講師(宗夜)ブログ

2022-09-26 20:34:00

所作(39)●八百万の神

よく言われる八百万の神とは何でしょう?

でもその前に、その神が住む日本とはどんな国なのでしょう?

 

日本列島は、アメリカのカリフォルニア州より小さいと言われます。すっぽりカリフォルニアに収まってしまう大きさだとか。

しかも平地が少ない。

そんな国土に1億2千万人もの人が住んでいる。

そんな日本に対して

『日本人は狭い平地にへばりつくようにして住んでいる』

という英文を学生時代に読んだことがあります。

新聞記事の抜粋でした。

失礼だなぁ…と率直に腹が立ちました。

 

本当に日本は小さいのでしょうか?

私はそうは思いません。

日本は山あり、谷あり、川あり、湖あり、内海あり、洞窟あり、小さな島々あり…の非常に多彩な地を持つ国です。

そして平地であっても高低差に富んでいる。

水が流れ、川が流れ、空気が流れ、と様々な動きが生まれます。

国土が全域に渡ってギザギザしていたりシワシワしていたりするのです。

ものすごく起伏に富んでいる。

この起伏をビロビロ〜っと全部伸ばしてみたら相当な広さになると思うのです。

そしてその起伏には必ず生命が息づいている。

なにも人間だけが生き物ではないのです。

日本には四季があって、雨も多めで、暖かい…となると、この起伏に息づいた生命が活発になります。

一番小さいのはバクテリアなどの細菌類。

その細菌類を栄養にする植物がいて、それを食べる虫や爬虫類、両生類などがいて、小動物がいて…と生き物の種類が豊富です。

私はバクテリアが八百万の神の一人ではないのかといつも思うのです。

目には見えないし音には聞こえないけれど、大きな役割を果たしている。

人間にとって良い働きもすれば、そうでない働きもする。人間は恐ろしい事態に遭うと

『祟りじゃ』と言って畏れの念を抱く。

そのように時により緊張感をもたらせる。

 

また、日本は地質も種類が豊富。

4つのプレートがせめぎ合う地震大国でもありますが、その動きにより様々な岩石や地質がこの国土に集まっているそうです。

様々な地質があるということは、その中に住むバクテリアの種類も豊富だし、濾過される水の種類も豊富、その上に育つ植物も様々な種類があるということになります。

ということは虫の種類も様々になり、動植物の種類も様々ということになります。

つまり狭いんじゃなくて、凝縮されてるんじゃないの?と私はいつも思うんです。

この地質も八百万の神の一人だと思っています。

 

動植物の種類が豊富ということは…

もしかしたら人間の種類も豊富だと言えるかもしれません。

以前、通訳ガイドの勉強のために日本の色々な地域を旅して巡りました。

そこ驚いたのが方言の多様さ。

特産物の種類の多さ。

独特の文化(祭り)などの種類の多さ。

自分は何にも知らないなぁと思いました。

いまの時代においても方言の違いがハッキリしている。人と物と情報の流通が多い時代でも。

となると、流通がなかった時代には、方言は外国語のような感覚だったんじゃないかと思います。

谷のこっち側とあっち側では、微妙に気候も違うし、食べ物も違う、祭りなどの文化も違う、すると方言も考え方も変わってくる。

近くなら何となくイントネーションが似てるかもしれないけど、遠方となるともしかしたら意思疎通が難しかったかもしれない。

つまり日本は広いんですよ。

 

そう言えば、そもそも…

なぜ神は八百万(800万)なのか?

300万でも500万でもなく、なぜ800万なのか?

私の好きな祝詞、大祓詞(おおはらえのことば)にも出てきます。

………………………………………………………..

八百万の神たちを神集へに集へたまひ、

神議りに議りたまひて

………………………………………………………..

この祝詞の原文ができたのは平安時代初期だそうです。

私は推測します。この頃の人口が800万くらいだったのではないかと。

当時の人々は、人間の中にも神様を見ていたのではないかと。

自然の不思議

命の不思議

その不思議そのものが神様だと捉えていたのではないかと思います。

 

いつもいつも正しいわけではないけれど、

たまに間違うし、

軽々と生きているわけでもないし、

山あり谷ありの地で何とか悩みながら生きているんだけど、

それでも生命そのものが尊い。

みんなも。自分も。

2022-09-24 07:01:00

所作(38)●大きな樹は根から伸びる

どこで見つけたのか分からないのですが、いつの間にか心に入ってきた言葉でした。

絵本の中で見つけた言葉かもしれません。

良い言葉だなぁと思いました。

 

ぐんぐんと上に伸びるだけが成長ではないというのです。

じりじりと地中を探りながらの成長もあります。

上に伸びていなくとも、土の中ではしっかり成長しているらしいのです。

体を支えるための根をしっかりと張って環境を整えて、それからようやく上に伸びるのですね。

人間も同じだと思います。

即席では仕上がらない。

5年単位、あるいは10年単位で成長を見極める目を持つことが肝要かもしれません。

 

世の中には不安を煽る表現が溢れています。

『早くしなきゃ、早く、早く』

誰もが急かされているように感じます。

でも悪いことではありません。

本能からのメッセージです。

危険を察知した時にすぐに行動できるようスタンバイ状態に整えておくことは必要です。

その日その日を真剣に。

モタモタしないで出来るだけ早く物事を済ませる。リラックスのし過ぎは危険です。

 

本能に従っているのに私たちは生きづらい。

どうしてでしょう?

それは、色々な本能と板挟みになっているからです。

・これだけやったんだから見返りが欲しい

・出来るだけ早く

・出来るだけ多く

・だけど本音はダラダラと怠けていたい

これも本能。

できるだけエネルギーを消費しないことが長生きのコツでもあるわけだから、ダラダラと怠けたくなる欲求も正しいのです。

そのダラダラを我慢して努力したのだから、結果が早く欲しいのはある意味当然です。

 

簡単に成長できない仕組みがあり、

すぐに結果を求めたがる本能があり、

でも本当はダラダラと怠けていたい本音もあり、

まったくカオス(混沌状態)です。

一人一人がこれだけ複雑なのに、そういう人間が複数関わり合って社会を形成しているのだから、そりゃあもうグチャグチャです。

 

生きづらさを解消するには、

自分の本能を認め、本能の傾向を予測して、その上で本能をなだめる必要があります。

この一連の働きを理性と呼びます。

懸命に努力したけれども、そう簡単に結果は出ないな。努力はこのまま続けるけれども、じっくり待とうじゃないか。

このような気持ちが理性です。

 

ところがこの理性が、そう簡単に育たない…。

感情のコントロールを担うのは前頭前野とのことですが、この部位の完成はとても遅いそうです。

非常に精巧なパズルを組み立てるかのようだと脳科学者が表現していました。

快楽物質のドーパミンを運ぶ軸索が、前頭前野にまで伸びるのに時間が掛かるのだそうです。

どこまで伸びるかは個人差が大きいとのこと。

本当は今すぐ快楽が欲しいけれども、より多くの報酬を得るため、計画を立てて実行していこうという働きです。

この計画性を持つためには、小さな成功体験を積み重ねていく必要があります。

小さくてもそれに気付いて、自分を励まして、希望を持ちながら少しずつ前進する。

前頭前野の完成は20歳くらいという科学者もいれば、50歳くらいという科学者もいます。

共通しているのは時間が掛かるというところ。

大きな樹が根を伸ばしている姿にそっくりです。

 

自分の成長を待つのは時には辛いかもしれない。

他人の成長を待つのも辛いかも知れない。

 

そんな時に『大きな樹は根から伸びる』と呟いてみましょう。

自分も、目の前の人も、大きな樹に成長しようとしている途中。

時間は掛かるかも知れないけど、将来きっと大きな樹になるよ。

緑色の美しい葉を持つ大きな樹になるよ。

by 工藤 宗夜

2022-09-23 15:35:00

所作(37)●お点前の覚え方:まずは大好きなお点前を一つ覚える

生徒さまから

『どうやってそんなにたくさんのお点前を覚えたんですか?』

とよく聞かれます。

 

『大好きなお点前が一つあると良いですよ』

とアドバイスさせていただいております。

 

私のお気に入りはは茶箱の雪点前❄️

先日も久々にzoomで生徒様とお稽古をし、

『あー、やっぱり雪はいいわぁ…』

としみじみ味わいました。

 

私は雪点前のお道具が膝前に並ぶと気分がスッキリします。

縦と横だけで構成されるお道具たち。

勝手付きから…

茶箱の本体:たて

古帛紗:たて

掛子:たて

茶箱の蓋:よこ

 

たて、たて、たて、よこ

たてたてたてよこ、イエス!👍

 

それからすごく好きな動き。

小棗ちゃん。

私のイメージでは小棗ちゃんは女の子です。

最初はわがままお嬢様。

仕覆から出て箱の蓋の真ん中でいばっております。『ここ私んち』

ところが帛紗で清められると、しとやかなレディに様変わり。

少し左側によけて腰を下ろすのです。

右側にお茶筅とお茶巾がいらっしゃるので

『どうぞこちらにお座りください』

と自分から遠慮したのでした。

(ああ、良い子になったねぇ…。よしよし。)

見守る私は涙が出そうです。

 

不可思議なのは、箱の本体を向こう側に上げる仕草。

だって、まだお茶筅とお茶巾が入っているじゃないの。

『なんでここで上げるの?遠いじゃないのよ』

と文句言いたくなります。

でもまぁ。世の中に理不尽なことはたくさんありますから、仕方ないでしょ。受け入れまひょ。

ちょっと私が手を伸ばせば良いのよ。

ほら取れた。

 

もう一つ、とても好きな動き。

お茶杓の仕覆の畳み方。文結び。

Vの字に折ってぐるりと結びます。

ほどく時もぐるりと回して元通り。

ああ、美しい。

文結び(ふみむすび)という音も美しい。

平安朝の薫りがほのかに漂います。

どうか美しく一手で結んで、

一手でほどいていただきたい。

心を寄せるをのこが記した文かもしれません。

メールもLINEも電話もない時代。

紙も筆も墨も大変貴重な時代。

大量生産とは程遠い古の時代。

そんな時代に思いを馳せてお道具と向き合ってみましょう。とても気持ちが清々しくなります。

 

こんな風に、雪点前は私のイマジネーションを掻き立ててくれます。

いつも自分の作ったお話の中で遊んでいるイメージです。幼少期は一人遊びが好きでした。

勝手にお話を作るのが好きでした。

そういえば子供時代、絵本作家とか漫画家とかになりたかったのを今思い出しました。

よくいろいろ書いてましたね。

机の引き出しにしまってあるのを母親が勝手に見て、漢字の間違いを添削していたのも今思い出しました。まったくあの人は…。まぁいいや。

 

こんな風に勝手に脳内で楽しんでおりますと、

楽しい気持ちがお客様に伝わるようです。

『覚えなきゃ、覚えなきゃ』

とプレッシャーを自分にかけなくても大丈夫です。

 

お好きな方法で楽しんでいただければ…と思います。

一つしっかりと覚えてしまうと、その先に自然と枝葉が伸びてまいります。

伸びたいと思った時に才能は自然と伸びるようです。

伸びたいという気持ちが整うのをじっくり待つのもいい時間の過ごし方だと思います。

一緒にじっくり待ちましょう。

by 工藤 宗夜

2022-09-12 15:16:00

所作(36)●女性のちから、小さくても地味でも、深い

会員の皆さまからご好評いただいているこのブログ。始めるきっかけをくださったのは、宗嘉先生の奥さまでした。

『うちの妻が、工藤さんには文才があると言っている。ブログを書くと良いよ。』

え?そうなのですか?

私に文才…。あるのかなぁ?

じゃあ、まぁ、とりあえず書いてみます。

と言って始めたのが約2ヶ月前。

『僕忙しいから、妻にメールしてねー』

あいあい…😟

人というものは面白いもので、期待されると応えたくなる。

文才かぁ…。嬉しいなぁ、あるのかな。

自信があるわけではないけれど、評価してくださるのならば書いてみよう。

ところで、(あるとして)この文章を書く力。

一体いつ身に付けたのだろう。

そう言えば通訳ガイド時代。

話題の切り口が独特で楽しいと評価されました。

『私、英語が下手で…』と言うと、

『でも聞きたいという気持ちにさせてくれるよ』とお客様からお声かけをいただきました。

ナイスフォロー!

さすが海外の方は社交術を心得ていらっしゃる。

じゃあもう少し遡ると…

絵本のボランティア時代。

お話の時間に入る前の、ちょっとした話をする時間。導入が上手いと評価されました。

物語への自然な運びだと。

また遡ると…

だいぶ遡りますが、大学受験時代。

小論文の授業で。

そう言えばいつも成績が良かった。

A+か、Aでした。

他であんまり良い成績を取ったことがなく、珍しかったので覚えています。

その前は…

ああ、小学生の時だ。

…母だ。

私の母は、いわゆる教育ママでした。

あー、嫌だったなぁー。

学校から帰ると計算ドリルとか、漢字ドリルとか出して待ち構えているんですよ。

子どもだって学校疲れるっつうの。

んなもんやる気しないっつうの。

と、反抗ばかりして全くしませんでしたねー。

その一環で『本を読みなさい』というミッションもありました。

『マンガなら読むよ』

『マンガ駄目!』

『なんでよー!』

もちろん隠れて読んでました。友達から借りて。

その頃、母はママさんコーラスに励んでいて、毎週公民館に通っていました。

公民館には小さな図書室があって、そこから毎週何冊も借りてくるのでした。

頼んでもないのに。勝手に。

『明日が返却日だから今日中に読みなさい。』

は?なんすか、ソレ?

ところが読んじゃうんだな、これが。

偉人の伝記とか、世界子ども文学とか。

母の選び方が上手なのでしょう。

また、子ども向けの本は、大事なところしか書かれていないので話の展開が早く読みやすいのですね。

子ども向けだから、妙に道徳的で少々うさん臭いけれども、それでも読んでしまう。

そしてこの頃の読書の経験が案外ばかにならない。脳が柔らかい時代なので、正確な文法と丁寧な言葉選びが身についてしまう。

またその頃、アトリエに絵を習いに行っていて、その場で必ず日記を書かされていました。

気付いたことを何でも書きなさいと言われ、毎回書いていました。

『えー、めんどくさい!』

みんなで訴えましたが、

『こういうのが大事なのよ』

と言って先生はびくともしません。

先生の本来の職業は、染色家でした。

名のある美大を出た先生で、美術界では有名な染色家だったようです。

ファッションにしろ髪型にしろ、いかにも芸術家という出立ちでした。

この先生にはよく可愛がってもらいました。

日記を書き終わるとみんなの前で発表して、みんなから拍手をもらい、先生からは論評

と赤ペン添削。その後におやつを貰いました。

自由なことをさせてもらえるアトリエで、絵を描いたり、工作したり、布を織ったり、

ああそう言えば楽しかったなぁ。家計が苦しかったはずなのに、母は長い間通わせてくれました。

ピアノにも通っていました。

まー、この先生が怖い先生で。

なぜ練習しない、と言ってチクチクチクチク問い詰める。鼻水垂らしながらよく泣いていました。

必ず暗譜をさせる先生で、何が何でも覚えさせていました。すべてを正確に。

指遣い、強弱、速度、すべての表現を正確に。

これが良かった。

この先生に5歳から18歳までずっとお世話になりました。脳の柔らかい時期に一曲全てを丸覚えさせるこの訓練が非常に良かった。

遊びたい盛りの子どもに暗譜をさせるのは、先生のご苦労も相当なものだったでしょう。

どんなに長い曲でも必ず丸覚えさせました。

大人になってこの熱意の素晴らしさに気付き、大学生の途中からバイトして自分でお月謝を出して再び通い続けました。

このような女性達のちから。

いつ芽が出るとも分からないのに本気で向き合い、本気で叱って可愛がる力。

反抗されても反抗されても、繰り返し繰り返し押し返して『いつか役に立つから』と言って長い時間と労力をかけて身につけさせる力。

すごいとしか言いようがない。

そして、本当に役に立っている。

あれから40年近く経って、本当に職業の一つとして成り立っている。

ありがとうとしか言いようがない。

そして本当にすごいと思うのは、女性達が何の見返りも求めていないところ。

当時は感謝すらされていない。

むしろ疎まれてさえいたのに。

不思議ですね。

大人になって振り返ると、叱られた思い出の方が懐かしい。

本気でぶつかり合って、本気で付き合っていた魂の時代だからなのでしょう。

このような女性のちから。

女性のちからは大きくはないかも知れない。

目立たず地味かもしれない。

結実するまでの時間があまりにも長くて、記憶から遠のいて忘れ去られ、なかなか評価されないかも知れない。

だけれども、ふと振り返った時に、深く深く感謝する。

このちから。

自分にその力があることに気づいてほしいと思います。たった一人の人間からでも、深く深く感謝されるこの素晴らしさ。

前述の3名の女性たち。

素晴らしいものを持っていたのに、いつもイライラしていました。だからこちらも気付いて感謝するのに時間が掛かってしまった。

もし3名が茶道に出会っていたなら、様子が違っていたかもしれないです。

お茶を飲みお菓子をいただき、内なる声に耳を傾けることで、ご自身の隠れていた魅力や素晴らしさに気づくことができます。

人生は有限です。

長い時間を経て、誰かに気付かれるのを待つのではあまりにももったいない。

ぜひ、いま、ご自身が気付いてほしい。

ご自身の持つ本当の素晴らしさに。

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2022-09-11 19:18:00

所作(35)●出すのは結果だけ

20代の前半、OL時代。

大学出たてで何も分からない頃。

私は医療系の商社に勤めていました。

 

新入社員は率先して電話を取るべきという暗黙のルールがあり、私は電話が鳴る度にヒヤヒヤしていました。まだ、得意先も取引先も担当者の名前も分かっていなかったからです。

お昼休みにお昼ご飯を食べながら、得意先、取引先、担当者の一覧表を眺めていました。

 

営業マンの先輩が隣に座って言いました。

『よく勉強していて偉いね』

と前置きした上で、静かに言葉をつづけました。

………………………………………………………..

でもね…。

悪いことは言わない。

人前で勉強するのはやめた方がいい。

そういうことは仕事の出来ない人がするんだ。

勉強している雰囲気は出さない方が良いよ。

出すのは結果だけ。

………………………………………………………..

 

その後、つと立って部屋を出ました。

最後の言葉が胸に残りました。

 

『出すのは結果だけ』

 

いい言葉だと思いました。

冷静に周りを見渡せば、他の人たちはもっとスマートでした。

いかにも『勉強してます』という態度をしているのはただ一人、私だけでした。

恥ずかしいことをしました。

そして教えてくれた方にとても感謝しました。

 

この言葉は長らくずっと忘れていたのですが、つい最近になって思い出すことになりました。

 

ここ数年で、拙宅のリフォームを行いました。

いくつかの業者さんにお声を掛けさせていただき見積依頼をしました。

 

色々な業者さんがおられました。

勉強熱心だなぁ、と感心する業者さんもいれば、

もう会わなくていいな、と思う業者さんもいる。

さすが社長だな、と思う人もいれば

やっぱり社員だな、と思う人もいる。

 

その方々の物腰や態度は、私の仕事にも大いに参考になりました。

 

『よく勉強しているなぁ』と感心する業者さんは、最初から他社と態度が違っていました。

まず、時間キッカリに来る。

10時と言ったら10時キッカリ。

他の業者さんは、『早く着いちゃいました』と言って20分前に来たり、『道に迷いました』と言って15分後に来たりしました。

それだけで判断したわけではありませんが、その後の仕事振りを見ると、結局のところ第一印象の通りでした。来る時間が定まらない人は、その後の仕事も頼りないものでした。

 

また、『さすが社長だな』と思わせる人は、社員とは物腰が違っていました。

話の進め方に無駄がなく、歯切れ良く明解。

出来ないことは出来ないとハッキリと言った上で、『工夫すればこうなる』と誠意も見せてくれました。

そして私の依頼内容をよく理解されていて、会う前からすでに頭に全部入っておられました。

面白いのは、目の動き。

社長さんは目の動きだけで家の中を見渡します。

見ているのは、インテリアのセンス、サッシのグレード、家電の年代などでしょう。アップデートの頻度を見ているようです。

私の観察もしていました。ファッションセンス、話し方、お化粧の仕方も見ているようでした。

チラリチラリとポイントを押さえて見て、客としての査定をしている様子でした。

 

一方で社員さん。

社員さんの大半が、椅子に座るなり体の向きを大きく変えて『へぇ〜。この家、築何年ですか?』とずけずけと聞いてきました。

(ああ、こりゃダメだな)

世間話が多く、その割に依頼内容は抜けていて、話が前に進みません。

私が依頼した資料をプリントアウトして持っているのは良いけれど、一読したのかしないのか…。

つまりやる気がないのね、と思いました。

話し方もそれなりで、ダラダラとした話し方、滑舌は良いけれど攻撃的な話し方、など。どれも好感の持てるものではありませんでした。

 

あの時、会社の先輩が教えてくれたことは、こういうことだったのか。

本当の勉強とはこういうことか。

 

学生時代の勉強と、社会に出てからの勉強は本質的に違う。机の上だけの勉強では仕事の結果は出せない。自分の持てる力の全てを底上げしていき、仕事に向きあう。

 

社長さんは小さな仕事でも真剣でした。

連絡の取り方も頻度も、適切でした。

とにかく社員にお給料を出さなければいけない。

会社を維持、発展させなければいけない。

そのような責任感の大きさが、全体の能力の差につながっていると思いました。

 

私たち女性個人は会社経営とは無縁かもしれません。しかし物事への向き合い方は是非見習いたいところ。

誰もが自分の人生の主人公です。

自分の人生に責任を持つ、

その心持ちだけでも立派なことだと思います。

歩き方、話し方、仕事の進め方など、外見も内面も、全てこの責任感を持つことで輝いてきます。

 

大人女性は静かに静かに努力して…。

出すのは結果だけ。

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