講師(宗夜)ブログ
●茶道と数学
茶道に向き合っていると所々で数学を感じることがあります。美しいと思える動きにはいつも法則が存在します。
繰り返し繰り返し練習しているうちに、動きの軌跡は洗練された線となって宙に現れます。
美しい。
私はいつもその線に魅了され、何度でもいつでもその線を思うように生み出せたら、なんて素敵だろうかと思うのです。
自分からも生徒さまからも。
最初に気付いたのは放物線。
宗嘉先生が蓋置を扱う所作から。
その軌跡とスピードがあまりにも美しく、何度も真似して繰り返しているうちに、放物線が目に浮かびました。
ボールをポーンと空中に投げると現れる放物線。最初と最後はスピードが速くなります。
運動エネルギーが大きいから。
それが頂点に近づくにつれて位置エネルギーに置き換わりスピードが失われて、頂点でほんの一瞬止まるような感じ。
そこからまたスピードを増して地に帰ってくる。美しい放物線を意識するよう生徒さまにも毎回指導しています。
頂点で折り返すときに、軌跡が左右対称になるよう、スピードも同じになるよう維持すると更に美しさが増します。
その次に現れたのが、パスカルの三角形。
炉の時の柄杓の柄の角度と、茶杓の柄の角度、そして自分の膝の角度が並行に揃っている姿。
楽譜の五線譜🎼のようにも思えます。
自分もお道具も、音を奏でる楽器の一部。
心和む音楽になるようにと気を配ってお点前に臨みます。
フィボナッチ数列。
カタツムリの渦巻きが有名ですが、そのほかにも様々な動植物がその数列を自らの姿に取り入れています。取り入れている、というよりも進化の過程で淘汰されたという表現が正しいのでしょう。
茶道では、釜の蓋を開けて蓋置に置くときの軌跡にフィボナッチ数列を感じます。
また、棗や茶入れを清める際の右手の動き。
左手で棗や茶入れを帯の上線まで持ち上げ、膝の線まで入った時に右手の帛紗が追いかけるようにして蓋に到達するのですが、その時の右手の動きがカタツムリの渦巻きにそっくりです。
私はここで必ず生徒様に『カタツムリの渦巻きを意識してね』とお願いしています。
七事式での東や半東の動き方からは双曲線も感じます。決して広くない茶室の中で複数人がピタリと動きを合わせた時、心が一つになった感動を得て空間に無限の広がりを感じます。
西洋の学問でしょ?
偶然でしょ?
と思われるかもしれませんが、日本文化の中にも数列は溢れています。
茶道で使う扇子を広げればフィボナッチ数列から派生した黄金角137.5°にピッタリと重なります。
私の家紋『庵木瓜』はパルテノン神殿にそっくり。その縦横の比率は1:φという黄金比で構成されています。
裂地の紋様『亀甲紋』や『鱗紋』はパスカルの三角形だし、米俵の積み方もパスカルの三角形を用いています。
江戸時代に町中を繋いでいた橋の形は放物線を描いています。
浮世絵師として名を馳せた北斎は代表作『神奈川沖浪裏』の構図にフィボナッチ数列を用いています。
美しさを多くの人に理解してもらうため、磨いていくうちに、たどり着いたのが普遍的な法則。
その美しさの先生が『自然』
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自然という偉大な書物は数学という言語で書かれている (ガリレオ・ガリレイの名言)
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人間は自然を畏れ、敬い、憧れました。
朝焼け夕焼けの美しさ。
山の稜線。波の音、鳥のさえずり。
何とかしてその美しさを手に入れたい。
再現したい。
そして、芸術が生まれました。
芸術が数学と近しい関係であることはある種当然なのかもしれません。
茶道は自然からのエッセンス。
古今東西から抽出された最良のエッセンス。