講師(宗夜)ブログ
所作(44)●コンプレックスは創造のタネ
コンプレックスを持つことは悪いことではないのかもしれない、と時々思います。
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コンプレックスは創造のタネ。
マイナスではなく乗り越えるべき課題である。
克服すれば自分の強みになる。
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と、偉そうに自分の子どもに語ったことがあります。まるで自分が何もかも乗り越えてきたような言い方ですが、そんなことはありません。
この言葉は子どもに対するエールであるのと同時に、自分に対するエールでした。
でもこの言葉は本当だと思っています。
当時の自分のコンプレックスは、着付けの技術の未熟さでした。
どうすれば着付け技術が向上するのか、とても悩んでいました。
教えてもらったことは全て行っていました。
でもどうしても上手くいかない。
本を何冊も買い込み、さまざまな動画を見ました。
どうも決定打とはならない。
本の通りにしても、動画の通りにしても、着崩れは防げない。
・襟が時間と共に開いてしまう
・裾が動作のたびに開いてしまう
・衽線が上下で揃わない
・おはしょりが一直線に整わない
・裾線が決まらない
・帯の柄合わせができない
・帯の大きさが決まらない
どうしてかなぁ?
当時はコロナ禍。
対面でのお稽古が不可能であったご時世。
仕事時間の激減を受けて、これをチャンスと捉えて徹底的に着物と向き合いました。
この時に骨格標本を買いました。
そして大きなポスターも2枚買いました。
骨格のポスターと、骨格筋のポスターです。
自分の着崩れはどうして起きるのか?
標本とポスターと自分の体をじっくり観察しました。
どうやら関節のところで着崩れが起きるらしい。
それが筋肉の動きによって広がるようだ。
ああ、そうか!
人によって体型が違う。
骨の太さも長さも大きさも違う。
筋肉のつき方も脂肪のつき方も当然違う。
そしてもう一つ。
動き方に、人それぞれのクセがある。
動き方のクセを掴んで初めて着付け技術が上がるんだ。
予めクセを予測して、着崩れを最小限に抑えられるように計算して着ることが大事。
ところで…
自分が習ってきた着付け技術は、本当に正しいのか?これを機に一から立て直してみよう。
私はどうしても紐が緩む。
この結び方、本当に正解なの?
様々な結び方を試し、最終的に辿り着いたのが『結ばない』という策。
私は左右に絡げるだけ。
その絡げた目を下の紐で完全に覆い被せることにより、絶対に弛まない。
しかも体の動きにしなやかに順応する。
ところがこれを可能にするのは『麻の晒し』
他の素材では不可能でした。
紐の長さも大事。
買ってきてそのまま使うのはNG。
自分仕様に作り変える。
そして必ずアイロンがけします。
補正もこだわりました。
補正って必要なの?
しなかったらどうなるの?
しないで着てみたら…、私の着物はシワだらけ。
では第二段階。
私はどこにどの程度必要なの?
補正を足したり、引いたりして、そのたびに写真を撮って…。
最終的に辿り着いたのが、麻布6mぐるぐる巻きの術!
ぐるぐる巻きにすることで、固い土台ができあがります。
この固い土台が私の着物ライフには頼れるパートナー。しっかりとした摩擦を作り、薄手の長着でも着崩れしません。
(初心者の方にはこの土台づくりは教えていません。着物に慣れている人にお勧めしています。)
帯の結び方も見直しました。
そしてオリジナルの結び方を考案しました。
これで帯の柄合わせもバッチリです。
また、帯の形を美しく仕上げる『秘密のひも』も考えました。近々動画にアップします。
ご覧いただけましたら嬉しいです😊
ただ一つ。
どうしても克服できなかったのが、裾の開き。
座るたびにどうしても開いてしまう。
これは…仕方ないかな。
というのは、体型が若い頃とは違うから。
それはそれで受け入れて。
これはコンプレックスではないのです。
大人の事情です。
コンプレックスは克服するためにある。
コンプレックスは創造のタネ。
楽しんで乗り越えれば自分の強みになります。
所作(43)●自分の顔に『ありがとう』で上がる自己免疫
20代の半ばあたり。
結婚直前から、子どもを出産するまでの数年間だけ、ジャズピアノを習っていました。
ほんの一時期ですが、クラシックピアノと並行してジャズピアノも習っていたのです。
同じピアノという楽器のはずなのに、この音の違いは一体なんだ❓不思議で堪らず、じゃあチャレンジしてみようと思って習いに行きました。
弾き方がクラシックと全然違う。
リズムの取り方も全然違う。
コードを覚えないといけないし、音と音の距離を度数で表現して、組み合わせ相性を予め予想してピアノを弾く。
こんなに複雑な過程を瞬時にやってるんだ!
驚きの連続でした。
指の筋肉もクラシックとは使う部位が異なるようで、私には非常に弾きづらく感じました。
結局モノにならず、数年間でやめてしまいましたが、とりあえずチャレンジしたという思い出にはなりました。
本題はここからで…
ジャズピアノの先生は美しい女性でした。
当時私は25歳。先生は42歳でした。
そのときの私からすると、驚異的に美しい42歳でした。
『40代でも綺麗でいられるんだ』
誠に失礼な感想でございますよ、本当に。
しかしそれが当時の自分の偽らざる気持ちでした。
20代半ばからは40代の女性はすご〜くお姉さんに思えたのです。
『先生、綺麗でいられる秘訣は何かあるんですか?』
『特にないわよ』
(綺麗な人ってみんなこう言う…)
と思っていたときに
『あるとすれば…』
と先生が続けた言葉がこれです↓
●毎朝、自分の顔に『ありがとう』と言うの。
自分の顔にありがとう?
(???)
『そうなんですか。ありがとうございました。』
自分から質問したくせに、先生の真意が掴めず、とりあえずのお礼。
失礼な20代でした。全く申し訳ないです。
今になってこの言葉を思い出します。
自分に対してのお礼。とても大事です。
今の私にはよく分かります。
自分の顔にも、体にも、心にも『ありがとう』
いま存在していることへの感謝。
これが自己免疫を上げるのだと思います。
コロナ関連の番組で、人間の自己免疫システムの強固さを知りました。安全装置が何重にも巡らされ、感心するほど良くできたシステムでした。
免疫細胞の一つが、自分の細胞壁を破壊し、ネバネバした粘液でウィルスを絡め獲るという手法もありました。
細胞が自分の命を犠牲にする。
誰のために?
母体である、人間のために。
なぜ?
好きだから。その人間が好きだから。
これは私の考えなのですが、細胞だって死ぬときは苦しいと思うのです。痛いと思うのです。
それを母体のために自らの命を投げうてるのは…
好きだからだと思います。
常日頃から『ありがとう』と自分に声を掛けている人は、免疫システムが働いて守ってくれているんじゃないでしょうか。
今年の夏あたりから、正座により太ももが痛くなりました。今までどんなに長い時間座っていても、このような症状はなかったのに。
49歳で初めて痛くなりました。
『そうかぁ…。今まで頑張ってくれていたんだね。気付かずごめんね。ストレッチしようね。』
心の中でそう声を掛けて、ストレッチをしましたら、翌日は痛みを感じませんでした。
それから毎日続けています。
この体はもしかしたら自分のものではないのかもしれない。体も、心も、顔も。
時々そう思います。
自分のものだと思っているとある時とんでもないしっぺ返しを受けてしまう。
本当は借り物なのかもしれません。神様からの。
借りたものは返す。なるべく良い状態で。
それが人としての礼儀です。
『ありがとうございました。
おかげで楽しゅうございました。』
と言ってお返しするその日まで、体と心と顔に毎日ありがとうと言いながら暮らしていく。
それだけでなんだか、楽しい。
なんだか、幸せ。
所作(42)●ダメな私を愛してほしい。 ダメだからこそ愛してほしい。
高校生くらいの頃、無性にこんな風に思っていました。そのころ、毎日がとても辛かったのです。
以前は思春期特有の気持ちだと思っていました。
50代に差しかかってみて、あの頃の苦痛の仕組みが分かってきました。
あの気持ちはそのまま母から受けたものだったのだと思います。
高校生の頃、ほぼ毎日母と喧嘩していました。
理由はすべて些細なことです。
『よくそんなに毎日喧嘩のタネがあるね』
他の兄弟から呆れられていました。
私は母が28歳の時に生まれたので、母の年齢は43歳〜46歳でした。
私から母に突っかかったのか、母から私に突っかかってきたのか、よく分かりませんが、思春期のイライラと更年期のイライラが衝突した数年間でした。
つらかったのだろう…。
母の気持ちを思います。
私よりも、母こそ愛されたい気持ちが強かったのだと思います。
そして更年期のつらい症状。
傍らには、まさに女性の目覚めを迎えた自分の娘がいる。
自分の娘だから可愛い。
でも悔しい。
残酷な現実を目の当たりにすればイライラが増すのは仕方のないことでした。
ではもし、母のことを全面的に受け入れてくれるような人物が現れていたら、母は違ったのでしょうか?違ったような気もするし、違わなかったような気もします。
結局は同じで、やっぱりイライラしていたのではないでしょうか。
なぜかというと、母自身が本当の自分の望みを見つけられていなかったからです。
母は、本来は静かな性格だったと思います。
絵を描いたり、書を嗜んだり、和歌を詠むのが好きでした。
ですが、ひとつ短所を挙げるなら、努力を積み重ねるのが苦手でした。
先生に就いてアドバイスを素直に受け入れていくタイプではありませんでした。
趣味は色々あったようですがどれも表面的で、じっくりと精神を傾けている感じは受けませんでした。
自分という軸がいつまでも定まらない。
そこにイライラしていました。
思春期の私も当然定まっておらず、その姿を見るとイライラするのか、私を度々叱責しました。
本当は自分自身を叱責していたようです。
もしかしたら誰かに叱られたかったのかも知れません。
愛情を持って叱ってもらいたかったのかも知れません。
叱られたとしても母の性格では拗ねて聞かないでしょうけど、それでも諦めずに叱られたかったのかも知れません。
イライラする気持ちを鎮めるために、絵や書や和歌を楽しみたかったようですが、どうも独りよがりでした。
人間は一人では、成長できないのです。
自分で自分は見えません。
鏡に映しても視界の届く範囲しか見えず、それは本来の自分ではありません。
そもそも成長とは何か?
成長とは人と仲良く出来ることだと私たちは考えます。
人と仲良くするのは、簡単ではないのです。
我慢することも多い。
でも我慢には限界もある。
また、我慢しすぎると他人から利用される。
自分の色が無いと魅力がないと思われる。
しかし出し過ぎると疎まれる。
なかなか難しい。
でも色々あっても付き合っているうちに、少しずつお互いに愛情が湧いて、何となく家族みたいな気持ちになる。
それが趣味の本質だと思います。
私たちの茶道も同じです。
茶道のいいところは、習得に時間が掛かるところ。真面目な人だけが残る。
茶道が人を真面目ににしてくれる。
少しずつ少しずつの努力を積み重ねているうちに、気持ちも整って、人付き合いも楽しくなってきます。
『今日のお点前素敵だったわよー』
『えー、本当に?ちょっと緊張しちゃった』
『今度は何のお点前するの?』
『茶箱の…。何にしようかなぁ…』
『それにしても今日の帯いいわね』
『ありがとう!これはね…』
こんな会話ができるようになるとウキウキして、学生時代の時みたい。
同年代の友人と、真面目な気持ちで繋がれば、気持ちは毎日晴れやかです。
『じゃあまた来週ねー』
ああ、来週が楽しみだなぁ!
嫉み?嫉み?
いったい何のこと?
私は楽しいの。きっとあなたもそうでしょ?
そう思うと、そのような明るいオーラで満たされて。
不思議なもので、肌も髪も、輝いてくるのです。
所作(41)●静かなるオーケストラ
茶道は静かなオーケストラのようだ、とある茶人が表現していました。
本当にその通りだと思います。
美しい音楽を奏でるためには、どんなことに気を付ければいいのでしょう?
それは、呼吸に基づいた安定感です。
すぅぅ… 、はぁぁ… 、すぅぅ… 、はぁぁ…
この一定のタイミングを壊さないようにお点前をなさってください、と生徒さまに申し上げています。
でも、この一定が本当に難しい…。
よく出来るところは早くなりがち。
忘れないように早く済ませたくなります。
その代わり出来ないところは遅くなりがち。
みんなそうです。
気持ちはよく分かります。
まずは帛紗捌きから改善してまいりましょう。
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(1)目の前に三角に広げる。
(2)左手3本指が表に出る。
(3)左腿の中央あたりで縦にする。同時に左手の親指でロック。
(4)左手の人差し指パラリと外す。
(5)左手が右手近くまで上がる。
(6)左手で内側に織り込む。
(7)左手親指でロック。
(8)左手が帛紗の中央まで下がってくる。
(9)胸の前で水平にする。
(10)右手の人差し指、帛紗をスーッと一文字描いて向こうに折る
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これら一連の動きを『いち、に、さん…』と呟きながら行ってみてください。
一定の速度を保つことが出来るようになります。
帛紗捌きが改善するだけでも、ご自身の気持ちが変わってくると思います。
すぅぅ… 、はぁぁ… 、すぅぅ… 、はぁぁ…
とても心地よく穏やかな気持ちになります。
するとお客様も心地よく穏やかになられます。
たとえお点前を間違えても『頑張って…』とお客様が心の中で応援してくれます。
同じものを同じ目で見、意識の根底でみんなが繋がっている気持ちになります。
静かだけれど同じ方向を向いて、同じ気持ちを共有していて、とても心が安らかになります。
自分はひとりじゃないという幸せな気持ちになります。
宗嘉先生のお点前が美しいのはこういうところなのです。
安心できる心地よい速度。
迷いのない手の動き。
空間に残るその軌跡。
在るべきところに収まるその様。
そして静かなこころ。
今という時を一緒に生きていること自体に感謝したくなります。その姿を皆さまと一緒に見届けることが出来ることにも感謝したくなります。
技巧的ではないのです。
上手なのと美しいのとはちょっと違う。
覚えているとか、覚えていないとかでもなく、
出来る、出来ないでもない。
こんこんと泉が湧くような。
ゆっくりと心を満たしていくような。
そんな感じです。
本当に精神を集中させるとそのような静けさをまとうのかもしれません。
私どものお教室には、いつもそのような満たされた静けさがあります。楽しい時には盛り上がるけど、基本的には静かです。
良い教室になったなぁ…としみじみ思います。
ずっとこのような教室を作りたかった。
控室では皆さまにリラックスしていただいて。
でもお稽古が始まったら…
オーケストラの指揮者が指揮棒を上げた時に楽団員全員がスッとと集中するような…
そんな教室にしたかった。
ああ楽しい
ああ幸せ。
所作(40)●パワーショベルと手のシャベル
宗嘉先生と仕事をしていて、本当に感心するのが持続力(パワー)です。。隙間時間も無駄にせず様々な仕事をこなしています。
パワーショベルのようだといつも思います。
ガガッと硬い土にショベルが入りこみ、ガバーッとたくさんの土を掬い上げるさまに似ています。
それに比べて私は手のシャベルみたい、
と自分で思います。
パワーショベルは爆発的な推進力があります。
でも隙間からポロポロと土砂がこぼれます。
そのこぼれた土砂を私は手のシャベルで少しずつ掬い上げているように思います。
こんな感じです↓
宗嘉先生の推進力:7割
私の掬い上げる力:3割
自分の会社員の事務職時代を顧みてもやはり同じように思えました。
少しずつ掬い上げる力は大きくはないけれど、しかしとても重要です。
第一の魅力は『丁寧さ』にあると思っています。
その丁寧さは、推進力に匹敵すると思うのです。
丁寧に扱われると人は感動します。
人は感動を満たしてくれるところに集まります。
世の中では業務のIT化、AI化が一気に進んでいますが、感動を求める人の欲求はむしろ高まるかもしれません。
今後の成功のカギは、相手を感動させられるかどうか、となりそうです。
『人格の勝負』です。
能力だけで評価される時代は終わりを迎えるでしょう。
ビックデータの集積に裏付けられたAIの判断力の前では、人は無力です。
もしかしたら、女性にチャンスの多い時代なのでは?と私は期待しています。
女性は、優しい。
それは痛みを知っているから。
痛みを共感できるから。
女性はその一生の中で自らの体が変化します。
初潮を迎え、生理のある生活を送り、成熟した女性となった後に、更年期を経て、閉経する。
どの過程にも痛みや苦痛を伴います。
経験しないと分からない感覚です。
『ああつらい…』
何日も寝込むこともあるでしょう。
つらいけれども、そのつらさが女性同士を結びつける。
そして優しい人格へと導く。
『つらかったねぇ。大変だったねぇ。』
こういう言葉を掛けることができるのは、圧倒的に女性が多い。
それはつらさが分かるから。
毎月必ず体に起こる不調と無縁ではないはずです。
そしてまた、小さな力だからこそ上手くいくこともあります。
奈良時代の建築物の基礎は、女性たちが作ったそうです。
版築(はんちく)という技術だそうで、種類の違う土を何層も重ねて、トントンと上からシャベルのような道具で叩いて作ったそうです。
女性の、大きくはないけれども優しくて継続的な力が効果的であったとのこと。
着付けでもそのような力の出し方が効果的です。紐を結ぶ時にじわ〜っと引き締めます。
ギュッと強く締めてしまうと反動で逆に緩んでしまうのです。じわ〜っと時間をかけて結ぶと、紐の表面の繊維がお互いに噛み合い、決して緩みません。
女性の力の出し方にはコツがあり、また、根気よく磨き続ける必要があります。
このコツには諸芸のお稽古に通じるものがあります。
茶道や着付けのお稽古を続けると何となく分かってくるのです。
この何となくが大事。
ハッキリと見えなくても良いのです。
茶道も着付けも難しいです。
すぐには身に付かない。
けれども逆戻りはしません。
時間と手間を掛けたら掛けただけの価値が返ってきます。
価値とは穏やかな本来の自分です。