んでいるみたいで『良かったねー』とつい声を掛けたくなる。
観葉植物との出会いは、去年の今頃に購入した大きなフィカスウンペラータ。
大きなハート型の美しい立ち木。
身長175cm。
スレンダーな美女を思わせてつい毎日うっとりと眺めてしまう。
熱帯アフリカ原産だからか、日本の真冬は寒すぎるようで、つらそうでとても心配した。
大きな葉っぱが黄色くなって、たった一枚落ちただけでもとても心配してしまった。
一人じゃ寂しかろうと思って、その2ヶ月後に小さなお友達を買った。
スパティフィラムとザミオウルカス。
これは300円ショップで買ったのだけれども、とても元気で購入時の2倍以上に成長してくれた。
そして半年前には、私の背丈くらいのオリーブの木を購入。オリーブの実も収穫できたら良いなぁと思ってお世話していたのだけれど、どんどん葉っぱが落ちて元気がなくなってしまった。
どうも機嫌が悪い。
あらあらどうしたの?と思って外に出す時間を長くしたら『わたし、お外が良いの』という声が聞こえた。それから地植えにしたところようやく元気を取り戻した。
『こうでなくっちゃ!』
あ、そうなんだ。
オリーブが外に出ていってしまった。
フィカスウンペラータがまた寂しそうな顔をする。
スパティフィラムとザミオウルカスはTVの横で、ちんまりと座っているから話し相手にならないみたい。
そこで以前から気になっていたお花屋さんでフィロデンドロン・セロームを購入。
緑色が濃くてわっさーとしていて元気はつらつ!
『こんちわー』
この子、きっと男の子だ。
フィカスウンペラータの機嫌が治った。
ああ嬉しそう。相性いいみたい。
スレンダー美女と、ずんぐりとした元気そうな男の子の組み合わせ。
ん?どっかで見たぞ…と思ったら
『銀河鉄道999』のメーテルと鉄郎にそっくり。
リビングが賑やかに華やかになった。
植物の話し声は、私には聞こえないのだけれど、何だかとっても楽しそう。良かった。
これからも、よろしくね。
