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戦中に生まれる戦後秩序 日本、太平洋憲章の起草を
2022年2月24日にロシアがウクライナ侵略を始めてから、まもなく1年となる。
ロシアは市民や生活インフラも標的にし、残忍な攻撃を重ねる。和平はおろか、停戦の道筋すらも見えない。
ただ、より明白になってきたこともある。この侵略は最終的に失敗し、ロシアは歴史の敗者になる可能性が高いということだ。
ならば、ロシアによる侵略戦争の後に、どのような秩序をつくり上げていくのか、主要国はいまこそ青写真を練るときだろう。
米英による「大西洋憲章」
そのような構想は先の大戦を率いた名宰相、チャーチルを生んだ英国でも出ている。
英国・イングランド東部ノリッジ。1月13〜15日、日英の政治家や外交官、識者ら約40人が集まり、定例対話である「日英21世紀委員会」が開かれた。
議論の中心になったのは世界秩序をどう守り、修復したら良いのかという点である。
おおむね、次のような認識で一致した。
■秩序の後退はいまに始まったことではない。14年にロシアがクリミアを併合、10年代には中国が南シナ海で軍事拠点を増やした。今回の侵略はその流れにある。
■米国は国内分断が深まり当面、より内向きになる恐れがある。
日英などの準大国が、米国の対外関与を下支えするしかない。
ロシアによる侵略戦争が続いているとはいえ、決して気が早い話ではない。
国連憲章をはじめとする現秩序の素地がつくられたのも、第2次世界大戦のさなかだった。1941年8月、ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相が大西洋洋上で会談し、取りまとめた「大西洋憲章」である。
憲章とは、重要な原則をうたった取り決めのことだ。大西洋憲章では、領土の不可侵や民族の自決権など、秩序の骨格となる8つの原則をうたった。
ナチスドイツが39年9月にポーランドに侵攻し、第2次大戦が始まってから2年足らず。
まだ、米国が参戦すらしていなかった時である。
新興国や途上国の支持も
むろん、当時といまでは多くの違いがある。
ただ、第2次大戦以来、最悪ともいえる侵略が欧州を襲い、アジアでも緊張が高まっている点では似ている。
中国の軍拡で、台湾海峡などでは紛争の火種がくすぶる。朝鮮半島も緊迫している。もし欧州とアジアで同時に戦争が広がったら、第3次大戦になってしまう。
この危ない流れを押しとどめるためには、これだけは譲れないという原則を改めて打ち立てる必要がある。
21年6月、米英はそんな認識から「新大西洋憲章」を発表した。
ただ、世界の重心はインド太平洋に移っている。そう考えると、今後の諸原則はインド太平洋憲章として起草し、多くの国々の署名を得ていくのが望ましい。
その役割を果たす資格と責任が、日本にはある。多くの国々が支持する「自由で開かれたインド太平洋」の概念を、日本は生んだ。
政府関係者によると、岸田政権はこの概念を実現するための計画をまとめたうえで、23年前半にも発表する方向だ。
新憲章に強い影響力を与え、世界の共通規範にするには、新興国や途上国の支持も得なければならない。なかにはサウジアラビアやベトナムのように、王政や一党支配の国もある。西側の民主主義を押しつけたら、それらの国々は離れてしまう。
領土の不可侵、法の支配、航行の自由、自由な貿易……。異なる政治体制の国々も結束できるよう、こうした原則を中心にすえるのが賢明だろう。
いずれも、言わずもがなの原則ではある。
しかし、当然だったはずの国際ルールが踏みにじられ、今日に至っている。新憲章にまとめ、各国が順守を誓い合う意味は大きい。
このままでは、世界はルールではなく、力が支配する状態に向かってしまう。米国の指導力が大きく弱まる中東やアフリカでは、すでに乱世になっている。
シリアやイエメンでは内戦が続き、イランは核開発を進める。イランとイスラエル・アラブ諸国の軍事緊張も高まっている。
エジプトの著名な政治家で、中東専門家としても知られるモナ・マクラム・エベイド氏は警告する。
「米国の関与低下が中東に火種を広げている。もう米国は当てにならない、と各国は思っている。域内の問題を自力で解決しなければならなくなってしまった」
米国が「世界の警察」から退き、1つの超大国が秩序を支える時代は去った。
新しい秩序は、原則をともにする西側諸国と新興国、途上国が協力し、集団で守っていかざるを得ない。