講師(宗夜)ブログ

2022-11-08 15:30:00

所作(61)●寺子屋っていいな

寺子屋について、以前に少し調べたことがあります。

通訳ガイドの仕事をしているときに、日本の教育システムをお客様に説明する必要があったためです。

 

当時私の調べたところによると、戦国時代あたりに寺子屋なるものが世に出たとのこと。

寺子屋の名の通り、当時はお寺が教育機関を担っていました。

教育していたのは、領主の子どもやその部下の子ども達。優れた領主に育てるべく帝王学が施されていました。当時、戦国武将たちは貴族よりもずっと低い地位に見られていたので地位向上に必死だったのだろうと思います。

 

武力だけでは地域を治めることは出来ません。

戦にはお金がかかります。経済発展を遂げなければ武力を維持できません。

また、武力で得た土地も朝廷から官位を授かって初めて認知されましたので、朝廷との手紙のやり取りも武人には必須の能力でした。

優れた文官としての素養も磨き続けなければなりませんでした。

そのせいか、テキストは手紙のやり取りを題材にしたものが多かったようです。

その他にも、漢文、算術、哲学など科目は多岐に渡りました。

 

時代は下って、江戸時代。

貨幣の統一がなされ、政情が安定してくると庶民も教育を必要としました。庶民の身分であっても教育の有無によって経済格差が生じ始めたのです。

そこで寺子屋が作られました。

でも寺ではなくて、師匠の家だったそうです。

面白いのはこの寺子屋、庶民たちが自発的に作り始めたという点です。

地域の学のある有力者などに師匠役を頼み、子ども達の教育をお願いしたそうです。

 

この話をすると大抵の外国のお客様が驚きました。庶民の必死さが伝わってきます。

それだけ世の中の流れが早かったのでしょう。

 

寺子屋に通う子どもの年齢は6歳くらいから12歳くらいまでだったそうです。

内容は、読み書きそろばんとよく言われますが、教育者に任されていました。

優秀な人材を育てることが、地域経済の発展につながることを昔の人もよく心得ていたので、その地域ごとに教育内容は大きく異なっていたと思われます。

江戸時代の中後期における日本人の識字率は7〜8割だったそうです。江戸内においては9割とも言われています。

 

江戸時代の庶民は、読書好きでした。

たくさんの物語が出版されていました。

また旅行も大好きだったので、たくさんのガイドブックが売られていました。楽しみながら学んでいた姿が目に浮かびます。

 

人々にとって寺子屋はとても大切な場所でした。

明治時代に学生制度が整い、寺子屋が廃止されると知ると、寺子屋一揆というものが各地で頻発したそうです。

教育に熱心だった江戸時代の人々。

もしもタイムスリップが出来るなら…、通ってみたいと思いました。