講師(宗夜)ブログ
●文化は人がつなぐ
AI時代の到来。
何を検索するにもAIが答えてきます。
それが当たり前になってきて、疑問を持つことも少なくなってきました。
でも、Alには限界があるということは心に留めておきたいところです。
何でも即答するAI。
尤もらしい答えが出るから、危ない。
しかし果たして
その答えは本当だろうか?
ますます疑わしい時代となりました。
言葉は宙を舞うほどに劇的に軽くなりました。
何せ生命を持たない存在が操るのですから。
逆に言えば…
人間は長いこと言語に価値を置き過ぎたのかも知れません。
AIはそれを人間に教えてくれている、そんな風にも思います。
これからは…
こころで味わい、
本当の感動を共有していく時代。
安心できる仲間たちと。
自分の中の核心を得られた人は、時代がどう流れても強いもの。
核心とは『文化』です。
文化は人が繋ぐものだと信じています。
愛の力を持った、ひとが。
私は約50年ぶりに、愛を受け取りました。
巡りめぐって、母からの愛を。
愛は文化という柔らかくて温かいものに包まれていました。
言葉みたいに軽くありません。
私は五感で嗅ぎ取って、細い記憶の糸を手繰り寄せたのでした。
古い本から。
ここ数年、仮名書道を真剣に学ぶためにたくさんの本を買い集めていました。
その中に見覚えのある数冊がありました。
絶版のためプレミアムのついた古本でした。
書道で一番大切なのは先生とのお稽古であることは言うまでもないことですが、まさか一画一画ごとに質問をするわけにもいきません。
お稽古の回数は決まっています。
しかし、かと言ってそのまま書き進めれば、変な癖がついてしまうので困っていました。
自学のために買った参考書が『書道技法講座』というシリーズ本でした。
どんな気持ちで
どの角度から筆を入れるか。
次の一画にどう繋げるか。
筆は、身体全体で書くものなので気持ちがとても大切なのです。
書道技法講座では、その分野で第一人者と言われる先生方が細かく細かく解説してくれています。
仮名を志す人は書道の中でも非常に少なく、教えてくれる先生も限られています。
これらは間違いなく素晴らしいシリーズ本ですが、マニアしか喜ばないので採算が合わず、絶版となって久しいのでした。
本当に滅多にお目にかかれない貴重な存在です。
オレンジ色の古い本が自宅に届いた時…
見覚えがあると思いました。
どこで?
私はどこで見た?
ああ、実家だ。
引っ越す前の借家時代だ。
小学生1年とか、2年とか。
パラパラと中をめくって見れば…
そう、知ってるこの本。
い・ろ・は
から始まる不思議な本。
この本…
昔の家のミシンの上に積んであった。
小さな私は今のようにパラパラとめくって…
母かぁ…
そうかぁ…
母もこの本に辿り着いていたかぁ…
ごく少数のマニアしか喜ばないこの本に。
本気で仮名を勉強する人しか辿り着かないこの本に。
背表紙を捲れば、発行年数は
昭和四十七年とか
五十年とか、五十二年とか
まさに母が手にとっていた年代と重なります。
母の亡くなった後に父が古本屋に出して、それを私が買い取っていたとしてもおかしくはないのでした。
それくらい発行部数が極めて少ないものなのです。
これらの本を手に取っていた母はまだ三十代に入ったばかり。
私よりも20歳も若く仮名と和歌の世界に浸っていたかと思うと
『これはもう…人生の先輩ですね』
と素直に頭を垂れるしかありません。
そしてそれらの参考書を手に改めて古今和歌集を勉強してみると…
『さや』『さや』『さや』と、
私の名(さやこ)が様々な秋の和歌で何度も連綿されているのでした。
月の*さや*けさ…
静け*さや*…
目には*さや*かに見えねども…
『お母さんねぇ、自分にもし娘が生まれたら《さやこ》って名付けようってずっと思っていたんだ』
まだ若かった母の肉声が、その連綿に乗って蘇るのでした。
『へぇー、そうなんだ』
と軽く受け流した幼い日の自分も思い出され、セピア色の美しい写真を見ているようでした。
だから私は、
仮名と和歌に惹かれたのか…
もしかしたら文化にはこのような温かい愛が込められているから、『触れていたい』と心から願うのではないかと感じました。
母の両親は出稼ぎ労働者だったようです。
実家に経済的は余裕はなく、中学を出たら働こうかを思うほどだったと聞きました。
何とか高校には行けたそうですが、いわゆるインテリ層ではありませんでした。
だからこそ、なのか…
華やかな仮名の世界に惹かれ、幽玄な和歌の世界に足を踏み入れたのかも知れません。
深く深く浸っているひと時だけは、厳しい現実を忘れられたのかも知れません。
そういう力が日本文化にはあるのではないかと思いました。
上手とか下手とか
優劣とか
評価は表層的なものであって本質ではなくて、
もっと温かい繋がりが『文化』という形を以て私たちを繋いでいてくれているような…
そんな気がいたします。
半世紀という長い時を経て繋がれた大きな愛。
人間はいいものだな…
としみじみ思います。