鎌倉小町庵にはブダさんが二頭(個)います。
ブルーちゃんと緑ちゃんです。
五月早々に、お茶目なブルーちゃんが登場!
ヤブ蚊が一匹、二匹・・・と、飛び始めたのでお願いすると、
あっという間に、ブ〜ン、ブーン、ブ〜ン あの気になる 嫌な音がなくなりました。
頼もしいブルーちゃんです。
ペット!
こっちを見て「ワンちゃん」が、
吠えているみたいですね。
役割を早めに終えて、南天の寄せ植えと記念撮影です。
ヤブ蚊 五匹以上 飛んだら、古典的な緑ちゃんの登場です。
さて、豚の陶器と蚊取り線香の関係?
なぜ、ブタ形の陶器
なんで、ぶた?
「牛」「たぬき」・・・だって、魚形だって いいんじゃない。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』と新宿区民『新宿歴史博物館』で調べてみました。
すると、
豚形蚊遣り(蚊遣り豚)
■材質:土器 ■器種:蚊遣り ■遺跡名:内藤町 ■地域:四谷
■法量:口径60mm 全長348mm 器高230mm 26mm
■推定年代:19世紀前葉~中葉
江戸時代の蚊遣り豚です。
今の蚊遣り豚よりもだいぶ大きいのですが、中でいぶすものが枯葉やおがくずなどのかさばるものだったからです。
蚊遣り豚の出来る前は土で出来た火鉢などを使っていたようです。
それがなぜ豚の形になったのかという理由ですが、
徳利の形を横にして思いついたのではないでしょうか。
ちなみに、蚊取り線香は、原料の「除虫菊(じょちゅうぎく)」がヨーロッパから日本に伝わる明治以降にできました。
新宿歴史博物館より
『蚊取り線香の豚形容器』の正式名は、豚形蚊遣り(蚊遣豚)で
道具名称は 『 蚊遣器 』
蚊遣器(かやりき)は、蚊取線香を安定して燃焼させ灰の飛散を防いで後処理を容易にする道具。
蚊を積極的に駆除する製品が蚊取り線香のみであった時代には重要な役割を果たしていました。
豚を模った陶製の「蚊遣豚(かやりぶた)」は蚊遣器の代表的な形状の一つであり、
蚊遣器の形状にブタが用いられるようになった理由には諸説あります。
歴史的には蚊取り線香が発明される以前の江戸時代の武家屋敷より『新宿歴史博物館』の説、
徳利を横向きを横向きにして豚の形に見立てた。
もともと野外で蚊よけのために壺に草木を入れて燻す習慣が存在し、
壺が横型になって豚の形にデフォルメされるようになったともいわれる。
『三丁目の夕日(夏の思い出)』にも取り上げられており、
そこでは養豚場で蚊よけに円筒状の土管のような器を使用していたのが、
その煙を少しずつ出すように口が小さくなっていき、
製品化する過程において豚の形に変化したという説が挙げられている。
大正4年の新聞広告に蚊遣豚が登場していることから、
明治時代に考えられたとも説明されている。
このほか野生の豚(イノシシ)を火伏の神様とする信仰があったという説や
ブタは毛におおわれていて蚊に刺されにくいと考えられたためという説もある。
ただ、当庵のブルーちゃんは胴が短いタイプなので、口よりお尻側から
モクモクと蚊取り線香の煙を出してます。
なんか、口から煙が出た方が自然だよね?
だって、お尻が火事になってるように見えてるんだもん!・・・変だよね。
でもそのお陰で、あっと言うまにヤブ蚊が居なくなります。
今年の夏、秋口まで頑張ってもらいましょう。
よろしくね!
話は変わりますが
エントランスにある秘密
ミニミニ灯籠
鎌倉小町庵の古いモノとして
山水画でなく、山水景石です。
石を削り、山に藁葺き屋根風の家を彫り込んでいます。
4棟が彫られています。
実際には裏手にも1棟あり、計5棟の『家』が削り作られているんです。
4つの家は、見つかりましたか?
写真の下の方に穴が2つあり、中央が橋脚です。
欄干のない橋なんですよ。
道の形状もあり、リアリティ ありありです。
本来は鉄製の鉢に水を張り、彫刻された軽石?(写真上)が鉢の中央に置かれ、
黒竹林(本物の小さな黒竹が植えてあり)、段々畑か田んぼのようなスペース、
池と川、山の頂上から流おちる瀧、
ミニ盆栽も植えら、苔も植ってました。
観賞用のミニチュア「山水画」の立体作品だったんでしょうね。
鉢は錆てダメになり、盆栽と芝竹などが蜜集して
根を張り、石が割れそうになっていたので
今は、写真の『山の石』のみ
庭石となっています。
水石という呼称は
水盤に入れた石に水をふりかけると色が濃くなり、
美しく見えるからであるという説と、
古来、我が国の公家社会・武家社会の茶席などで、床の間を飾る置物として
【山水景を感じ取れる石、つまり山水石】が重用され、
伝統文化の一端を担ってきたから、
山水石を省略し水石としたものであるという説などあるそうです。
『伝承石』と『山水石』
「 山水景石 」
この事は、ここでお仕舞いです。
あなたと当庵の内緒のお話しで終わりにしましょう。






