講師(宗夜)ブログ
●日本が誇る物流の力。支えているのは心遣い。
仕事柄、お着物を送ってもらったり自分から送ったりと、何かと運送会社のお世話になります。
そこで度々目にするのがこのような文言です。
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いつも丁寧な配送ありがとうございます。
こちらは着物です。
お客様が楽しみにされております。
お手数ですが、重ねたり、下積みにしたりされないようどうぞお願いいたします。
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そして綺麗に丁寧に梱包されて発送されています。運送会社の方も丁寧に扱ってくださって私の手元に届きます。
運送会社ですから、お金が介在し『確実に届ける』という契約が暗黙のうちに遂行されています。本来はこのような文言は不要なはずです。
本来は不要だけれども、その気遣いに人は心が動きます。
『丁寧に届けたい』という自発的な意識に変わります。気遣いの文言を添えるだけで。
『仕事なんだからちゃんとやってよ。
そういう契約なんだから。』
などと心無い言葉を掛けられたら、きっとこんな風に丁寧に届けてくれないだろうと思います。
分かっていても出来ないのが人間。
気持ちが揺らぐのが人間。
日本人はこの揺らぎを捉えるのが本当に上手だと思うのです。
揺らぎ。
目には見えないけど全てのものが揺らいでいる。
光も、音も、時間も、空間も。
揺らいでいていい。
そして揺らぐことを前提として進む日本の文化。
季節の移り変わり。
🌸春だねぇ。ポカポカだねぇ。
🏖うわー、今日も暑い暑い🥵
🍂ようやく過ごしやすくなったね。月が綺麗だ。
☃️おお寒い。今日はお鍋にしよう。
国土には多数の断層があるため、地も揺れます。
今回の揺れは激しかった。怖かったね。
水の揺らぎ、波にも敏感です。
海に囲まれている日本。
潮の流れが速いので、国土には岬や崎、半東も多く存在します。地域レベルでぐるりと海に囲まれているのです。
波や潮の流れによって、もたらされる恵み。
お互いに協力することで越えられる試練。
そのせいか様々な感謝の言葉が存在します。
おかげさまで…
痛み入ります。
いつもありがとう。
お手数お掛けします。
どうぞよろしくお願いいたします。
『ちゃんとやってよ』
より遥かに優しく柔らかい。
そして、コストが掛からない。
時間も、労力も、費用も、掛からない。
心の揺らぎを上手く活用して、自らに有利なように言葉と行動を選ぶ。
これが本当のSDGsかも知れない。
心遣いの文言からそんな風に想像しました。
●一座建立:いちざこんりゅう
一座建立(いちざこんりゅう)という禅語があります。茶の席は、亭主と客が共に作り上げるものであるという意味です。
先週の対面のお稽古で、木曜日に『茶通箱』を土曜日に『続き薄茶』を生徒さま達がなさいました。
亭主とお客様の問答が見せ場のお稽古です。
お客様役の生徒さまも、その複雑な問答を楽しんでおられました。
『茶通箱』
恐れ入ります。いま一種のお茶を頂きとう存じます。
『続き薄茶』
甚だ勝手を申しますが、続いてお薄を頂きとう存じます。
その後も、次客の一口で拝見の所望をしたりと忙しく気が抜けません。
お茶とお菓子を頂くだけではない、お客様ならではのお役目。生徒さまの茶道に対するご興味がいつもよりも更に湧いたお席となりました。
それぞれのお席には、上級者以上の生徒さまが複数ご参加でした。
今までもお稽古でご指導させていただいておりましたが、上級者になられ、様々なお席をご経験されたからこその発見があったようです。
『え?ここでそれ言うんだ』
『ああ、ここで拝見…』
『で、出会いで返すと…』
『いや返さない』
『返さない?へぇー(°_°)!』
いつもと違うやり取りに気付く。
それは今までの蓄積があるから。
『えー、不思議。なんか不思議。』
『そうだね、不思議だね』
『ねー!』
『ねー!』
その不思議を同じ気持ちで共有できる仲間。
ここまで続けて初めて楽しめる茶道の面白さ。
先日は久々に復帰された生徒さまを迎えてた日でもありました。
『お帰りなさい。良かった。帰ってきてくれて』
『良かった。帰ってこれて』
茶の湯
ひとりでは歩けない道。
時々停まっても、止めないで。
楽しいと思える日が来るから。
●ジェネレーションギャップ その2
通訳ガイド時代に、よそのお母さんから
『お子さんの英語の勉強を見れていいですね』
を言われたことがあります。
私は子どもの英語の勉強は一度も見たことがなく、そう伝えると驚かれました。
親が勉強を見ても良いことは一つもないと思っていました。殊に英語は。
これは自論です。
もちろん例外もあるでしょう。
ただ私の性格においては、これで良かったように思います。
英語は論理的な言語です。論理的思考能力が身についていない年齢では理解が難しいのです。
早くから勉強するとむしろ英語嫌いにさせてしまうかもしれないと思いました。
それが怖かったので勉強は見ませんでした。
英語の歌だけは幼い頃から一緒に歌っていました。リズムに乗って何となく。
文法や語句などの説明は一切しませんでした。
子どもに対して中学校時代も高校時代も『勉強しなさい』と口に出したことは一度もありません。
勉強しなくても良いやと思っていました。
何時間ゲームをしていても気になりませんでした。
私は勉強が好きだから勉強してました。
それぞれ好きなことをしていればいいと思っていました。
それでも語学に対する興味はあったようで、洋楽やラジオをよく聞いていました。
ある時、テレビで海外のニュースを英語で見ていて、話者のスピードで英文を理解しているのを知り驚きました。私は全然聞き取れなかったのに。
『何となく分かるんだよね。ゲームも全部英語だし。』
英語は彼にとっては手段であって勉強ではありませんでした。
後で知ったことですが、ゲームの多くを海外からダウンロードしていました。
日本版はやり尽くしたとのこと。
翻訳を待っていられないから自分で全て調べて英語版のまま楽しんでいました。
海外の人とオンラインでチームを組むことも多いそうで、何となく英語を喋っているとのこと。
何となく喋れちゃうのか…
文法書を片手に机の上で長時間勉強していた自分とは全然違います。
やっぱり私は関わらなくて良かったと思いました。
通訳ガイドの最中にも、ジェネレーションギャップを感じました。
香港から来ていた16歳の女の子は、ところどころで流暢な日本語を話しました。
『どこで日本語を勉強したの?』
『え?ナルトだよ。』
ナルト?漫画の?
漫画かぁ…。それでここまで喋れちゃうんだ。
インドから来ていた建築学部の学生は、敬語まで完璧に理解して話しました。
『今日のガイド面白かったです。初めて聞いた話もたくさんあって。ありがとうございました。』
ガイド中は英語でしたが、帰りの電車で偶然会った時には日本語でそう言ってくれました。
『日本語がお上手ですね。何年住んでいらっしゃるの?』
『え?1ヶ月ですけど。もう帰りますし。』
いっ…、かげつ…
聞けばYouTubeで勉強してきたとのこと。
そうかぁ…。
子どもが高校卒業を控えた時、AO入試で得た進路先から英語の宿題が送付されました。
子どもは英検で準2級を合格していたので、それなりに文法も分かっているんだろうとタカをくくっていました。
『ちょっと宿題に自信がないから見てくれる?』
と言われて『あいよ』と軽く返事をした後に驚愕しました。
He is dasunot drive the car.
↑
(dose notと思われる)
こ、これは… (@_@)
『あ、あのさ…。be動詞と一般動詞は一緒には使えないん…だよね…。(スペル違うし)』
『え?あ、そうなんだ。』
うわぁー、ごめん。
たまには勉強見てあげれば良かったの、かも。
でもどうやって準2級受かったの?
『勘っす』
勘っすか…。
しかし案外それで良いのかもしれないね。
テストって何だったのかな…。
ジェネレーションギャップにも色々あるけど、新しい世代に一本取られた嬉しいギャップでした。
●『教える』仕事 その3
ピアノは20代半ばの結婚直前まで続けました。
まさかこんなに長く続けるとは子どもの頃には想像も出来ませんでした。
小学生低学年の頃に『やめる、やめる』と大泣きしていたのに。
大人になると音楽は、無くてはならない存在になっていました。
仕事の厳しさとか、恋愛とか、少しずつ人生が分かってくると曲の素晴らしさも分かってきました。
作曲家がどんな気持ちで曲を作ったか。
どんな社会情勢だったか。
ピアニストはどういう風に弾いてるか。
作曲家はどんな風に弾いてもらいたかったか。
子どもの頃、母親に泣いて訴えました。
『なんでこんなに叱られて辛い思いをしてまで続けなきゃならないんだ。ピアニストになるわけでもないのに。』
すると母は言いました。
『趣味だからと言って、いい加減にして良いわけがない。一つのことさえ続けられない人にいったい何が出来る。』
大人になって、まったくその通りだと思いました。社会人になってから友達に言われたことがありました。
『いいなぁ、ピアノが弾けて。私も子供の頃習っていたんだけど、母に辞めたいと言ったら、いいわよって言われてすぐにやめちゃったんだよね。あの時もう少し母が粘ってくれたら…と今では思うよ』
子どもの頃、母は実家に帰るたびに祖母や叔母から『子育てが厳しすぎる』と言われていました。
『ピアニストになるわけでもないのに…』という表現はその時の受け売りでした。
だけど母には視えていたのだと思います。
人生が思いのほか短いということを。
子供の頃の柔らかい筋肉は、大人になってからでは取り戻せない。
確かにピアニストにはなれない。
だけど、ピアニストがどれだけ凄いかが肌で分かる。
社会人になってしばらく経った頃、ピアノの先生に『ご飯を食べに行こう』と誘われました。
成人した生徒と食事をすることが先生の夢だったそうです。
その会には懐かしい顔ぶれが10数人。
あー、どうもどうも…
あー、どうもどうも…
ピアノは個人レッスンなので、他の生徒さんと顔を合わせるのは年に一度の発表会のみでした。
それでも子ども同士はすぐに仲良くなってコンサートホールで追っかけっこしてました。
いやぁ、先生、怖かったですよー、昔。
ほんと、怖かった。
よく泣いたもんねー。
『そうね。泣かせたね。』
私が一番下手だと言われたよ。
それ私だよ。
私も、私も。
え?何だ、みんな言われてるじゃん。
いや、そんなことない。
私が一番下手だったと思う。
2時間練習しろと言われて、終わったら先生に電話で報告したもん。
それ私もしたよ。
私も、私も。
えー、本当に?
『みんな同じよ。みんな練習しなかった。』
私、一回楽譜投げられたことある。
こんなの見れるかって。(←工藤)
(しーん…)
いや…、それは…無いかな。
なんだ、これは私だけか。
言わなきゃよかったよ。
(爆笑😂😂😂)
数時間、食べて、飲んで。
みんな忙しくて開催は一回きりでしたが、温かい時間でした。
ピアノは難しかった。
一生懸命に練習しても難しかった。
ハノンで指練習して、ツェルニーで練習曲やって、ブルグミュラーやソナチネやソナタでようやく曲らしいものを弾く。
怒られながら、怒られながらの子ども時代。
基礎に10年。
表現力にまた10年。
ある時、クラッシックの番組でピアニストが言っていました。
『曲の素晴らしさが分かってから練習するのでは遅すぎるんです。理解できない頃から練習することが大事なんです。』
と、なると大切なのは教育。
子どもには先は視えないから。
本当の力を身につけるのに、どれだけの労力と時間が必要か。それが分かると粘り強くなる。
粘り強くなると素直になる。
プロになるかどうかは問題ではない。
誰より上手とか下手とかも関係ない。
大切なのは、素直さ。
素直になると綺麗になる。
だから人は趣味を持つ。
その道の達人から素直さを継ぐ。
●『教える』仕事 その2
教える仕事に興味を持った高校時代。
思い浮かぶのは学校の先生だったので、その後の大学で英語教諭の資格を取りました。
中学と高校の英語教諭の資格でした。
どちらにも教育実習に行きました。
精一杯頑張りました。
でも…。英語の勉強は好きなのだけれども、英語圏で生活をしたこともないし、教えるのはちょっと難しいかなぁと思いました。
その後、教える仕事に出会ったのは、母親になってからでした。
『ウクレレ講師』でした。
子どもを生んだ後に、ウクレレに出会いました。
4歳の頃からずっとピアノに触れていた私ですが、出産後はピアノを断念していました。
本当は続けたかったのですが、赤ちゃんはピアノの大きな音を怖がります。
何とかして音楽と繋がりたい。
その時見つけたのがウクレレでした。
ウクレレは小さな楽器ですし、優しい音なので赤ちゃんも喜びました。
ハワイ語の唄もあれば、英語の唄もたくさんあって、歌えることも喜びでした。
地元の社会人サークルに入って、公民館などのお祭りでウクレレを弾いたりしていました。
すると、幼稚園のママ友から教えて欲しいという声が掛かりました。
私も、私も、と声が掛かり4人集まりました。
自分を入れれば5人です。
『ちょっとこれ、プリプリみたいじゃない?』
プリプリ:プリンセスプリンセス
90年代のガールズバンドの代名詞です。
ユニット組もう!
と盛り上がり、お揃いの衣装を自分たちで作って、日本最大のウクレレイベントにも何度か出場しました。
人を教えるには責任が伴いますので、自分もプロのウクレレ教室に教わりに行きました。
すると、その教室経由で公民館から夏休みの間だけ子供達向けにウクレレ教室を開いてほしいと声が掛かりました。
一度引き受けたところご好評いただき、次年も声が掛かりました。
そのうちにお教室からレギュラーで子どもクラスの講師にならないかというお声をいただきました。ありがたいことでした。
ですが、ちょうどその頃から子どもが塾に通い出しました。色々とサポートが必要な時期で、自分の活動は自粛しようと思っていました。
そしてウクレレ関係の全ての活動を一旦棚上げしました。
ウクレレ、楽しかったです。
優しい音と独特のリズム。
テキストも色々工夫して、大きな模造紙にわかりやすく書いたりして、どう教えたらいいかを考えることが楽しかったです。
今から思うと第二の青春時代のようでした。
だけれども、突き詰めれば突き詰めるほど、ウクレレの音が私には借り物のような気がしました。
どうしても自分のものにならない感じ。
好きなんだけど、最後まで到達できない感じ。
好きなんだけど、好きなんだけど…
苦しい。
あれ?これって本当に好きなの?
そうかぁ。
私の場合、人を教えるに当たっては、その内容がとことん好きじゃないと苦しくなってしまうのか…。
とことん好きなこと。
なんだろう。
私は日本文化が好き。
日本の歴史が好き。
この複雑な国の成り立ち。
捉えどころのない日本人の気質。
どうしてこういう気質になったのだろう。
地形とか、地質とか、歴史とか、きっと影響し合っているはずだ。
自分も日本人なのに、日本人のことちっとも分からない。
不思議だ。どうにも面白い。
もっと知りたい。
ちょうど同時期に着付けと茶道を習い始めていました。
私、もしかしてこっちなのかな?
色々寄り道してみて見えてきた、本当に自分が好きなことでした。