講師(宗夜)ブログ
所作(36)●女性のちから、小さくても地味でも、深い
会員の皆さまからご好評いただいているこのブログ。始めるきっかけをくださったのは、宗嘉先生の奥さまでした。
『うちの妻が、工藤さんには文才があると言っている。ブログを書くと良いよ。』
え?そうなのですか?
私に文才…。あるのかなぁ?
じゃあ、まぁ、とりあえず書いてみます。
と言って始めたのが約2ヶ月前。
『僕忙しいから、妻にメールしてねー』
あいあい…😟
人というものは面白いもので、期待されると応えたくなる。
文才かぁ…。嬉しいなぁ、あるのかな。
自信があるわけではないけれど、評価してくださるのならば書いてみよう。
ところで、(あるとして)この文章を書く力。
一体いつ身に付けたのだろう。
そう言えば通訳ガイド時代。
話題の切り口が独特で楽しいと評価されました。
『私、英語が下手で…』と言うと、
『でも聞きたいという気持ちにさせてくれるよ』とお客様からお声かけをいただきました。
ナイスフォロー!
さすが海外の方は社交術を心得ていらっしゃる。
じゃあもう少し遡ると…
絵本のボランティア時代。
お話の時間に入る前の、ちょっとした話をする時間。導入が上手いと評価されました。
物語への自然な運びだと。
また遡ると…
だいぶ遡りますが、大学受験時代。
小論文の授業で。
そう言えばいつも成績が良かった。
A+か、Aでした。
他であんまり良い成績を取ったことがなく、珍しかったので覚えています。
その前は…
ああ、小学生の時だ。
…母だ。
私の母は、いわゆる教育ママでした。
あー、嫌だったなぁー。
学校から帰ると計算ドリルとか、漢字ドリルとか出して待ち構えているんですよ。
子どもだって学校疲れるっつうの。
んなもんやる気しないっつうの。
と、反抗ばかりして全くしませんでしたねー。
その一環で『本を読みなさい』というミッションもありました。
『マンガなら読むよ』
『マンガ駄目!』
『なんでよー!』
もちろん隠れて読んでました。友達から借りて。
その頃、母はママさんコーラスに励んでいて、毎週公民館に通っていました。
公民館には小さな図書室があって、そこから毎週何冊も借りてくるのでした。
頼んでもないのに。勝手に。
『明日が返却日だから今日中に読みなさい。』
は?なんすか、ソレ?
ところが読んじゃうんだな、これが。
偉人の伝記とか、世界子ども文学とか。
母の選び方が上手なのでしょう。
また、子ども向けの本は、大事なところしか書かれていないので話の展開が早く読みやすいのですね。
子ども向けだから、妙に道徳的で少々うさん臭いけれども、それでも読んでしまう。
そしてこの頃の読書の経験が案外ばかにならない。脳が柔らかい時代なので、正確な文法と丁寧な言葉選びが身についてしまう。
またその頃、アトリエに絵を習いに行っていて、その場で必ず日記を書かされていました。
気付いたことを何でも書きなさいと言われ、毎回書いていました。
『えー、めんどくさい!』
みんなで訴えましたが、
『こういうのが大事なのよ』
と言って先生はびくともしません。
先生の本来の職業は、染色家でした。
名のある美大を出た先生で、美術界では有名な染色家だったようです。
ファッションにしろ髪型にしろ、いかにも芸術家という出立ちでした。
この先生にはよく可愛がってもらいました。
日記を書き終わるとみんなの前で発表して、みんなから拍手をもらい、先生からは論評
と赤ペン添削。その後におやつを貰いました。
自由なことをさせてもらえるアトリエで、絵を描いたり、工作したり、布を織ったり、
ああそう言えば楽しかったなぁ。家計が苦しかったはずなのに、母は長い間通わせてくれました。
ピアノにも通っていました。
まー、この先生が怖い先生で。
なぜ練習しない、と言ってチクチクチクチク問い詰める。鼻水垂らしながらよく泣いていました。
必ず暗譜をさせる先生で、何が何でも覚えさせていました。すべてを正確に。
指遣い、強弱、速度、すべての表現を正確に。
これが良かった。
この先生に5歳から18歳までずっとお世話になりました。脳の柔らかい時期に一曲全てを丸覚えさせるこの訓練が非常に良かった。
遊びたい盛りの子どもに暗譜をさせるのは、先生のご苦労も相当なものだったでしょう。
どんなに長い曲でも必ず丸覚えさせました。
大人になってこの熱意の素晴らしさに気付き、大学生の途中からバイトして自分でお月謝を出して再び通い続けました。
このような女性達のちから。
いつ芽が出るとも分からないのに本気で向き合い、本気で叱って可愛がる力。
反抗されても反抗されても、繰り返し繰り返し押し返して『いつか役に立つから』と言って長い時間と労力をかけて身につけさせる力。
すごいとしか言いようがない。
そして、本当に役に立っている。
あれから40年近く経って、本当に職業の一つとして成り立っている。
ありがとうとしか言いようがない。
そして本当にすごいと思うのは、女性達が何の見返りも求めていないところ。
当時は感謝すらされていない。
むしろ疎まれてさえいたのに。
不思議ですね。
大人になって振り返ると、叱られた思い出の方が懐かしい。
本気でぶつかり合って、本気で付き合っていた魂の時代だからなのでしょう。
このような女性のちから。
女性のちからは大きくはないかも知れない。
目立たず地味かもしれない。
結実するまでの時間があまりにも長くて、記憶から遠のいて忘れ去られ、なかなか評価されないかも知れない。
だけれども、ふと振り返った時に、深く深く感謝する。
このちから。
自分にその力があることに気づいてほしいと思います。たった一人の人間からでも、深く深く感謝されるこの素晴らしさ。
前述の3名の女性たち。
素晴らしいものを持っていたのに、いつもイライラしていました。だからこちらも気付いて感謝するのに時間が掛かってしまった。
もし3名が茶道に出会っていたなら、様子が違っていたかもしれないです。
お茶を飲みお菓子をいただき、内なる声に耳を傾けることで、ご自身の隠れていた魅力や素晴らしさに気づくことができます。
人生は有限です。
長い時間を経て、誰かに気付かれるのを待つのではあまりにももったいない。
ぜひ、いま、ご自身が気付いてほしい。
ご自身の持つ本当の素晴らしさに。
=========================
和から学ぶ気品ある仕草 美しい所作教室