講師(宗夜)ブログ
所作(43)●自分の顔に『ありがとう』で上がる自己免疫
20代の半ばあたり。
結婚直前から、子どもを出産するまでの数年間だけ、ジャズピアノを習っていました。
ほんの一時期ですが、クラシックピアノと並行してジャズピアノも習っていたのです。
同じピアノという楽器のはずなのに、この音の違いは一体なんだ❓不思議で堪らず、じゃあチャレンジしてみようと思って習いに行きました。
弾き方がクラシックと全然違う。
リズムの取り方も全然違う。
コードを覚えないといけないし、音と音の距離を度数で表現して、組み合わせ相性を予め予想してピアノを弾く。
こんなに複雑な過程を瞬時にやってるんだ!
驚きの連続でした。
指の筋肉もクラシックとは使う部位が異なるようで、私には非常に弾きづらく感じました。
結局モノにならず、数年間でやめてしまいましたが、とりあえずチャレンジしたという思い出にはなりました。
本題はここからで…
ジャズピアノの先生は美しい女性でした。
当時私は25歳。先生は42歳でした。
そのときの私からすると、驚異的に美しい42歳でした。
『40代でも綺麗でいられるんだ』
誠に失礼な感想でございますよ、本当に。
しかしそれが当時の自分の偽らざる気持ちでした。
20代半ばからは40代の女性はすご〜くお姉さんに思えたのです。
『先生、綺麗でいられる秘訣は何かあるんですか?』
『特にないわよ』
(綺麗な人ってみんなこう言う…)
と思っていたときに
『あるとすれば…』
と先生が続けた言葉がこれです↓
●毎朝、自分の顔に『ありがとう』と言うの。
自分の顔にありがとう?
(???)
『そうなんですか。ありがとうございました。』
自分から質問したくせに、先生の真意が掴めず、とりあえずのお礼。
失礼な20代でした。全く申し訳ないです。
今になってこの言葉を思い出します。
自分に対してのお礼。とても大事です。
今の私にはよく分かります。
自分の顔にも、体にも、心にも『ありがとう』
いま存在していることへの感謝。
これが自己免疫を上げるのだと思います。
コロナ関連の番組で、人間の自己免疫システムの強固さを知りました。安全装置が何重にも巡らされ、感心するほど良くできたシステムでした。
免疫細胞の一つが、自分の細胞壁を破壊し、ネバネバした粘液でウィルスを絡め獲るという手法もありました。
細胞が自分の命を犠牲にする。
誰のために?
母体である、人間のために。
なぜ?
好きだから。その人間が好きだから。
これは私の考えなのですが、細胞だって死ぬときは苦しいと思うのです。痛いと思うのです。
それを母体のために自らの命を投げうてるのは…
好きだからだと思います。
常日頃から『ありがとう』と自分に声を掛けている人は、免疫システムが働いて守ってくれているんじゃないでしょうか。
今年の夏あたりから、正座により太ももが痛くなりました。今までどんなに長い時間座っていても、このような症状はなかったのに。
49歳で初めて痛くなりました。
『そうかぁ…。今まで頑張ってくれていたんだね。気付かずごめんね。ストレッチしようね。』
心の中でそう声を掛けて、ストレッチをしましたら、翌日は痛みを感じませんでした。
それから毎日続けています。
この体はもしかしたら自分のものではないのかもしれない。体も、心も、顔も。
時々そう思います。
自分のものだと思っているとある時とんでもないしっぺ返しを受けてしまう。
本当は借り物なのかもしれません。神様からの。
借りたものは返す。なるべく良い状態で。
それが人としての礼儀です。
『ありがとうございました。
おかげで楽しゅうございました。』
と言ってお返しするその日まで、体と心と顔に毎日ありがとうと言いながら暮らしていく。
それだけでなんだか、楽しい。
なんだか、幸せ。