講師(宗夜)ブログ
●口切りの茶事 其の一
霜月の最終日曜日
よし庵にて令和6年の口切りの茶事が催されました。
茶壺のお茶に、本年の収穫の感謝を表し、来年の豊作への祈りを捧げるお茶事です。
平和であるからこそ持つことのできる特別な時間。
ご参加くださったお客様は、ほぼ社中の生徒さんです。
皆さま一年前からご予約くださり、この日をとても楽しみにお待ちいただいておりました。
お正客から
『どうぞお茶壺の拝見を』
とのご所望を受け、亭主が床に向かいます。
網を外して口緒も取ります。
口緒をぐるりと反時計回りに取るさまは、まるで時を巻き戻しているかのよう。
いにしへの茶事に想いを馳せます。
亭主は一度水屋に戻り、『お茶壺日記』を持ち出します。
お茶壺日記には茶壺に収められたお茶名が記されています。
・濃茶三種
・薄茶一種(詰茶)
日記を貼り付けている板は、茶壺を守っていた木箱の蓋。
この蓋に毎年貼り足して貼り足して重ねていきます。
年々お教室の歴史を刻む大事な板となっていくことでしょう。
その後に亭主は葉茶上戸を持ち出し、封印を確かめてから、小刀で封を切っていきます。
しっかりと封をされているためか、合口は固い様子。
2巡目でようやく口が開きました。
蓋を外すとふぅわりと葉の瑞々しい香りが広がりました。
『いずれの茶を差し上げましょうか?』
との亭主の問いに
『では大宗匠お好みの、松雲の昔を』
とお正客がお答えになりました。
作法に則って濃茶の袋を取り出し、詰茶と共に挽屋に入れて、再び封をして亭主の印を押し、壺を拝見に出します。
宗嘉先生の美しい手捌きと、一年に一度しか目にしない茶道具や作法を、皆さまは真剣にご覧になられていました。
この後に、初炭手前・懐石料理・続き薄茶、となります。
お茶壺の拝見が、心躍るお茶事の幕開けとなりました😊🏺🍃
●富士山🗻雪化粧
今朝も走ってきました。
知らぬ間に富士山が綺麗に雪化粧されていました。
先日の冷え込みですっかり冬の装いに様変わりしていたのでした。
走るようになって1ヶ月。
からだ中の細胞が目覚めてきたようです。
心肺も皮膚も臓器も刺激を受けて少しずつ強くなっている感覚。
『ああ、生きてるなぁ』
とただ単純に嬉しい気持ちがします。
ジョギングの前後にJ-POPを聴くようになりました。
耳を馴染ませて、走っている時に体の中でリズムを感じています。
私のお気に入り↓
宇多田ヒカル
藤井風
お二方の年代は違いますが、サウンドに日本人らしさを感じます。
そう言えば坂本龍一さんも、
『どんなに西洋風に作っても、日本人らしいねと言われる』
とおっしゃっておられました。
富士山を見てJ-POPを体に感じるのも良いもんだなぁ…
と秋晴れを堪能しました。
体の深部の筋肉が付いてきたからか、袷の着物の重さに強くなりました。
いつも冬の衣替えに重く感じて難儀していましたが、今年は感じませんでした。
体が資本とは、よく言ったものです。
運動を始めてから食事の量と質も変わりました。
『動くための体』
に意識もシフトするみたいです。
こんな風に色々と変わると、
『一体自分とは何だろうか?』
と思わずにはいられません。
昔、どこかで読んだ本の一節を思い出しました。
。。。。。。。。。。
子が授かり物だなんて思い上がってはいけない。
授かったのではない。
預かっているのだ。
ほんの一時期だけ。
時期が来たら手放すのだ。
子の人生は、子のものだから。
更に言うなら…
自分の体だって心だって厳密にはあなたの所有物ではない。
神様から借りているだけだ。
最後はお返しするのだ。
借りたものは返す。
できるだけ良い状態で返す。
それが心ある者のすることだ。
そのために自分を清め、愛し、慈しむ。
そして最後は
『ありがとう。楽しかったです』
と感謝するのだ。
。。。。。。。。。。。
どこで得た言葉か忘れてしまいました。
でもこのように運動とか美容とか趣味とかに没頭している時、そして自分が良い方向に少しずつ変わっている時に思い出す言葉です。
神様は、どこか遠くにいるのではなくて、常に自分の体の中にいる感じがします。
体に良いことや心に良いことをすると、ご褒美に良い道を示してくれるようです。
さて、日曜日はよし庵で
『口切りの茶事』
みんなでお茶の神様のお迎えです。
体と心が喜ぶ茶事。
皆さまもとても楽しみにしてくださっているご様子。
私たちも楽しみです😊♪
●反り腰だった!
インスタを開くと、なぜか『反り腰』と『股関節の固さ』の動画がよく流れました。
cookieのせいでしょうか?
『反り腰』という状態がどういうものか知らない私は、他人事で
(へぇ、そうですか)と何となく眺めていました。
『股関節の固さ』の方は自分にも当てはまる気がして、動画を時々真似しています。
ところでちょうどその頃に、着付けの際の帯山の高さに悩みを持っていました。
悩みを解決するために『まどか帯止め』を購入し、前述のブログで紹介したように一応の解決は出来ていたのですが…
帯が下がる、そもそもの原因が知りたくて悩んでいたのでした。
身体を観察すると、腰の窪みが大きくなっているように見えました。えぐれているようです。
最初は背中の皮下脂肪が下がったのかと思って、補正を増やしました。
ほぼ2倍にしました。
すると、確かに帯山は高く保てるようになりました。
ところがある日突然腰痛が起こりました。
『補正が合わないのかもしれない』
補正を外して、しげしげと自分の姿を鏡で眺めました。
腰がえぐれている分…
下腹が出ているような…
(( ←こんな感じに
だったらこの下腹を引っ込めて、腰のえぐれを埋めれば良いんじゃないの?
と思って
『下腹よ、引っ込みなさい』
と唱えながらグググと手で押しつつ、下腹に力を入れてみますと…(( ➡️ I I
こんな風にシュ〜ッッと窪みが埋まりました。
『あ!引っ込んだ!』
『うわ、引っ込んだよ!』
思わず声を上げるほど驚きました。ちょっと感動しました。
何ヶ月も悩んでいたのです。
体重を測っても変化ないし。
食べすぎてもいないのに…
しかし、どうやら私は力の入れ方を間違えていたようでした。
私はいつもお尻ばかりに気を取られていました。
お尻が下がると帯が下がるので、いつもいつもお尻に力を入れていたのでした。
お尻と太ももの境目のところに、ぎゅーっと力を入れていました。
でもお腹には無頓着でした。
『放っておいてごめんね』
それからは下腹にも気を使うようにしました。
それにしても…
和服とはこんなにも自分の情報を伝えてくれるのかと、感じ入りました。
サイズが同じだからこそ、小さな違いに気付かせてくれます。
着物との付き合いは、約20年。
時間も手間も掛かるし
『もういやだ!』
と思って何年も着なかった時期もあります。
でもこうやって長く続けていると人と人との繋がりのように
『めんどくさいな』
と思っていたところが突然良く見えたりするんだなと思いました。
哲学を持つ服、着物
これからの付き合いも楽しみです。
●着付けと骨格の関係
一時期、着崩れに悩んでいました。
一番の悩みが襟合わせ。
着ている時間が長くなると、どうしても襟元がブカブカしてきました。
教えていただいた通りに着ているつもりでも、どうも上手くいきませんでした。
もしかして、キーポイントは
『骨』では?
そんな風に思って骨格標本を買って、日々眺めていました。
私は鎖骨のところで襟が浮いてしまいます。
その下の窪みがあり、段差によってプカプカ浮くようでした。
段差を埋めるようにしっかりと補正をしましたら、ようやく上手くいきました!
先日、プロの方に骨格診断をしていただいたら、私の骨は平均よりも大きいとのことでした。
鎖骨も、肩甲骨も大きいそうで、腰の位置が高いとのことでした。
足が長いのではなくて、胴が長いようです(かなしー😭)
ああ、それで!
帯を上に結んでしまうと、動きにくいのでした。
ようやく納得しました。
着崩れが起きやすいのは、骨が大きいことで動きがダイレクトに長着に伝わってしまうことが原因のようです。
このような特徴の私には、しっかり目の補正が合っています。
着崩れでお悩みの方は、ぜひご自身の骨格に注目してみてくださいませ😊🤲
●ひとつの道が見えてきたら、もうひとつの道を覗いてみる
『慢心:まんしん』
おごり高ぶること
歴史を勉強しているといつも思います。
偉人が斜陽を迎えるのはいつもこの『慢心』がきっかけであると。
歴史に名を残す偉人ともなると、度を超えた激務の日々。
上にも下にも周囲全体に気を遣い、武に秀で、書を嗜み、情報網を張り、人の心理にも鋭く、
そんな日々が数十年と続きます。
ある程度の地位を築いたところで
『ああ、しんど…』
と気が抜けることも、そりゃあるだろう人間だものと想像します。
不思議ですが
ある程度の地位を築いた人に対して世は人間であることを許してくれないようです。
今で言えば炎上
昔も、今ほどで無いにしろ炎上の状態があったみたいです。
『慢心』の響き。いかにもその人物に欠陥がありそうな。
でも本当にそうなのだろうかと疑問を持つようになりました。
人間だから、生きてるから、
体調も気持ちも天気と同じで、一定を保つことはとても難しい。
この炎上という状態は、一体なんだろう?と思ったら…
もしかして世論という大きな集団心理は『神』を求めているのではないかと感じました。
万能であれ、と。
。。。。。。。。。。
🟦そうなんだよね。
だけどその、相手に全智を求めてしまうというのも、欠陥を持つ人間だからなんだよね。
🔴自分にも欠陥があるけれども、自覚もしているけれども、他人の欠陥は許せない、と。
🟦そう。それが人間の本質。
🔴ということは、この集団心理はずっと続くと?
🟦続くんだよね。根本にあるものだから。
だから成功しようと思ったら『神』を目指すしかないんだよね。厳しいけど。
🔴神を目指す…って簡単じゃないですけれども。何か具体的な方法でもあるのですか?
🟦ある。まずは一つの道で結果を出す。出したら、今度はまた別の道に踏み込んで初心者の気持ちを味わうこと。
🔴その心は?
🟦苦労は買ってでもする。それをずっと続けていく。
苦労を味わって楽しむ。
。。。。。。。。。。。
苦労を味わって楽しむ…
え?楽しい、ソレ?
つい心の中でつぶやきました。
でも、もしかしてこの状態かな?と思い当たることがありました。
趣味、書道。
ちょっとスランプ。
ああ……⤵️
級がどんどん上がっていた頃はすごく楽しかったのです。
段に入っても楽しかったです。
でもしばらくすると、自分の居る位置が動かなくなりました。
そりゃあそうです。
難しくて当たり前です。
どれほど長い歴史を経て文化・教養となったことか。
分かっていたつもりですが、現実を知るとガクーンと来ました。
私のような人は、お教室に沢山おられるらしく、先生が全体に呼びかけました。
。。。。。。。。。
昇級とか、昇段とかも、確かに大事なんですけどね…
書家としては、もっと大きな情熱を胸に抱いて欲しいんですよね。
書きたい!
書きたくてたまらない!
書かずにはいられない!
そんな純粋な情熱を持って欲しいんですよね。
そういう気持ちが持てたら、その結果、不思議と腕がついてくるんです。
。。。。。。。。。
ああ、素晴らしいことを仰る。
だからこの先生について行きたいと思ったのでした。
ついつい目先の評価ばかりに捉われていました。
趣味の世界は模擬社会と言えます。
実社会とは少し距離があるかもしれません。
だからこそ、お客さんの立場だからこそ、余裕を持って姿勢を整えることが出来ます。
趣味に真剣な人は、自分に真剣な人です。仕事にも生活にも真剣であります。
年齢と共に趣味を持つ意味が変わってきました。
ひとつ形を作れたら、自分の目標にある程度達成したら、もうひとつチャレンジを広げてみても良いかもしれません。
新鮮な風を自分の中に取り込めるように思います。
新たな気持ちで呼吸して、またひとつ自分を大きく育てていく良い機会となりましょう。
よし庵も、これから新たなプログラムを立ち上げる予定です。
皆さまと共に豊かな時間を持てますよう、準備を進めております。
どうぞお楽しみにお待ちくださいませ😊


