講師(宗夜)ブログ
●お日さま
女性はお日さま
歴史のところどころでお目に掛かる言葉。
私もそう思います。
家庭でも
職場でも
いくつになっても
ですが
お日さまとしての在り方は、なかなかに難しい。
そんな風にも思います。
最近、わたしの家の近所に若いファミリーが増えてきました。
『はいはい、ちょっと待っててねー』
2歳3歳の子の世話に追われるママさん。
よその子の成長は早く、あっという間に小学生。
ママさんますます大忙し。
ママ『だからさぁ、あの時なんで〇〇しなかったのよ!』
長男『いや、それは…※⭐︎%△□』
次男『ねー、今日のご飯なに?』
ママ『カレー🍛』
長男・次男『またカレー??』
この世代はまさにお日さま真っ盛り。
本音でぶつかり合い、パワー全開。
忙しい分、女性の力が分かりやすく発揮されている世代に感じます。
問題はその先。
ちょっと体力が落ちてくる。
美にも翳りが見えてくる。
若い時には感じなかった様々な男女の差。
40代半ばくらいから顕著に感じるような気がします。
昭和の女流作家がミドル世代の男女のすれ違いを上手に描いていました。
向田邦子『花の名前』
主人公の常子と長く連れ添った夫。ミドル世代の夫婦。
無骨な夫は花の名前を何も知らず、常子が少しずつ教えていきました。
ある時、一本の電話が面識のない女性(つわ)から掛かってきます。
常子は胸騒ぎを覚えながらも、その女性と面会します。
愛人関係にあったという『つわ』。
その名からつわぶきを連想し、自分が教えた花の名前によってその女性に惹かれたのかと考える常子。
観察すると、何もかもが自分と真逆でした。
話し方も襟合わせも緩め。
ショックを受けて、その晩に夫を問い詰めます。
夫は背広を脱ぐ手も止めず、こちらも向かずに『終わった話だ』と一言呟きました。
その背中は広く、社会の荒波をくぐり抜けた逞しさがありました。
花の名前にこだわっていたのは自分だけだった。
自分だけが
昔のままだった…
私はこれをドラマで見て、描き方が上手だなぁと感心しました。
ここまでの展開は無いにしても、自分が社会から置いていかれるような寂しさは理解できます。
今の時代、男女差に触れることが難しくなってきました。
しかし体格差・体力差だけはどうしようもない気がします。
体力はつまり、どれだけ頑張れるかの能力なわけで、この差を工藤は宗嘉先生との仕事で常々感じるのです。
頑張りきれない自分。
要求に応えきれない自分。
女性は本当にお日さまか?
女性は自分で不安になります。
でも大丈夫。
この自問自答が、女性を真のお日さまたらんとする鍵になります。
お日さまの在り方が変わる時期なのです。
大切なのが『内観』です。
本音でぶつかる時期が過ぎると、『個』を充実させる時期に入ります。
家庭であっても
職場であっても
子がいてもいなくても
個を充実させる熟年期は、人間の大切な成長段階ではないかと思います。
静かになって自分を見つめる。
集中する時間を持つ。
親しくても人と関わり過ぎずに見守る
天に高く高く昇って
広く光を届けて
探さなくても見えるように
ほんわかと温かさも届けて
ちょうど良い距離
ちょうどいい熱量
きめ細かに自分で調節して
それが大人のお日さま
はっきり・くっきりとした明確な能力ではないけれど、心に潤いをもたらしてくれる。
行ったり来たりの日本文化で身につけたい。
包み込むようにお道具を持ち
清めて温めて感謝して
大人のお日さまが
ひとり…
またひとりと増えていったら
心地よい空間が広がるだろうなぁ…
素敵だなぁ…
と夢見るのでした。