講師(宗夜)ブログ
●全身で生きる
よし庵のお稽古は常に進化しています。
それは講師である我々の、人生に対する理解が深まるからです。
茶道も、和菓子も、懐石料理も、着付けも常に進化しています。
最近の大きな進化が『全身で生きる』こと。
全身を連動させて、全身で茶道をする。
『ぞんざいに生きるな』ということに通じます。
まさに禅、そのもの。
数年前の宿坊体験を思い出しました。
体験期間内には、座禅のほかに写経をしたり、護摩焚きに参加したり、掃除をしたり、静かに一言も口を聞かずに食事をしたり、と色々な体験をしました。
宿坊は山の頂上にあり、幾つもの建物を移動しながら数日間の修行を体験しました。
その時に一人の女性と知り合いました。
女性は移動する際、必ずゆっくりゆっくり歩を進めました。
何をしているのか尋ねたところ、
『歩いている』
と至極ご尤もな答え。
『歩いているときに、どの筋肉がどう連動して動くのかを観察しながら歩いているのだ』
と答えました。
女性は数年前にブータンへも宿坊体験に行ったのだそうで、その時に僧侶に厳しく叱責されたと言うのです。
『簡単に歩くな』と。
『歩けることを当然だと思うな。ありがたいと思って噛み締めながら歩け。足を一歩踏み出すだけでも全身が連動しているのだ。それを知れ。』
すごく大事なことを言っているとその時にも思いました。思ったけれども当時はまだ若さのせいかピンときませんでした。
今は、分かる。
例えば年齢を重ねると、処処の感覚器官が衰える。目、耳、手先、足先、関節…。
痛い。痺れる。疲れる。
(以前と違う…。私どうなっちゃうの?)
すごく不安になる。
ネットで調べると感覚の細胞は再生しないとのこと。
じゃあ、じゃあ、どうすれば良いの?
答えが出ないまま、そんな不調が普通になる。
普通になるから疑問にも思わなくなっていきました。
そんな折、私は新しい趣味『書』に出会いました。
夢中になって2年目。
休日に週1回程度の練習でしたが、書の先生から
『飛躍を望むなら毎日練習しないとダメですよ』
と進言されました。
5分で良いから毎日練習しなさい、と。
ああピアノと同じだ。
何でも同じなんだなぁ…と思って2ヶ月ほど続けたところで
『良いですね』
とお褒めの言葉をいただきました。
その時に分かったのが身体の使い方。
私は手や腕だけで書くのだと思っていました。
でも、違いました。
筆を持つのは確かに右手だけなのですが、実は全身を連動させて書いているのでした。
手だけで書こうとすると、思ったところに思ってような線が書けません。
力を抜きたいのに力が抜けません。
手だけで書くには限界がありました。
全身全霊で書くのだと気付いてからは、少しずつ線の精度が上がってきました。
ほんの小さな力で、筆のあらゆる面を使って繊細に書く。その面白さに気付きました。
自分の体が少しずつ自分のものになっていくような感覚が楽しくて仕方ありません。
『これは書道に限らない。茶道も同じでは?』
と思っていたら宗嘉先生の茶道も進化していました。
『茶道はやっぱり武道なんだよね』
宗嘉先生が言いました。
宗嘉先生の趣味に武道があり、身体の使い方が同じだと言うのです。
やはり毎日の練習が欠かせないとのこと。
ああ、だからか!
細川幽斎が、武道も茶道も書道も和歌も、なんでも得意だったのは結局一つの道から様々なことが派生しているからだったんだ!
ん?
じゃあ、わたしの身体の不調も、もしかしたら変わるかも。
と思って毎日5分のエクササイズを続けてみました。続けてみて1ヶ月。
思った通りでした。
視力が少し上がりました。
ピントが合いやすくなりました。
ちょっとしたことだけど、とても嬉しい。
知恵を付けて自分に愛情をかけて生きていくことに幸せを感じました。
全身で生きると、人生が楽しい。