講師(宗夜)ブログ
●リモートだけど心は近い
中級実践コースを2か月前よりzoomにて始めました。遠方のためよし庵に通うことが出来ない生徒さまが主にご受講くださっています。
工藤が担当しています。
一緒に手を動かしながら動きの全て解説し、お稽古が進みます。
これがなかなか楽しくて😆
ライブでの実践形式なので双方向のやり取りが出来て、心の距離がとても近いのです。
今月は茶通箱のお稽古。
とても複雑な科目なので、今月のほとんどを使って挑戦しています。
毎週水木の週2回が中級実践コースなのですが、そのうちの2回を炭手前に、残りの6回を茶通箱に設定しました。
生徒さまのお顔がアーカイブに録画されないよう、音声はミュートにさせていただいています。
先日、茶巾のたたみ替えの時に、生徒さまが大きく手を振って質問してきました。
ミュートですが、口パクで仰りたいことがハッキリ伝わってきました。
(先生、先生、はいはい質問!✋)
『はい、質問どうぞ』
(なんかどうしても先生と逆向きになってしまうんですよね。)
『ああ、逆向きになってしまう。なんでですかねぇ。ゆっくり一緒にやってみましょう。右手は上の角を取って、左手は下の角を取って。パッと広げると…』
(ああ、またダメだ。なんでかなぁ?)
『どうも途中でひねるみたいですね。もう一度チャレンジしましょう。こうやって、こうやって…』
(あ!できたー!やったーやったー😆🙌)
『良かった、良かった。』
この時すごく喜んでくれて、茶巾をぶるんぶるん振るもんだからまた裏返ってしまって。
『あはは😂。喜びすぎ!まーた裏返っちゃたじゃん!』
(ハハハハハ(*^◯^*))
『ハハハハハハ(*^◯^*)』
こんな時、リモートであることをすっかり忘れて、まるで生徒さまと目の前で直接お稽古しているような気持ちになります。
本日のお稽古でも…
『お箱からお棗を少し回転しながら出します』
ところが生徒さまのお棗が見当たりまりません。
『あれ?お棗どこ行っちゃったの?』
(あ、また箱にしまっちゃった(^◇^;))
『あはは(*^▽^*)。仕舞っちゃダメじゃん。今からお茶点てるのに😆』
(アハハ😆)
『アハハ😆』
お茶を一緒に喫めるわけではないけれど…
お菓子を一緒に味わえるわけではないけれど…
離れていてもこんな風に茶道を楽しめる道もあるのだなぁ、と技術の進歩に感謝しています。
週に2回。30分から40分のお稽古。
私にとっては心のオアシスのような時間。
皆さまにとっても心のオアシスになれたら…と思います。
●世を治むる道、倹約を本とす。
よし庵の水屋の棚にずらりと並んでいる茶入、棗、茶碗。そして控室に座る様々な棚。
これらは時間を掛けて宗嘉先生が一つ一つ揃えた茶道具。私たちの大事な仲間です。
生徒さま達もそのように感じてくださっているようで、新しいお道具が入るたびにとても喜んでくださいます。
先日もお稽古の後に生徒さまが声を掛けてくださり、お道具をお見せしました。
よし庵の生徒さまは、皆さまとても丁寧にお道具を扱ってくださいます。
ですから私どもも安心してお任せすることが出来ます。
『わぁ、きれいな色』
『優しくて温かい感じがしますね』
『しっくりと手に馴染んできます』
『お裂地も美しい織です』
茶入を囲んで生徒さま達が口々に感想を述べて鑑賞を楽しんでおられました。
優しく掌に包まれている茶入は幸せそうでした。
人の体温と愛情を受けている茶道具やお茶碗は、本当に長持ちするそうです。
ありがたいことです。
しかしこれらのお道具は、最初から揃っていたわけではありませんでした。
私がお教室に入った時には驚くほど質素でした。
どうしてもっと早く買わないのかなと訝しく思うほどでした。
宗嘉先生は決して無理をせず、教室の規模とレベルに合わせて、本当に少しずつ揃えていきました。
購入できる余裕があったとしても、時を待つ。
自分を大きく見せようとしない。
大木が時間をかけて年輪を重ねるが如く、静かに少しずつ、しかし着実に。
ふと気がつくとずらりと並んでいました。
あれ…いつの間に。
これが人の道か…。
●世を治むる道、倹約を本とす。
(徒然草 第百八十四段)
徒然草にも同じような内容の段があります。
鎌倉時代の第5代目の執権、北条時頼の母の記述です。松下禅尼(まつしたのぜんに)という方です。
松下禅尼が障子の煤けたところを修繕していました。
それを見た人が『部下にやらせますから』と言って手を止めるよう言葉を掛けます。
『ところどころを修繕するよりも、綺麗さっぱり新しく貼り替える方がよろしいでしょう』と。
すると禅尼は『ゆくゆくはそのつもりです』と言ったのちに、『だけれども今はこれで』と自分の気持ちを通します。
『不具合を修理しながら用いる心づけを若い人に見せるためなのです』
と言います。
執権家なので、もちろん潤沢な資金を有している。一新しようとすればすぐにでも出来る。
けれども欲望に溺れる怖さをよく分かっている。
さすが賢人の母は只者ではない。
と吉田兼好は感心しています。
どうやら成功するには法則が存在するようです。
いつの世も、賢者は自分の欲望や見栄を制し、成功に導く光を見失わないのだろうと思います。
私たちが日々お稽古している侘び茶を築いた利休居士も豪商の身。
詫びの美。
この美は絶妙なバランスの上に成り立つものではないかと最近思うようになりました。
ただ質素なのではない。貧しいわけではない。
その時々の自分の分を弁える分析能力が必要。
商人の目のような気がします。
万が一失敗した場合に痛手を最小限に留める工夫です。
宗嘉先生の指導を受け始めた当初、私はその詫びの精神からとても遠いところにありました。
私は書籍を買い集める癖がありました。
沢山の本を買い込み、貪るように読んで、知識を得て、自分を何重にも武装していました。
ある時、宗嘉先生に一喝されました。
『だからそれが何なんだ』
知識があるのは認める。
だからと言ってそれが何なんだ。
そういう人は本を何冊も買い込んで棚に並べて、ずらりと揃った本を眺めて賢くなった気持ちになっているんだ。
そんなものは何の役にも立たない。
今日びパソコンを叩けばいくらでも情報が出る。
しかもその知識は身についているのか。
ついてないだろう。
身についた人はそんな風に鼻にかけないものだ。
ああ、本当だ。その通りだ。
叱ってくれてありがとうございました。
謝罪と感謝の気持ちを伝えて、先生の言葉を噛み締めました。
それではその後の買い集めはなくなったのかと言うと、そうではなく…。
人間の業とは簡単には拭い去れないもののようで、長らく買い集めの習慣は続きました。
数年掛かって、最近ようやく自制する心が育ってきたようです。
茶を点てることが一体何になるのか。
お菓子と茶を食すことが人生の何に繋がるのか。
一言で表現することは難しい。
だけれども、真っ直ぐに立って、真っ直ぐに座って、真っ直ぐに歩く行動を繰り返しているうちに、少しずつ少しずつ道筋が見えてくる。
私にとって茶の湯とは人の道です。
●寺田寅彦の随筆
厳寒の日々。
寒い寒いなかにも、時折寒さの緩む昼下がりがあり、そんな時に寺田寅彦の随筆の一編を思い出します。
寺田寅彦は明治時代〜大正時代〜昭和初期にかけて活躍した物理学者で、日本の物理学の礎を築いた人物として語られています。
私は物理学はさっぱり分からないので、どれほどすごい人物なのか残念ながら想像もつきませんが、随筆が好きでいくつか読んでいました。
思い出すのは『蓑虫と蜘蛛』をという一編です。
春先のある昼下がり、自宅の庭木に、ミノムシが鈴鳴りにぶら下がっているのが寺田の目に入りました。
随分たくさんぶら下がっているなぁ…としばらく眺めていましたが、
暖かくなってあれらが全部孵化したら、庭木などひとたまりもない。
と想像して、退治することにしました。
物干し竿の先にハサミを括り付けて四苦八苦しながら蓑虫を落とし、二人の娘も喜んで手伝ってミノムシを集めたそうです。
全部で49個。
大きいのものあれば小さいのもある。
素材も形もさまざま。
ひとつ大きいのを選んでハサミで蓑を切り開いてみると、丸々と肥った虫が出てきました。
この辺りの描写の様子から、寺田が(やっぱり今のうちに落としておいて良かった!)と思っていそうな感じを受けます。
ところが、また一つ切り開いてみると、中でカラカラに干からびています。
ああ、虫の世界にも病気があるのかな?と思って他のを外側から触ってみると、集めたうちの大半が、中身スカスカでお留守のよう。
よく見るとお留守の蓑虫には、下の方に小さな穴があります。
不思議に思って一つ切り開くと、中から小さな蜘蛛が出てきました。
どうやら…
その小さな蜘蛛が、蓑虫の外側から穴を空けて、蓑虫が無抵抗なのを良いことに、養分を全て吸い取ってしまったようだ…と寺田は想像します。
なにも自分が手を出すことはなかったのだ。
自然に任せておけば、その摂理においてちょうど良い具合の循環がなされていたのだ。
というような気持ちを抱いたのちに…、
美しい花園や庭の木立ちの間にも、生き物たちの熾烈な闘いが繰り広げられているのだなぁ…
と、意味深長な言葉が続いています。
私がこの随筆を読んだのは、10年以上前のことです。2009年に横浜港開港150周年ということからか、明治期の偉人がメディアで度々にわたり取り上げられていました。
夏目漱石、岡倉天心、森鴎外、正岡子規、寺田寅彦などなど…
錚々たる名前が並んでいました。
その一人一人の功績だけでも輝かしいのに、お互いに交流が深かったとのことに驚きました。
最初に寺田の随筆を読んだ時、私は30代半ばくらいでした。
人生の機微も味わっていなかったせいか、読み方も浅く、『ほのぼのとした随筆だなぁ』くらいにしか思いませんでした。
娘さん二人と共に蓑虫の観察をする寺田の描写に、幸せでのんびりした世界を感じていました。
本当にのんびりしていたのだろうか…
五十路を目前に控えた現在は、以前とは読み方が異なります。
寺田が生まれたのは1878年(明治11年)。
幕末から明治初期は、激しいインフレが起こっていたそうです。
物価の上昇が市民の暮らしを直撃。
江戸時代から明治時代に改まり、国の制度も、お金の単位も何もかもが変わってしまうという未曾有の大混乱を当時の人々は経験します。
今の私には想像もつかないストレスです。
そんな世の中で、前述の偉人たちは幼くから才能を発揮し、周囲の期待を受け、国外に出て多くを学び、帰国後は精力的に活動します。
だけれども、各々がとても短命でありました。
医療が未発達であったとか、水道水の質があまり良くなかったとか、色々な原因があるのでしょう。それ以外にも様々な負担が、心にも体にも掛かっていたのだろうと思います。
それでも何とかしてキラリと光るものを遺したかった。命を賭しても残したかった。
実際に100年前に生きていた人々。
前の時代の人たちが大切にしてきた志などを、感傷に浸りすぎず、今の自分ならば理解を深めることができるような気がしています。
●帛紗のなぞ
帛紗の角と角は合わない。
なぜなら正方形ではないから。
茶道を始めた頃は、これがとても不思議でした。
『ちゃんと正方形に作ればいいのに』
そのように安直に思ったりしました。
その後はお点前を覚えるのに必死で、角が合わないことに慣れてしまい、不思議に思ったこと自体を忘れてしまいました。
しかし最近になって、この形が人生の不思議と重なり、実感を伴いながら私の心に迫ってきました。
ああこれで良いんだなと思うようになりました。
なぜ正方形ではないかの理由については、複数の方がインターネット上にアップされていらっしゃいますのでお任せするとして…
私なりの帛紗への気持ちの変化をお話ししたいと思います。
茶道を始めたころ…
こんなに色々な作法にうるさいのに、なぜに手元の帛紗だけ歪んでいるのかと、嫌でした。
子供の頃から小さなズレが嫌でした。
折り紙の角は必ず合わせるタイプでした。
私だけでなく、日本人はそのような体質が多いように思います。
きっちり折るからこそ折り紙という遊びが成り立ちます。正確に折ることが折り紙の醍醐味。
そのようなキッチリ体質の日本の人々が、なぜ手に持つ帛紗を正方形にしなかったのか。
炉を見れば正方形。
畳も半畳は正方形。
釜は上から見れば正円。
五徳は正三角形。
五角盆は正五角形。
『正』が好きな日本人。
だけれども、手元には少し歪んだ四角形の帛紗。
人間関係…なのかな?と思います。
自分と他者との意識をピタリと合わせることは難しい。
同じ方向を見ているようでも、同じ夢を追っているようでも、ズレは生じるのだ。
ズレは存在する。
どんな人間関係でも。
若い頃の『ちゃんと作れば良いのに』という感覚は、ピタリと合っていることが『正しい』という思い込みでした。
ピタリと合うことを前提としていた。
だから『ちゃんと』という前置きが付いた。
その前提は本当は違うのではないか?
合わないのが本来の姿なのかも。
良いんだ。多少合わなくても。
大体合っていて、綺麗に折り畳んで、お道具を清めるという目的が達成できたなら。
少しのズレは包み込んで『捌く』という美しい作法に変える。美味しいお茶でお客様におもてなしが出来たなら、それが一番なのだ。
ズレに驚いたり、戸惑ったりしないで。
存在するものだと思って。
所作を綺麗に整えて歪みを超える。
そのためにお稽古する。
出来る限りできたならそれで良い。
許容する心を育てる。
●あゝ更年期
『ああ、目がしょぼしょぼする』
それ更年期
『肩がガチガチ。首も回らない』
それ更年期
『顔がムクむ』
それ更年期
『化粧ノリが悪い』
それ更年期
『寒いのに顔だけ火照る』
それ更年期
『喉がやたらと渇く』
それ更年期
『え?太った?そんなに食べたかなぁ…』
それ更年期
『でも体重は増えてない』
それ更年期。体質が変わったの。
『トイレが近い。夜中も何度も目が覚める』
それ更年期
『寝つきが悪い』
それ更年期。メラトニン(眠気ホルモン)が減ったの。
『夕方になると心細くなる』
それ更年期。セロトニン(幸せホルモン)も減ったの。
『もう!さっきから。更年期、更年期って!』
だからそれも更年期!
更年期になるとイライラするの!
これが噂のアレですか。
40代に入ってからなんとな〜く足音が聞こえてきてはいたのです。
そして段々と近くなってきたなぁとも感じていました…。
気がついたら目の前に居てビックリ。
『一々ビックリしないこと😌』
と、宗嘉先生より日々嗜められています。
『しばらく我慢せよ。更年期を過ぎたら嘘のように不調が消えるから、一々驚かずに気持ちをゆったりと持って過ごすように😌』
とも言われています。
●ゆったりしつつ、きちんと整えよ。
数々の不調は、身体からの貴重なメッセージなのかも知れない。私自身もそう思います。
今までは多少の不摂生をしても、身体が調整してくれました。
食べても、飲んでも、夜中まで起きていても、
それほどの不調は感じずに過ごすことが出来ました。身体の持つ力に甘えていました。
それが、ある時突然、女性ホルモン(エストロゲン)が暇を請うてきたのです。
『ほな、私はこれで…』
えぇ〜、困るよ。そんな急に💦
『そういう契約ですから。もう出ぇへんのですわ。ほな…。』
あららぁ…。
身体は大混乱!
各所から脳にクレームが上がります。
『ちょっと困るよ。これじゃ仕事にならないよ』
『現場は常に動いてるんだからさぁ』
脳も大迷惑。
『ただいま問い合わせておりますので…』
『担当者が不在のため、私どもには何とも…』
しかし担当者はもう帰って来ないのです。
いくら待っても帰ってこないのです。
その現実を受け入れなければなりません。
そこで私の出番。
つまり身体の持ち主。
身体の中の一つ一つの細胞から見れば、『私』という意思の塊は天の声と言えるかも知れません。
みなさん、よく聞いて。
エストロゲンさんはもう帰って来ないのです。
(えぇ〜‼️文句の嵐😧😩😰)
どうやら私という個人が生まれた時から、そのような契約だったようです。
勉強不足でした。
ここは気持ちを一つにしましょう。
どのように過ごせば、日々を楽しく、快適な営みを続けられるか、生活を一つ一つ見直していきましょう。私が私であるために必要なことです。
・食事の摂り方は適切か?
・カフェインを摂り過ぎてはいないか?
・寝る前にスマホやパソコン画面を見てはいないか?
・ストレスを溜めてはいないか?
特にストレスは曲者です。
意にそぐわない局面も、その現実をできるだけ受け入れていきましょう。
みなさん、ご存知ですか?
遺伝子情報の解析が研究者によって2000年から進められていますが、20年余り経って分かったことは…
『分かったことは?』
遺伝情報の8割はガラクタだったと言うのです。
『ガラクタ?無くても良いってこと?』
そう。そして大事なことは、その割合が生命を維持するのに最も効率的だったということです。
『8割のガラクタが?』
そう。私たちは長い長い歴史を経て、この身体に辿り着きました。8割のガラクタが、今後の快適な生活のカギ🔑と言えます。
自分の体の細胞でさえ、8割が不必要なのです。
不必要であることが必要なのです。
つまり現実社会でも『ちょっと嫌だな』と思うことが8割あってもそれ自体に存在意義があります。残り2割の幸せを感じられたら、結果オーライなのです。
8割の不調を水に流し、2割の幸せに注目して生きていきましょう。
身体はなんてドラマチックなのだろう
と妄想しています。
そして身体はとても誠実です。
努力をすると応えてくれます。
食事や飲み物の摂り方や、生活の在り方を見直すと、少しずつ不調が改善されていきました。
そしてもう一つ。
ありがたいことは、宗嘉先生の専門家視点のアドバイスです。
……………………………………….
永遠に続くわけではないから。
もうしばらくの辛抱だから。
まずは生活を見直してみて。
変わってくるはずだよ。
………………………………………
茶道家であり、整体院の元院長。
東洋医学に造詣が深く、風水師の顔も持ちます。
そんな宗嘉先生は懐石料理の研究家でもあります。
美味しくて、身体に良くて、心も満たす。
そんなお料理の数々を生み出しています。
ミドルエイジの私たちは少しの量の美味しい物を求めています。身体も、心も求めています。
細胞の一つ一つから、自分で自分を育てていきましょう。
親が育ててくれた、仮の自分ではなく。
社会を知った今だからできる、自分育てです。
無知では更年期は乗り越えられません。
和の文化が素晴らしいのは、心の在り方、整え方を文化を通じて学べるためです。
よし庵では様々な和の文化を楽しめる講座をご用意しております。
そして心通う友も出来ます。
大人になってからの友はとても大切です。
心の支えとなるでしょう。
家庭の顔でもなく、職場の顔でもなく、もう一つの自分のステージを作りましょう。
自分らしい自分を育むために。