講師(宗夜)ブログ
●アートの力を信じてる
よし庵は無事にリノベーションをし、霜月の茶会を迎えました。
全完成にははまだ少し工事が残っていますが、一番の山を越え茶会にてお披露目しました。
今回のリノベのテーマ
『窓をアートに』
最もこだわったのが『窓』でした。
窓という建具には神秘的な感じを受けます。
異次元への出入り口のような。
『姿勢や所作の美しさに特化した新しい事業を立ち上げたい』
2025年の春先
宗嘉先生から将来の展望を告げられ、なぜか工藤は窓をぼんやりと眺めることが多くなりました。
2025年というこの激動の時代も、ついつい窓に目が行く理由の一つでした。
世の中の凄まじい動き。
思いもよらないことが次々と明るみになり、自国は世界はこれからどうなるのだろうと気を揉みました。
SNSに多くの人が不安を抱えている状況が報告されていきます。
そんな時にも窓を見ていました。
外から悪意あるものが入らないように見張っているのか、
新次元への船出のために観察しているのか、
自分でも真意は掴めぬまま、ついつい窓に目を向けるのでした。
(この窓をさ…)
私の後ろにいる、もう一人の私がある時囁きました。
(綺麗なもので覆ってみようか…)
綺麗なもの?
(アート空間を作ろうよ。
今まで色んなところで見てきたものをさ、ここで作り上げてみようよ。)
『綺麗なものが見たいのよ』
これが私の真意でした。
綺麗なものが見たい。
汚いものは、もうたくさん!
心からの叫びでした。
無意識にふと視線を向けたときに、
目に入るものがいつも綺麗なものであったなら
心がおどる。弾む。
それがアートの力かも知れない。
茶道では、作法や所作を整えお道具を揃えることが大前提です。
そして空間の演出も大切。
侘び茶の精神は素晴らしい。
世の成功者、財を手にした人が一旦全てを捨てて無になるための空間。
しかし
21世紀に生きる私たちには
私たちの茶の湯があろう
そう思いました。
室町時代に生まれた茶の湯
戦国時代
江戸時代
明治時代
大正時代
昭和時代
大きな戦争を経て
戦後の昭和時代
平成時代
令和時代
時代ごとにリノベーションがあり、様々なことを潜り抜けて、
人の手から人の手へ。
よし庵も
明るいものを伝えていきたい。
次世代の人が、
ふと手を伸ばして、
自分も次に繋げていきたいと
心から願うようなものを。
『綺麗ね。いいわぁ〜🌸』
生徒さんの華やかな声が、今日もよし庵に響きます。
この空間に身を置けば安心できる。
素のままの自分になれる。
ちょっと背伸びをした次の自分にも出会える。
よし庵をそのような場に育てていきたい。
皆さまの手をお借りして。
今回のお茶会も皆さまにたくさんのご協力をいただき、楽しいひと時となりました。
誠にありがとうございました😊🤲
●する?しない?贈り物
茶道を始めたてのころ
ママ友たちから
『そういう伝統文化ってお歳暮・お中元が大変なんでしょ?』
と聞かれました。
しきたりに疎かった私は
え?そうなの!∑(゚Д゚))
と慌てふためきました。
当時の社中の先輩にお聞きすると
『うちの先生はしなくて良いのよ。却って嫌な顔されるわよ。』
というお答えでした。
そう言いながらも、みんなでお金を出し合って何か贈ろうということになり、結局お渡しすると
(困ったなぁ。だけどここで嫌な顔をするにもいかないから笑っておこう)
という実に複雑な笑顔で、
しかし声はとても優しく、
『まぁ、ありがとう』
と受け取られました。
新米主婦のころには
『とにかく贈れば良いのだろう』
と思っていました。
贈らないことでお相手から非常識だと思われることに恐怖心すら抱いていました。
これが大人社会のルール。
早くルールを身につけねば!
と焦っていました。
ところが後日、その何倍もするであろう高価なお返しをいただき、
『しまった!』と
あの複雑な表情に合点がいったのでした。
ある時、合同の大きなお茶会で裏方をすることになりました。
お客様がお越しになる度ごとに箱入りの大きなお菓子が部屋の隅に沢山積まれていきました。
『この度はお茶会開催おめでとうございます。つまらないものですが、こちらを皆さまで…』
と受け取って積まれていたお菓子でした。
お茶会が滞りなく終わり、やれやれと思ったところで、例の箱入りお菓子を一旦全部出して、今度は1人ずつ用の袋へ詰め替え作業。
万遍なく均一に。
はい一個、一個…。
そして最後に皆んなで持ち帰るのでした。
一見無駄に思える作業ですが…
大きなお茶会では見知らぬ人たちと業務をこなすことも多く、最後のお菓子詰めが案外と大事な潤滑油だったりするのでした。
詰めながら
『ああでもない、こうでもない』
とまた会話が生まれるのでした。
ただ…
持ち帰って家で改めて眺めると…
それなりに高価なお菓子ではありますが…
『茶道…。』
力なく呟いてそれらの袋菓子を虚ろな目で眺めてしまう自分がいました。
いま、よし庵で講師の仕事をしている私には、茶事でも茶会でも宗嘉先生のお料理とお菓子を皆様の一番の楽しみにしていただきたいという心のみがございます。
美味しく
楽しく
ホッとしながら
安心しながら
お喋りしながら
お料理をいただいて
『ああ、いいお出汁』
『椀物です』
『焼物です』
『強肴です』
千鳥の盃
その後に縁高での季節の和菓子
黒い漆に映える鮮やかな和菓子
ああ、そうか。もう晩秋…
庭先で一休み
乾いた空気に青い空
雀がいてカラスがいて
季節の移り変わりに
ほんの少しの寂しさ
銅鑼が鳴って
身を屈めて改めて茶室ににじると
甘い匂い
お香…
先生のお点前が始まる
静かで清らかな空気を吸って
先ほどの庭の空気も思い出されて
茶室なのに自然を感じる
茶室なのに宇宙を感じる
湯が茶碗に注がれる
コポコポコポ…
シャシャシャ…
綺麗な緑色
苦くてあまい
茶
『わたしは間違いなく茶道をしている』
茶事・茶会を終えた時、皆さまをそのような満足感でいっぱいにしたい。
私どもよし庵においては、
贈り物よりも、何よりも、
お稽古や行事に足をお運びいただくことが一番の喜びなのでございます。
限りある生に
儚き時の尊さを知る
●大人女性の切実な悩み 『仲間が欲しい』
大人になって分かってきたことの一つに、友達付き合いの難しさがあります。
学生時代の友人はかけがえのない存在。
20代くらいまでは損得なしの関係がずっとずっと続くと思っていました。
学生時代の悩みは、
成績だったり
進路だったり
恋愛だったり
部活やバイト先の人間関係だったり
親兄弟などの家族関係だったり
当時としてはそれなりに真剣な悩みをお互いに話して、分かち合って、まぁ良いかと笑い合って。
集まって、喋って、食べて、飲んで、騒いで、忘れて
そのうちに就職して、社会の壁に当たり悩みが深くなるにつれてまた仲良くなって
集まって、喋って、食べて、飲んで、騒いで、
やがて1人ずつ結婚していき、
結婚式に呼んだり呼ばれたり
それでも友人関係が続くと思っていたけれども…
結婚後にすぐに子どもが出来る人もいれば、欲しくてもなかなか出来ない人もいるし
本当は専業主婦になって家のことをしたいのに共働きの人もいるし
逆に働きたいのに家に居ることを望まれている人もいるし
結婚せずにシングルの人もいるし
一軒家が良かったのにマンション住まいの人もいるし
賃貸の人もいるし
義父母との同居の人もいるし
地方に転勤の人もいるし
海外に出てしまった人もいるし
つまりは人生が途中から枝分かれして色々と違ってしまったのでした。
悩み・不安・不満は話したいけど話せない。
学生時代とは比べ物にならないほど悩みは深く、生活に直結しているので簡単に話せない。
分かってもらいたいけど分かってもらえない。
集まって楽しく会食したいと思っても、本当に悩みが深い場合には人に会えない。
ちょっとした言葉にカチンと来たり、来られたり。
傷が深い場合には少しの言葉も記憶に残ってしまう。
かつての心地よさは遠く。
よく考えてみれば、いま共有している趣味もなく、お互いのキャラクターも学生時代の色をお約束のように続けていて、会話のやり取りもお約束通り。
思い出話に笑いながらも、時折感じる窮屈さ。
そんな時、友人関係にも卒業があると知るのでした。
ちょっと寂しいような…
でも人生の門出にはいつも微かな痛みがあるもの。
新しい友人作りは
新しい自分の人格作り
とも言い替えられます。
『人生をもう一度築き直してみよう』
そういう気持ちを抱いて、私どもの茶道教室を訪れてくださる方々が多くいらっしゃいます。
趣味を通じての友人作り
素晴らしいと思います。
『いまの自分』の気持ちを大事にしての仲間作りは、まさに人生の新シーズンと言えます。
ところがここも分かれ道が…
仲間作りに
上手くいく人
上手くいかない人
それぞれに特徴があるようです。
●上手くいく人
・清潔感がある。
・ルールを守ることができる。
・ひとの話を聞くことができる。
上手くいく人は、身綺麗になさっておられます。
ヘアスタイル・服装・靴など
破けたり汚れたりしたものを他人の目に触れさせない気遣いをお持ちです。
お化粧については、眉毛が大事なポイントのよう。
上手下手ではなく、身綺麗であろうとする心持ちが人から信頼されます。
不思議なもので、身綺麗になさっておられる方は、自然とルールも守れているのでした。
外側と内側は繋がっているのでしょうか。
ひとの話を聞くことができることも、輪に入るときに欠かせない要素。
話す時間と聞く時間のけじめをつけられる方は誰から好かれます。
上手くいかない人は、上記の逆バージョンでした。
加えて、上手くいかない人だけに見られる特徴が
『ひとに物をあげたがる』
のでした。
人間関係に苦手意識のある人は、
モノで繋がろうとする傾向がありました。
袋菓子を持ってきて、控え室でガバッと開けて他の生徒さん達に配ったり。
庭で採れた野菜や花を袋いっぱいに持ってきたり。
飾り気のないお人好し
ところがモノで人の心を釣ることはできません。
信頼関係が築けていない人からの貰い物には却って誰もが本能的に警戒します。
うちと外の概念がなく、家族のように全てを曝け出されても困ってしまうのでした。
極端に質問が多いことも特徴でした。
まるで子どもが親に甘えるように答えても答えても新たな質問を作り出すので、その場に居合わせた人からも『なんか面倒臭いな』と思われてしまうのでした。
そう考えると
大人になってからの仲間作りは簡単ではないかもしれません。
なにも無理して群れることはないでしょう。
けれども見方を変えれば自分を整える最後のチャンスかもしれません。
大改造は難しいですが、他人と触れ合うことで反応を見ながら整えることはできそうです。
少しずつ整えようとする姿勢からは謙虚さや真面目さが滲みます。
それが大人からの新しい魅力になるように思います。
人生は長いから
どうせなら楽しい時間に。
大人になってからの仲間作り。
よし庵がそのコミュニティになれたら喜ばしいと願っています。
●やまとたましひ
。。。。。。。。。。。。
やまとたましひを
よくかためおきて…
大和魂を
強く持ってから…
。。。。。。。。。。。。
大和魂
混乱著しい政情を打破すべく立ち上がった新進政治家のスローガン
いえいえ、現代のことではなく。
今から200年前の国学者・本居宣長の文章の抜粋です。
ちょうど『べらぼう』蔦重が活躍した辺りに書かれたもの。
本居宣長の著作『うひ山ぶみ』
(寛永十年 1798年)から抜粋しました。
この文章の前に
『からぶみを見るには』
という句があります。
からぶみ(漢文:中国の書物)を読むときには
という意味の句です。
このあとにも
『外国(基本的に中国)に影響されすぎないように』
と何度も何度も注意が続きます。
いったいどういうことか…
ヒントは書道史の学びの中にありました。
鎖国下の江戸時代
空前の中国書道ブームが起きていたそうです。
幕府の儒学政策と黄檗宗(おうばくしゅう:明朝様式の禅宗)の保護による結果、たくさんの僧と書物がもたらされました。
文徴明(ぶんちょうめい)などの明代の書家が市民に好まれたと言われています。
日本文化に与えた影響の大きさが伺えます。
黄檗宗の特徴は、
・普茶料理(ふちゃりょうり)
・煎茶
・唐音(とうおん:中国読み)の読経
・明朝様式の伽藍
などだそうです。
食べ応えのある彩り豊かな美味しい精進料理
日本語に変換される前の唐音の読経
幕府による中国化が中央から推し進められていく。
これは怖い…
もともと日本にあった仏教宗派や知識層には、存在意義を根幹から揺らがされるようなとてつもない脅威であったことでしょう。
本居宣長が影響を受けた国学者の契沖(けいちゅう)も真言宗の僧でした。
世の流れは変えられないが、せめて日本人としてのアイデンティティは確立せねば、という覚悟の表れでしょうか。
日本は文字を持つ文化が遅れたためか、法制度の確立も遅れ、古代において全ての書物に漢語が用いられていました。
学問=漢学
という構図が古くから定着し、江戸時代においてもその考えが続いていました。
日本独自の学問は『和学:わがく』と呼ばれ、まるでどこかよその国の学問のように扱われていたといいます。
本居宣長はこれを変えたい・変えねばならないと何度も訴えていました。
日本人が自国の文化や学問を蔑むようなことがあってはならない。
言葉に澱みがなく巧みであると、いかにも頭が良さそうに見えるだろう。
だが本当にそうだろうか?
私たちの求める智はもっと別なところにあるのではないか。
と唱えています。
その通りだと私も思います。
確かに土台作りには大陸の制度を参考にしたかもしれないけれども、その後に独自のものを作り上げたではないか
立派ではないか
それでいいではないか
と私個人は思うけれども
なぜだか日本人は自国を卑下することが癖になっているようです。
本居宣長が言うには1000年も前からだとのこと。
驚きです。
日本人の劣等感は思った以上に根深いものでした。
それを克服するためには
『学びしかない』
と宣長は説いています。
古事記、日本書紀、万葉集、日本後紀、続日本後紀、古今集、新古今集、源氏物語、伊勢物語…
などを学べと。
全然学んでいなかったなぁ…
耳が痛いです。
ある一節に涙が出そうになりました。
。。。。。。。。。。。
まづ人として、
人の道はいかなるものぞといふことを、しらで有べきにあらず。
〜〜〜〜〜〜
さて道を学ぶにつきては、
天地の間にわたりて
殊にすぐれたる、
まことの道の伝われる
御国に生まれ来つるは、
幸とも幸なれば
いかに此たふとき皇国の道を学ぶべきは勿論のこと也
《現代語訳》
まず人として
人の道とはどのようなものかということを知らずにいてはならない。
〜〜〜〜〜〜
さて道を学ぶについては
この天地で
特に優れた真の道が伝わっているのは日本である。
日本に生まれたことは、
とても幸せなことであり、
いかにしてもこの尊い皇国の道を学ぶことは当然のことである。
。。。。。。。。。。。
ああ、この人は日本が好きなんだなぁ。
好きということが何よりも尊く思われ、心が動かされます。
大人になってからの学び
味わって進みたいと思いました。
●一本歯下駄
一本歯下駄をご存じでしょうか?
天狗が履いている、あの不安定そうな下駄です。
インスタで見かけてずっと気になっていました。
インスタのアカウントはこちら↓
https://www.instagram.com/ippon_blade_origin?igsh=emt2ZjBjYmMxZjlm
うわぁ、なんかカッコイイ
こだわってるなぁ
でもちょっと高いなぁ
受注生産かぁ…
どうしようかなぁ…
と迷って、最初はAmazonで似ているものを購入↓
こちらの下駄は一本歯下駄ショートタイプ。
これで自分が続けられそうだと思ったら受注生産の方を購入しようと考えました。
これがなかなか面白く。
クセになる履き心地。
3か月ショートタイプを続け
『時、熟したり』
とて本命をポチッと購入。
ようやく手元に届き愛しさもひとしおです。
一本下駄に興味を持つきっかけが、ジョギング中の怪我でした。
7月初旬、いつも通りにジョギングをしていたら、足首にピリッと痛みを感じました。
見ると外くるぶしが擦り剥けて赤くなっていました。
シューズの縁が、走るたびに当たっていたのが原因でした。
まぁそんなこともあるよね
と気にせず走り続け、翌日に茶道のお稽古で正座をしていた時に
ビリビリッ⚡️と電流が走ったような痛みがありました。
見れば外くるぶしに膿が溜まり、その周りが真っ赤に腫れ上がっていました。
病院で膿を抜き消毒。
怪我は大したことはなかったのですが、自分の身体の使い方が気になりました。
私の走り方と歩き方には、どこかに無理があるのではないかと思いました。
ランニングシューズを履くと、足全体が程よくホールドされるため、どんな走り方でもそこそこ安定します。
そのため走り方のフォームに無頓着でした。
何かが違う。
どうすればいい?
と探っているうちに
『日本人には日本人の歩き方がある』
と提唱している方々をインスタで見かけました。
日本人は長いこと草鞋(わらじ)・草履・下駄を履いていました。
基本的には足の前半分しか履き物に掛かっていません。
つまり『常に前のめり』でした。
もしも後ろ重心にするとポーンと履き物が抜け飛んでしまいます。
前のめりで走ると、膝がふわりと緩みます。
突っ張りません。
この姿勢であれば、長時間歩いても走っても膝を痛める心配を減らせます。
昔の日本人の足腰が強かったのは、独特のフォームと履き物のお陰だったのかも知れません。
『前のめり姿勢』を自分の身体に覚え込ませるにはどうしたらいいかなぁ…と思った結果が一本下駄でした。
一本歯ですので不安定。
最初のうちは静止できずに
ふらふら…
ゆらゆら…
それが、数週間経つと身体が慣れてきて足首だけで重心を保てるようになりました。
階段も昇ることが出来るようになりました。
降ることはまだまだ先みたいです。
危ないので一段ずつ。
数ヶ月から一年くらいかけて挑もうと思っています。
この訓練を続けていれば草履でも早く走ることが出来るかも知れません。
何が起こるか分からない時代なので着物姿であっても自分を守れるようになりたいと考えています。
『自分を守り抜く覚悟のある人間をわざわざ暴漢は襲わない』
宗嘉先生もそう仰います。
色々心配事はありますが、
この機会にいっそ強くなってやろう!
と前向きになれば時代の捉え方も変わりそうです。
一本下駄は自分の身体と向き合いたい私にとって誠に良い買い物でした😊