講師(宗夜)ブログ

2022-10-24 17:56:00

所作(54)●よける技術

生涯を全うする上で、ぜひ身につけたいと思っているのが『よける技術』です。

世の中には色々な人がいて、色々な念が飛び交っているのを私も感じるようになりました。

身体の声を聞き、心の声を聞き、自分の脳波を整えることが大切と思えるようになりました。

 

『嫌だなぁ』と一瞬思ったら、すぐよける。

ラジオのチューナーを回すイメージで相手の脳波をよける。

避けきれなくて念を受けたとしても、ダメージを被ったのはさっきの自分であって、今の自分ではない。

残像が空気に残っているかもしれないけど、それは今の自分ではない。

あ、痛そう。でもそれ、私じゃないから。

昔の映画『マトリックス』のイメージです。

大事なのは不快感を持たないこと。

よける。よける。よけることだけに意識を集中させる。出来ればよけることに楽しみを持つ。

『不快感を持たないこと』

これは宿坊体験でのご住職から伺った言葉でした。

 

10年近く前、関西のあるお寺を訪ね、3日間の宿坊体験をしました。

作務衣を着て、掃除をしたり、写経をしたり、座禅を組んだり、護摩焚きに参列したりしました。

昼間は観光客もいてお寺は賑やかです。

でも夜は私たちしか居ないのでしんと静まり返っていました。

夜8時に座禅を組むという修行をしました。

黄金色に輝く仏像と対峙して座禅を組みます。

半眼にして、やや前のめりの姿勢を保ち、静かに呼吸します。ご住職が私たちの周りを警策(きょうさくorけいさく)を持って練り歩きます。

背中を打たれたい人は、ご住職が近くにいらした時に合掌したままお辞儀し、前のめりの姿勢を更に強めます。

すると肩に警策を少し当てたあと、背中の真ん中辺りを狙うようにしてパンっパンっと打ってくださいました。

痛いと言えば痛いけれども、すごくスッキリしました。座禅中、何度かお願いして叩いていただきました。

 

その座禅中に不思議な体験をしました。

半眼の座禅中に夢うつつな私の周りを、小さな子どもが走り回る感じがしました。

修行者の間をくるくると走り回り、『終わったよ、終わったよ』と呟いていました。

(え?終わったの?)

と思って目を開くと、まだ座禅の時間は続いていました。

(なんだ、まだ終わってないじゃん)

と思って座禅を続けました。

その話を一緒に連れて行った子どもにすると、子どもも、『僕もその声聞いた』と言っていました。

森の精か何かが、自分たちに興味を持ってくれたのかなぁと思いました。

 

宿坊体験の最終日。

ご住職が最後の説法を聞かせてくださいました。

………………………………………………………

不快感を持たないことを皆さまにぜひお願いしたい。難しいかもしれないけれども、ぜひお願いしたい。そして未来の楽しいことだけを心に浮かべてほしい。

未来の希望は、叶えてから幸せになるんじゃないんですね。希望を持ったこの瞬間から、もう既に幸せになってしまうんですね。

そうじゃないと、不思議なことに夢を叶えても幸せになれないんですね。

……………………………………………………..

 

先に幸せになる。

幸せになる準備をして、先に幸福感を得る。

不快感を上手にすり抜けて、自分の意識を高い次元に合わせてチューニングする。

とても大事な技術です。

簡単ではないですが鍛錬していきたいと思っています。

2022-10-24 15:54:00

所作(53)●集中している姿を見るのが好き

子どもの頃から集中している人の姿を見るのが好きでした。

 

人は集中すると静かになります。

そして呼吸が整って深くなります。

鼻呼吸になるようです。

そういう人のそばにいるのが好きでした。

 

幼い頃、母がよく手作りのお人形を作ってくれました。着られなくなった子供服のあまり布などで、実に上手に作ってくれました。

手元を動かしている最中の母はとても静かで、呼吸が整っていました。

お料理をしている姿を見るのも好きでした。

みるみる間に食材が料理に変わっていくその様子はマジックのようで、母は天才だと思いました。

次に何を必要とするか分かるようになって食器を揃えたり、道具を出したりするようになると、

『よく気が利く』と褒められ益々張り切りました。

 

私自身は子どもの頃、絵を描くのがとても好きで、紙と書くものさえあれば何時間でも楽しめました。泥んこ遊びも大好きで、よく庭を穴だらけにしました。

 

4歳の時、近所の子の家で泥んこ遊びをしたら、すごい剣幕で怒られました。

『え?こんなことで怒られるんだ…』

その子が非常に気の毒になりました。

そして自分が恵まれていることを知りました。

泥んこ遊びをしていても、お絵描きをしていても、私が集中している時には邪魔をせずに、ずっと集中させ続けてくれました。

 

子ども時代に楽しみながら集中している時の脳の活動が、その後の人生に大きく影響するのではないかと思っています。

これこそ生きる喜びの原型ではないかと思うのです。

 

自分の子を見ていてもそう思いました。

子どもは遊び食べをします。

掃除が大変で閉口しましたが、これは好きなだけさせてあげた方が良いと言われました。

そこでビニールプールを用意して、その中で好きなだけ遊び食べをしてもらいました。

 

子どもの遊び食べでは、べちゃべちゃと食べ物を下に落とします。

どうやら落ちる様子を観察しているようでした。

ベチャッという音。

その広がり方。

柔らかい時と硬い時の食材の差。

手で潰した時の肌に伝わる感触。

種の様子。

 

こういった観察は小学生になっても続きました。

海に遊びに行ったある日、夕方に砂浜でブルドーザーが砂を掻き集めていました。

海の侵食を止める作業でした。

 

ガガガガガッ

とっぷん

ザザーッ

ポロポロポロ…

 

ガガガガガッ

とっぷん

ザザーッ

ポロポロポロ…

 

何が面白いのか子どもがその様子を見て動かなくなりました。

『そろそろ行かない?』

声を掛けても

『うん、もう少し』

と言って動きません。

 

いつも思います。

こういう時の人間の脳の中はいったいどのような光景なのでしょうか。

私は勝手に想像しています。

楽しみながら集中している人間の脳内は、とても美しいのではないかと。

情報の伝達を活発に行っている時の神経細胞は光を発するそうです。

そうなると集中している時の脳内は、まさに夜の星空のように美しいのではないかと思っています。

 

茶道をしていても、生徒さまの脳の中で、美しい星空が広がっている様子を感じます。

キラリキラリと瞬く星。

残像を帯びて流れ星のようです。

私たちが星空を見ていて美しいと思うのは、私たちの脳内に同じ光景を持っているからではないでしょうか。

自分の脳内は見られないけれど、内在する世界を星空に投影して、美しいような懐かしいような思いを抱くのではないだろうかと思っています。

2022-10-23 14:37:00

所作(52)●うさぎの悩み、うさぎの強み

誰よりも早くゴールに到達してしまう、うさぎ。

 

すごいねぇ何でもできちゃって。

悩みなんてないでしょう。

 

そんなことはありません。

我が身とカメを比べます。

みんなの声援を一身に受けながら、ひた向きに歩を進めるカメ。

いいなぁ〜。楽しそうだなぁ。

カメは計算してません。素です。

そこがまた良い。

遅いのに、何だか楽しそう。

自分はそうなれない。

 

うさぎにはいつも見えてしまうんです。

最短距離が。

どう努力をすれば目的地にいち早く到達するのか見えてしまう。見えたからには努力する。

努力は怠らない。決して。

そういう性格です。

そして努力が実って、一番でゴールに到達した。

やったー!すごく嬉しい。

でも、あれ?…虚しい。

 

何人かは褒めてくれます。

でも虚しい。

そうか、自分は誰かの賞賛が欲しいわけでもないのか…。

努力している最中は楽しかった。

でも一人だけど。

一人だけど、一歩一歩自分の成長を感じられて楽しかった。

でも一人だけど。

いつも一人。

何とか誰かと仲間になりたくて、

場の空気を読もうとして、

溶け込もうとして、

でも溶け込めなくて、

浮いて、

ひとり。

 

虚しいから次から次へと趣味を広げて、またそこでも一生懸命努力して、何となくモノにして、

でも気がついたら…

あれ?ひとり。

 

そう、この可哀想なうさぎは私です。

私、でした。

宗嘉先生に出会うまでは。

 

………………………………………………….

うさぎタイプの人は、横並びの人間関係は作れないんだよね。

つい周りの人を指導したくなってしまう。

色々見えすぎてしまうから。

またそれが的を射ているから余計に癪に障る。

『何を偉そうに…』とうんざりされる。

 

そういう人はね、思い切って偉くなるしかないんだよ。努力に努力を重ねて、うんとうんと偉くなるんだ。指導者の立場になるしかないんだ。

良いじゃないか。

それはそれで素敵な人間関係だよ。

……………………………………………………

 

ああ、良かった。

これでも良いんだ。

子どもの頃から『私は変なんじゃないか』とずっと思ってきた。

『友だち100人できるかな♪』という唄が子どもの頃からプレッシャーでつらかった。

 

悩みは見方を変えると、強みになる。

大きな翼を得たような気持ちでした。

『翔べるよ。翔んでごらん。』

本当だ。

私も翔べました。

2022-10-22 20:39:00

所作(51)●不器用は損ではない。味である。

不器用であること、時間が掛かることは、一般的には評価が低いかもしれません。

大きな組織の中では非効率なことは評価されにくいからです。

 

ですが人生というレースはとてもとても長いもの。前述のウサギとカメのように一瞬で決まるものではありません。人生はその後も続くため、決定的な勝者や敗者となるわけではありません。

 

不器用であることは損ではない。

その人ならではの味である。

そう思ったのは、昔ばなしの語りを勉強している頃でした。

 

昔ばなしの語りをするには、丸覚えすることが大前提となります。

私たちは『おはなしのろうそく』という本を語っていました。一字一句間違えないことを推奨されていましたので、各々できる限りの努力をしていました。

 

ボランティア団体にはお年を召した女性もおられました。たっぷりとした体格の初老の女性でした。

……………………………………………………….

わたし…

若い頃と違って、なかなか覚えられないのよ。

でもねぇ、それで良いみたいね。

……………………………………………………….

 

首を傾げながらゆったりとそう語りました。

そうですよ。それで良いですよ。

 

その方の隣に座ると何とも言えない安心感を得ました。ちょっと口うるさいところもあったけれど、まぁそれも良し。

 

自分とは違う世代の方と関わることも大切だなぁと思いました。

子育て世代はとにかく毎日忙しい。

目まぐるしい日々を子どもと一緒に過ごしていて、立ち止まれない。

そんな中での上の世代の方との交流は、心を安らかにしてくれる貴重な時間でした。

 

私は語りの勉強を家事のスキマ時間にしました。子どもの塾の送迎などの合間に、家事をしながらブツブツと唱えて覚えました。

お風呂洗いとか、食器洗いとか、食事作りとか。

『ああ、もうこんな時間。行かなきゃ。』

そうやって毎日、一段落ずつ覚えていきました。

若さのせいか自分の方が覚えるスピードは確かに速い。間違いも少ない。

 

でも…

味がない。私には味がない。

あのゆったりとした独特の雰囲気は、私にはとても出せない。

 

『わたし…、なかなか覚えられないのよ…』

 

ゆったりとした口調で、少し困り気味に云う。

この可愛らしさ。

 

いいなぁ〜

 

ゆったりと語るその様子。

その女性が教室の真ん中に座っただけで放たれるオーラ。子どもは敏感なのですぐに静かになって耳を澄ます。

 

この前ねぇ、海に行ったらね、赤とんぼが飛んでたのよ。ああもうこんな季節かと思ってね。

いぃ〜っぱい飛んでた。みんなも見た?

 

自然な会話。優しさにわざとらしさがない。

すぐに子どもと仲良くなる。

1年生でも6年生でも変わりなく。

 

昔ばなしは良いわねぇ。

覚えるのは大変なんだけどねぇ。

私は時間は掛かるんだけど、時間を掛けている間に、色々なものが見えてくるのよね…。

例えばここのところとかさぁ…

 

お年を召した方ならではのこだわり。

これが人間の味わいかもしれない。

私は気付きもしなかった。

立ち止まったり…、寄り道したり…、

それが大人女性を可愛らしくするのかもしれない。

そんな風に思えた出会いでした。

2022-10-22 16:58:00

所作(50)●イソップ物語『ウサギとカメ』に見るマウント取り合戦

マウント取り、最近よく耳にする言葉です。

『マウント取り』という絶妙な表現を得てSNSで色々な例がアップされています。

日々様々なストレスを感じながら人間は生きているのだなぁ…と改めて感じました。

いばりん坊とは関わりたくないけれど、関わらないわけにはいかないから、大変ですよね…。

また、明快な解決策があるわけではないのも悩ましいところです。

 

今回はイソップ物語のウサギとカメを題材にして日常のマウント取りを私なりに考察してみました。

『もしウサギが超真面目だったら…』という前提で読んでみます。

 

ところで…

なんでウサギは途中で寝たかなぁ。

寝るならベットで寝なさいと言ってやりたい。

自分からカメにレースを挑んでおきながら、非常に不真面目です。

これではいけない。

みんなから不評を買ったのは、速すぎるからではない、いばりん坊だからでもない。

自分から勝負を投げたからなのです。

いばりん坊だって結果を出せば周囲の反応は変わります。言うだけある、と。

 

しかし一方で、ウサギの気持ちも私には分かる。

実はウサギは寝てません。

フテ寝です。泣いていじけてました。

まずスタート時の状況を詳しく解説しましょう。

 

よーい、スタート!両者一斉に走り出します。

舞い上がる土埃。

ウサギの猛ダッシュです。

この日のために毎朝ダッシュの猛練習を続けてきました。土埃が早くも山まで伸びて行きます。

『おおー!!』

湧き上がる歓声。

しかしその後、歓声は戸惑いの声に変わります。

『…お?』

切れ切れに晴れつつある土埃から、カメの姿が現れたからです。

汗をかきつつ、懸命に歩を進めるカメ。

その真剣な眼差しに観衆は心を打たれました。

『がーんばれ!がーんばれ!』

どうやら観衆はカメの歩みに合わせてゴールまで応援を続ける様子です。

ウサギ、大ショック。

(ちょっと待ってよ。私だって頑張ってるんだけど…)

そりゃそうです。

この日にピークを合わせて努力してきました。

ショックを受けるのも無理はないでしょう。

で、フテ寝。

マウントを取ったつもりが、完全に取られてしまった。

(いいさ、いいさ。どうせ誰も見てくれないんだ。)

誰か一人でもウサギを応援してくれていたなら、こんなことにはならなかった。

あるいはメンターがいたなら。

あるいはウサギの波動が高ければ。

 

ウサギが観衆の応援を得るにはどのような行動が正しかったのでしょうか?

これは私の考えですが、

全力で一気にゴールまで駆け抜け、その後ゴールでカメの到着を待てば良かったのではないかと思います。何日でも待つ。

そしてゴールで抱き合うウサギとカメ。

翌日のニュースはこの話題で持ちきりです。

その姿を見てみな感動するのです。

『いいレースをありがとう!』と。

 

早くても、遅くても、どちらでもいい。

真面目な姿にひとは共感し、集まります。

真面目な人は心が澄んでいます。

マウントを取られて一時的に心が曇っても、時間が経つと汚れが自然に落ちていきます。

深呼吸して綺麗に澄んだ心をイメージしましょう。

一時的に心が乱れても大丈夫。

また元に戻るから。