講師(宗夜)ブログ

2023-05-05 21:11:00

●茶道とJAZZ

先日、生徒さまと平点前(濃茶)のお稽古をしていて、思わぬ形で茶道とジャズの共通点を見つけました。

その生徒様はすでにお茶名をお持ちなのですが、一から茶道を見直したいということで平点前からお稽古してくださっているのでした。

改善ポイントは連動性と統一感でした。

 

連動性とは、全ての動きをつなげることです。

動きを脳で再確認しながら行っていると、どうしても手が一旦お膝に戻ります。

茶筅通しを終えたら、一旦手がお膝に戻ってしまう…といった具合です。

お膝は『ホーム』なのかもしれません。

空中に手が浮いたままでは心理的に落ち着かずに不安定になりやすいのかもしれません。

でも大丈夫。すでに十分なお力をお持ちでいらっしゃるから、そのお力を信じて。

全ての動きを流れるように行いましょうとお伝えしました。

手が流れるように空中を舞うと、驚くほど動きが美しくなられます。

 

そして統一感。

生徒様の動きにはムラがあり、速いところと遅いところが出来てしまうことを指摘しました。

ムラは美しく見えません。

無意識に起こるからです。出来るところは早くなるし、苦手なところは遅くなる。

メリハリとは異なります。

メリハリとは緩急のことで、全体像を見ながら計算した上で意図的につけていくのです。

それにより統一感が生まれます。

その背後にあるのがリズム。

ここがジャズとの共通点でした。

 

ワーン、トゥ、1、2、3

ッッ…トゥーン

この最初のリズムをずーっと維持しなさい、とジャズピアノの先生に指導されました。

 

『あー、ほらほら。出来るところだけ早くなっちゃう。そうすると他の楽器の人と合わなくなっちゃうでしょう?リズムの縦の線をずーっとキープするのよ。』

 

リズムの取り方は、クラッシックとは全然違いました。

『4ビートの裏に3連符を常に感じよ』

と教えられました。

 

1             2             3             4   の裏に

タタタ タタタ タタタ タタタ

●                          ●

 

更には『2と4の最初にアクセントを感じよ』と。

 

この3連符がクセモノでした。

クラッシックでの3連符とは異なりました。

『もっと正確に。感情を抜きにして。デジタルに。』

 

私が習ったクラッシックでの3連符は、曲の途中で音を強調させるために出ることが多かったのでした。

タタタではなくて『ダダダ』と言った具合。

そこだけ少し遅くなりました。

その要領で弾くと、先生から注意されました。

『あー、ダメダメ。そんなところにアクセントないよ。』

そもそも使っているメトロノームが違いました。

クラッシックでは振り子式のメトロノームを使っていました。

『振り子式だと不正確だから電池式のを買って。リズムはジャズの命なのよ。』

『リズムという共通のルールがしっかりしているから突然のセッションが成り立つの。アドリブの小説数も決まっているから全体の流れから把握して。最初のうちはリズムとフレーズから小節を計算するしかないわね。そのうちに感覚が掴めるけどね。』

掴めないうちに私のジャズピアノ歴は幕を閉じました。残念…😢

芸事は難しい。身を以て知ったことが私の財産となりました。

 

茶道では、お茶室に足を踏み入れた際の足捌きがこの『リズム』に相当します。

右足、左足と踏み入れた音、それがジャズで言うところの最初のリズム。

シュッ、シュッと摺り足の音が響く。

その摺り足のリズムをお点前の最初から最後まで背後に感じましょう。

摺り足は早すぎても遅すぎても良くありません。

お点前の格によって速度が決まっているから努めてそれを一定に保ちます。

帛紗を捌く時も、お道具を清める時も、脳裏に摺り足の音を響かせて。

1、2、3、4、5、6、7、8…

規則的な大きなうねりに手足の動きを連動させていくと美しくなります。

 

ジャズとのもう一つの共通点『3』という数字。把握の難しい『3』

茶道では空間的に感じます。

風炉の点前畳を0°とするなら、客付きは約45°

健水を下げるときのひと膝下座は、約30°

お客様との問答はお道具正面、約90°

すべて3の倍数。

 

茶道とJAZZ

達人ほど、いとも簡単に自由に行っているように見える。でも実はきちんとした規則があって、その中で個性を発揮しているのでした。

2023-04-30 17:15:00

●茶道と数学

茶道に向き合っていると所々で数学を感じることがあります。美しいと思える動きにはいつも法則が存在します。

繰り返し繰り返し練習しているうちに、動きの軌跡は洗練された線となって宙に現れます。

美しい。

私はいつもその線に魅了され、何度でもいつでもその線を思うように生み出せたら、なんて素敵だろうかと思うのです。

自分からも生徒さまからも。

 

最初に気付いたのは放物線。

宗嘉先生が蓋置を扱う所作から。

その軌跡とスピードがあまりにも美しく、何度も真似して繰り返しているうちに、放物線が目に浮かびました。

ボールをポーンと空中に投げると現れる放物線。最初と最後はスピードが速くなります。

運動エネルギーが大きいから。

それが頂点に近づくにつれて位置エネルギーに置き換わりスピードが失われて、頂点でほんの一瞬止まるような感じ。

そこからまたスピードを増して地に帰ってくる。美しい放物線を意識するよう生徒さまにも毎回指導しています。

頂点で折り返すときに、軌跡が左右対称になるよう、スピードも同じになるよう維持すると更に美しさが増します。

 

その次に現れたのが、パスカルの三角形。

炉の時の柄杓の柄の角度と、茶杓の柄の角度、そして自分の膝の角度が並行に揃っている姿。

楽譜の五線譜🎼のようにも思えます。

自分もお道具も、音を奏でる楽器の一部。

心和む音楽になるようにと気を配ってお点前に臨みます。

 

フィボナッチ数列。

カタツムリの渦巻きが有名ですが、そのほかにも様々な動植物がその数列を自らの姿に取り入れています。取り入れている、というよりも進化の過程で淘汰されたという表現が正しいのでしょう。

茶道では、釜の蓋を開けて蓋置に置くときの軌跡にフィボナッチ数列を感じます。

また、棗や茶入れを清める際の右手の動き。

左手で棗や茶入れを帯の上線まで持ち上げ、膝の線まで入った時に右手の帛紗が追いかけるようにして蓋に到達するのですが、その時の右手の動きがカタツムリの渦巻きにそっくりです。

私はここで必ず生徒様に『カタツムリの渦巻きを意識してね』とお願いしています。

 

七事式での東や半東の動き方からは双曲線も感じます。決して広くない茶室の中で複数人がピタリと動きを合わせた時、心が一つになった感動を得て空間に無限の広がりを感じます。

 

西洋の学問でしょ?

偶然でしょ?

と思われるかもしれませんが、日本文化の中にも数列は溢れています。

茶道で使う扇子を広げればフィボナッチ数列から派生した黄金角137.5°にピッタリと重なります。

私の家紋『庵木瓜』はパルテノン神殿にそっくり。その縦横の比率は1:φという黄金比で構成されています。

裂地の紋様『亀甲紋』や『鱗紋』はパスカルの三角形だし、米俵の積み方もパスカルの三角形を用いています。

江戸時代に町中を繋いでいた橋の形は放物線を描いています。

浮世絵師として名を馳せた北斎は代表作『神奈川沖浪裏』の構図にフィボナッチ数列を用いています。

 

美しさを多くの人に理解してもらうため、磨いていくうちに、たどり着いたのが普遍的な法則。

その美しさの先生が『自然』

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自然という偉大な書物は数学という言語で書かれている (ガリレオ・ガリレイの名言)

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人間は自然を畏れ、敬い、憧れました。

朝焼け夕焼けの美しさ。

山の稜線。波の音、鳥のさえずり。

何とかしてその美しさを手に入れたい。

再現したい。

そして、芸術が生まれました。

芸術が数学と近しい関係であることはある種当然なのかもしれません。

 

茶道は自然からのエッセンス。

古今東西から抽出された最良のエッセンス。

2023-04-30 13:07:00

●お辞儀のふしぎ

最近、外部の社中に在籍している会員さまがビジターとしてお稽古にご参加くださる機会が多くなりました。花月や茶事、奥伝などのお稽古を楽しんでくださいます。

 

お稽古後にお褒めの言葉を頂戴することが多くあります。

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よし庵の生徒さまのお辞儀が美しい

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ありがたいお言葉です。

宗嘉先生も宗夜も、お辞儀には並々ならぬこだわりを持って指導に当たっております。

お言葉をとても嬉しく受け止めました。

私たちはお辞儀に、その方の全てが滲み出ると思っております。

 

ネガティブな人は、ネガティブなお辞儀

威張った人は、威張ったお辞儀

素敵な人は、素敵なお辞儀

 

入会されて間もない生徒さまも、

先輩達の美しいお辞儀を目にして

『私もあんな風になりたいんです』

と口にされることがあります。

 

よし庵の生徒さまのお辞儀には卑屈さは微塵もない。

頭を下げているのに威厳すら感じる。

背筋をまっすぐに伸ばし、

肘は左右対称の美しい三角形を描いて、

目線はやや憂いを帯びたように斜め下、

伏し目がちの睫毛までもが美しい。

 

それは、ご自身がご自身を認識しているから。

人生という形のない地図の中で、ご自身の立ち位置を正確に掴んでいるから。

今の、自分は、ここに居る。

それを座標的に認知しているから。

 

茶室とは不思議な場所で、このお部屋に入ると、肩書きは全て掻き消されてしまう。

素の『そのひと』が現れる。

そして茶室ならではの上下関係がある。

 

私たち講師はお辞儀を受けてはおりますが、生徒さま達に平伏してもらいたい訳ではないのです。

人格が上とか、能力が上とか、よもや思ってはおりません。

ではなぜお辞儀にこだわるのかと言うと、そういうシステムだから。

 

人は様々なシステムの中で生きいます。

システムを深く理解すると人間関係が円滑になり、組織が上手く回り、自分も生きやすくなります。

茶室では必要な時に、必要な事だけを行い、あとは集中してもらいます。

静かに美しく。

 

いまお客様がこう動いたから、自分はこう動く。

半東さんがこう動いてくれたからスムーズに事が運んだ。ありがたい。

でもお礼はあとで言おう。

いまはその時ではない。

いまは目の前のことに集中…。

茶の湯は自分ひとりでは成り立たない。

皆さまが居られてこそ。

どうもありがとう…

 

自分に自信がつくと頭が下げられる。

ありがとうと言える。

間違えた時は素直に謝れる。

自分が悪かった。申し訳ない、と言える。

 

自信のないうちは、人に頭を下げられない。

下げたくないと思う。

『なぜお金を払っている自分が下げなくてはならないのか?そちらが下げるべきではないのか?』

と疑問に思う。

『自分はお客様ではないのか?』

と思う。外の世界ではそうだから。

 

私も習い始めはそうでした。

『はい。ここでお辞儀してください。』

と言われ、ちょっとムッとしました。

(だったらサービスして深々と下げてみよう)

などと浅知恵を出すと

『それは深すぎる。もう少し浅くして』

(サービス要らないの?よく分からないなぁ…)

 

これが『我』

我が張っていると人間関係が上手く行かない。

現代では『生きづらさ』というキーワードがよくメディアなどに上がりますが、これを『我』と言い換える事ができると思います。

 

我が去ると楽になるのだけれども、これがなかなか自分から去らない。

変なプライドが自分から剥がれない。

それを、お辞儀が少しずつ少しずつ剥がしてくれる。

身体を傾けて、戻して、という繰り返しによって少しずつ剥がしてくれる。

すると本来の輝く自分が現れ出る。

美しいお辞儀が自分を創る。

2023-04-22 16:57:00

●全身で生きる

よし庵のお稽古は常に進化しています。

それは講師である我々の、人生に対する理解が深まるからです。

茶道も、和菓子も、懐石料理も、着付けも常に進化しています。

 

最近の大きな進化が『全身で生きる』こと。

全身を連動させて、全身で茶道をする。

『ぞんざいに生きるな』ということに通じます。

まさに禅、そのもの。

 

数年前の宿坊体験を思い出しました。

体験期間内には、座禅のほかに写経をしたり、護摩焚きに参加したり、掃除をしたり、静かに一言も口を聞かずに食事をしたり、と色々な体験をしました。

宿坊は山の頂上にあり、幾つもの建物を移動しながら数日間の修行を体験しました。

その時に一人の女性と知り合いました。

女性は移動する際、必ずゆっくりゆっくり歩を進めました。

何をしているのか尋ねたところ、

『歩いている』

と至極ご尤もな答え。

『歩いているときに、どの筋肉がどう連動して動くのかを観察しながら歩いているのだ』

と答えました。

 

女性は数年前にブータンへも宿坊体験に行ったのだそうで、その時に僧侶に厳しく叱責されたと言うのです。

『簡単に歩くな』と。

『歩けることを当然だと思うな。ありがたいと思って噛み締めながら歩け。足を一歩踏み出すだけでも全身が連動しているのだ。それを知れ。』

 

すごく大事なことを言っているとその時にも思いました。思ったけれども当時はまだ若さのせいかピンときませんでした。

今は、分かる。

 

例えば年齢を重ねると、処処の感覚器官が衰える。目、耳、手先、足先、関節…。

痛い。痺れる。疲れる。

(以前と違う…。私どうなっちゃうの?)

すごく不安になる。

ネットで調べると感覚の細胞は再生しないとのこと。

じゃあ、じゃあ、どうすれば良いの?

答えが出ないまま、そんな不調が普通になる。

普通になるから疑問にも思わなくなっていきました。

 

そんな折、私は新しい趣味『書』に出会いました。

夢中になって2年目。

休日に週1回程度の練習でしたが、書の先生から

『飛躍を望むなら毎日練習しないとダメですよ』

と進言されました。

5分で良いから毎日練習しなさい、と。

ああピアノと同じだ。

何でも同じなんだなぁ…と思って2ヶ月ほど続けたところで

『良いですね』

とお褒めの言葉をいただきました。

その時に分かったのが身体の使い方。

私は手や腕だけで書くのだと思っていました。

でも、違いました。

筆を持つのは確かに右手だけなのですが、実は全身を連動させて書いているのでした。

手だけで書こうとすると、思ったところに思ってような線が書けません。

力を抜きたいのに力が抜けません。

手だけで書くには限界がありました。

全身全霊で書くのだと気付いてからは、少しずつ線の精度が上がってきました。

ほんの小さな力で、筆のあらゆる面を使って繊細に書く。その面白さに気付きました。

自分の体が少しずつ自分のものになっていくような感覚が楽しくて仕方ありません。

 

『これは書道に限らない。茶道も同じでは?』

と思っていたら宗嘉先生の茶道も進化していました。

 

『茶道はやっぱり武道なんだよね』

宗嘉先生が言いました。

宗嘉先生の趣味に武道があり、身体の使い方が同じだと言うのです。

やはり毎日の練習が欠かせないとのこと。

ああ、だからか!

細川幽斎が、武道も茶道も書道も和歌も、なんでも得意だったのは結局一つの道から様々なことが派生しているからだったんだ!

 

ん?

じゃあ、わたしの身体の不調も、もしかしたら変わるかも。

と思って毎日5分のエクササイズを続けてみました。続けてみて1ヶ月。

思った通りでした。

視力が少し上がりました。

ピントが合いやすくなりました。

 

ちょっとしたことだけど、とても嬉しい。

知恵を付けて自分に愛情をかけて生きていくことに幸せを感じました。

全身で生きると、人生が楽しい。

2023-04-17 13:28:00

●月🌙と木🌳と

いずれ木は朽ちる。

木造建築を主とする日本人には大きな課題でした。

建物を守るべく木材を少しでも長持ちさせるために、日本人は伐採するタイミングを心得えていたと言います。

 

……………………………….

●新月伐採法:しんげつばっさいほう

 

これも前述の建築家の方からお聞きしました。

木は月の周期と共に成長をするそうです。

満月の時期は土からたくさんの養分を吸い込み

新月の時期はその養分を土に戻す。

養分とはでんぷん(ブドウ糖)です。

虫の好物です。

木材にブドウ糖が残っていると建物となってからも虫害に遭いやすいのです。

伐採のタイミングはブドウ糖が木から抜けている新月の真夜中に行われていたようです。

……………………………….

 

なんてすごいんだ。

どうしたらそんな事に気付くんだ。

この話をお聞きした時に本当に驚きました。

いつからなのだろう、人間がこんなに驕ってしまったのは…

『最新の科学では…』などと聞くと、科学の進歩は凄まじいなと思うけれど、もしかしたら太古の人々の方が最新の科学を大いに生活に取り入れていたのではないのか。

 

このような情報は、きっと1世代では確立できない。まず月の記録を続けなければならない。

紙に書けばいいじゃないのと思うかもしれないけれど、紙は簡単に手に入らない高級品です。

庶民が紙を手に入れられるようになったのはせいぜい江戸中期。それも都市部において。

太古の昔からそれまでの間は、その都度天才的に記憶力の良い人がデータの蓄積をしていたのではないかと思います。

数世代かけて専門集団が役割分担しながら因果関係を構築していったのではないかと。

そしてその情報を次の世代、次の世代へと大事に継承していったのではないかと思うのです。

 

そして次に思いを馳せたのが、月との関係。

月が樹木とそんな風に関わっているとは想像もつきませんでした。

植物の成長に影響力があるということは、私たち人間も気付かないうちに大きな影響を受けているだろうと。

月経の周期や、出産のタイミングが月と関わっていることは有名ですが、それ以外にも細かな影響を私たちは受けているように思います。

 

見えない糸で全てのものが繋がっている。

植物や動物などだけが生き物なのではなく、

岩石や光もまた生き物で、

音とか色とかも生きているんだろうなぁ…

と思いました。

これが宗嘉先生の言う『風水』の本質なのではないかと思います。

 

全てのものが繋がっているんだよ。

繋がっていることに気付いてね。

気付いたらちょっと気をつけて行動してね。

他人から見えていないから平気とか、そういうことではなくて。

邪険に行動すると空間が乱れるの。

行動が乱れると心も乱れるの。

一人が乱れるとみんな乱れるの。

たまには乱れても良いけど直し方を覚えてね。

それにはまず、繋がっていることに気付くことだよ。

風水とはそういうことなのかなと思いました。

 

木火土金水:もっかどこんすい

 

若い時には気付きもしなかった。

それが…、体調が揺らぎ始めると実感する。

自分も自然の一部だと。

自然を感じながら今日も茶を喫む。