講師(宗夜)ブログ
●長時間の正座のコツ
長時間、正座を続けるにはコツがあります。
『慣れる』
それコツじゃないじゃ〜ん!
うそうそごめんなさい😅
私の場合『若干の前のめり姿勢』です。
若干前のめりの姿勢にして足裏に血液を送るように意識しています。
●前のめり姿勢をつくるには…
①お尻を緊張させる
②上半身(肩甲骨の下の筋肉)を収縮させる
③密やかな体重移動
①お尻を緊張させる
私のお尻はいつも硬いです。
踵と反発させています。
たまに軽くお尻を浮かせて、1cmの隙間を作ります。1cm浮かせて降ろして、を繰り返すと血液が足の指先まで送られるような気がします。
また、長時間正座で疲れてくるとなぜかお尻が外に突き出してきます。それを防ぐよう内側に内側に入れ込む意識しています。
『おっとっと。もう少し内側に入っててねー』
と声をかけると入ってくれます。
自分の身体に優しく語りかけることも大切だと思っています。
②上半身(肩甲骨の下の筋肉)を収縮させる
首を長く見せるには肩を下に降ろすと良いのですが、これがなかなか降りません。
私は肩甲骨の下の筋肉を収縮させるイメージを持っています。肩甲骨の下の筋肉を縮めて、両肘を床にくっつけるイメージです。
ここでちょっと妄想。
進化の過程を遡って『魚類🐟』になりましょう。
私は今でも魚🐟なのよ。と思い込んで肩甲骨の筋肉を使ってエラ呼吸です。
肩の位置を動かさずに筋肉に働きかけます。
出来るだけ小さな小さな力で呼吸するような気持ちでいると自然と肩が下に降ります。
③密やかな体重移動
周りの人から分からないように、密やかな体重移動をしています。
膝頭から腿までテニスボールをゆっくり移動させる気持ちで体重移動しています。
正座がつらいと感じた時にはこのような3つのことを心の中で密かに行っております。
でも無理は禁物です。
そんなコツもあるのかな…と参考程度に留めてくださいませ。
正座は身体と向き合う時間でもあります。
生活習慣や、加齢などによって捻れた箇所を修正してくれている気がします。
足を折り畳んで血管に刺激を与えた後に、立ち上がることで一気に血液が流れ出す。
この力を使って血管を内側から整えているような気持ちになります。
皆さま独自のコツも見つけていただいて。
正座の時間も楽しんでいただければ…と思います😊
●2023年よし庵お稽古初め
2023年の初めのzoomお稽古は鶯の谷渡りでした。私たちがこちらのお点前に向き合うのは今回で3回目になります。
3年という月日を経て朧げながら見えてきたものがあります。
最初に目にした時。
『実はこんなお点前もあるんだ。ちょっと見てほしい』と宗嘉から紹介された時。
いったい何というお点前だろうか…と驚きました。派手であることにまず驚きました。
そして格好いい。
しかし直感的に危うさも感じました。
派手さが目につくけれども、その裏には何か意図があるように思えました。
茶道は単なるパフォーマンスではないという思いから、このお点前は宗嘉による披露に留め、お教えすることは控えております。
このお点前を目にして3年。
今年になって、初めて内在する精神性に触れたような気がします。
私たちの現実世界では色々なことがあります。
逃げたくなることもあるし、見たくないこともあるし、耳にしたくない言葉もあるでしょう。
いっそのこと全てを逆さまにして、
逃げたいなら逃げればいい。
見たくないなら見なくていい。
聞きたくないなら聞かなくていい。
翼を持つ鶯になって、桃源郷に逃げてしまえ。
暖かくて優しい場所。
もう誰からも傷つけられない。
そこでは全てが逆さまなのさ。
今まで良いと思ってきたことが良くなくて。
良くないと思ってきたことが良かったり。
そんなこともあるんだよ。
さぁさ、お茶でも一服お飲み。
美味しいかい。
気持ちは落ち着いたかい。
じゃあね、やっぱり帰るんだよ。
時々来ても良いけどね。
やっぱり最後は帰るんだよ。
心配しなくても大丈夫。
今度の現実は以前とは違うよ。
見え方が違うよ。
今からあなたは鯉に姿を変えて、滝を遡るのさ。
昇れるよ。ちょっと痛いけどね。
昇ったらね、そしたらね…
思いもよらない自分の姿に驚くと思うよ。
皆さま『鯉の滝のぼり』の逸話を聞いたことがあるでしょうか?
水墨画に用いられたり、神社の柱などに彫り飾られているモチーフです。
鯉は滝を遡ると龍となる。
たくさんの魚が滝のぼりに挑戦したけれども、鯉のみが成功し、その後に鯉は龍に姿を変えたという故事に由来します。
登竜門という言葉の基になったもので、立身出世を願う『鯉のぼり』もその象徴です。
最初にこのお点前を目にした時、
『なぜ、鯉?』と不思議でした。
3年経ってようやく見えてきました。
私は女性ですから、立身出世という気持ちでこの最後の鯉を見ていません。
宙を翔ける龍となって、
遠い視点から物事を見てみれば、
大きな岩に見えていたものは実は小石だったのだ。
その先に美しい花畑があったのだ。
そんな風に捉えています。
そしてそれはそのまま、私たちの考える茶道です。
『ものを見る角度によって人生が変わる』
宗嘉がことごとく口にする言葉です。
捉え方なんだよ。全ては捉え方。
きちんとした身なりで茶道に向き合う。
お茶を点てて頂き、味わう。
ほろ苦く、最後に甘みが残る。
次は自分が点てて、召し上がっていただく。
今日のお稽古で出来たところ。
そして出来なかったところ。
どちらも大事。
お稽古も、ほろ苦くて甘い。
帰り道は足取りが少し軽い。
そんな時間を共に持てることを、私たちはお稽古の旨としております。
まさにお稽古初めにふさわしいお点前でございました。
ご覧いただきましてありがとうございました。
●たんぽぽのような気持ちで生きる
令和5年のお正月を迎えました。
新年明けましておめでとうございます😊
皆さまにとりまして幸せの多い一年となりますよう、お祈り申し上げます😌🤲
新しい年が明けたなぁ。
自分はどんな風に一年を生きたいのかなぁ…と気持ちを探ってみました。
心にふと浮かんだのが、たんぽぽでした。
華やかではないけれど、気持ちをホッとさせる花。小さいのに逞しく、意志を感じる花。
そして一番惹かれるのは、春を待つその姿です。
じっと騒がず春を待つ。
その姿が素敵だなぁと思います。
努力していても、なかなか実らずにいる時。
技術が上がっているのか感じられない時。
もどかしい気持ちになりますが、3ヶ月くらい経ったある日に突然できることがあります。
『ああ、自分は春を待っていたのか…』
自分も自然の一部だったのだと思います。
テクノロジーの渦の中で生活していると、全てが機械のように感じることがあるのですが、そうではないんだなぁと思います。
実は機械も、よく不具合を起こしますものね。
これも自然なことなのかも知れません。
着付け講師になりたての時、他装に時間が掛かっていました。
茶道教室での和装の生徒さまを増やしたい一心で、当時は茶道のお稽古前に他装のサービスも行っていました。
(コロナ禍により中止しました。)
他装の際に、調子の良い時と、調子の出ない時の差が激しかったことを覚えています。
ひどい時には、着付け(他装)に40分も掛かってしまいました。
これではお相手が疲れてしまいます。
その後の茶道どころではなく、当然ムッとされてしまいました。
頭の中では出来ているのに、手が思うように動かない。単純に練習不足ですが、当時の自分としてはそれでも練習しているつもりでいました。
『つらいなぁ…。いつ成果が出るのかなぁ…。』
タイムウォッチ片手に家での練習を重ね、
現場での経験を積んで…
経験人数が延べ50名を超えた頃、急に早くなりました。
その後また50名を経験し、延べ100名を超えたところでまた早くなりました。
最終的に10〜15分で着せられるようになりました。人によって体型が様々で、どうしても差が出るのですが、それでもどうにかタイムを縮めることが出来るようになりました。
『ああ、やっと春が来た』
重い雪がようやく溶けて、陽の光を感じられた気分でした。
何にせよ、このように待つしかない時間が、努力する際には必ず生まれるように思います。
zoomでのアナウンスも、最初から滔々と語れていたわけではありませんでした。
コロナ禍により教室を閉鎖して、やむを得ず実験的に行ってみたお稽古でした。
何とか出来そうだと始めたのでした。
最初はご覧になる会員さまも一人とか、二人とか…。
懐かしい。3年前のことなのに、大昔のことのように思い出されます。
そして、zoomにようやく慣れたなぁと思われた頃にもうひと山。
去年の2月から始めたアーカイブ配信でした。
全て記録に残るので間違いは許されません。
最初から最後まで、間違いなくその場でアナウンスをつけるのはとても緊張しました。
間違えれば最初から撮り直しです。
しかしそれも、3ヶ月くらい経ったところで明るい兆しを感じました。
3ヶ月、春を待つ。
たんぽぽの気持ちで。
パッと目を引く美しさはないけれど、
でも、枯れないの。たんぽぽは。
私はたんぽぽが好き。
●包む文化
日本には包む文化があります。
包む媒体は紙とは限りません。
長崎の出島を旅した時に紙ではない『包む文化』を目にして驚きました。
出島から多く輸出されていたのは有田焼でした。
その有田焼を包んでいたのは浮世絵。
浮世絵の斬新な美しさを見た西洋人が『ジャパネスク』に湧いた…
という説が広く流布されていたので私もそれを信じていました。
ところが私の先輩のガイドは、その説に懐疑的でした。
『本当に紙で包装していたのかなぁ?航路ではインド洋を通るんだよ。あの海流はすごく揺れるんだ。紙で包装していたんじゃ、とてもじゃないけど有田焼を守れないよ。』
先輩ガイドの言う通りかも知れない。
出島の博物館で思いました。
出島で目にしたのは、紙ではなく『縄』で編み包まれた大きな磁器の展示物でした。
縄で立体の物を包んでる!
すごく驚きました。
そして包まれ方がとても綺麗であることも驚きでした。
『この包む技術そのものが芸術である』
と西洋国の貿易商が口にしたと説明書にありましたが、本当にその通りでした。
その技術に執念も感じました。
何がなんでも壊してはならない。
当時の諸外国との貿易がどのような契約を基にしているのか分かりませんが、破損した場合の違約金がもしかしたら莫大だったのかも知れません。日本人の器用さは身を守る術だったのかも知れません。
それにしても芸術的に綺麗でした。
芸術的に包むと壊れにくいのでしょうか。
力学的な法則を包み方の中に見出していたように思います。
こういう実践的な研究が、日本人は好きなんだろうなぁ…と思います。
どこか着付けと似ていると思いました。
●自分の人生は自分だけのものじゃない
50代を目前に控えて、不思議なくらい母のことが思い出されます。自分のブログを読み返してみて色々と驚いています。
それにしても、母はどうしてこんなに厳しかったのだろうか。
子ども時代には様々なルールがありました。
・出されたご飯は決して残してはいけない。
・テレビは1日1時間まで。
・新聞のテレビ欄に赤丸を付けて報告せよ。
・流行りの歌は聞いてはいけない。
・聞いて良いのはクラッシックのみ。
・平日に飲んでいいのは牛乳のみ。
・ジュースはお誕生日などのイベントのみ。
・紅茶、コーヒーは日曜日のみ。
これ、躾なのかなぁ。
ちょっとよく分からないものも多かったです。
当時の母は30代前半〜40代半ば。
今の私よりも随分と若い。
母なりに試行錯誤していたのだろうと思います。
ふと思うのは、母は本当は仕事をしたかったのではないかということ。
本当は何か手に職をつけたかった。
でも自分はそのタイミングを逃してしまった。
だからせめて娘には、将来の仕事に役立つ素養を身に付けさせたい。
そのような思いがあったのではないか、と。
口ではその反対の言葉を言っていました。
『女性は働かなくても良い』
だけど本音はそうではなかった。
ところどころで本音を吐露していました。
『子どものための教室を作りたかった』
習字教室ではないかと思います。
たまに家でも書を楽しんでいました。
お正月には兄弟揃って書を書かされました。
赤い墨汁で添削をする時にはとても充実した顔をしていました。
もしかしたら、人間ひとりの人生はその人だけのものではないのかも知れない。
色々な人の思いを受けて作られているのかも知れない、と思うのです。
不思議なルールの数々。
今では微笑ましい。
真剣に子育てしてくれていたんだね。
どうもありがとう。