講師(宗夜)ブログ
所作(31)●人前でうまく話せるようになりたい
『人前でうまく話せるようになりたいんです。どうしたらいいですか?』
以前このようなご質問を受けました。
どうしても緊張してしまって上手く話せないそうです。
雑談している時はいいのだけれど、発表の場などで、自分が注目を浴びる時になると急に怖くなるのだと仰います。
その気持ちよく分かります。
ひとの視線は、怖いですよね。
ひとの視線には、たくさん情報が含まれています。それが恐怖を引き起こすのだと思います。
ひとの視線に慣れないうちはすべての情報に敏感になってしまいます。
目の前の人がなんとなく機嫌が悪かったりするだけで、落ち込んでしまうのです。
手が震えたり、足が震えたり、同時に心も震えてしまって止まらなくなってしまいます。
私の場合ですが、
『もっと自分は出来るはずなのに』
と思っている時に緊張が強かったと思います。
自分の力がどれくらいなのか、自分で分かっていない時期にはとても緊張しました。
いま自信満々なのかと言うと、別にそう言うわけではないのです。
ただ、出来ないことがあっても、
『自分はこれでいい』
と思えるようになったのです。
等身大の自分が分かってきたのだと思います。
そうすると出来ないことがあってもそんなに落ち込まなくなります。
『まぁ仕方ないか…』
と何となく受け流せるようになります。
それには好きなことに夢中になる時間をぜひ作っていただきたいです。
関係ないようでいて、とても関係があります。
好きなことをしていると、自分のことがもっと好きになります。
自分が好きな人は精神的にとても強いのです。
好きなことを探していて…
和への興味がおありでしたら、ぜひよし庵にお越しくださいませ。
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所作(30)●ご挨拶は手をついてから
よし庵ではお辞儀やご挨拶の際、必ず先に手を畳についていただいています。
・手をついてからお辞儀をする
・手をついてから言葉を聞く
・手をついてから言葉を発する
まれに、言葉が先に出て、あるいは先に頭が下がって、後から手がついてくる方がおられます。
よし庵では先に手をつきます、と説明し必ずそのように行っていただいています。
後から手が伸びますと、取って付けたような、いかにも作法が身についていないように見られてしまうのです。
手をついて相手を見て、それから次の動作に移ることで『できる女性』と周囲から見られます。
頭と体を低くしているのになぜできる女性に見えるのでしょうか?
低姿勢ではありますが、へり下っているわけではありません。ビシッと背筋を伸ばして
堂々と体を傾けているその姿勢には威厳すら漂います。
自分の立ち位置をしっかり理解して、その場に適した行動が取れるという知性を感じます。
こういった行動はパフォーマンス心理学という分野から見ても、理に適っているそうです。
視線によって相手の心を掴む天才と言われたのが、第44代大統領バラク・オバマ氏です。
まずスピーチの天才として名高い元大統領でしたが、専門家からは視線の天才とも評価されていました。
頻繁に場内に視線を移し、相手に視線を送って約1秒経ってから話し始めるという手法を取っていました。これにより、観客の持つ親しくなりたいという親和欲求を満たし、億単位の支持につなげたという解釈があります。
歌舞伎俳優も同じように観客に視線を送ります。
見得を切る、という歌舞伎独特の演出があります。ピタリと動きをとめて、一点を見つめる。
全身に力が漲る緊張感のある演技です。
歌舞伎初心者もその格好良さに、思わず大きな拍手を送ってしまいます。
元々は、舞台そっちのけで騒ぐお客さんを睨みつける行動だったようですが、これが大衆に大ウケ。見事な舞台演出として昇華しました。
もしこれが、ガードマンなどに相手をさせて自分はお客さんを無視していたらどうでしょう?
たとえ俳優に理があったとしても人気は下がってしまいます。
人間というものはどのような形にしろ、注意を自分に向けてもらいたい動物なのかもしれません。
人間以外の動物はどうでしょうか?
霊長類で言いますと、チンパンジーも視線によって群れを統率すると言われています。
白目の大きいオスが高い確率でボスに選ばれるそうです。白目が大きければ大きいほど視線がハッキリするからです。
視線による統率を専門家は『ゲイズグルーミング』と呼んでいます。ゲイズ(gaze)は注視するという意の英単語で、グルーミング(grooming)は毛繕いです。
視線による毛繕いで群れをまとめているのです。
チンパンジーがゲイズグルーミングでまとめられる個体数は約47.6体だそうです。
ヒヒは、約64体。
人間は、約147.8体。
霊長類は白目の大きさに比例して群れの個体数が大きくなっているとのことでした。
私たちの体内では、視線を合わせるだけで幸せな気持ちにさせるホルモン(オキシトシン)が分泌されているそうです。
群れが大きく強くなることが、自分の身の安全に繋がったのでしょう。
種が生き残る策だったのです。
話をもっと文化的なものに戻しましょう。
私が好きな本に『きもの』という一冊があります。幸田露伴の娘、幸田文が執筆したものです。
主人公はるつ子。舞台は大正時代の日本。
多感な少女の姿が生き生きとした筆致で描かれています。
10代前半頃のある時、友人の家で、魅力的な女性と偶然に居合わせます。
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すらっとしたひとが入ってきて、坐るとそのまま手をついた形で、夫人が紹介をしゃべる間じっとしていて、それからお辞儀をしてにこやかな顔をむけた。ひどくきちんとしてもいたし、やさしくもあった。
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この一文に、私は心を動かされました。
そして自分が指導する立場になったらこの作法を継いでいこうと決めました。
坐って手をついてそのままじっとしている。
たったこれだけの動き。いえ、動いていない。
この一連の所作がどれほど鮮やかに少女の目に焼き付いたことか。
読者である私はすでに成人していましたが、私にも鮮烈な印象を与えたのでした。
この女性は父の愛したひとでした。
それではあまりに母が可哀想ではないかとるつ子は思います。しかし同時に自分自身もどうしようもなく惹かれてしまうのでした。
この第一印象にその人の生き方が現れています。その女性は外見通りに気持ちもスッキリとしたひとで、ベタベタせず自立しています。
るつ子はそのひとの内面を知り、ますます好きになってしまうのでした。
年下の女性が憧れるような女性。
そんな女性に自分もなりたいし、生徒さまにもなってもらいたいと切に願います。
時代の先が見通せず、生き甲斐を見つけづらい世です。
私が若い頃も、いろいろな社会問題はありましたが、それでも今よりは希望がありました。
今は、なんというか八方塞がりの感があります。
ミドル世代の私たちが、きちんとした作法を身につけ、見せて、生き生きと毎日を送る。
その姿が時代を照らす一つの光となるのではないかと思っています。
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所作(29)●日本人の心を育てた昔話②
昔話に向き合っていた時、それらが生まれた背景にも興味が湧きました。どんな風に生まれて現代の私たちに受け継がれてきたのだろう…。
専門的に研究したわけではありませんが、本を読んだり、旅行先などの博物館などで得た知識をもとに自分なりの解釈を持つようになりました。
私が昔話と呼ぶものには、多くは民話由来のものであることを知りました。
昔話と民話とは異なると言われます。
昔話は語ることを前提とした空想の物語だと言われ、民話は特定の地域で語り継がれてきた個人的なお話を元にしているとのことです。
ですが、両者が重なっている部分も多いような気がします。私は専門家ではないので民話も含めて昔話、と大きく捉えさせてもらっています。
昔話の多くは、お百姓さんの家で生まれたそうです。昔、現代とは違い、農薬も化学肥料もない時代、お米を収穫するのは本当に大変なことでした。
水田を真っ平らに作るのも大変だし、水を引くことも大変です。水が多すぎてもいけないので丁度いい具合に時々水抜きをします。
水の権利を巡っての地域での争いも絶え間なかったことでしょう。
ダムもないため、洪水も頻繁に起こります。
虫害や冷害による飢饉も多く、なんと苦難の時代が長かったことか…。背筋がゾワゾワとします。
ようやく収穫した稲も、稲穂のほとんどは年貢として上納しなければなりません。
そんな時代…
お百姓さんたちは、自分達が暮らすための収入を得るために夜な夜な内職をしていたそうです。
稲穂を上納して、残るは籾殻や糠や茎です。
籾殻は燃料として保存。または大切なものを送る時の緩衝材(クッション)として活用しました。
今でも茶道の枝炭は籾殻に包まれて売られています。
精米時に出る糠は糠床として漬物に利用、そして茎は、藁細工となり様々な日用品として現金を得るための大切な収入源となりました。
日用品とは、しめ縄、雨笠、蓑、藁草履、雪沓、子どものための人形などなど…。
藁を石にのせて槌で打ち、柔らかくしてから、家族総出で夜な夜な藁細工を作っていたそうです。
特に雪国では冬の間は外に出られないため、このような時間が長かったとのこと。
そのような時間にお話が伝えられたと言います。
おばあさんが聞かせ、父母が聞かせ、たまには『こんどはお前、話してみ…』などと促されて子ども語ったそうです。
家族で忙しく手を動かしながら。
生活と共にお話が伝わってきたのです。
それらのお話は、生活に密着している分、時代の大きな変化に巻き込まれて消えいる危機がありました。
大きくは、明治時代の初めと太平洋戦争後。
西洋文化がドッと入ってきた時です。
この時に民俗学者が危機感を持ち、民話の収集を行ったそうです。
そして戦後は、様々な研究者がそれらを文字にまとめて語り用の本や、絵本として形にしました。
もしかしたらお百姓さんの時代のお話とは、かなり異なるかもしれません。
それでも何とかして土着文化を残そうとする関係者の努力に、私は頭が下がる思いです。
研究者には、西洋の文学に精通していた人たちが多かったのではないかと推察します。
文章の作り方が、西洋の論文と酷似しています。
従属接続詞が多く使われています。
〜なので、〜した時に、〜だけれども、
などが従属接続詞です。
西洋の文学を翻訳した時に生まれた概念と思われます。この概念の輸入が、外国語を学ぶ私たちに大いに役立っていると思います。
これがなかったら外国語の勉強はもっと困難であったかもしれません。
昔話は時代の変化に程よく調和して、私たちの脳と心を育ててくれています。
茶道にもそんなお百姓さんの暮らしを所々で垣間見ることができます。
豪華なお道具や格の高いお点前もたくさんありますが、侘茶における茶室はとても簡素です。
茶室は重要な情報収集の場でありましたから、農家の人間もまれに招待されたのではないでしょうか。
あまりに豪奢な造りにしては、反感を招いて情報を得られなかったかもしれません。
茶室の躙口は狭く、刀を預けて入室します。
中も狭く、暗く、身分の隔てなく、茶室では皆平等であるという考えの元で茶が供されます。
私たちは土から離れてはいけないのだ…
そんな気持ちになります。
あらゆるところに日本の文化が伝わっている。
小さなことにも気付いて生きていきたい。
それも茶道のお稽古のうち。
そんな風に思っています。
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所作(28)●日本人の心を育てた昔話①
子どもが小学生の頃、その小学校で絵本を読んだり、昔話を語ったりするボランティア活動を5年間続けていました。
子どもが2年生の時、同級生からちょっかいを受けました。学校までの行き帰りにからかわれて嫌だと言うので、しばらく一緒に歩くことにしました。その後、学校の中でも一緒にいてほしいと言われたので、ボランティア団体に加わることにしました。
このボランティア団体が、非常に真面目な組織でした。先輩が後輩の面倒をキッチリと見るという風習がありました。
元教師のママ達や、心理カウンセラーの現職のママも在籍していて、子どもの心理状態を把握しながら活動していました。
私自身も大学で教員免許を取得し、発達心理学を多少学んでいましたので大いに共感しました。
ところが初回の練習時に厳しく注意されました。
それまで、絵本を軽く見ていました。
だって子ども用の本でしょ?
絵がついているんでしょ?
読むのなんて簡単でしょ?
何となくサラサラと一読した後に、先輩達の前で事前読みを行いました。
途中でつっかえたり、本を持つ手がユラユラしたり、ページをめくる手がバタバタとしました。
『えーと工藤さん、これ何回練習しました?』
(い、1回だけです…)
とはとても言えずに黙っていました。
『学校は公共機関です。母親であっても外部の人間です。学びの時間に外部の人間が入ることを軽く考えないでください。』
『はい…』
消えいるような声で返事をするのがやっとでした。
私が間違っていた…
甘かった。しっかりやろう。
そうだ、自分の子どもも見ている。
みっともない姿は見せられない。
絵本と昔話に真剣に向き合ってみよう。
向き合ってみると、実に奥深い世界でした。
絵本と一口に言っても様々な種類があります。
創作絵本、昔話絵本、科学絵本、ナンセンス絵本、日本のもの、外国のもの…
それらも年齢別に味わえるものが変わってきます。子どもの脳の発達段階によって理解できる内容が異なるからです。
年齢と発達段階に適合した、ピッタリの絵本を読むと、子ども達は驚くほどの集中力を見せます。
シーン…と教室全体が水を打ったように静まり返り、子ども達の全ての目が絵本に注がれます。
読み終えて、最後に絵本を閉じると、
『ほぅ…』
とみんなが小さな溜め息を漏らします。
みんな揃って本の中を旅したような満足感でした。
その満足感を得るために、1ヶ月かけて絵本を読み込み、毎回ほぼ全文丸暗記して行きました。
私たちに与えられた時間は10分間。この10分間に自分の力を出し切ろうと誓って向き合いました。
子ども達の年齢別の反応も面白かったです。
低学年のうちは、私たちに親しげに話しかけてきました。
『わー!今日は開きよみかぁ!』
私たちの顔を見るとそれだけでピョンコピョンコ飛び跳ねていました。
中学年になると、目線だけ合わせて会釈する子たちが増えました。
『あ、ども…』
こちらもそれに合わせました。
高学年になると、男の子はほぼ無視。
ハハハ、そんなもんだよね。
逆に女の子は大人で、ほんのちょっと色っぽくなって『おはようございま〜す』と長い髪をなびかせてにこやかに挨拶してくれました。
(あ、綺麗になったね…。っていうか私、負けてる?)
なんて思いながら、1ヶ月おきに見る子どもの成長のスピードに舌を巻きました。
昔話の語りにも力を入れました。
5分くらいのお話を全て覚えて語るのです。
一語一句間違えないように、忠実な語りを目指しました。
子どもたちの目の前に、情景が浮かぶよう、お話の時代背景を調べたり絵図を描いたりしたこともあります。
語り手のイメージが、そのまま聞き手に伝播するからです。
この昔話の語りの経験が、今の私のアナウンスの原型になったとも言えるかもしれません。
とても貴重な経験でした。
昔話には人の耳目を強烈に引きつける力があります。
『それで?それで?』
と、つい前のめりになってしまう強烈さです。
小1(6才)〜小6(12才)までを満足させるのですから、すごいとしか言いようがありません。
子どもは非情な聞き手でして、飽きると目の前であくびをしたり、寝っ転がったりします。
飽きさせないためには完成度が高くないといけません。
そしてその根底に愛情がないといけません。
『私すごいでしょ?』
なんて自分の能力を見せ付けたりしたら、その嫌味さを子ども達は敏感に感じ取ってそっぽを向きます。
私は5年間、知らず知らずの間に最高のプレゼンの訓練をさせてもらっていました。
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《昔話のすごいところ》
●言葉はどれも平易。発音しやすく、理解しやすい。聞き間違いを起こさない。
●お話の展開が早くて聞き手を飽きさせない。
●語り口が丁寧で優しい。
●文法が正確。
●接続詞の使い方が絶妙。冒頭の接続詞でその後の展開を予測できる。
●お話の根底に愛情がある。人間愛、動物愛、自然環境への愛など。温かい眼差しが根底に流れている。
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これらは大人同士の仕事の現場でもすぐに活かせるプレゼンのノウハウです。
動画の視聴回数を上げるためにすべきことの全てが昔話の語りに含まれています。
昔話の語りの現場で、語り手と聞き手の脳波の出方を調べたチームがいたそうです。
・語り手の脳は前頭葉が活発な反応を見せた
・聞き手の脳は大脳辺縁系が活発な反応を見せたと聞いたことがあります。
前頭葉は理性を司るところで、全体を把握しながら物事を進める論理性やマネージメント能力を発揮するときに活動すると言われます。
大脳辺縁系は本能的な欲求が起こる時に活動すると言われます。
大脳辺縁系は、お母さんが子どもに優しく語りかける時に活動する部位だそうです。
子どもにしても、大人にしても、昔話を聞いている時には、お話の奥にある『お母さんの愛』を感じて安心しているのだそうです。
お話を伝えて、味わってもらうためには、もちろん高度なテクニックも必要です。
お話の進行速度と共に、理解が追いつかなければいけないからです。
目の前にいる聞き手全員を、誰一人残すことなくお話の船に乗せていくのです。
しかしテクニックだけでもダメなのです。
人間はみんな愛が欲しい。
優しくしてほしい。守ってほしい。
そういった根源的な欲求も昔話は満たしてくれます。
テクニックと愛情の両輪を持って進む。
何も昔話の語りだけに必要なことではありません。全ての現場で必要とされる力だと思います。
仕事でも、プライベートでも、この両輪は人生を豊かにしてくれるものとなるでしょう。
お稽古や、動画の配信を通じて、皆様にお伝えして行きたいと思います。
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所作(27)●やってごらん、見てるから。
私どもよし庵は『見る』という行為をお稽古の中で、とても大切にしています。見るという行為が人の心を動かすきっかけになるからです。
人は、きちんと自分を見てくれる相手を好きになります。そして好きな人の話しか聞きません。
好きだから聞くのです。正しいことを言ってくれるから聞くのではないのです。 もしも、好きな人が正しいことを言ってくれたら、誰でも成長します。それを目指しています。
すぐに手を差し伸べるのではなく、時には少し距離を置き『見る』ことに徹する。
この大切さを教えてくれたのは我が子でした。
子どもが小学2年生の時、夏休みの宿題で『逆上がり』が出来るようになっていること、というものがありました。
運動が苦手な息子は逆上がりも苦手で、毎日夕方に小学校の運動場に行って、鉄棒の練習をしていました。人目があるのは嫌だというので夕方に行っていました。
当時私は今よりも10キロくらい太っていたので、私も出来ず、手本を見せることも出来ませんでした。(森三中の村上さんくらいの体型でした)
『まぁいいか、今日はこのくらいで…』
と逆上がりの練習を切り上げようとしたところ、子どもがタイヤの馬跳びをし始めました。
でも、出来ない。
恐怖心があるのか、勢いが足らず、お尻が引っかかっています。
『惜しいなぁ、もう少しなんだけど…。思い切って行けば飛べるよ。』
『もういい、今日はこれで帰る』
また諦めて帰ろうとしました。
『ダメだよ、跳びなさい。そうやってすぐに逃げるんじゃない。』
『えー、やだよぉ…』
子どもがベソをかき始めました。
『泣くのね。いいよ、泣きなさい。だけど泣いたら跳びなさい。待ってるから。』
そして本当に待っていました。
泣いてもムダだと思った子どもはしばらくして涙を拭いて、跳び始めました。勢いをつけて…
ぴょん!跳べました!
『ほら跳べた!やれば出来るんだ。分かったか』
『うん、分かったー!』
そしてタイヤを端から端まで跳び続けました。
日がとっぷり暮れて、さすがに帰ろうと声をかけた時、子どもが言いました。
『子どもって時には厳しくしないとダメなんだね』
当時7歳の子どもが、まるで大人のような顔をして真面目に言いました。
『そうだね…』
一瞬吹き出しそうになるのを堪えて言葉を返しました。あまりに真面目な顔をしていたので茶化しては悪いと思いました。
この日の行為も、私はただ見ていただけです。
出来ないところも見て、出来るまで頑張った姿も見て、ようやく出来たその瞬間も見た。
成長に立ち会った瞬間でした。
このような濃厚な時間の積み重ねが人と人との信頼関係を築くのだと思います。
そしてお稽古もそのように行っています。
生徒さまとも同じような経験をしました。
物の距離感を掴むのが苦手な生徒さまがおられます。入門してから数年が経ちますがお稽古の準備が自分で出来ません。
仕方がないと思って、いつも私がしていました。
ところがそれが当然という雰囲気が身についてしまい、支度が終わるのを待つようになりました。
これではいけないと思って注意しました。
『お稽古の準備は本来はご自身で行うものです。当然のように待っていてはいけません。』
人にはそれぞれ事情があります。
能力も人それぞれです。
出来ないこともあるでしょう。
だけれども、いつも周りが助けてくれるとは限りません。人はみんな生きるのに必死です。
助けてくれるかどうかは運次第です。
当てにもならない運に身を任せるのはあまりにも危険です。
そうではなくて。
自分を当てにできる存在に育てましょう。
『他人が助けてくれるのを待つのはやめましょう。出来ないことがあっても良い。だけど全面的に頼るのではなくて、部分的に頼るようにしてください』
その時には納得できないという雰囲気で、目線も合わさず、返事もしませんでした。
ところが、次のお稽古でお会いすると別人のようにしっかりしていました。
身体の重心がしっかりと落ち着き、声色も少し低くなりました。
以前はやや高めの声色でほわ〜んとしたのんびりの話し方だったのが、言葉のメリハリも付き年齢相応のスピードになりました。
そして私の話に集中するようになり、1回で聞き取ろうという意欲がはっきりと出てきました。
ああ、良かった。
安堵しました。
自分の投げたボールがやや強めであることは私も自覚していました。
それを真っ直ぐに素直に受け止めてくださった生徒さまには、感謝しかありません。
一緒に人生を歩んでいきましょう。
急がなくていいから、一歩一歩踏みしめて。
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