講師(宗夜)ブログ

2024-09-08 13:38:00

●糖との付き合い方

先日のお稽古で生徒さんが嬉しいことを仰ってくださいました。

。。。。。。。。。。

宗嘉先生のお菓子を口にするようになってから、他所のお菓子を買わなくなりました。

無理に我慢しているわけでもなくて、気がついたら買わなくなっていたんです。

。。。。。。。。。。

そのような嬉しい言葉をお聞きするのは今回で3度目。

宗嘉先生の和菓子には不思議な力があって、美味しいのに『もっと欲しい』という気持ちを起こさせないのです。

作り置きはせず、その日その日に宗嘉先生が心を込めて作ってくださいます。

この心が味から伝わってくるから一個で満足できるのかも知れません。

 

大人世代の私たちが最も関心を寄せること、それは美と健康でしょう。

美🟰健康

様々な部位の健康が美を支えています。

 

歯の健康

髪の健康

肌の健康

骨の健康

臓器の健康

血管の健康

脳の健康

心の健康

などなど…。

 

そして健康に大きく関与しているのが『糖』と言えます。

糖を摂り過ぎない生活が、美と健康にとても大切です。

ところが心に少しでも不安を持つと、どうしても糖を求めてしまいます。

お金を出せば何でも手に入ってしまう世の中。

我慢をすることよりも消費することが促される現代。

甘い欲望に押し流されることは簡単です。

 

宗嘉先生に本格的な茶道を教わるまでは、私も甘いものを頻繁にたくさん摂っていました。

今では考えられない量を食していました。

人生を振り返ると幼児の頃から甘い物漬けの生活だったことが思い出されます。

オイルショックの時代に生を受けた自分は洋食化に突き進む日本で幼児期を過ごしました。

 

朝はバタートーストに牛乳

ごくたまにジャム

目玉焼きorゆで卵

少しの生野菜

毎日必ず3時のおやつ

母の手作りお菓子もあれば、スナック菓子の日も多く

夏はアイスキャンディ、アイスクリーム、かき氷

冬はあんまん、肉まん

お誕生日とクリスマスはケーキ(そうでなくてもケーキ)

 

『そんな子供時代でしたよ』

と宗嘉先生に申し上げると

『うわー』

とのけぞられてしまいました。

 

大人になって色々な知識が付くと、確かに異常な食生活だったと思います。

500万年前に生まれた人類の歴史の中でこれほど糖を摂っていた時代はないでしょう。

進化のスピードと合わず、身体や心が不調になるのも無理はないと改めて思いました。

 

宗嘉先生からのアドバイスを実践し食生活の改善に努めました。

ここ数年でようやく糖の虜から解放されてきました。

糖の摂取量が減ると食事の量も全体的に減り、睡眠の質が高くなりました。

 

ところで、どうして生き物はこんなに糖を求めるのでしょうか?

脳は糖を摂れ摂れと指令を出す。

。。。。。。。。。

🔴工藤:ブドウ糖が脳の栄養とは言え、処理能力を超えた指令を出すのはおかしいですよね?

🟦先生:そう、おかしいの。

元々のプログラミングがおかしいの。

🔴なぜですか?

🟦一種類の生物が増え過ぎないようにされているの。

。。。。。。。。。

 

人体は不思議です。

この身体を健気に守っているかと思えば、破滅のプログラムも抱えている。

そんなことを考えながら色々調べているうちに『はたらく細胞』というアニメを見つけました。

NHKの教育テレビでも放送されていました。

それだけ人体がドラマチックということなのでしょう。

こういう学術的なところに着目して、アニメという娯楽に落とし込んでしまうあたり

『日本人だなぁ』とつくづく感心してしまうのでした。

いちいち娯楽が知的なんですよね。いい意味で。

 

。。。。。。。。。

🟦だから日本人は長寿なんだ。

🔴どういうことですか?

🟦本当に頭が良くなると寿命が伸びるんだ。

『嬉しいなぁ、楽しいなぁ』

という気持ちを多く持つと極端な食に走らなくなる。

知的な娯楽で脳が鍛えられる。ルールが複雑であればあるほど脳は喜んで働く。

そうすると自制心も働く。

また、娯楽を通じて多くの仲間も出来る。

仲間が出来るとおしゃれになる。

色々な面で競いだすから。

おしゃれをするには体型維持は欠かせない。

食生活のことを見直す。

食を見直すと心に行き着く。

食を欲するのは心だから。

心を見直して整えて行くうちにいつの間にか健康で長寿になっていく。

。。。。。。。。。

 

いつの間にか、というのが自然で良いですね。

知的な楽しみを持つうちに、無理なく健康になれることが理想的です。

 

よし庵でも皆さまの知的好奇心にお答えすべく『利休座学講座』を立ち上げました。

先日、第一回目の収録を終えたところです。

まもなく皆さまに配信出来ます。

どうぞお楽しみに😊

2024-08-26 20:43:00

●寅子さん達のおかげ様

朝ドラを天気予報の合間にちょこちょこと見ています。

《虎に翼》の寅子さん。

『はて?』が口ぐせ。

これがどうも苦手で。

(またそれ〜?)とうんざりしてチャンネルを天気予報に戻すことも多くありました。

でも今朝の寅子さんを見て

『さすがだなぁ』

と思い直したのでした。

 

朝ごはんの用意を一人でしていた義理の母、百合さん。

そこに航一さんと息子と娘が降りてきて、『わたし、パン』『ぼく、ご飯』と言い放つ。

百合さんから見れば血はつながらないけれども法的に孫。

『ちょっと待って。その感覚おかしくない?』

と早速突っ込む寅子さん。

(うわぁ、始まった。こういうの苦手💦)

と思って天気予報にチャンネルを変えました。

(台風🌀はまだ来ない。今日は晴れて暑い☀️)

と、また気になって寅子さんにチャンネルを戻します。

 

家族帰宅のシーン。

航一さんの息子、朋一さんは『夕飯要らない。今日のきんぴら、ちょっと辛かった』と文句を言い、お風呂を沸かしてくれと動きながらやや面倒くさそうに百合さんに話す。

そこでまた寅子さん『そのような言動はどうなのでしょう?』と問題提起。

朋一『放っておいてくれ』と反発。

(ここはお父さんの出番。航一さん、叱りましょう。)

航一さん黙る。

(叱りましょう)

黙る

(叱らんのか〜い)

航一さん、うな垂れる。

ダメやな、おとん。

その点、寅子さんは偉いな。

態度をハッキリさせて。

 

ここまで来て、さっきの朋一さんの台詞を思い出しました。

『ぼくお風呂』

『はい、沸かしましょうね』

沸かしましょうね、…って百合さんは事もなげに言ったけれども…。

確かこの時代は薪でお風呂を沸かしていたような。

ドラマの舞台は昭和31年。

同時期を描いたアニメ『サザエさん』では、カツオが波平さんのために薪を焚いてお風呂を沸かしていました。

百合さんもこれから焚くのでしょうか?

使用人が別に居るのかもしれませんが、現代のようにボタン一つでポチッとはいきません。

そしてお風呂に入る順番も、父親を差し置いて長男が先となると、次は威張っている娘なのか。

その次は誰だか分からないけれども、百合さんは当然のように最後で、お湯を抜きながらお風呂を洗って翌日に備える、のだろうなぁと思いました。

こういう細々とした(当時は大変手の掛かる)家事を、女性は一手に引き受けていたのかもしれません。

それでいて特に感謝もされず、家父長制度では身分は長男よりも下に見られている。

財産の所有権も、女性名義がどこまで認められていたのだろうかとつい思いを巡らせてしまうのでした。

間違ったことは書けないのでここでは触れませんが、以前に古代の歴史学者からこのように聞いたことがあります。

。。。。。。。。。。

奈良時代には、女性の高級官僚が政治の場でたくさん活躍していました。

彼女たちは独立した個人として認められていて、夫とは別に自分名義の不動産所有権も有していました。

実は非常に先進的な社会だったのです。

。。。。。。。。。。

古代が先進的だったならば、中世・近代・近現代における女性の所有権は限定的だったのだろうかと思いました。

 

《虎に翼》のドラマが始まったころ、寅子さんがギャンギャン叫んでいたのが印象的でした。

(何をそんなに怒るのよ)

と思ったこともありますが、今では考えられないほどの身分制度や慣習が敷かれていたのかもしれません。

改めてオープニングの映像を見ると、今までとは違ったものに映るのでした。

・学習の機会も得られず労働に明け暮れる初老の女性

乱れて顔に貼り付く髪の毛

・重たいリアカーを何とか引いて日銭を稼ぐ姿

・人目を避けるように陰で勉強する女性

・その後に弾けるような笑顔の女学生たち

・最後に様々な職業を連想させる服装の女性たちが踊っている。中央には寅子さん。

 

寅子さんのように能力もあって逞しい女性達が、少しずつ社会的地位を上げてくれたおかげで現代の私たちは恵まれた環境に身を置いているように思います。

『律した自分』を持っている女性の素敵さも見習いたいと思いました。

きちんとした髪型、服装、小物選び、物腰、言葉遣い…

ドラマですから確かに虚構の世界ではありますが、こうやって映像で見てしまうと、外見がどれだけ人間の感情に訴えるのかを認めざるを得ません。

きちんとしているからこそ言葉に説得力が宿ります。

前時代の女性達におかげ様を思って、自分も自分らしく日々を送ろうと心に決めるのでした。

2024-08-16 19:22:00

●秘すれば花なり

秘すれば花なり。

室町時代の能楽師、世阿弥の伝書『風姿花伝』より。

世阿弥は父の観阿弥と共に能楽の基礎を築いた人物です。

この方々の名前を覚えたのは中学の歴史の授業。

能と言えば観阿弥・世阿弥、と続き言葉のように覚えました。

この二人の名前しか知らないので、当時から有名であったのだろうと思っていました。

しかし実はそうではなく、手強いライバルとの大変な競争を経て今日に続く文化へと成長させたそうです。

 

猿楽と呼ばれる物まね中心の庶民的な芸から抜け出し、美しい歌と舞を中心とする能へと洗練させたのが世阿弥とされています。

和歌や連歌の技法を踏まえて文学的情緒に溢れた台本を制作する方法を確立しました。

平安貴族の教養も上手に取り入れることで、公家の文化薫り立つ、武家の文化という新しいジャンルを作り出したのです。

 

室町時代の武士たちは、 文による求心力を欲していました。

国を平に治めるためにも、なるべく早く血の匂いを拭い去りたいところ。

室町幕府を一言で象徴できるようなアイコニックな文化を求めていました。

世阿弥は時代のニーズを上手く掴み、室町幕府三代将軍・足利義満と、四代将軍・義持から評価を得ることに成功します。

 

そして激しい競争に打ち勝ち続けるため、自分が掴んだノウハウを子孫のために『伝書』として書き残します。

その一つが『風姿花伝』。

人生を照らす道として現代の私たちの心にも響きます。

。。。。。。。。。。

秘する花を知ること。

秘すれば花なり。

秘せずば花べからずとなり。

。。。。。。。。。。

 

さて、

コンプライアンスの遵守が求められる今日、誰もが言動の見直しを迫られています。

私の子供時代・学生時代は、欲求に正直な時代でした。

『面白ければなんでもあり』の風潮もありました。

時にメディアでの行き過ぎた表現に違和感もありました。

いま色々な声が上がっている様子を見ると、多くの人が自分と同じ気持ちを持っていたことに驚きます。

 

そしてもう一つ驚くのは、世の価値観の変化の早さ。

約5年前(コロナ禍以前)、ハロウィン時期に私の住む街で非常に大勢の人が仮装をして出歩いていることがありました。

仕事からの帰宅途中で、私はバスに乗っていました。

そんなことは長く住んでいて初めてのことでした。

大都市ではありません。

首都圏近郊の小さな街です。

見たこともないほどの大勢の人が、派手な仮装をして夕方に練り歩いていました。

大通りは混乱状態。

人混みは車線までせり出し、車もバスも走行できません。

小さな子が歩いているのでクラクションを鳴らすことも出来ず、時々ライトの点滅をするのがやっとでした。

幼児が車道をヨチヨチ歩いていましたが、両親がどこにいるのか分かりません。

両親らしい人たちも仮装していて気に留めていませんでした。

注意をしようものなら、こちらが攻撃されてしまう雰囲気でした。

この辺りの時代が、個人の欲求や欲望が露わになっていたピークのように感じます。

 

モラルが崩壊してしまった…

注意もできない。

是正もできない。

これから世の中はどうなってしまうのだろう。

そんな暗い気持ちを抱いたのを覚えています。

 

その翌年

コロナによるパンデミック。

公共の場に集まることも、話すことも、笑うことも許されない行為となりました。

帰宅時の手洗いうがいも必須。

きちんときれいに清潔に。

 

また日本がITにおいて、いかに世界から遅れを取っていたかを思い知らされたのもこの頃でした。

しまった!

このままではいけない。

 

コンプライアンスという言葉を頻繁に耳にするようになったのもこの時期からのように思います。

 

出生率の更なる低下。

2023年 1.20

今年はもっと低い数値が予想されています。

少子超高齢化社会。

人口が少なくなった分、多くの人が働かないと社会が維持できません。

国内で誰かを批判する余裕がなくなりました。

喧嘩をする余裕もなくなりました。

みんな仲良く。

仲良くするだけでは不十分。

大人だから利益を生み出さないといけません。

無駄な衝突を生まないためにも、それぞれがきちんと行動する必要があります。

そういった社会の必要に迫られた変化が、コンプライアンス遵守の背景にあるように思います。

 

今まで何となく許されていたことが許されなくなりました。

突然の変化に戸惑うこともあるかと思います。

判断に迷う時に世阿弥の言葉が一助となりそうです。

。。。。。。。。。。

秘する花を知ること。

秘すれば花なり。

秘せずば花べからずとなり。

。。。。。。。。。。

和歌文化に裏打ちされた美しい言葉。

唱えるだけでも心が落ち着きます。

2024-08-11 21:55:00

●後醍醐天皇の気持ち

歴史の見方には様々な切り口があります。

茶道にスポットを当てれば茶道史、書道にスポットを当てれば書道史と呼ばれます。

勉強をしていると、歴史上の人物の気持ちを近くに感じることがあります。

最近、後醍醐天皇の気持ちをふと感じました。

 

後醍醐天皇は1333年の建武の新政で有名です。

教科書には

『天皇や貴族を中心とした政治に戻すために力を尽くした人物で、その後足利尊氏ら武士との戦いに敗れて吉野に逃れて南朝を築きました。』

と紹介されています。

 

数行で済まされていますが、自分で和歌などの肉筆の書を勉強するようになると、活字には上らない先人の呼吸感のようなものを体で感じることがあります。

 

最初に後醍醐天皇の名前を知ったのは中学時代。

その時には『ゴダイゴ天皇』とひと続きで人名として捉えていました。

だいぶ大人になってから『後・醍醐天皇』という意味であったことを知りました。

 

後〇〇天皇と名乗る主な理由は、御所の所在地が同一のときに個人を特定するためだったり、先人の功績をリスペクトする復古主義だったり、とされています。

後醍醐天皇の場合には、後者の『醍醐天皇をリスペクト』と見られています。

 

ではまず醍醐天皇とは…

平安時代の中ごろに天皇中心の政治(天皇親政)を行った人物。

古今和歌集(全20巻)編纂や、延喜式(律令の細則をまとめた古代法典)編纂の勅命を出しました。

ともに延喜5年(905年)。

文化も政治も経済も、天皇が全てを掌握しているのだと知らしめています。

 

歴史上のイベントとして字面だけを追っている時には遠い出来事に感じていました。

でも高野切・関戸本・元永本といった古典の臨書をすると醍醐天皇に感謝したい気持ちになります。

『素晴らしい文化を形にしてくださった』

 

薫り高い貴族文化にうっとり魅せられます。

しかし古典は難しい…

上手に書けない時に、書の先生が目の前でお手本を書いてくださいました。

 

コロコロチリリン…

 

流れる筆から鈴音が聞こえました。

達人は筆で音楽を奏でるのかと目が丸くなりました。

 

平安時代〜鎌倉時代〜室町時代の人々は、現代の私達よりもはるかに官能の感覚が鋭いでしょうから、和歌の音楽性を書で味わうことは日常であったと思われます。

 

その雅な平安の文化と政治を取り戻したいと動いたのが後醍醐天皇でした。

建武の新政は1333年。

延喜式の勅命(905年)から400年以上が経過しています。

鎌倉幕府も最初のうちは西に勢力を伸ばせなかったようですが、じき力を誇示するように六波羅探題を置きました。

経済面においても印象付けるが如く仏教建築物の多くを各地に残しています。

文化面でも、後鳥羽上皇の命による新古今和歌集には源頼朝の和歌が2首採用されるなど武士の教養の高さも示しています。

 

しかし当時の朝廷側からすると、武士は乱暴で教養のない人々と見られていたようです。

『字は書けるのか?』

くらいに低く見られていたと聞きます。

その様子を2年前の大河ドラマで三谷幸喜さんが表現されていました。

戦況を書で御家人たちに報告させる様子。

『うわ、汚い字。まったく読めんな。』

『おっ。小四郎(義時)は綺麗な字を書くじゃないか。』

『しかし何が言いたいのか分からんな。』

文治に弱いところが強調されていました。

あながち演出ではなく、朝廷や京都の文人からは本当にそのように見られていたようです。

だからこそ建築や仏像の作成など、人目につくように建造物に力を入れていたのかも知れません。

 

それでも武士(もののふ)の野蛮なイメージは拭えず、後醍醐天皇はもう一度朝廷が文化・経済・政治の中心となるべく命を出しました。

『後』は単なる『あと』ではなく『neo』『new』などが相応しい意味に思われます。

当時の武士は本当に暴力的だったようです。

後醍醐天皇は京都が血で穢されるようで許せなかったのかもしれません。

 

その京都を室町幕府は本拠地としました。

仏教勢力や朝廷文化が根付いた地に、後から入り込むことは容易ではありません。

武士独自の文化を作り上げて求心力を高める必要があります。

そこで生まれたのが『茶道』

同朋衆と呼ばれる教育係も付けて万全の体制。

庭に、建築に、衣類に、食に、美術品に、書に、香に…

全てを包括した総合芸術。

後醍醐天皇も御宸翰(ごしんかん:天皇直筆の書)と呼ばれる消息をこの時代に遺しています。

 

朝廷文化が貴族のみの限定的だったものに対して、茶道は門戸を庶民にまで解放し長く広く愛される文化に成長しました。

地の底から湧き上がるような力強さと、己を律する志。

稽古を積むたびに奥深さに気付かされます。

お稽古で体得することも大切ですが、伝統文化であるため座学も大切です。

どちらが抜けても学びとして結実しません。

 

今後よし庵では座学にも力を入れていくつもりです。

テキストも作成し、ちょっとしたテストも行う予定。

どうぞお楽しみに😊📝

2024-08-05 20:55:00

●こころは誰のもの?

AIの時代。

本格的にAIが活躍する、この先何年かで私たちの生活も大きく変化しそうです。

単純なことはもちろん複雑なこともAI任せ。

人間のこころの問題もからだの問題も、AIがどんどん踏み込んできそうです。

 

複雑な人間関係をAIが解決出来るのかは未知数です。

解決出来るのかも知れません。進化が著しいですから。

でも自分の人生は自分のもの。AIが普及すればするほど、却って各々の人生の捉え方が大切になるだろうと思われます。

 

人生はよく川の流れに例えられます。

何となく教室運営も川の流れのようだと感じています。

。。。。。。。。。

ゆく河の流れは絶えずして、

しかも、もとの水にあらず。

よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。

世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。

 

鴨長明『方上記』より

。。。。。。。。。

なんと力強い冒頭文。

リズミカルで耳に心地よく、目に清流が浮かびます。

やや慌ただしくて、人と栖がこの通りだとは私には同意しかねますけれども。

 

教室運営で、似てると思ったのは『よどみに浮かぶうたかたは…』の一文です。

 

うたかたとは泡沫のこと。

泡のように、来たと思ったらあっという間に流れて消え去ってしまう生徒さまもおられます。

その一方で、上流からコロンコロンと流れて着く小石のように、川の流れに彩りをもたらし、より一層清流を美しくする生徒さまもおられます。

小石は角が削られて時が経るごとに表面が滑らかになっていきます。

 

よし庵は人生に寄り添う茶道教室でありたいと思っています。

家庭の要である女性は、所々で家族の門出に力を尽くさねばならないことがあります。

自分の人生を後回しにしてでも、多少犠牲にしてでも、優先せねばならない時があります。

 

ひとは誰もが自分の舟と川を持っているようなものと思います。

時には自分の本流から外れて家族の支流に入り、家族の舟を助けて流れに乗せ、『そろそろ大丈夫そうね』と無事を見届けたら、その後ろ姿に幸運を祈って別れを告げ、また本流に戻って自分の舟を漕ぐ。

私は人生をそう捉えています。

 

戻っていらした時に

『おかえりなさい』

と迎えられる教室でありたいと思います。

 

ただ、これは茶道に真剣に向き合ってくださる方に限ります。

真剣な方は、お休みになられる時に、その理由と休む期間を明言されます。

そしてその言葉通りに帰って来てくださいます。

大人と大人の約束です。

帰って来てくださった折には本当に嬉しそうに

『ようやく自分の時間を取り戻しました』

と笑顔を見せてくださいます。

一つ大きな山を越えた満足感と自信が見て取れ、むしろ人間的に大きくなられたような感もあります。

 

反対にお休み期間がはっきりせず、再開時期が不明な方もおられます。

飽きてしまったのだろうと推測します。

いつ帰って来るか分からない方を、いつまでもお待ちすることは出来ませんので、タイミングを見てその旨申し伝えています。

茶道そのものや、教室の雰囲気が合わなければ、続けられないのは仕方ないでしょう。

代わりに自分に合うものを見つけていただければ良いと思います。

 

しかし不思議なのは、去られる方々の共通点。

去られる方は、よく笑うのです。

笑うことがいけないわけではありません。

嫌だとも思わなかったので、私も最近までこの共通点に気が付きませんでした。

 

長くおられる生徒さまも、もちろん時折笑います。

けれども笑いの質が異なります。

去られる生徒さまの特徴は、注意の直後に笑い声を立てるのでした。

『やだもぉー、キャハハ』

最初は楽しんでいるのかと思っていました。

私もつられて笑ってしまうこともありましたし、連客の生徒さまも一緒に笑うこともありました。

ただあまりにも頻回に笑うので、(そんなにおかしい?)と不審に思うようになりました。

改めて思い出すと、どうやら反抗心の表れのようでした。

笑っているだけですので、それに対しての注意まではしません。

しかし人間関係はこのような些細なきっかけで乱れてしまうこともあります。

果たしてAIはここまで気付けるのだろうかと思いました。

 

私どもはお代をいただいて技術をお教えしております。

茶道において技術とはお点前だけでなく、作法と心の持ちようも含みますため、理念も大切にしております。

 

昨今は理念の意識が乏しく、何でもお金で買えると思う傾向があり悲しい気持ちになることもあります。

お代を渋りつつ権利を主張する方もおられれば

『いくらでもお金を出すから高度な技術を教えて欲しい』と仰る方もおられました。

あまりにも礼を欠く発言。

ここまで技術に拘るのは教室を持ちたいからでしょう。

でも師匠を師匠とも思わず敬う心が抜け落ちた状態で、いったい将来弟子に何を伝えるのでしょうか?

 

宗嘉先生も工藤もお点前をする時に

『すごいものを見せてやる』

などと思ってはいません。

あるのは自分の究極に辿り着きたい、という一念のみ。

 

近づけることもあれば、つまらないミスに足を取られることもあります。

『ああ、カッコ悪いところ見せちゃったな』と思う時もあります。それも鍛錬のうち。

 

茶道を始め『道』がつくお稽古の根本は愛情だと思っています。気持ちの上で、愛し愛される関係です。

師匠と弟子の愛だったり

茶道に対する愛だったり

連客に対する愛だったり

今ここに存在する生命そのものへの愛だったりします。

 

お点前中の姿には自分の素が滲み出ますので、愛は大切です。

逆に愛が無いと、顔や言葉は笑いに満ちていても違和感が漂うものとなります。

大人になればなるほど、

心・技・体の一致が試されるように思います。

 

そしてこれらは失敗して失敗して、失敗の理由に気付かずにまた失敗して、朧げながら少しずつ向こうの方から透けて見えてくる答えです。

答えを得るには信頼できる師匠との出会いが必要です。

皆さまそれぞれが信頼できる師匠と出会えますように。

。。。。。。。。

その道に入らんと思ふ心こそ

我が身ながらの師匠なりけれ

。。。。。。。。

まずは心の中の師匠に出会っていただき、初心を全うされますように。

自分のこころは自分のもの。

時間と愛情をかけて、こころを育てていきましょう。