講師(宗夜)ブログ
●若い人に媚びない、遠慮しない
ある日の朝、いつもの調子で電車に乗って揺られていたら、目の前の学生風の女性が突然立ち上がり
『どうぞ』
と席を譲ってきました。
面食らって『いや、良いです』と断りましたが…
その学生さん、マスクの下の声を聞いて(あ、しまった)という顔をしながらも立ち上がった手前引っ込みも付かず、もう一度『どうぞ』と言い残して別の車両に去っていきました。
目の前にぽっかりと一つ席が空き、
何とも言えないバツの悪さを抱えつつ(じ、じゃあ…)みたいな感じでつい座ってしまったのでした。
でも座っている間中、情けない思いを味わっていました。
そういう話をよし庵に着いてから、朝の準備をしながら先生に伝えますとこれまた突然に叱られました。
🟦何だよ、情けないな。それで座ったわけ?すごすごと。
情けないなーー!
🔴だって混んでいるのに目の前に席が空いてしまいましたし…。
確かに嫌な気持ちになったけど、相手に悪気があるわけじゃないし。
🟦あるんだよ!大人をバカにしてるんだよ。着物だから老齢だと判断したんだ。老齢には優しくしなきゃと安易に思ったんだろう。
だけどね、そんな時は毅然と断って大人の凄さを教えるんだよ。
教えてやるんだ、大人のカッコ良さを!
そもそも途中で席を譲くらいなら最初から座らなきゃ良いじゃないか。
おかしいでしょ。
宗嘉先生、珍しくご立腹でした。
通勤途中で嫌な思いをし、出勤後にも叱られ、何となくシュンとしましたが、じわじわと『その通りかもしれない。』と思えてきました。
街中を見渡せば、気が付かないうちに自分よりも年下の人ばかり。
ふと自分が20代だったころの気持ちを思い出しました。
20代のOL時代。
メディアには同世代のタレントや俳優が頻繁に登場し世代交代が明らかでした。
社会に出て、学生時代には考えられないような額面の収入を得、貯金が出来るようになると、気持ちが大きくなりました。
実家暮らしだったにも関わらず、両親に横柄な言動をしていました。
それに対して両親もハッキリと物を言わず、モゴモゴと小さな声で文句を言うだけでした。
こちらが大きく出れば向こうは小さくなり『なんだ大人なんてこんなものか』と思えたのでした。
生意気でしょうがない自分。
しかし気持ちの内部には生意気だけではない、複雑な感情が絡まっていたのでした。
生意気の半分は人生に対する絶望感です。
人生の先輩である両親には、もっとカッコよくいて欲しかったのです。
もっと輝いていて欲しかった。
いま、あの頃の両親と同世代になってみれば、当時の状況や両親の気持ちなどが分かり、仕方ないと理解はできます。
でも一方で、若い頃の自分の正直な気持ちにもそれなりの正当性があるように思います。
若い人には、立ちはだかる大きな厚い壁が必要なのです。
うわぁ、なんて凄いんだ!
くぅぅ、悔しい。
乗り越えたい。
いつか乗り越えてみせる。
そう思わせてくれる存在が必要なのです。
両親は子どもの時分には厳しかったのに、身体が大きくなって弁が立つようになると、態度が変わりました。変に遠慮するような、ごまをするような、そんなことが多くなりました。
。。。。。。。。。。。。。
本当は大人になったら肉親とは離れないといけないんだよね…。
と言うのは、大きくなってから子どもに急に甘くなる人が多いんだ。
立場が逆転したから怖いのだろう。
その裏には自信のなさがある。
そこに若い人は絶望する。
自分の行く末もこんなものかと。
そういう親がそばにいると、席を譲る若い人が増えるんだ。
優しいから譲るんじゃない。
裏に憎しみがある。
若い世代と、大人世代とは分かり合えないよ。
思考の方向が違うから。
『分かり合えなくて良い』と腹を括って、こちらはこちらで大いに繁栄すれば良いのだ。
若ぶって便乗するのでもなく、
教えてやろうと偉ぶるのでもなく、
自分たちは自分たちで仕事に励み、
大いに楽しみ輝いていれば良い。
それが何よりの教育だ。
。。。。。。。。。。。。。
以前に読んだ随筆に、宗嘉先生のご意見と同じようなことが書かれていました。
1960年代の学生運動が激しい最中。
学生側がバリケードを築き、大学側と睨み合っているその中を、一人名のある学者が堂々と出勤している様子が描かれていました。
きちんと三つ揃いのスーツを着て、
髪も綺麗に整えてピカピカの靴で、
ドンパチと戦う中を、静かに颯爽と歩いていたと言うのでした。
歩く姿を見た瞬間、学生が静かになり手を止めたのでした。
『私は仕事をする。私のための私の仕事を』
背中がそう語っていたそうです。
本の題名も、筆者も忘れてしまいました。でもこのシーンだけは私の脳裏に映像となって強烈に浮かんだのでした。
大人のカッコ良さ。
大いに繁栄し大いに楽しむ。
その通りだなぁと思ったのでした。