インフォメーション

2022/05/25 19:21

[畠山重忠と源実朝]  鎌倉幕府『吾妻鏡』の世界

~運命に翻弄された二人の戦国武将~

 

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 『鎌倉武士の鑑』と語り継がれた重忠はその清廉な性格ゆえに妬みも多く、

 

鎌倉幕府を取り巻く権力構造に、重忠本人も含めた武将達の妻や娘たちも巻き込まれ、

 

ついには謀反の濡れ衣で討伐され42歳で非業の死を遂げる。

 

その時、最終的に重忠討伐を命じた将軍・源実朝は若干13歳。

 

本来、武より文を、剛よりも美を愛する若き将軍もまた、知見も武功も幼いまま、

 

武家社会の運命により畠山家の仇となったが、

 

その14年後、実朝本人も同じく権謀術数と裏切りの中で忙殺されてしまう。

 

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そんな、身分の高低に関わらず余りに小さい個人の力と、

 

歴史の表には出ぬまま日本の政治を大きく動かしていた女性達に思いを馳せ、

 

現代人にも通じる、儘ならぬ人生と、歴史の影にある真実に想いを馳せられたらと思います。

 

所縁の地、鎌倉で。

 

 

[第一部] 演舞『女たちの畠山 重忠』

畠山重忠 戦国秩父武将 1164年~1205年

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[第二部] 語り『源実朝に寄せて』

源実朝 鎌倉幕府第3代征夷大将軍 1192年~1219年

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「山はさけうみはあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも」

源実朝歌碑

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』写真より

 

 

2022.6.18(土)開場13:30~ 開演・講談14:00~

料金 2,500円

ご予約受付:当庵ホームページの問い合わせにて

2022/05/25 13:00

6/26(日)ガールズプログラミングフェア「きっかけ」

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小学生から中学生の女の子たちが、

プログラミングに興味を持ち、

受講希望のおともだちが増えています。

この機会に無料体験をして、お子さんの気持ちを聞いてみてください。

プログラミング教室の学習は、

娘さんの『将来のため』だけではありません。

家族で楽しめる学習です。

お子様とご一緒にお越しください。

ご予約を忘れずに!

お待ちしております。

 

 

 

2022/05/20 18:09

開演のお知らせ、6月18日(土)14:00〜16:00 『女たちの畠山重忠』&『源実朝に寄せて』

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2022.5.11 インフォメーションにて

新作ご案内の『女たちの畠山重忠』に加えて、

最新作『源実朝に寄せて』の演舞、語りの

二題 歴史物語の上演が決まりました。

 

 

『源実朝に寄せて』

     原案・脚本:若桑 比織 

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 岳亭春信 作

 

 鎌倉幕府第三代征夷大将軍

 源 実朝

(1192−1219)

建久3年(1192年)8月9日巳の刻、鎌倉で生まれる。

幼名は「千幡」

父は鎌倉幕府を開いた源頼朝、母はその正妻の北条政子。

乳母は政子の妹の阿波局、大弍局ら御所女房が介添していた。

千幡は若公として誕生から多くの儀式で祝われることとなる。

12月5日、頼朝は千幡を抱いて御家人の前に現れると、

「みな意を一つにして将来を守護せよ」と述べ面々に千幡を抱かせます。

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建久10年(1199年)に父が薨去し、兄の頼家が将軍職を継ぎ、

そののち、12歳で源実朝は鎌倉幕府三代将軍(1203-1219)となります。

 

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 源実朝像(『國文学名家肖像集』収録)

 若い時から和歌の大家、藤原定家に教えをこい、『万葉集』や『古今集』、

『新古今集』の歌に習い、本歌取りを駆使した独自の歌風を身につけました。

彼の歌集『金槐和歌集』は江戸時代、賀茂真淵に注目されて以来、

評価を高めて行きます。

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「山はさけうみはあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも」

後鳥羽上皇への恭順の意を表した歌。

源実朝歌碑(鎌倉国宝館前)

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 源実朝歌碑(鴨川畔、京都市左京区下堤町 )

 

鶴岡八幡宮境内の白旗神社に頼朝と共に祀られ、

明治になり白旗神社境内に改めて柳営社が建てられ祀られた。

八幡宮では実朝の誕生日である

8月9日に実朝祭が行われている。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』資料、写真より

 

 2022.6.18(土)開演

開演時間

開場 13:30~ 

 開演・講談 14:00~16:00

料金 2,500円

ご予約受付:当庵ホームページの問い合わせにて

宜しくお願い致します。

ご予約は先着順となりますので、ご了承ください。

お席に限りがございますので、お早めにご連絡ください。

 

〜 鎌倉小町庵 サークル支援 〜

  

2022/05/19 21:00

Kamakura Flower Farm Club  「KFFC」からのお知らせ

 

昨年、ガーデニングのベースを作り上げ、

その後、 オーナーさんが すごい〜 です!! 

 

 

さあー、振り返りましょう。

Kamakura Flower Farm Club 「KFFC」からのお知らせ

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Kamakura Flower Farm Club 「KFFC」からのお知らせ

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Kamakura Flower Farm Club  「KFFC」からのお知らせ

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お出迎えしてくれた。

薔薇たち

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お花の手入れのお話を伺いました。

 

日々、

オーナーさんの

花たちへの想いと愛情は素晴らしいですね。

「 言葉 」では言い表せない。

なので、写真を数点 載せさせてもらいました。

 

 

2022/05/18 10:16

ブタさん 登場の季節になりました。

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鎌倉小町庵にはブダさんが二頭(個)います。

ブルーちゃんと緑ちゃんです。

五月早々に、お茶目なブルーちゃんが登場!

ヤブ蚊が一匹、二匹・・・と、飛び始めたのでお願いすると、

あっという間に、ブ〜ン、ブーン、ブ〜ン あの気になる 嫌な音がなくなりました。

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頼もしいブルーちゃんです。

ペット!

こっちを見て「ワンちゃん」が、

吠えているみたいですね。

 

役割を早めに終えて、南天の寄せ植えと記念撮影です。

ヤブ蚊 五匹以上 飛んだら、古典的な緑ちゃんの登場です。

 

さて、豚の陶器と蚊取り線香の関係?

なぜ、ブタ形の陶器 

なんで、ぶた? 

「牛」「たぬき」・・・だって、魚形だって いいんじゃない。

 

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』と新宿区民『新宿歴史博物館』で調べてみました。

 

すると、

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豚形蚊遣り(蚊遣り豚)

■材質:土器  ■器種:蚊遣り  ■遺跡名:内藤町  ■地域:四谷

■法量:口径60mm 全長348mm 器高230mm 26mm

■推定年代:19世紀前葉~中葉

江戸時代の蚊遣り豚です。

今の蚊遣り豚よりもだいぶ大きいのですが、中でいぶすものが枯葉やおがくずなどのかさばるものだったからです。

蚊遣り豚の出来る前は土で出来た火鉢などを使っていたようです。 

それがなぜ豚の形になったのかという理由ですが、

徳利の形を横にして思いついたのではないでしょうか。

ちなみに、蚊取り線香は、原料の「除虫菊(じょちゅうぎく)」がヨーロッパから日本に伝わる明治以降にできました。

新宿歴史博物館より

 

『蚊取り線香の豚形容器』の正式名は、豚形蚊遣り(蚊遣豚)で

道具名称は 『 蚊遣器 』

蚊遣器(かやりき)は、蚊取線香を安定して燃焼させ灰の飛散を防いで後処理を容易にする道具。

端的には蚊取り線香用の灰皿である。夏の風物詩の一つ。

蚊を積極的に駆除する製品が蚊取り線香のみであった時代には重要な役割を果たしていました。

 

豚を模った陶製の「蚊遣豚(かやりぶた)」は蚊遣器の代表的な形状の一つであり、

三重県四日市市の萬古焼のものなどが有名。

 

蚊遣器の形状にブタが用いられるようになった理由には諸説あります。

歴史的には蚊取り線香が発明される以前の江戸時代の武家屋敷より『新宿歴史博物館』の説、

徳利を横向きを横向きにして豚の形に見立てた。

 もともと野外で蚊よけのために壺に草木を入れて燻す習慣が存在し、

壺が横型になって豚の形にデフォルメされるようになったともいわれる。

 

『三丁目の夕日(夏の思い出)』にも取り上げられており、

そこでは養豚場で蚊よけに円筒状の土管のような器を使用していたのが、

その煙を少しずつ出すように口が小さくなっていき、

製品化する過程において豚の形に変化したという説が挙げられている。

大正4年の新聞広告に蚊遣豚が登場していることから、

明治時代に考えられたとも説明されている。

 

このほか野生の豚(イノシシ)を火伏の神様とする信仰があったという説や

ブタは毛におおわれていて蚊に刺されにくいと考えられたためという説もある。

 

ただ、当庵のブルーちゃんは胴が短いタイプなので、口よりお尻側から

モクモクと蚊取り線香の煙を出してます。

なんか、口から煙が出た方が自然だよね?

だって、お尻が火事になってるように見えてるんだもん!・・・変だよね。

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でもそのお陰で、あっと言うまにヤブ蚊が居なくなります。

今年の夏、秋口まで頑張ってもらいましょう。

 よろしくね!

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話は変わりますが

エントランスにある秘密

ミニミニ灯籠

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鎌倉小町庵の古いモノとして

山水画でなく、山水景石です。

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 石を削り、山に藁葺き屋根風の家を彫り込んでいます。

4棟が彫られています。

実際には裏手にも1棟あり、計5棟の『家』が削り作られているんです。

4つの家は、見つかりましたか?

写真の下の方に穴が2つあり、中央が橋脚です。

欄干のない橋なんですよ。

道の形状もあり、リアリティ ありありです。

 

本来は鉄製の鉢に水を張り、彫刻された軽石?(写真上)が鉢の中央に置かれ、

黒竹林(本物の小さな黒竹が植えてあり)、段々畑か田んぼのようなスペース、

池と川、山の頂上から流おちる瀧、

ミニ盆栽も植えら、苔も植ってました。

観賞用のミニチュア「山水画」の立体作品だったんでしょうね。

 

鉢は錆てダメになり、盆栽と芝竹などが蜜集して

根を張り、石が割れそうになっていたので

今は、写真の『山の石』のみ

庭石となっています。

 

 

水石という呼称は

水盤に入れた石に水をふりかけると色が濃くなり、

美しく見えるからであるという説と、

古来、我が国の公家社会・武家社会の茶席などで、床の間を飾る置物として

【山水景を感じ取れる石、つまり山水石】が重用され、

伝統文化の一端を担ってきたから、

山水石を省略し水石としたものであるという説などあるそうです。

『伝承石』と『山水石』

 

「 山水景石 」

この事は、ここでお仕舞いです。

あなたと当庵の内緒のお話しで終わりにしましょう。