講師(宗夜)ブログ

2026-01-19 20:56:00

●視点が近い

先日、宗嘉先生に奥伝のお稽古を見ていただいた時のご指導でいただいたお言葉

。。。。。。。。

視点が近い。

もっと全体をふわぁ〜っと見て。

。。。。。。。。

視点…

その時の自分は、少し考え事をしていました。

集中しようと試みていたものの、何かに気を取られて

(これではいけない)

と自分を律しようとしていたようです。

 

体調が悪いというほど悪くはないけれど、万全というわけでもなく、なんとなく集中できない。

仕方がない。

こういう時もあるからなぁ…

 

茶道のお稽古の良さは、

『いまの自分を知れる』

ところにあるように思います。

 

本当に茶道とは不思議なもので。

覚えているには一応全部覚えているのだけど、

日によってするすると手が動いたり動かなかったり。

 

動いていても速すぎて趣がなかったり。

逆に意識し過ぎて間伸びしたり。

 

何もかも

『いまの自分』

 

そして数名でのお稽古は、他者の中にも『いまの自分』を見つけることができます。

これはとても貴重なひと時かも知れません。

 

AIが何もかも答えてしまう時代。

嘘か本当か知らないけれど、とりあえず答えが出る時代。

 

それでも答えが出せないのが

『いまの自分』

 

安易に知ることはできない。

向き合うしかない。

向き合わせてくれるのが、

『道』がつくお稽古のように思います。

 

ご指導を受けて次の課題があっても何となく心地いいのは、自分に向き合えたからでしょうか。

 

こういう時間が人生のご褒美のように思います。

2026-01-02 16:42:00

●灯りと集中力

よし庵のメインの茶室がペンダントタイプの直接照明から、天井などを照らす間接照明に変わりました。

 

・パネルの和紙の後ろからの灯り

・床の間の天井裏から軸荘を照らす灯り

・欄間下から欄間と天井を照らす灯り

 

今はこの三つが私たちの目を助けてくれています。

また、それぞれの照明は暗い空間を挟んで設置されています。

 

明るい→暗い→明るい→暗い…

 

灯りにも『間』があります。

一つ一つの明度は高くありません。

蝋燭🕯️の燈(ともしび)ほどなのですが、闇の存在のおかげであかりが際立ちます。

 

この照明に変わってから、講師の私共も、生徒さんも集中力が上がったように感じています。

 

光の色も変わりました。

蛍光灯の人工的な青白い光から、LEDの調光器の暖色に変わり、ホッとしている自分に気が付きました。

 

私たちは、本当は自然の燈(ともしび)を求めているのだなぁ、と思いました。

 

まさか本当に蝋燭で生活することは出来ないけれども、色を似せるだけでも気持ちは変わると知って少し驚いたのでした。

 

燈が明るくできるのは半径1m〜1.5mほど。

あとは闇。

昔からその闇が私たちをホッとさせてくれたのかも知れません。

 

ほの暗く

ほの明るく

心地よいお稽古時間

大人にふさわしい空間

 

若い頃みたいに

パァ〜ッと弾けることはない

ドーンと落ち込むこともない

あれはあれで良かった。

良い経験だった。

 

だけど大人になったら静かな落ち着きが欲しい。

何もかも知らなくていい

何もかも見なくていい

良いことも悪いことも少しずつ混じっているから。

 

光と闇があって

その境が曖昧で

そんな茶室で右に行ったり左に行ったりしながらお稽古していると、ふわぁ〜っと羽が生えたみたいな軽い気分になることがあります。

 

和紙を貼った透かし窓を拵えたかつての茶室も、先人がそのような心地よさを追い求めた証なのでは…と思いました。

 

心がほぐれたら、自然と集中して、美味しいお茶が点てられるようになっていました。

そんなひと時を持てる場に出来たら…

よし庵の願いです。

2026-01-01 15:08:00

●仮名から感じる音

仮名の練習をしていると、文字を追っているのに音が聞こえてくるような不思議な気分になることがあります。

文字と音が一体化しているような感じです。

 

さらさらとした速めの筆

ぬるぬるとしたゆっくりめの筆

シュッシュッとしたスピード感に溢れた筆

など様々あり、筆に乗る音も様々です。

 

それにしても和様の書も個性豊か。

これが本当に同じ和歌なのかと思うほど。

 

・漢字の用い方

・仮名文字の選び方

・字軸のずらし方

・連綿(れんめん)・太細(たさい)の付け方

・行全体の揺らし方

・墨の濃淡や潤渇の付け方

 

などなど。

書き手によってかなり異なります。

書かれた時代が異なるので、美意識が異なるのは無理もないかもしれません。

 

手元にある歌集で比べてみると…

・関戸本古今集

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・元永本古今集

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どちらも古今和歌集の198首め

(巻第四 秋歌上 詠み人知らず)

。。。。。。。。。。。

あきはぎも

いろづきぬれば

きりぎりす

わがねぬごとや

よるはかなしき

 

(秋萩も色付きコオロギが鳴いている。我が身と同じように悲しくてねむれないのだろうか)

。。。。。。。。。。。

 

・関戸本の選字

あきはぎ(支)も(裳)

いろづきぬれば(者)

き(支)り(利)ゞゞす(春)

わが(可)ねぬごとや

よるはか(可)な(那)しき(支)

 

・元永本の選字

あ(悪)き(支)はきも

いろつきぬれば(者)

きり(利)〜す(須)

わが(可)ねぬごとや

よるはか(可)なしき(支)

 

関戸本は藤原行成の筆と伝わり、その通りだとすると1000年ごろになるようです。ただし確証はなく、いまも研究が進められているとのこと。

 

元永本は源俊頼の筆と伝わり、年号から名付けられていて中には編纂年も明記されているので1120年とされています。

 

それぞれに趣があって、

それぞれの薫りがあって、

とても素敵。

 

この違いはどこから生まれてくるのだろう。

 

『音』なのではないだろうか。

 

筆を滑らせている書き手も、音を感じて、その人物が捕らえた音を書に表したのではないだろうか?

一つ一つの作品が楽譜だったりしないだろうか。

 

それはどんな音だったのだろう。

 

想像を巡らせ…

訡詠かな?

最初はそう思って動画を覗いてみました。

 

張りのある声で詠んでおられる。

修練を必要とする素晴らしい技であります。

しかし仮名の趣とはどうも違うような…

種類の異なる美しさに思えました。

訡詠には仮名から離れた、訡詠ならではの一つの独立した世界観が形成されている。

そんな風に感じました。

 

では人の声でないとしたら…

雅楽…?

古今和歌集編纂の勅命が下されたのが延喜五年(905年)醍醐天皇の時代。

同じくこの時代に雅楽も盛んになり、醍醐天皇ご自身も和楽器の名手だったとか。

雅楽の楽曲も楽器も、作られた当時から変わっていないという。

 

この時代の薫りを何とかして後世に伝えたい。

物は腐る。人も死ぬ。

ではどうしたら伝えられるか。

書に込めてみよう。

雅楽に込めてみよう。

 

そんな想いがあったのではないかなぁ。

私の勝手な思い込みですけれども、仮名の雰囲気と雅楽の雰囲気は響き合うように感じました。

 

最近は雅楽を流しながら書の練習を行っています。

書き手によって好きな楽曲が違うので、同じ和歌であっても違いが生まれたのかなぁ、などと想像しています。

 

和歌も仮名も雅楽も、独特で神秘的。

よくぞ21世紀まで守ってくださった。

携わる全ての方々に感謝の気持ちが湧いてきます。

2025-12-31 11:02:00

●仮名作品創作

『生徒さんにはいずれ自分で作品を仕上げられるようになってほしい』

 

書道の先生の夢だそうで、ある程度の技術がつくと創作へのアプローチお稽古が始まります。

 

一字一字の美しいバランスが取れるようになったら、今度は全体のバランスを取る練習。

 

『好きな俳句で作品を創ってみてください』とおっしゃいましたので、私は与謝蕪村の句を選びました。

 

。。。。。。。。。。

寒月や 門なき寺の 天高し

与謝蕪村

。。。。。。。。。。

 

寒い空に青い小さな月がカキーン❄️と浮かぶ画が脳裏に映りました。

人里離れた寂しげな古いお寺。

門の代わりにススキが茫々と生え、それらが月光を受けて乾いた風に吹かれています。

厳しい寒さの中に透明な美しさを見ました。

 

その画を書で表します。

筆を取る前に設計図を作りました。

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・月は寝待ちの月🌖

文字の配置で形を表現

・『寒月』は濃いめの墨。

後ろ重心でキリッとした筆跡に。

・『門なきてらの(能)』は薄く儚げな墨。今にも消えそうな感じ。

・『天高し』は中くらいの墨色。

・『し』でススキを描きたいので風に揺れているように長めに引く。

 

また、偉人の書風を取り入れて字の形も工夫してみました。

・『寒』は中国書法の蘇軾(そしょく)をイメージ

・『や』は和様仮名の世尊寺流(せそんじりゅう)をイメージ

・『天』は平安の三筆の空海をイメージしたけど横顔風に斜めに

 

臨書の勉強はこういうときに活きてくるようです。

現代で美しいとされている字の形は、仮名では登場しません。

敢えて崩したり略したりします。

けれども自分の思い込みで崩すと破茶滅茶になります。

崩し過ぎないためには、前時代の美意識がとても参考になります。

 

さて

設計図を基に、仮名創作を試みました。

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そして先生のご指導を仰ぎました。

『頑張りましたね。チャレンジされたことがまず素晴らしいです。』

 

では添削いたしましょう…

・『や』の位置が『寒月』の真ん中にあると、十字を切っているように見えて角度がシンプルになり過ぎます。

『寒月』の字軸が左下に傾いているのに合わせて『や』も左下に配置をすると、読み手の視線を中七、下五に自然に誘導できます。

・中七(門なきてらの・能)の傾きが極端過ぎましたかね…。

書き始めは縦で、下に行くに従って揺らしていくと綺麗に見えます。

・また、上五と中七の空間がやや広すぎました。

もう少し中七を中央に寄せて、空間の開け方をマイルドにすると良いでしょう。

・そうなると、中七と下五の余白と、下五と名前(蕪村)の余白が均一になってしまうので、面白みに欠けてしまいます。

『蕪村』はもう少し下五に寄せる必要があるでしょう。

・ただ、一つ一つの字の形は良かったです。左右不均一に出来ましたし、字軸をずらすことも出来ましたね。現代の美意識とは異なるものですので、古典の勉強を今後も頑張って続けましょう。

 

(先生、ありがとうございました💦)

 

ふぅ…。

バランスを取るとは、難しいものです。

毎月のお手本で全体を見ているはずなのに。

自分には全然見えていなかった、ということに気が付きました。

見るのとやるのとは大違い。

 

さてさて、ご指導を基に設計図を作り直します。

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設計図を基に筆で作品を仕上げます。

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ようやく『書』に近づきました。

 

『構図を極端にするとアート作品になってしまうんですよ。

書の作品にするには、極端なことは避け、ある程度セオリーに従う必要があるんです。

散らし書きは、美意識を基にしながら綺麗に散らすのであって、散らかしているわけではないんですね。』

 

深い…。

勉強になります。

セオリーを身につけるには

try &error あるのみ。

時間を掛けてじっくりと…。

 

設計図

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作品

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2025-11-24 21:00:00

●アートの力を信じてる

よし庵は無事にリノベーションをし、霜月の茶会を迎えました。

全完成にははまだ少し工事が残っていますが、一番の山を越え茶会にてお披露目しました。

 

今回のリノベのテーマ

『窓をアートに』

 

最もこだわったのが『窓』でした。

窓という建具には神秘的な感じを受けます。

異次元への出入り口のような。

 

『姿勢や所作の美しさに特化した新しい事業を立ち上げたい』

 

2025年の春先

宗嘉先生から将来の展望を告げられ、なぜか工藤は窓をぼんやりと眺めることが多くなりました。

 

2025年というこの激動の時代も、ついつい窓に目が行く理由の一つでした。

世の中の凄まじい動き。

思いもよらないことが次々と明るみになり、自国は世界はこれからどうなるのだろうと気を揉みました。

 

SNSに多くの人が不安を抱えている状況が報告されていきます。

 

そんな時にも窓を見ていました。

外から悪意あるものが入らないように見張っているのか、

新次元への船出のために観察しているのか、

自分でも真意は掴めぬまま、ついつい窓に目を向けるのでした。

 

(この窓をさ…)

私の後ろにいる、もう一人の私がある時囁きました。

(綺麗なもので覆ってみようか…)

綺麗なもの?

(アート空間を作ろうよ。

今まで色んなところで見てきたものをさ、ここで作り上げてみようよ。)

 

『綺麗なものが見たいのよ』

これが私の真意でした。

綺麗なものが見たい。

汚いものは、もうたくさん!

心からの叫びでした。

 

無意識にふと視線を向けたときに、

目に入るものがいつも綺麗なものであったなら

心がおどる。弾む。

それがアートの力かも知れない。

 

茶道では、作法や所作を整えお道具を揃えることが大前提です。

そして空間の演出も大切。

侘び茶の精神は素晴らしい。

世の成功者、財を手にした人が一旦全てを捨てて無になるための空間。

しかし

21世紀に生きる私たちには

私たちの茶の湯があろう

そう思いました。

 

室町時代に生まれた茶の湯

戦国時代

江戸時代

明治時代

大正時代

昭和時代

大きな戦争を経て

戦後の昭和時代

平成時代

令和時代

 

時代ごとにリノベーションがあり、様々なことを潜り抜けて、

人の手から人の手へ。

 

よし庵も

明るいものを伝えていきたい。

次世代の人が、

ふと手を伸ばして、

自分も次に繋げていきたいと

心から願うようなものを。

 

『綺麗ね。いいわぁ〜🌸』

生徒さんの華やかな声が、今日もよし庵に響きます。

 

この空間に身を置けば安心できる。

素のままの自分になれる。

ちょっと背伸びをした次の自分にも出会える。

よし庵をそのような場に育てていきたい。

皆さまの手をお借りして。

今回のお茶会も皆さまにたくさんのご協力をいただき、楽しいひと時となりました。

誠にありがとうございました😊🤲