講師(宗夜)ブログ

2024-06-01 13:20:00

●寅子さんの再就職

朝ドラの『虎に翼』

天気予報や交通情報の合間に、たまにちょこっとチャンネルを回していました。

正直なところ、好みではなく…

言い争う場面が多くて疲れてしまうのです。

殆ど見ていないのですが…

 

でも最近の主人公にほろりと来てしまいました。

大切なご主人とお別れ。

『働いても働かなくてもいい。何かを頑張ってくれていればいい。

いや、頑張らなくてもいい。好きなように生きていてくれればいい』

 

なんとお優しい。

神ですか、あなたは。

 

ところが働かざるを得ない状況となり、再び働きに出る寅子さん。

数年のブランクを経て2度目の就職。

不安もあるけど、でもやっぱり働くことは楽しみでもあったのではないかと思います。

1度目の就職の挫折を悔やみ、いつか乗り越えたいと思っていたのではないかと。

『今度こそ…』

静かな闘志は、働く人に共通するものと思います。

 

ところで前述の優しいご主人。

宗嘉先生にお聞きすると、実際にそのように優しい方は存在するのだといいます。

 

🟦羨ましいと思うでしょう?

ところが…!なんだよね。

🔴え?嘘なんですか?その優しさは。

🟦いや、本当だよ。本当に優しい。だから夫婦仲も良い。

🔴じゃあ、やっぱり言うことないじゃないですか。

🟦優しい。言うことない。でもそこに女性の悩みがある。で、僕のところに相談に来る。

🔴優しくて夫婦仲も良くて…

🟦物足りない。女性は自分の居場所を家庭に感じられない。このような男性は仕事もよくできる。不満も言わない。何でも出来るから女性に相談もしない。穏やかだから喧嘩にならない。稼ぎが良いから女性は外に働きに出る必要もない。

🔴贅沢な悩みですね。

🟦そう思うでしょ?誰に相談してもそう言われる。だけど本人は本人なりにすごく苦しいんだ。

特に才能がある場合には。

🔴才能があるのに苦しいのですか?

🟦それを発揮する場がないからイライラするんだ。才能があるから自分の才能を理解しているんだ。

ここに人生の不思議がある。

表面の言動が優しいからと言って、必ずしも本当に優しいとは限らない。

逆に、表面の言動が厳しいからと言って、必ずしも本当に厳しいとは限らない。

🔴深いですね。人生は…。

 

人は才能を発揮する場を持ちたい。

確かにそうかもしれない。

あるいは新たな才能を掘り起こしたい。見つけたい。自分で。

必ずしも働かなくても良い。

働き口で自分の才能が発揮できるとは限らないから。

その場合には趣味などで才能を発揮できれば良いのかもしれない。

 

そんな風に逡巡していた時、

『ピンポーン』

玄関のインターホンが鳴りました。

音声をオンにすると、どうやらリフォーム業者の営業らしいのでした。

『ちょっと出てきて貰えますか?』

『今忙しいんで』

『まぁ、そう言わず…』

『忙しいんで!失礼します』ブチッ

有無を言わせずオフにしました。

 

ふと、自分で

(私、強くなったな)

と思いました。

前はこんな風に言えませんでした。

自分に自信が持てるようになって、やっとハッキリ意思表示できるようになりました。

 

自分に自信のない時には、相手の押しに負けて何となくズルズルと玄関先まで出ていたように思います。

今思うと危険な状況もあったのかもしれません。

世間を知らなさ過ぎました。

 

セキュリティ会社が言うには、一番多い犯罪の手口が押し込み強盗とのことです。

玄関から堂々と、だと言うのです。

住人自らがドアを開けるのですから、近所の人にも怪しまれません。

 

🟦悪い人はね、霊感が強いんだ。カモを見つけるのが上手いんだ。

そして演技も上手いんだ。

これはイケると思われたらアウトだよ。相手はプロ中のプロだからね。

🔴それを防ぐには?

🟦輝くこと!輝くオーラを身に付けること。輝いている人には、悪い人は取り憑けない。美しすぎて入る余地がない。

🔴美しいことが身を守ることに繋がっているのですね?

🟦そうだよ。美しい人は神様に守られているからね。

自分の心と外見と住まいを常に美しく保つことが大事だよ。

神様に守ってもらえるようにね。

そしてハッキリと意思表示をする。『嫌なものは嫌だ』とはっきり言う。野生の世界でも、元気な草食動物は肉食動物に狙われない。体力を消耗するだけだからね。

 

オーラを高めて美しくなることがセキュリティ対策にも通じるとは、予想もしていませんでした。

仕事でも趣味でも、自分の才能を活かして伸ばせる場があればオーラを高めることが出来るでしょう。

オーラを高めれば勘も冴えてきます。悪い人を即座に見分けることが出来るようになり、その場に合った応対も可能です。

 

美しくなって、遠慮せずにはっきりと意思表示をし、自分で自分を守りましょう。

2024-05-30 21:17:00

●皐月☘️野点茶会

皐月の最終日曜日

よし庵にて初の野点茶会が催されました。

長らく雨続きでありましたのに、この日は澄んだ青空が広がりました。

 

よし庵の待合には定刻までにご参加の皆さま8名がお集まりくださいました。

今回は茶事ではなく茶会ですので、ややカジュアルです。

白湯で喉を潤わせつつ軽く自己紹介。

その後に宗嘉先生お手製のワンプレートの茶会ランチ。

食材選びと献立のバランスに拘り抜いた優しいお味のお膳。

身体にじんわりと沁みます。

。。。。。。。。

もち麦鶏つくね

和風サラダ

アスパラのごま和え

にんじんのもち麦あんかけ

新しょうがの炊き込みご飯

沢煮汁

季節の和菓子:水ぼたん

。。。。。。。。

ランチの間に盛り上がったのが

『美容と健康』の話題でした。

 

・最近はこんな風に食事に気をつけている、とか

・食べ物の嗜好がこんな風に変わった、とか

・え?私は全然変わらないんですけど、とか

・無頓着に食べるのは危険、とか

・でもせっかく生きているんだから好きな物を食べたいのよ、とか

・そう言えば今日の献立では『もち麦』がフィーチャーされているね、とか

・私はご飯に入れて毎日食べているの、とか

・それは素晴らしい!、とか

 

とかとかとか…

まぁよく喋りました。

普段のお稽古ではお喋りを慎んでいただいているので、このように心を許して皆さまとお話し出来る時間は貴重な機会です。

このメリハリがよし庵の茶道の良いところだと思っています。

 

皆さまはそれぞれに魅力的。

お互いにその魅力を確認し合える時間がこのようなカジュアルなお茶会の醍醐味のように感じました。

『美容と健康』に話題が上るということ自体が素晴らしいと思います。

生活と気持ちが安定しているからこそ口に出来る話題です。

未来志向で誰も傷つけません。

 

ところで、女性は全般的に美容とおしゃれに貪欲です。

若い女性も美容とおしゃれにエネルギーを注ぎますが、大人女性とは大きな違いがあります。

それは真剣さです。

大人女性にとってのおしゃれは、健康の上に成り立つことものであり、現実的です。

大人世代の女性が『美容と健康』を口にする時には、言動が一致しているのです。

『結局のところ、大切なのは日々の積み重ねなのよねぇー』

『うん、うん』

とみんなで納得しました。

 

ランチを食べ終えたら、そのまま和菓子をいただきます。

本日の和菓子は、水ぼたん。

花ひらく直前のぼたんの蕾です。

きゅっと最上部がすぼまった状態ですが、するすると花びらがほどけて、今にも満開となりそうです。

幾重にも美しいドレープを持つ見事な牡丹を想像しつつ口に運びます。

中は香り豊かなレモンあん。

外側のういろうも同じくらいに柔らかく、調和のとれた美を感じます。

 

さぁ、そろそろ茶庭に移りましょうか。

今日は本当に良いお天気。

カラリとした風を感じ、鳥の囀りに心が弾みます。

手水に注がれる水の音。

さらさらと心地よく、時間の流れを忘れるほど。

 

よし庵の茶庭には3色の小石が敷かれています。

白とグレーとブラウン。

配置も絶妙で実に現代的。

茶室を多く手掛ける専門家のアドバイスにより、このような色彩となりました。

色の違いは、遠近法に則っており、奥行を感じさせます。

陽の光を浴びた時の反射率も計算されているようです。

グレーとブラウンは光を吸収しますので、白い石の輝きが一層に目立ちます。

白い石には石英がふんだんに混じっているのでしょうか?

まるでダイヤモンドのようにキラキラと光を放ち、現実を忘れて夢のような幻のような不思議な気持ちになりました。

このお席にて薄茶と自然の両方を存分に味わいました。

 

それでは、もう一度広間に戻り宗嘉先生の座学に参りましょう。

本日のお題『利休とキリシタン』です。

学校で習う日本史とは全く異なる切り口で、宗嘉先生の解釈が進みます。

史実の羅列だけではない、その時代に確かに生きた人々の足跡を辿り、茶道を軸とした歴史と宗教観が展開されていきました。

ご参加者の中にキリスト教を信仰されている方々がおられ、宗嘉先生のお話に目を潤ませて何度も頷いておられました。

ご自身でも茶道とキリスト教との共通点に何となく気付かれていたとのこと。

ところが確かめようもなく、お社中の師に確かめることも憚られ、一人胸の中にそっと仕舞われていたのだとか。

それが、宗嘉先生の口から滔々と語られる様を見て『心が動きました』と仰っておられました。

 

実に充実した一日となりました。

楽しく打ち解けたお食事の時間。

その後、爽やかな空気と共に薄茶を味わい

最後はしっかりと茶道の真髄を述べて引き締める。

 

楽しくて、ためになる。

よし庵らしい野点茶会でありました。

9月にも野点茶会を催します。

皆さまのお越しを楽しみにお待ち申し上げております。

2024-05-25 13:18:00

●テレビは見ない方がいい

テレビ

昭和時代はテレビ文化の全盛期

子どもの頃、家庭内でテレビがついていない日はありませんでした。

一番身近な電気製品と言っても過言ではありません。実家では家族の誰かが常にテレビをつけていました。

 

しかし宗嘉先生は、出会った頃から『テレビは見ない方がいい』と一貫して仰っています。

テレビを見ることによるデメリットには何があるのでしょうか?

詳細なデータと共に色々な方が理論的に説明されています。

最近、老年医学の専門医の方の文章を読みました。

説得力のある文章に考えさせられました。

 

私もテレビの悪影響をお仕事の中で実感することがあります。

茶道とテレビに一体どんな関係があるのか、疑問に思われるかも知れません。

しかしこれが多いにあるのです。

テレビをよく見ていらっしゃる方には、共通した特徴があります。

 

●敬語を使えない

●話題があちこちに飛ぶ

●自分に注目を集めたがる

 

出会って間もない状態でも、友達目線のタメ口になります。

言葉遣いから『この方は相当テレビを見ているな』と予想できます。

テレビにはたくさんの芸人さんが出ています。

親近感を演出するため芸人さんは基本的にタメ口です。

相手の懐に入らないと大勢を笑わせることができないので当然かも知れません。

 

『笑う』という行動には、瞬間的に人を元気にさせる力があります。

気持ちが高揚するし、大勢の人の笑い声と共に自分も笑うことで一体感が得られるでしょう。

表情筋や腹筋も使うので、大笑いした後には何となくスッキリします。

その一方で中毒性もありそうです。

笑わずにはいられない。

笑いを求めずにはいられない。

落ち着きのない大人になってしまう可能性があります。

人間関係においての判断力も鈍り、無遠慮に相手のテリトリーに踏み入る可能性があります。

 

本格的に茶道を極めたいのであれば、テレビの前で爆笑するような番組は避ける方が無難でしょう。

ぞんざいな口調は見ているだけでも脳に刷り込まれてしまいます。

いざと言う時に口を突いて出るのは、普段の口調なのです。

 

先日の宗嘉先生との対談でも、テレビの影響力を感じました。

テレビには言及していませんが、大袈裟な身振り素振りは、画面越しでの演出と重なります。

『えっ⁉️』と耳に手を当てて大袈裟に聞き返す行動は、テレビ番組により刷り込まれたものと感じました。

 

人生100年時代と言われます。

『現役』と呼ばれる年齢を自分で決める時代になりました。

自分のことは自分で。

現役らしく、いつでも自分自身を律していきたいものです。

改善の余地は、何気ないルーティンワークにこそありそうです。

2024-05-24 18:20:00

●伝わる文章の書き方

思った通りに相手に伝わらない…

意図を確実に相手に伝える技術に苦手意識を持つ方がとても多くいらっしゃいます。

日々誰もが言葉に触れているのに、なぜこの技術が難しく思われているのでしょう。

理由には主に以下の3つが挙げられるようです。

 

・敬語が難しい

・話を短くまとめらない

・始め方と終わり方が分からない

 

この3つの特徴は、実は幼児性から来ています。

『あのね〜、今日ね〜、学校行ったらね〜、〇〇ちゃんがね〜、宿題忘れてね〜、あ!そのおやつ!新しいのだ。食べる食べる!』

 

敬語がなく、話にまとまりがなく、筋も通らず、最後は尻切れとんぼの状態。

多分、このときの子どもは身体をくねくねと動かしながら、手も足も動かしながら話していると思います。

そういう子どもの姿はかわいいし、まとまりがない話にも癒されます。

口から出る言葉の内容はどうでもよくて、魂でコミュニケーションを取っています。

大事な成長段階です。

 

しかし大人はそうはいきません。

大人の言葉へと切り替えていくには、敬語を習得するにはどうしたら良いのでしょうか?

あまりにも苦手意識が強い場合には子どもの成長段階に習って、少しずつ慣れていくことをお勧めします。

 

私のお勧めは絵本の音読です。

なかでも『科学絵本』が参考になります。

子どもが敬語を習得するのは家庭ではありません。学校です。

学校の国語の授業で少しずつ慣れていきます。

国語の授業では教科書の音読をして、身体に敬語を入れていきます。

口の筋肉を動かす練習をします。

まず自分の口から敬語が出ないことには、文章で記すこともできないのです。

学校の国語の教科書でよく取り上げられているのが、甲斐信枝さんの科学絵本です。

 

え?今さら絵本?

意外に思われるかも知れません。

しかし大人になってから改めて絵本に触れると、平易な言葉の背後にある情報の多さに気付かされます。

絵本の言葉遣いはとても美しく、文章の構成にも無駄がありません。

また、相手が子どもだからといって雑な扱いはしていません。

子どもの勘の鋭さは時に神がかっているほどで、警戒心がとても強いのです。

その警戒心を丹念に解きほぐす、精神的な練れも見て取れます。

 

甲斐さんはたくさんの絵本を出されています。

私が特に好きなのが

『ひがんばな』

『稲と日本人』

です。

 

絵からは植物に対する深い愛情と尊敬の念を感じます。

土や虫や植物を大事にして、先生と崇めて、すこしでもそこに近づきたいという謙虚な気持ちが絵からも文章からも伝わってきます。

だから同じ本でも、何回も何回も読みたくなります。

 

こういうものを教材として触れていると、敬語に温かみが生まれてきます。

敬語や丁寧な言葉は、相手との距離感を保つ緩衝材ですが、絵本を参考にすると冷たくなりません。

また嫌味にもなりません。

 

伝わる文章の目的は『自分との関わりを継続的に持ってもらうこと』にあります。

人間味はとても大切です。

ご自身がホッと心和む、美しい言葉で紡がれている絵本の音読を、ぜひ続けてみてください。

習得に時間は掛かりますが、借り物ではない本当の力がつき、ご自身の支えとなることでしょう。

2024-05-20 16:11:00

●癖を直す

つい謝る、つい笑う、つい手を振る

などなど…

ついやってしまう癖のせいで、印象を損ねているかもしれません。

 

『はい、すいません』

『はい、すいません』

『はい、どうもすいません』

OL時代につい謝る癖を持っていました。返事の度に口癖のように出てきたのです。

 

職場の先輩から口癖を止めるようにアドバイスされた経験がありますが、真意が分かりませんでした。

なぜ口癖がそこまで印象を損ねるのか、納得できないうちは直らないものだと実感します。

 

当時はとにかく自分に自信がありませんでした。

(何かあったらごめんなさい)

そんな感じで謝る癖がありました。

『つまりは直す気がないんだね』

ガツンと言われたこともありましたが、それも意味が分かりませんでした。

 

子供から大人になりきれておらず、子供時代の『躾:しつけ』から抜けきれなかったのです。

子供の世界では、余程のことがない限り謝れば許してもらえます。

『ごめんなさい』→『いいよ』

 

大人の世界は、そんなに単純ではありません。

その違いが分かりませんでした。

適応能力のある人であれば、部活での上下関係や、バイト仲間との人間関係などから徐々に身につく感覚なのでしょう。

学生時代のうちに身についていたら、OL時代の私の悩みはあんなに深くはなかっただろうと思います。

 

実は、謝れば許されるという感覚はとても横柄です。

謝った側にマウントがあります。

(謝ったんだから許してよ)

そんな風にも聞こえます。

謝られたら基本的には許さなければならないという思いこみから生まれた口癖でした。

謝られた方の気持ちに鈍感でした。

 

逆の立場になると分かりますが、何度も口癖のように謝られると不愉快になります。

まるでいじめているような気持ちにさせられます。

これでは円滑に仕事は回らないでしょう。

 

つい笑う癖も同じことが言えます。

笑う必要のないところで笑い声を立てられると不審に思われます。

余計な動きの多い人も同じです。

顔の周りに手を持ってきて、髪をいじったり、口を覆ったり、手を振ったり…

落ち着きのない行動は相手を不愉快にさせてしまうのです。

『悪い人じゃないんだけどね…』

と前置きされるタイプの人たち。

まさに悪い人ではないので苦情を言いづらく、許容できない自分の方が狭量なのかと思わせます。

しかしその時点で周囲に負担を掛けており、癖のない人が現れた時に比較されて評価が下がります。

 

若くてスタイルが良くて可愛いうちはある程度許してもらるでしょう。

でも、そうではなくなってしまうと冷たい反応を受けて生きづらさを感じることになります。

 

無意識に出る癖を直すのは簡単ではありませんが、自分に自信が持てるようになると少しずつ改善します。

行動に余裕と落ち着きが出て、静かにすることができます。

そうなれば隠れていた自分の新たな才能を掘り起こすことも出来るかも知れません。

 

それらを可能にするのが和の文化だと私たちは確信しております。

『道』と名のつく文化文芸の数々。

どこへ繋がる道かと言えば、自分の内面から天へと繋がる光の道。

和の文化を学び、味わいながら、小さな癖を直して、魅力あふれる本当の自分を育てましょう。