講師(宗夜)ブログ
●稲と日本人
『稲と日本人』
私の好きな絵本作家の一人
甲斐信枝さんの晩年の傑作です。
この絵本の存在を知ったのは7〜8年前。
通訳ガイドになりたてだった頃。
米についての勉強会があり、色々と資料を集めていた時でした。
甲斐信枝さんの新作だと知り、気持ちが踊るのと同時に驚きました。
甲斐さんは1930年生まれですので、出版時には85歳でした。
本を手にしてまたまた驚きました。
85歳にしてこの大作。
なんという中身の濃さ。
後書きを読んでさらに驚きました。
発案から十余年の歳月を掛けてようやく描き上げたというのです。
そのバイタリティに脱帽する思いです。
甲斐さんの人生を賭けて描いた最高傑作。
持てる能力の全てを注ぎ込んだ一冊と言えるでしょう。
取材から作成まで十余年掛かるのも無理はありません。
お米は一年に一度しか実を付けませんから、取材や研究にはどうしても時間が掛かります。
きっと甲斐さんは色々な地域に足を運び、お米の味の違いを知り、生育環境の違いを肌で感じつつ、何百枚も何千枚もスケッチしたことでしょう。
朝昼晩と様々な時間帯に出掛けて、一番説得力のある景色を求めて、色々な空模様の日に、何度も何度も現地を訪れたことでしょう。
私には田舎と呼べる故郷はありません。でも甲斐さんの絵からは郷愁を感じます。
日本人の遺伝子が懐かしいと思わせるのでしょうか。
絵本に書かれているのは、このようなものです。
・日本列島への稲の伝播の歴史説
・稲の種の歴史と野生稲の紹介
・栽培方法の変遷
・災害と稲への影響
(飢饉、台風、山瀬風、浅間山大噴火、水枯れ、ウンカの大発生)
・水不足の苦難を乗り越えた沢山の実話
・品種改良に挑んだ若者の話
・戦後に導入された化学肥料と、その影で消えていった在来種の話
・今も昔も変わらぬお百姓さんの心
・稲の花の詳細な説明
・現代のおいしいお米
・おいしいけれど災害に弱いのではと思われる心配の数々
などなど…
60ページ余に
詳しく詳しく書かれています。
電気釜のボタンひとつで、
便利にポチッとあっという間に炊かれてしまう、美味しいお米。
毎日毎食のお米に、これほどまでの厚みがあろうとは。
この厚みを、甲斐さんは何としても伝えたかったのだと思います。
豊かすぎる時代の私たちに。
甲斐さんは1930年生まれ。
太平洋戦争が終わった頃、15歳でした。
最も多感な年頃に戦争を経験し、その後の日本の変わりようを見て、一体どのようなことを感じていらしたのでしょう。
甲斐さんの目は、いつも身近な自然に注がれ、言葉は優しく穏やかです。
人間社会が凄まじい変化を見せる中、雑草や虫たちはただそこに存在し、ただ生きています。
甲斐さんの絵本には説教臭さはありません。
でも『稲と日本人』の最後に(大丈夫かしら…)と控えめに危惧が表現されていました。
危惧でありながらも
『でもまぁ、なるようにしかならないものね』
と、突き放した感じで締めくくられていました。
これが、生を掛けて自然と向き合ってきた人の悟りの境地なのだろうなぁと思いました。
この絵本を読んでから、以前よりもお米を味わっていただくようになりました。
お米に神性を抱くようになったのでした。
先日、私たちの動画にコメントをいただきました。
『美しい所作、和食の頂き方』
へのコメントでした。
●ご飯を小皿代わりにしてはいけませんか?
というご質問でした。
ああ、そうか。そういうご家庭もあるだろうなぁ、と思いました。
お母さんの気持ちとなれば、洗い物が少なくて済むし、ご飯におかずの味も染みるし、それが美味しく感じることもあるだろうなぁと思います。
ご飯の時間は、大切な家族団欒の時間ですから、作法通りが正しいとは限りません。
家族水入らずで過ごせる時間は、それほど長くありません。
ご家庭ではお作法はちょっと脇に置いておいて、お喋りに花を咲かせながら、心を解放して美味しく楽しく召し上がるのが一番です。
でも社会に出たら、大人になったら、是非とも美しく召し上がって頂きたいと思います。
ご飯の上におかずを載せる行為。
甲斐さんの絵本を読んだ後で、この画を目に浮かべると、とても悲しい気持ちになります。
悪気がないのはもちろん分かります。
昔、白いお米はこの上ないご馳走でした。
おかずを上にのせるということは、知らず知らずに私たちはお米を下に見ている心の現れです。
悪気がないからこそ悲しく思います。
美しい作法や体裁を整えることは、大人の世界ではとても大切です。
また、外見にふさわしい中身に整えることも大切なことです。
どうして作法が必要なのか
ぜひ皆さまも自分なりの答えを探っていただきたいと思います。