講師(宗夜)ブログ
●なぜこんなに厳しいんですか?
最近ご入会された生徒さまから、このような問いをいただきました。
以前に茶道の経験をお持ちです。
ブランクを経て、よし庵にて久しぶりに再開されたのでした。
『前のところではこんなに細かく言われませんでした…』
なぜこんなにも注意されなければならないのかとご不満でした。
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茶道は600年の歴史を持っています。
安土桃山時代に形成されていますが、文化の根本には縄文時代や古墳時代などの古来の精神があります。
様々な宗教との結びつきもあり、生きる知恵が集約されています。
私たちはその教えをきちんとした形で皆さまにお伝えしたいのです。
。。。。。。。。。。。
そのようなことを畳に手をついて目を見てお話ししました。
いま分からなくても、いずれ分かって貰えればいいと思いました。
正直なところ、宗嘉先生も工藤も、この状態がさほど厳しいものとは感じていないのであります。
自身が何かを学ぶ時、厳しいところに身を投じるからかもしれません。
厳しい先生は、まずご自身のあり方に厳しく、その姿に感銘を受けて
『よし、この先生についていこう』
と心が決まります。
厳しいけれども光を持っている。
このような先生たちは、瞳の力が強く、体つきが引き締まっていて、動きに無駄がないことが特徴と言えます。
一方で、甘えたいという欲求が強い方には不向きかもしれないです。
そんな工藤ですが…
宗嘉先生にお会いする前には、お菓子のように甘く優しい先生についていました。
『良いのよ、良いのよ…』
と何でも許してくれました。
子育ての都合もあり、度々にお稽古をお休みしました。
『良いのよ、仕方ないものね』
再開すると、とても喜んでくださり、毎回お菓子のお土産を持たせてくれました。
お稽古にてお点前を間違えると、
『あら、ごめんなさい』
と先生の方から謝られて恐縮しました。
上にも置かない扱いで…
お菓子を食べて、お茶を飲んで…
これが『茶道』なのかな…
優しくしてはくださいましたが、いつまで経っても『茶道』というものが見えてきませんでした。
そのうちに通訳ガイドの勉強をして、日本という自国の文化や歴史、気候や産業を包括的に学び直しました。
大人になって初めて、自分を育ててくれた日本に愛情を持つようになりました。
茶道に対しても愛情を持ちたかったのですが、どうにも捉えきれずに苦しく思っていました。
そんなある時、先生に誘われて外部のお茶会に行きました。
先生と先生のお友達数名がご一緒。
新緑の美しい季節で、お気に入りの着物を着て、心が躍りました。
荷物を預け終えて、向こうにいらっしゃる先生に向かって駆け出しました。
『先生』と声を掛けようと思ったところで…
『工藤さんて〇〇なのよね…』
という先生の小さな声が聞こえました。
肝心の〇〇のところが聞こえません。しかしご不満を口にされたことは明らかでした。
『若いからねぇ。仕方ないわよ。』
と慰められていました。
自分は何かいけないことをしたのだと思いました。
でもそれが何なのか自分では全然分かりません。
それまで心がウキウキしていただけに、悲しい気持ちになりました。
別のお茶会などでも、自分の無作法をよその社中の先生から厳しく注意されることがありました。
どうも私は何かが違うらしい。
自分の何が間違っているのだろう。
日を改めて先生にお願いしました。
『先生、私の無作法がありましたら是非ご注意をお願いしたいのです。自分では分からないのでどうぞよろしくお願いいたします。』
先生はいつもと全く変わらない優しい口調で、
『そうね。そうしましょうね。』
とゆったり答えてくださいました。
優しくてニコニコしている。
でも…
でも…
そんな時に宗嘉先生に懐石料理教室でお会いしました。
『いつもは茶道教室をしているんです。一度ご参加ください。』
と声を掛けてくださいました。
そしてお稽古にて先生がお茶を点ててくださいました。
宗嘉先生のお茶はそれまで経験していたお茶とは全然違いました。
まず静寂。
呼吸に意識が向きます。
足の運び。
畳の上を滑るように白い足袋が進みます。
足幅はまるで測ったように均等。
空中で一瞬止まる茶筅の位置。
毎回同じ。
お茶碗を持つ親指の位置も毎回同じ。
宗嘉先生のご指導は、口調は優しいけれども揺るぎない茶道への熱意に溢れたものでした。
自分がずっと探していた道がここでなら見つかるかもしれないと思いました。
そして宗嘉先生を師として仰ぐ旨、お許しをいただきました。
よし庵が、お点前以外にも細々としたお作法に厳しいのは、工藤が身を以て恥ずかしい思いをしたからなのです。
きちんと先生について社中に在籍しているのにも関わらず、他の社中の先生に注意されることはとても恥ずかしい経験でした。
それでもあの時ハッキリと注意してくださったことには感謝しなくてはなりません。
まだ30代で若かったから注意してくださったのでしょう。
これが今の50代で同じことをしていたら、注意すら受けられず、人が寄り付かずに遠巻きにされて、もっともっと悲しい思いをしていたかもしれません。
知っているか知らないか。
身についているかついていないか。
これが非言語コミュニケーション
Non-verbal communication
言語よりもむしろ雄弁です。
それによって受ける待遇に差が出てきます。
一度身についてしまえば恐るるに及ばず。
正しい作法が身に付けば、服装も姿勢も言葉遣いも何もかもが変わってきます。
自信がつくからオーラも変わってきます。
よし庵は厳しいかもしれない。
しかし是非とも信じてついてきていただきたい。
私たちが信じる道。
ひとりでも多く共感していただけたらとても嬉しく存じます。
●ストレス
ストレスというものは、色々に形を変えて突然に身に降りかかってくるものなのだなぁ、と最近また思いました。
若い頃にもそれなりに悩みはありましたが、人生も中盤となると問題の深刻度が違います。
即行動が必要です。
対処の仕方によって結果も変わるので神経を使います。
『ああ、疲れた…』
山を越えたあたりでふと気が緩むと体調を崩してしまったり。
もともと更年期で揺らぎがちな体調が、精神的な負担により更に整いづらくなってしまう現状。
我が身に降りかかってようやく気がつきます。
朝ごはんの時にちょっとテレビを付けると有名な俳優が自身の病気を説明していました。
『一時期体調を崩して、病を抱えながら仕事を続けていました。〇〇はこんな病気で、こんな症状があって…云々』
共演者のちょっとウンザリした顔、顔、顔。
(あ、しまった)
と思ってテレビを消しました。
宗嘉先生がテレビを見るなと仰る理由は、こういうネガティブな情報に頻繁に触れてしまうからだなと思いました。
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自分の辛い体験を詳細に説明する人のことを『劇場型ナルシスト』という。
こういう人は次から次へと悲劇を引き寄せる。
悲劇を披露することにより、人から注目されることに快感を得ている。ナルシストなので自分のことが一番大事。
他人の気持ちはどうでもいい。
関わらない方が無難である。
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以前、宗嘉先生が色々なタイプの他人の分析をしたのを思い出しました。
先生の分析がこの方にもピタリと当てはまり、納得しました。
でも自分も調子の悪い時には、この方に近い行動を取っていたように思います。
不調時には、言動が大袈裟になります。
五感が利きづらくなるせいかもしれません。
目がかすみ、耳が遠くなり、触感も鈍くなり、味の伝わりも悪くなる。
(まるで水中にいるようだ)
と思ったことがありました。
その時は、声が無駄に大きかったと思います。そして何度も同じ話を繰り返し、味の濃いものを食べていたように思います。
そしてその生活が新たなストレスを生んでいました。
今回の不調はそこまでには至らずに済みました。
『道』と名のつく文化に触れているおかげでした。
大人になってつくづく思います。
生きるには信じられるものが必要であると。
だからいつの世も宗教が必要とされるのだとようやく実感しました。
茶道や武道、書道の基盤となっているのが『禅』です。
実践を基にして、自分の身体ごと悟りに近づく道のりを文化としています。
この道を進んでいて良かったと、今回はむしろストレスが人生の光の方に目を向けてくれました。
胃腸に負担をかけないように食事は控えめに。
キビキビ動いて静かに眠る。
ストレスはそう簡単には無くならないけれども、自分の道を大事にしていけば多分大丈夫。
誰かに『大丈夫だよ』と声をかけられるよりも、自分の内側から『大丈夫』と声が出せることの方が何倍も心強い。
畳の上で立ったり歩いたり座ったりしている奥に、このような強さを磨いていたんだなと感じたのでした。
●稲と日本人
『稲と日本人』
私の好きな絵本作家の一人
甲斐信枝さんの晩年の傑作です。
この絵本の存在を知ったのは7〜8年前。
通訳ガイドになりたてだった頃。
米についての勉強会があり、色々と資料を集めていた時でした。
甲斐信枝さんの新作だと知り、気持ちが踊るのと同時に驚きました。
甲斐さんは1930年生まれですので、出版時には85歳でした。
本を手にしてまたまた驚きました。
85歳にしてこの大作。
なんという中身の濃さ。
後書きを読んでさらに驚きました。
発案から十余年の歳月を掛けてようやく描き上げたというのです。
そのバイタリティに脱帽する思いです。
甲斐さんの人生を賭けて描いた最高傑作。
持てる能力の全てを注ぎ込んだ一冊と言えるでしょう。
取材から作成まで十余年掛かるのも無理はありません。
お米は一年に一度しか実を付けませんから、取材や研究にはどうしても時間が掛かります。
きっと甲斐さんは色々な地域に足を運び、お米の味の違いを知り、生育環境の違いを肌で感じつつ、何百枚も何千枚もスケッチしたことでしょう。
朝昼晩と様々な時間帯に出掛けて、一番説得力のある景色を求めて、色々な空模様の日に、何度も何度も現地を訪れたことでしょう。
私には田舎と呼べる故郷はありません。でも甲斐さんの絵からは郷愁を感じます。
日本人の遺伝子が懐かしいと思わせるのでしょうか。
絵本に書かれているのは、このようなものです。
・日本列島への稲の伝播の歴史説
・稲の種の歴史と野生稲の紹介
・栽培方法の変遷
・災害と稲への影響
(飢饉、台風、山瀬風、浅間山大噴火、水枯れ、ウンカの大発生)
・水不足の苦難を乗り越えた沢山の実話
・品種改良に挑んだ若者の話
・戦後に導入された化学肥料と、その影で消えていった在来種の話
・今も昔も変わらぬお百姓さんの心
・稲の花の詳細な説明
・現代のおいしいお米
・おいしいけれど災害に弱いのではと思われる心配の数々
などなど…
60ページ余に
詳しく詳しく書かれています。
電気釜のボタンひとつで、
便利にポチッとあっという間に炊かれてしまう、美味しいお米。
毎日毎食のお米に、これほどまでの厚みがあろうとは。
この厚みを、甲斐さんは何としても伝えたかったのだと思います。
豊かすぎる時代の私たちに。
甲斐さんは1930年生まれ。
太平洋戦争が終わった頃、15歳でした。
最も多感な年頃に戦争を経験し、その後の日本の変わりようを見て、一体どのようなことを感じていらしたのでしょう。
甲斐さんの目は、いつも身近な自然に注がれ、言葉は優しく穏やかです。
人間社会が凄まじい変化を見せる中、雑草や虫たちはただそこに存在し、ただ生きています。
甲斐さんの絵本には説教臭さはありません。
でも『稲と日本人』の最後に(大丈夫かしら…)と控えめに危惧が表現されていました。
危惧でありながらも
『でもまぁ、なるようにしかならないものね』
と、突き放した感じで締めくくられていました。
これが、生を掛けて自然と向き合ってきた人の悟りの境地なのだろうなぁと思いました。
この絵本を読んでから、以前よりもお米を味わっていただくようになりました。
お米に神性を抱くようになったのでした。
先日、私たちの動画にコメントをいただきました。
『美しい所作、和食の頂き方』
へのコメントでした。
●ご飯を小皿代わりにしてはいけませんか?
というご質問でした。
ああ、そうか。そういうご家庭もあるだろうなぁ、と思いました。
お母さんの気持ちとなれば、洗い物が少なくて済むし、ご飯におかずの味も染みるし、それが美味しく感じることもあるだろうなぁと思います。
ご飯の時間は、大切な家族団欒の時間ですから、作法通りが正しいとは限りません。
家族水入らずで過ごせる時間は、それほど長くありません。
ご家庭ではお作法はちょっと脇に置いておいて、お喋りに花を咲かせながら、心を解放して美味しく楽しく召し上がるのが一番です。
でも社会に出たら、大人になったら、是非とも美しく召し上がって頂きたいと思います。
ご飯の上におかずを載せる行為。
甲斐さんの絵本を読んだ後で、この画を目に浮かべると、とても悲しい気持ちになります。
悪気がないのはもちろん分かります。
昔、白いお米はこの上ないご馳走でした。
おかずを上にのせるということは、知らず知らずに私たちはお米を下に見ている心の現れです。
悪気がないからこそ悲しく思います。
美しい作法や体裁を整えることは、大人の世界ではとても大切です。
また、外見にふさわしい中身に整えることも大切なことです。
どうして作法が必要なのか
ぜひ皆さまも自分なりの答えを探っていただきたいと思います。
●反省してはいけない
宗嘉先生との対談で
『反省してはいけない』
という言葉が出ました。
つい、動画の作成中も
『そうなんですか?』
と素っ頓狂な声を出してしまいました。私は反省する方が良いのかと思っていたのです。
私たちの世代は同じ傾向があるように思います。
家庭でも学校でも社会でも、反省するように教育されてきました。
反省には独特の魔力があります。
一瞬『良い人間』になったような気がします。
本当は気付いていたのよ
ただ出来なかっただけなのよ
その次に怖くなります。
過去のことはもう変えられません。
変えられないという現実が怖くて仕方がなくなります。
反省しやすい人の特徴は、完璧主義なのだそうです。
完璧主義は、文字だけ捉えると長所のように思われるのですが…
『他人に』という前置きがつくのだと宗嘉先生は言います。
他人に完璧主義(=究極の自己中)
なのだそうです。
過去の自分というのは、もうすでに他人です。
『あの時ああしていれば…』
というのは
『あの時、あなたがああしていれば…』
と他人を責めているようなものだと言うのです。
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自分の間違いが許せないということは、他人の間違いが許せないのと同じです。
間違いを許せないでいると、それが引き金となり、結局また同じ失敗を繰り返してしまうのです。
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繰り返したくないのに
繰り返してしまう。
でも『ああしまった』ということは、形を変えて何度でも起こり得ます。
しかし見方を変えれば
何度でもリカバリーのチャンスがあるとも取れます。
つまり、リカバリーする自信が持てるようになれば運気を回復できるようになります。
リカバリーする自信を持つためには失敗を減らすこと。
失敗がなければ反省する必要もなくなります。
それには『大好きな趣味を持って日々を楽しくする』
こちらが一番の近道と言えます。
大好きな趣味があると生活のリズムが整ってきます。
その上で心がけることが以下のようなものです。
・深い呼吸を心がける
・綺麗な姿勢を保つ
・自己管理に楽しみを持つ
(スケジュール、体調、服など、金銭、貴重品、生活全般の管理)
近年、断捨離やミニマリストなどのワードが注目されています。
禅の精神と似ています。
生活をシンプルにして、自分の手の届く範囲を把握する。
こうすると綺麗を保ちやすくなり、結果的に色々な失敗も減ることに繋がります。
それでも、もし失敗したら…
『ああしまった、やっちゃった』
と少しだけ反省し、すぐに忘れて楽しいことに目を向けていきましょう。
●若い人に媚びない、遠慮しない
ある日の朝、いつもの調子で電車に乗って揺られていたら、目の前の学生風の女性が突然立ち上がり
『どうぞ』
と席を譲ってきました。
面食らって『いや、良いです』と断りましたが…
その学生さん、マスクの下の声を聞いて(あ、しまった)という顔をしながらも立ち上がった手前引っ込みも付かず、もう一度『どうぞ』と言い残して別の車両に去っていきました。
目の前にぽっかりと一つ席が空き、
何とも言えないバツの悪さを抱えつつ(じ、じゃあ…)みたいな感じでつい座ってしまったのでした。
でも座っている間中、情けない思いを味わっていました。
そういう話をよし庵に着いてから、朝の準備をしながら先生に伝えますとこれまた突然に叱られました。
🟦何だよ、情けないな。それで座ったわけ?すごすごと。
情けないなーー!
🔴だって混んでいるのに目の前に席が空いてしまいましたし…。
確かに嫌な気持ちになったけど、相手に悪気があるわけじゃないし。
🟦あるんだよ!大人をバカにしてるんだよ。着物だから老齢だと判断したんだ。老齢には優しくしなきゃと安易に思ったんだろう。
だけどね、そんな時は毅然と断って大人の凄さを教えるんだよ。
教えてやるんだ、大人のカッコ良さを!
そもそも途中で席を譲くらいなら最初から座らなきゃ良いじゃないか。
おかしいでしょ。
宗嘉先生、珍しくご立腹でした。
通勤途中で嫌な思いをし、出勤後にも叱られ、何となくシュンとしましたが、じわじわと『その通りかもしれない。』と思えてきました。
街中を見渡せば、気が付かないうちに自分よりも年下の人ばかり。
ふと自分が20代だったころの気持ちを思い出しました。
20代のOL時代。
メディアには同世代のタレントや俳優が頻繁に登場し世代交代が明らかでした。
社会に出て、学生時代には考えられないような額面の収入を得、貯金が出来るようになると、気持ちが大きくなりました。
実家暮らしだったにも関わらず、両親に横柄な言動をしていました。
それに対して両親もハッキリと物を言わず、モゴモゴと小さな声で文句を言うだけでした。
こちらが大きく出れば向こうは小さくなり『なんだ大人なんてこんなものか』と思えたのでした。
生意気でしょうがない自分。
しかし気持ちの内部には生意気だけではない、複雑な感情が絡まっていたのでした。
生意気の半分は人生に対する絶望感です。
人生の先輩である両親には、もっとカッコよくいて欲しかったのです。
もっと輝いていて欲しかった。
いま、あの頃の両親と同世代になってみれば、当時の状況や両親の気持ちなどが分かり、仕方ないと理解はできます。
でも一方で、若い頃の自分の正直な気持ちにもそれなりの正当性があるように思います。
若い人には、立ちはだかる大きな厚い壁が必要なのです。
うわぁ、なんて凄いんだ!
くぅぅ、悔しい。
乗り越えたい。
いつか乗り越えてみせる。
そう思わせてくれる存在が必要なのです。
両親は子どもの時分には厳しかったのに、身体が大きくなって弁が立つようになると、態度が変わりました。変に遠慮するような、ごまをするような、そんなことが多くなりました。
。。。。。。。。。。。。。
本当は大人になったら肉親とは離れないといけないんだよね…。
と言うのは、大きくなってから子どもに急に甘くなる人が多いんだ。
立場が逆転したから怖いのだろう。
その裏には自信のなさがある。
そこに若い人は絶望する。
自分の行く末もこんなものかと。
そういう親がそばにいると、席を譲る若い人が増えるんだ。
優しいから譲るんじゃない。
裏に憎しみがある。
若い世代と、大人世代とは分かり合えないよ。
思考の方向が違うから。
『分かり合えなくて良い』と腹を括って、こちらはこちらで大いに繁栄すれば良いのだ。
若ぶって便乗するのでもなく、
教えてやろうと偉ぶるのでもなく、
自分たちは自分たちで仕事に励み、
大いに楽しみ輝いていれば良い。
それが何よりの教育だ。
。。。。。。。。。。。。。
以前に読んだ随筆に、宗嘉先生のご意見と同じようなことが書かれていました。
1960年代の学生運動が激しい最中。
学生側がバリケードを築き、大学側と睨み合っているその中を、一人名のある学者が堂々と出勤している様子が描かれていました。
きちんと三つ揃いのスーツを着て、
髪も綺麗に整えてピカピカの靴で、
ドンパチと戦う中を、静かに颯爽と歩いていたと言うのでした。
歩く姿を見た瞬間、学生が静かになり手を止めたのでした。
『私は仕事をする。私のための私の仕事を』
背中がそう語っていたそうです。
本の題名も、筆者も忘れてしまいました。でもこのシーンだけは私の脳裏に映像となって強烈に浮かんだのでした。
大人のカッコ良さ。
大いに繁栄し大いに楽しむ。
その通りだなぁと思ったのでした。